ゲ音団
2009-11-07 12:22:30

菊田裕樹インタビュー、日本語版を公開!

テーマ:メンバー掲載メディア情報
http://www.squareenixmusic.com/features/interviews/hirokikikuta.shtml

パートナーシップ提携先でもあるアメリカのゲーム音楽専門サイト「SQUARE ENIX MUSIC ONLINE ※」にて菊田裕樹氏のインタビューが掲載されています。海外のサイトなので当然英語ですが、ゲ音団サイトをチェックして下さっている皆様へ…と編集部Donから日本語版が届きました!!では早速ドウゾ!

※(ちなみに、この「SQUARE ENIX MUSIC ONLINE」と、日本のゲーム会社であるスクウェア・エニックスは全く関係のない団体です)




菊田弘樹:
まず最初に、このような面白い切り口の質問を投げかけてくださったことに感謝したい。僕の経歴のさまざまな部分に興味を持ってもらえるということは、創作に携わるものとしてとても嬉しいし、僕自身も忘れているような事柄に改めて光を当て、記録に留める良い機会だと思うからです。

「聖剣伝説2」というゲームと、そのBGMに関する仕事は、僕にとってとても意義深く、また思い出の多いものです。このソフトウェアはS-NES向けアクションRPGとして1993年に発売されたものですが、実際の仕事はその1年以上前から始まっていました。当時、スクウェア本社は東京都の恵比寿という街にあったのですが、僕はそのビルにほとんど住み込むようにして、1ヶ月に2回しか自宅に帰らない状態で全ての開発作業をしたものです。最終的に細かいjingleを含め50曲余りを制作するには、長すぎる時間と思うかもしれませんが、その大部分は、「S-NESのPCM音源用の音色波形サンプリング」「8トラックそれぞれにおけるPANとVOLUMEとEFFECTの調整」「音楽データの手作業によるサイズ圧縮」に費やされたもので、限られた性能のハードウェアを如何に効果的に使いこなすか、というテーマへの挑戦でもありました。

Square Enix Music Online:
シンフォニック・ファンタシーズは、菊田さんの「聖剣伝説」を含めて、有名なシリーズを記録に留めて歴史的なイベントですね。16年後、「聖剣伝説」を再体験されてどんな気持ちでしたか。

菊田:
実を言うと、1993年に「聖剣伝説2」が発売されたとき、音楽に対する評価や反応はほとんどありませんでした。もちろん、僕の作っているのはゲーム音楽ですから、最も大切なことはユーザーにゲーム全体を楽しんでもらうことであり、その達成が僕の仕事の目標でしたから、音楽に対して特別な評価を得られなくても、疑問には思いませんでした。ところが、ゲーム発売後、10年ほど経ったころからだんだんと、聖剣伝説2の音楽のファンだという人に出会うことが多くなっていったのです。考えてみると、当時、S-NESの主な対象年齢は小学生から中学生でしたから、彼らが「聖剣伝説2」をプレイしてその音楽を気に入ったとしても、それを言葉にして発信するには、年齢が低過ぎたのだと思います。おそらく、彼らが抱いた「聖剣伝説2」の音楽に関する感想が僕のところへ届くには、インターネットの普及と共に、彼らが大人になるまでの長い時間が必要だったのでしょう。しかし、別の角度から考えれば、これは素晴らしいことだと思うのです。それは何故かというと、ゲームを離れ通常の音楽マーケットを思い描いた時に、10年以上ものあいだ多くの人がずっと好きでありつづけ、16年後にそのオーケストラアレンジのコンサートが開催されるような楽曲は、そう多くは無い、ということに気付くからです。ゲーム音楽、特にRPGというジャンルのBGMは、ユーザーに特別な音楽体験を提供します。普通、僕らがどんな音楽CDを買ってきたとしても、いきなり何十回も続けて聴いたりはしません。誰もが数回聴いた後で、それをプレイヤーから取り出してCDラックに入れてしまうでしょう。しかし、ゲームソフトのカートリッジをS-NESに差し込んだ次の瞬間から、僕らはそのゲームのBGMを延々と、長いときには50時間も続けて聴くことになるのです。これは、他では考えられない特殊な体験です。おまけに、その50時間の最後には、心を打つストーリーと素敵なエンディングが待っているのです。最も多感な十代半ばに彼らが受けた感動が、僕らが想像したよりも遥かに大きいものであったことは、16年という時間を経てなお「聖剣伝説2」を熱く語る彼らの眼の輝きを見れば明らかです。実際にゲームソフトを開発している頃は、ただひたすら、それを良いものにしたくて24時間頑張っていただけですから、今日のような日が来ることは予想もしませんでしたが、その努力がちゃんとユーザーの心に思い出として残り、彼らが人生を戦っていくための力になれたということを実感できたのは、本当に嬉しい限りです。

SEMO:
このコンサートのためにJonne Valtonenさんが作った新機軸のアレンジについて、菊田さんの評価はいかがでしょうか。

菊田:
Jonne Valtonen氏がどういう人か、寡聞にして僕は知らなかったのですが、ゲーム音楽の制作とオーケストレーションに多数の実績がある方だと聞きました。そのせいか、従来のオーケストラアレンジに比べて、圧倒的にゲームの世界観やコンセプトを大事にした解釈であると感じました。これは別の言い方をすれば、通常のオーケストラ演奏の枠を越える挑戦であり、とても実験的な試みです。しかし、ゲームというものが本来「遊び」であり、その最も大事な本質が、「失敗を恐れない挑戦」と「枠組みに捕らわれない自由な発想」である以上、今回のJonne
Valtonen氏の創作姿勢は、まさに正解だと言って良いと思うのです。もちろん、リハーサルで最初にこのアレンジを聴いた時には、あまりに複雑で難しかったので、演奏することが困難なのではないかと心配しましたが、WDRオーケストラの一週間に亘る練習がその不安を払拭し、12日のシンフォニーホール本番において見事な演奏を残してくれたことには、心から感謝しています。これは時間と予算の限られた従来のコンサートでは考えられないことですし、僕にとって本当に驚きでした。

SEMO:
「聖剣伝説」が型の違ったアレンジを受けたのは、このコンサートで初めてではないですね。実は、私の一番好きな菊田さんの制作は「Secret of Mana +」なのです。そのアルバムを作っている時に、菊田さんの視覚的音楽的なインスピレーションはどのようなものでしたか。

菊田:
「Secret of Mana +」(聖剣伝説2アレンジバージョンCD)もまた、僕にとって思い出の多い作品ですね。このCDは、制作そのものが僕にとってひとつのドラマであるかのような体験だったので、機会を得て詳細に語りたいと感じている事柄でもあります。たとえば、その制作作業を通じて僕の心の中に反復していた言葉や文章を、散文詩のようにまとめたものがありますが、良い機会なのでここで紹介しましょう。
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精霊。あるいは告げられた真実。
その瞳に再び光が宿ることはない。
闇。闇の二つの顔。
大地のもたらす災いと恵みと。
支配者は権力を失い、
憐れみのもとに堕落してゆく。
言葉にならない衝動や予感。
例えそれが破滅的なものであったとしても。
恐れるべきは天使。
天使と戯れる愉悦。罪。
不規則な太陽。
二重性。
微笑みとささやき。
許しを受け入れる人々。
期待。
群衆のなかで何かが邪悪な身じろぎをする。
彼女の口を甘い恐怖で満たすために。
悲しみには終わりがない。
死者。
夜を超越する存在。
三つの足音が、路地を横切る。
歓喜と静寂。
魂の謎を解き明かす叡知。
そして秘密。
愛には始まりがない。
あなたと、私のように。
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「Secret of Mana +」の制作を簡潔にまとめて言えば、僕にとって「夜の闇の中を秘密を抱えて疾走する」ような感覚でしたが、それは、50分近い音楽CDのMIDIデータ全てを、何もないところからたった2週間で作るというプレッシャーと危機感、と同時にゲームBGMを制作する際の全ての制約から解放された快感、このふたつが交じり合った複雑な感情が、さまざまなインスピレーションを僕にもたらしたのだろうと思います。50分1曲というのは、最初に決めたコンセプトでしたが、自分の持っている音楽的引き出しを片っ端から開けながら、全てのメロディーを自分が感じるまま自由に組み上げるというのは、やってみると意外と厳しい作業です。その精神的緊張に耐え、自分自身の全部を使って表現したからこそ、あのような特殊なスタイルの音楽が、聴く人間の人生を変えるような力を持てたのだと思います。

SEMO:
そのアルバムは当時の先駆的な物だとよく言われていますが、菊田さんもそのように思われますか。

菊田:
いわゆる前衛、先駆と呼ばれる作品も、突然なにも無いところから生まれるわけではありません。必ず過去の諸作品からの影響と、それらへのリスペクトの結果生まれてくるものです。もちろん「Secret of Mana +」も、Mike OldfieldやThe Orb、PrinceやPink Floydなどの素晴らしい作品から影響を受けていますし、彼らもそれ以前の音楽から影響を受けて数々の名作を作ったのでしょう。大切なことは、創作に携わる人間の生き方や経験が、ちゃんと作品の中に生かされているかということであり、その結果、誰かの心を動かすような力を生むだけの、魅力的な生き方が出来ているか、ということだと思うのです。あたりまえのことですが、平凡な人間の作る作品は平凡です。移り変わる時代の中で、常に挑戦的な生き方を忘れず、リスクを覚悟で新しい場所に飛び込んで行ける先駆的な生き方をすることが出来れば、必ずその作品も、先駆と呼ばれるに足る斬新な閃きで満たされるだろうと思います。もし僕にそれが出来ているとすれば、とても嬉しいことなのですが、自分では分かりません。

SEMO:
欧米では、菊田さんが「Secret of Mana」で一番よく知られていますが、多くのゲーム音楽のファンは、「聖剣伝説3」と「双界儀」が菊田さんの最も素晴らしい作品だと評価しています。菊田さんは、その二つの作品を「Secret of Mana」と比べるとしたら、どのように思いますか。

菊田:
「聖剣伝説2」「聖剣伝説3」「双界儀」の三つの作品を比べるときに、まず念頭に置いてほしいのは、全て違うコンセプトで作られているということです。ゲーム音楽というものは、常にハードウェアの制約と、演出上の目的があって制作されるものですから、ゲーム部分を抜きにして比較するのはあまり意味の無いことです。僕は、如何なるジャンルのゲーム音楽を作るときにも、予算と時間の許す限り、常に最高の結果を求めて全力を尽くしますから、全ての曲が自分にとって等しく自信作であり、誇りを持ってユーザーに聴いてもらうことが出来ると思っています。それを踏まえた上で、あえて比較して言うならば、「聖剣伝説2」で挑戦したのは「8トラックのS-NES PCM音源で作るゲーム音楽の限界」であり、「聖剣伝説3」で挑戦したのは「6トラックのS-NES PCM音源で作るゲーム音楽の限界」、「双界儀」で挑戦したのは「日本のスタジオミュージシャンを使った生録音で作るゲーム音楽の限界」だったということです。いずれも自分なりの解に到達したと思っていますし、挑戦は成功したと思っています。

SEMO:
その二つのゲームが欧米ではあまり注目されていなく、残念に思いますか。

菊田:
ゲーム音楽はゲームと不可分ですから、ゲーム自体の評判や売れ行きに左右されるのは当然のことだと思います。そもそも「聖剣伝説3」も「双界儀」も欧米では正式に発売されていませんし、「双界儀」はアクションゲームとして操作性に難を抱えた作品でしたから、「聖剣伝説2」に比べて欧米での知名度が低いことは仕方がありません。もちろん残念だとは思いますが…。

SEMO:
スクウェア・エニックスを退社されてから、「コンチェルトゲート」と「超武侠大戦」というオンラインゲーム制作に参加されていましたね。その仕事をしている時、スクウェア・エニックスと直接一緒にお仕事取り掛かったのでしょうか。それとも、外注のお仕事として取り組まれたのでしょうか。長い間が経って、久しぶりにスクウェア・エニックスと関連した仕事をして、どんな気持ちでしたか。

菊田:
まず、「超武侠大戦」は、僕がエニックスに企画を持ち込む形で実現したもので、中核となるシステムを僕が設計し、制作もすべて日本で行われました。最初から中国や台湾のマーケットを想定しており、MMO-RPGでありながら全てPvPバトルだという、非常に斬新な仕様のオンラインゲームです。完成し、実際に台湾でクローズドβが行われ好評を博しましたが、諸々の事情から運営中止となりました。当時は、エニックスとスクウェアが合併するなどとは、誰も考えていませんでした。しかしある日突然それは現実のものとなり、多くの大企業が合併する時に往々にして起こることですが、様々な企画やプロジェクトが影響を受けたのです。

一方「コンチェルトゲート」は、僕が、友人の会社であるポンスビックに参加してマネージメントを手伝っていた時に、偶然そこで制作していたMMO-RPGで、スクウェア在籍時の同僚であった伊藤賢冶氏が音楽を担当しており、彼が多忙で曲が足りない、というような理由から、僕が補う形で作曲をしたものです。残念ながらこの時には、ほとんどスクウェア・エニックスとは関わらず作業しましたが、懐かしい昔の仲間とのコラボレーションということで、不思議な感慨がありました。

SEMO:
「alphabet planet」の音楽の根本資料についてあいまいさがあるようです。ある一方の人達はそれが全くオリジナルなアルバムだと思っています。ほかの一方は、再構成されたゲームのサウンドトラック(もしかして「超武侠大戦」を基にして)だと考えています。その根本資料はどこから来たかはっきり教えて頂けませんか。そのアルバムを制作されるにあたって、ある程度「Mana」のファンを意識し、ファンのために制作されたのでしょうか。

菊田:
「alphabet planet」はもともと、翔泳社という会社からの発注を受け、オンラインゲームのBGMとして制作を始めたものです。最初に話を聞いたときには、なかなか面白そうな世界観やキャラクターだったのですが、途中で企画が二転三転し、翔泳社自体の経営再編の事情もあって、一応の完成はしたものの、ほとんどまともに運営されることも無いまま消えてしまいました。僕としても、数ヶ月を費やした仕事が無駄になっては困るので、自分が持っている会社のレーベルでCD化し、出版したのが「alphabet planet」です。元のゲームがパステルカラーで可愛らしいイメージだったので、意図的にあまり重厚な音源を使わず、気軽で楽しい雰囲気を目指してBGMを制作しています。ですがそれ以上に、僕に仕事を発注してくれた翔泳社のスタッフが「聖剣伝説2」の大ファンであり、彼といっしょに相談しながら音楽の設計をしていったということが、全体の曲調に大きく影響しているでしょうね。そういう意味で、「alphabet planet」は間違いなく「Mana」のファンを意識し、ファンのために制作されたのだ、と言うことが出来ると思います。

SEMO:
菊田さんは、オリジナルのアルバムのほかに、いくつかのアドベンチャーゲームの音楽を担当なさいましたね。特に、「そらのいろ、みずのいろ」、「に~づまはセーラー服」、「さくらリラクゼーション」、「萌日記」ですね。CielとPuzzleboxと一緒に働くきっかけは何でしたか。多くのファンはこれらの中で「さくらリラクゼーション」の音楽が一番好きですが、菊田さんが一番好きなのはどの作品ですか。そして、それは何故ですか。

菊田:
パオンという開発下請会社に居た知人の紹介で、コンシューマ向けにゲームシナリオを書く仕事をしていたのですが、その時に偶然Cielのメインスタッフと知り合いになったのがきっかけでした。良い仕事をするためにとても大事なことは、良い人と出会うことです。僕はそうした出会いに、何度も助けられています。

作品ごとのコンセプトで言えば「そらのいろ、みずのいろ」は「夏の日の茹るような暑さと水の冷たさ」(感覚的なもの)、「さくらリラクゼーション」は「暖かい家族と日々の暮らしの中に隠された秘密」(心理的なもの)、「に~づまはセーラー服」は「危うい日常とそれを支える強い愛情」(叙情的なもの)、「萌日記」は「1970年代の学校と誰も居ない音楽室」(叙景的なもの)をテーマにしています。しかし、もし多くの人が「さくらリラクゼーション」のBGMに共感を覚えるとすれば、それはきっと、作品全体の持つポップで穏やかな雰囲気と、仲間や家族、そして生きることに対する肯定的なイメージが、「聖剣伝説2」や「聖剣伝説3」の時の作風を思い起こさせるからではないでしょうか。僕は、ランディが生まれた村を追放されながらも、仲間といっしょに勇気を奮い起こして冒険を続ける様子や、シャルロットやリースが大きな苦しみを抱えながらも、気丈にフィールドを駆け巡り、戦いと出会いの中で成長していく様子を、音楽を使って出来るだけ生き生きと表現しようと努力しましたが、その創作に対する姿勢は、「さくらリラクゼーション」のBGM制作においても、まったく変わっていないのです。

どの作品も、自分にとって同じだけ大切ですが、どれがいちばん好きかと言われれば、「に~づまはセーラー服」だと答えます。その理由は、最も自由に思い通りに制作することが出来たからです。ゲーム音楽としての要件を満たしつつ、従来のアドベンチャーゲームの枠組みからどれだけ逸脱することが出来るか試すのは、魅力的な挑戦でした。その結果、とてもアドベンチャーゲームらしくないBGMだという評判をもらうことになりましたが、常に新しい地平を目指すことを身上とする僕にとって、それは褒め言葉です。

SEMO:
菊田さんの最新のゲームサウンドトラックはSymphony Softの「Tiara」ですね。そのプロジェクトからどんな音楽が期待できるでしょうか。

菊田:
「Tiara」において目指したのは、クラシック音楽の品格を基調にしながら、小さく可愛らしく、キラキラ輝く宝石のような曲を作ることです。またその曲調には、「Tiara」における楽曲のほとんどが、キャラクターのテーマとして作曲されていることも関係しています。MarimbaやGlockenspielを多用した綺麗な雰囲気の音楽が好きな人には、きっと気に入ってもらえるでしょう。それらは全て、設定されたキャラクターの持つ性格や、欠点とも言うべき人間的魅力を、音楽的手法によって、より印象深く表現しようとした努力の所産です。

SEMO:
いつか、Norstriliaレーベルで「Tiara」と「萌日記」をサウンドトラック化する予定はありますか。

菊田:
「Tiara」と「萌日記」、どちらもNorstriliaレーベルからCD化する予定です。「Tiara」はOP曲の英語バージョンを新たに録音して収録しようと考えています。また「萌日記」は、歌曲においてもBGMにおいても、ディレクター側の演出意図によるリテイクが多かったため、ゲームで使用されなかった没バージョンがたくさん手元にあるので、どう整理しようか悩んでいるところです。

SEMO:
その菊田さんのレーベルなのですが、菊田さんはこの前の数年間で「海神記」、「天人草奇譚」、「AT」というコンセプト・ミニ・アルバムをプロデュースなさったのですね。欧米のファンは、このアルバムにどんなストーリーが込められているか、菊田さんがどんなインスピレーションを持って作ったか、深い興味を持っています。それらのアルバムについて少し教えて頂きませんか。

菊田:
そうですね。まず「海神記」ですが、これは「コンチェルトゲート」のBGM制作のための練習作だと思って良いでしょう。明確なコンセプトがあるわけではありませんが、海を題材にしたファンタジーはあまり見かけないので、作ってみようか、と思ったのがきっかけです。オーケストレーションの練習を兼ね、北方の海が見せる荒い表情、雄大で潮の満ち干を感じさせる音を目指して構成を考えたので、それが上手く聴く人に伝わるといいのですが。

「天人草奇譚」は、「LOST FILES」というCDに収録した「天霊塔奇譚(組曲)」と関係がある楽曲です。実を言うと、これはもともと音楽ではなく連作推理小説のアイデアなのです。明治に生まれ日本新劇運動を支えた三島梅子女史の女学生時代をモデルした好奇心あふれる少女と、物理学者寺田寅彦をモデルにした推理好きの素人探偵が活躍する大正浪漫ミステリー小説を書こうと思い立ち、資料を集めイメージを探っているうちに、それが小説より先に音楽の形となってしまったのがこの二作です。他に「天眼病奇譚」という作品もあり、全部で三部作、それぞれ殺人トリック、建築トリック、詐欺トリックを題材にして居り、大まかなストーリーまで決まっているのですが、なかなか書き出す時間が取れなくて、そのままになっているのは、自分でも少々残念です。

「火星から来た女」は、欧米で言えばビッグビート、日本で言うところのデジタルロック嗜好に対する僕なりの提案と言うか、「Duty Now for The Future」をリリースした頃のDEVOの音作りを念頭に置いた原点回帰の試みです。と同時に、細分化するテクノミュージックのジャンル分けに感じる無意味さや、数限りない規則を作ってアイデンティティを確立しようとする愚かさに対する警鐘でもあります。枠組みを先に考えるのではなく、素材の持つ魅力を完全に生かしきることが大事だ、というのが僕の考えで、三題話ではありませんが、女性ボーカル・叙情的メロディ・テクノロジーの三つの要素をどのように組み合わせるかという問いへの僕なりの回答が、このCDだというわけです。

さて、最新作である「AT」はまた、以前のものとは違ったコンセプトによって作られています。その最も大きな特徴は、ボーカロイドの存在です。ボーカロイドこそは、女性ボーカルとテクノロジーの幸福な融合という意味において、真に革新的な技術です。しかしそれは、多分に未熟な技術でもあります。人間と非人間とを繋ぐという、まさに21世紀ならではの分野において、既に中田ヤスタカ氏がperfumeという素材を使って、ほぼ完璧なアプローチを見せてしまったという状況の中で、ボーカロイドの可能性を探るという試みは少々絶望的なようにも見えますが、次々と開発される新しい技術を頼みとしながら、まだまだ別の切り口を見せることが出来るような気がしてならないのです。

SEMO:
最近、ゲーム機のハードウェアの限界がほとんどなくなってきて、ゲームの作曲家が前よりもっと自由に作れるようになってきましたね。この自由さは、菊田さんの音楽とゲーム音楽業界の全体にどのように影響を与えてきたと思いますか。「双界儀」などの作品以降に、何故最近のゲームではまたシンセサイザー系の音楽に戻ることにしたのですか。

菊田:
そうですね、確かにゲーム機のハードウェアの性能は上がりましたが、だからといって僕らの仕事が楽になったわけでも、出来上がる音楽のクオリティが上がったわけでもないと思います。たとえば、黒一色で描かれた墨絵と、たくさんの絵の具を使ってカラフルに描かれた油彩絵を比べるようなものです。本当に大事なのは、いま自分が置かれた状況と、そこに存在する制約を良く理解し、与えられた自由を効果的に使いこなすことです。別の見方をすれば、自由度が上がり、取れる選択肢の幅が広がった分、必要なものと不要なものを瞬時に見極める能力の無い人にとっては、不利な状況だと言えるのではないでしょうか。

僕は、「双界儀」において、大勢のスタジオミュージシャンを起用した生演奏生録音で音楽を構成しましたが、それは、生演奏の価値がコンピュータを使った打ち込み演奏よりも高いという意味ではありません。PlayStationの低いグラフィック能力、そして荒いポリゴンによる画像の表現力の足りなさを適切に補うには、生演奏が最適だと考えたからであり、同時に、当時のスクウェアの経済的事情が、そういうアプローチを容易に許すものだったからです。演出意図と経済事情のふたつの条件に合致すれば、僕はいつでもスタジオミュージシャンの生演奏を起用したり、オーケストラによる重厚な演奏を選択するでしょう。大事なのは目的と状況に合わせて最適な方法を見つけることです。

SEMO:
ついこの間、菊田さんが「怒首領蜂大往生アレンジアルバム」に出て、たくさんのファンを驚かせました。このプロジェクトに入ったきかっけは何でしたか。そのアレンジの仕方はどこからインスピレーションを受けましたか。

菊田:
それは単純です。中学生のときに「聖剣伝説2」をプレイして感銘を受けた少年が、16年後に株式会社ケイブのプロデューサーになり、突然僕にメールを寄こして、「怒首領蜂大往生アレンジアルバム」への参加を打診してきたからです。僕はそれを快く引き受けました。面白そうだったからです。

これは原曲を書いた並木学氏にも言ったのですが、完全5度の和音が上下動することによって構成されている主旋律に対しては、如何なるコード的解釈もサブメロディも沿わせようがなく、いわゆる一般的な意味でのアレンジは不可能でした。そこで僕は、メロディの構造には触れることなく、背景として存在する音の空気感や臨場感を設計することによって、相対的な演出を試みたのです。具体的に言うと、1970年代に活躍したシンセサイザーバンドであるタンジェリンドリームのライブ演奏、特に「Ricochet」という曲の臨場感を参考にして、アレンジを構築していきました。古いものと新しいものを、バランスに気をつけながら適切に混在させることによって、時代を超えた存在感を手に入れようというアプローチは、最近の僕が好んで使う手法でもあります。

SEMO:
シンフォニック・ファンタシーズが大成功を収めているなか、菊田さんはご自分の音楽についてどんな将来の夢がありますか。いつか、また大RPGの音楽作曲を担当しようと思っていますか。それとも、ほかの野望がありますか。

菊田:
まず、Symphonic Fantasiesが今回の成功を礎に、回を重ねてより大きく発展していくことを願っています。いわゆるold schoolと呼ばれるS-NES時代のゲーム音楽が、今という時代にこれほど激しく求められているのだ、という事実を、もっと多くの人に知ってもらいたい、という思いもあります。

そしてこれは何度も言っていることですが、僕はミュージカルが大好きなので、演出や作曲を含め、総合的にミュージカルの舞台をプロデュースするのが夢です。それと、縁あってこの秋から某社のRPGの音楽制作に関わることになっています。来年には何らかの形で情報が出ると思いますが、乞うご期待です。

音楽を離れたところでは、ゲームの企画を兼ねて、ライトノベルを書こうと思っています。既に、設定作業や資料集めを含め、全てのストーリーと構成は完成しているので、あとは文章に書き起こすだけです。

SEMO:
お忙しい時にありがとうございました。世界中のファンのために何か伝えたいことがありますか。

菊田:
こちらこそありがとう。今回のイベントに参加して、僕のファンは世界中に居るということを実感しました。いつかまた、世界のどこかで合える日を楽しみにしています。


質問制作: Chris Greening (クリス・グリーニング)
翻訳担当: Justin Pfeiffer (ジャスティン・ファイファー)

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