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2006年10月14日 21時12分18秒

「昔話:えんじぇるとアメリカ先生」(後編)

テーマ:学生時代

前編はこちら。

たくさんの講義がある中で、
えんじぇるさんは講義中にトイレに行かせてくれそうな先生の授業を選んで行きましたが、
それでも選択できない講義や時間の都合で選べない講義もありました。

その頃ちょうど、えんじぇるさんの通っていたその大学は英語関係の講義に力を入れていたので、
大学周辺の専門学校で英語を教えているネイティヴスピーカーの外国人達を、
積極的に登用し始めていました。

元々英語を大好きだったえんじぇるさんは、
喜んでその外国人の先生たちの講義を選択して行ったのですが、
その中にジョン(仮名)さんという講師の講義がありました。

ジョンさんは20代後半くらいの男性でアメリカ出身、
それまでは近くの外国語専門学校で教鞭をとっていたということでした。
熱意にあふれ、大学で講義をできることにとても喜びを感じているようでした。

その科目は半期で毎週一時間、つまり単位が2という講義でしたが、
まだ単位を選択する前の体験講義と選択後では、明らかにジョンさんの態度は変わっていました。

正確には2回目の講義でしたが、学生が正式に選択登録した後の初めての講義で、
ジョンさんは学生たちにいくつかの条件を出しました。

1、遅刻は一切認めない(欠席とする)
2、1回講義を欠席するとB(良)以上を与えない
3、2回講義を欠席するとC(可)以上を与えない
4、3回講義を欠席すると単位を与えない
5、自分が教室に入った後は教室のカギを閉める

他にもいくつかの条件があったような気がしますが、
えんじぇるさんはあまりに動揺して覚えていられませんでした。

他の学生たちもその条件に驚きましたが、既に正式登録した後だったので、
多くの学生は異論を唱えることもできませんでした。
しかし、何人かの学生はその条件を聞いて教室を出ていきました。
えんじぇるさんも正直、この先生の講義はやめておこうと思いましたが、
その講義を登録した後でしたから、どうしようもなかったのです。

ただでさええんじぇるさんが在学していた頃は、その大学がいろいろと改革をしていた頃だったので、
講義(単位)の選択に関しては非常に苦労したのです。
学務課はある講義では「先輩に譲ってください」と言い、
ある講義では「後輩に譲ってください」と言い、
えんじぇるさんの学年はほとほとその対応に呆れていました。

ですからある程度仕方なく、えんじぇるさんはそのままその講義に出席することにしました。
もちろん、講義中にトイレに行きたくなったらどうしようという不安は、
なくなるどころか、教室のカギを閉めるという条件を聞いて倍増してしまいましたが。

それでもジョンさんはアメリカ人でしたし、
きちんとこちらの事情を話せば理解してもらえるだろうと、
えんじぇるさんはのん気に考えていました。

しかし、それはえんじぇるさんの勘違いでした。

さてさて、5回目か6回目くらいの講義だったでしょうか、案の定、
えんじぇるさんはトイレに行きたくなってしまいました。
もちろん普段から薬は飲んでいましたが、人間、一度行きたいと思ってしまうともうだめなものです。
えんじぇるさんはカギをかけられた教室の中で、
何だか閉じ込められている心境になってしまいました。

ふとえんじぇるさんは思い出しました。
以前の講義中に身体の不調を訴えて、保健室に行った女子学生がいたことを。

そこでえんじぇるさんは勇気を振り絞って手を上げて、ジョンさんのいる教壇に向かいました。

講義を中断されて明らかに機嫌の悪い様子のジョンさんに、
えんじぇるさんは必死で訴えました。
病気にかかっていること、トイレに近くなる症状があること、
トイレを済ませたらすぐ戻ってくること、ほんとに申し訳ないと思っていること。
えんじぇるさんは英語で一生懸命伝えました。

しかし、えんじぇるさんの言葉はジョンさんの怒りを買っただけでした。


「君の言うことを、僕はどうして信用すれば良い?
それならば今すぐに僕を納得させるように、医師の診断書を出しなさい。
できないのでしょう?それにまず君は男性でしょう?講義が終るまで我慢しなさい」
ジョンさんは概ねそんなことを言いました。

えんじぇるさんはがっくりして席に戻ろうとしました。
トイレに行きたい感覚は我慢できないほどでしたが、もう仕方ないと思いました。
えんじぇるさんは泣きそうになるのを我慢しているうちに、
自分の顔が卑屈に笑っていることを感じました。何だか手も震えていました。

「待ちなさい」
えんじぇるさんが数歩歩いたところでジョンさんは話し掛けました。

「今回の一度だけですよ。次回からは認めません。感謝してください」

それを聞いてえんじぇるさんは、飛ぶように教室を飛び出して行きました。
数分後、えんじぇるさんは静かに教室に戻りました。

数日後、えんじぇるさんは一応診断書を書いてもらおうと医師に事情を話しましたが、
「小学生じゃあるまいし」と医師には一笑に付されてしまいました。
もちろん、診断書は書いて頂けませんでした。

それからの講義は憂鬱なものでしたが、えんじぇるさんは我慢を重ねていました。
講義に身も入らず、いつも時間の過ぎるのを耐えているという感じでした。

さて、その講義も最終回に近づいて来た頃のこと。
その頃には多くの学生がその講義自体を辞めていて、
出席するのは最初の頃の3分の1くらいの数だったと思います。

ちなみに彼らが講義を辞めてしまった理由は、
ジョンさんの提示した条件だけではありません。
何と言うか、ジョンさん自身の態度というか、その性格にあったように思います。

本人も言っていましたが、非常勤とはいえ、
ジョンさんは大学の講師になれたことをことのほか喜んでいました。
またアメリカではなかなか大学に入ることも出来ず、自分も大学には行って無かったので、
君たちは恵まれている、うらやましいくらいだと繰り返していました。

そのためか、それが当然のようにジョンさんは不遜というか、
「自分は偉いんだ」という雰囲気でえんじぇるさんたち学生に接していたのです。
その態度が学生たちのやる気を削いだことは誰の目にも明らかでした。

さてその講義の時間も半分を越えたくらいの頃だったでしょうか。
何だかジョンさんの雰囲気がおかしくなりました。
そわそわしているというか、時計を何度も見るようになり、何だかぎこちない笑顔を浮かべていました。

そして、ついには講義をほったらかして、慌てるように教室を出て行ってしまったのです。
後に残された学生たちは唖然としてしまいました。

どうやらジョンさんはトイレに行ったようでした。
あれだけえんじぇるさんには恩着せがましい感じでトイレに行くことを許可したジョンさんでしたが、
この時は自分も我慢しきれなくなってしまったのでした。

ジョンさんのいなくなった教室で、何人かの学生がえんじぇるさんに話し掛けてきました。
学生課か学務課に抗議するべきだと言うのです。
でも、えんじぇるさんはそんな気にもなれませんでした。

数分後、教室に戻ってきたジョンさんは何事も無かったように講義を再開しました。

やがてその半期の試験も終り、えんじぇるさんたちは成績表を受け取りました。
正直えんじぇるさんには、ジョンさんの講義の単位はX(不可)以外ならどうでも良いものでした。

えんじぇるさんが抗議するまでもなく、他の学生から抗議が相次いだそうで、
ジョンさんは次の年の講師契約(更新)を大学側から拒否されたそうです。

(終り)

。。。。。

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