1 | 2 | 3 | 4 | 5 |最初 次ページ >>
2016年11月23日(水)

どんな記事だと ”いいね!”ボタンが押されるか。

テーマ:ブログ

一般的には

煽情的な言い回しにしたり

胸に刺さる記事だとアクセスを集めやすいのは

もちろん理解している。

 

心理学の応用でもある。

 

トランプ新大統領が立候補期間中に

暴言だの、異端だのと批判されたが、

それは注目を集めるがための

ある意味、彼の戦略だとよくわかる。

 

かつて、トランプの書いた本を読んだときには

暴言家という印象は受けなかったのだから。

 

その証拠にトランプが当選後、

あんなにこき下ろしていたオバマ大統領と

会談したときの表情、表現だ。

 

実に礼節をわきまえて

現職大統領に対する敬意を

表していたではないか。

 

ということで、

 

ブログのアクセスを集めるのも

同じような手法を使えばよいことは容易に想像できる。

 

ただ、私はプロのブロガーではないので

アクセスが多かろうと少なかろうと関係ない。

 

だから、

思ったことを自由に書く権利を享受しつつ

アクセスのためではないから、

かってに書いているが、

 

日本人を批判する記事を書くと、

そうだそうだと内心思う人もいるし、

ムッとする人もいるだろうことは承知のうえだ。

 

上から目線で言わざるを得ないのは

誰でも日本の国内にいては

わからない、感じない、経験できない、ことがあるから、

そのような表現方法を使う。

つまりレトリックだ。

 

井の中の蛙は、井戸の外を見れないから

自分の知りうる範囲でしか思考が広がらないのは

真実だ。

 

だから、同胞として外に居る私が指摘するのは

憲法で保証される表現の自由を行使しつつ

ある意味、同胞に対する義務でもある。

 

もちろん、現在、日本人が立派にやっているなら

何も文句はないし、批判する理由がない。

 

自分の母国のことを絶賛できるなら

外国人として孤立しがちで

日本のように便利でなく国民として保護されない外国にいても

大威張りで胸を張っていられるのだから。

 

しかし、最近は昔と違い、

世界で日本人が尊敬されることも

少なくなりつつある。

 

というか、無視である。

 

いてもいなくてもよい存在、

すなわち世界での存在感がない。

 

新興国であるインドはまだよい。

 

しかし、欧米ではどうか。

日本人は尊敬されているのだろうか。

 

人種偏見を受けてはいないだろうか。

そこに住んでいる日本人たちに本音を聞いてみたい。

 

記事で日本人を痛烈に批判すると、

辛口だが的を得ているといわれることが多い。

 

私だって悪口を言うよりも

誉めるほうがよっぽど気分的にはよい。

 

しかし、誰も指摘しないよりはよいだろう。

 

今、日本人が今の状況に対して内在的、心の奥底で

思っていることは

私も日本人だから痛感できる。

 

アメリカでトランプが大勝利を収めたのも、

アメリカ人が心の奥底に内在的にくすぶっているものが

票に現れただけのこと。

 

事前の予想が外れたのも

米国のエスタブリッシュメントや富裕層を代表する

大手のメディアが

その一般庶民の気持ちがわからなかっただけのこと。

 

 

 

これまでいろいろな記事を書いてきたが、

 

最近書いたインド人をある意味批判する記事では

多くの”いいね!”が押された。

 

その個数に驚いた。

 

ああ、

日本人はインド人に対してこの記事と同じように

思ってるのか・・・、と。

 

この表象的”いいね!”ボタンの個数で、

このブログの読者がどのように感じているかが

よくわかる。

 

これを読んでいる人たちは日本語のわかる

日本人だけだと思うが、

自分たち日本人に向けて批判されるのを聞くのは

あまり良い気持ちはしないだろう。

 

だが、他国人に対することでは

そうだ、そうだと単純に素直に

賛成票を投じることができるわけだ。

 

記事を書く際に本当は日本人たちに、

しっかり頑張れよというメッセージを送りたいので

つい批判的にならざるを得ないが、

 

たしかに、そうは言われたって・・・、

頑張ろうにも頑張れない人たちがいることも承知だ。

 

サラリーマンや定年を迎えるような人たち

や社会的弱者に対して

果敢にチャレンジしろっていったって

無理というものだ。

 

そんなことはわかっている。

 

だから、

もう知らねーから、かってにやってろと

突き放してもいいのだが、

 

それでは困るのだ。

 

国が凋落することの悲惨さは

過去の歴史が教えるところである。

 

だから、

なんとか各人が自分自身で考えてもらわないと

本当に大変なことになるのは確かなはずだ。

 

私は幸いにして日本の外に出る機会を得て

多くの経験をすることができたが、

 

同じように日本の外で出ていける者が多いはずもない。

それもわかっている。

 

以前、自分は

何故一文の得にもならないようなブログを

時間を使って書いているのだろうと

考えたことがある。

 

その結論は、

カネにならずとも

人間は自己表現したい本能がある

としか言いようがない

ということだ。

 

だから、せっかく書いても

反応がないのは味気ないものである。

 

ただ、書いてしまうと、

どのくらいアクセスがあったか気にもしない事が多い。

 

つまり、排泄欲のように

思っていることを吐き出しすと、

欲求が解消されるようなものかもしれない。

 

インドにいると、夜は一人だし

多くの考える時間ができるから。

 

だから、日本にいるときは

ほとんどブログをアップしなくなる。

 

日本ではあまり書く気になれない。

 

そう、

日本に住んでいる皆さんと同じ

メンタリティになってしまうのだ。

 

・・・・・・

 

・・・・・・・・・・

・・

・・。

 

にほんブログ村 経営ブログ コンサルタントへ
にほんブログ村

AD
いいね!した人  |  コメント(1)  |  リブログ(0)
2016年11月20日(日)

私だって、インド人が素晴らしいとは露ほどにも思っていない。

テーマ:日本人論

最近のブログでは日本人批判が多くなってしまった。

 

だからといって、インド人が素晴らしい、最高だなどと

言うつもりはこれっぽっちも思っていない。

 

インド人は

約束は守らない、言ったことをきちんとやらない、

正に有言不実行である。

 

そういう点では日本人のほうが民度は遥かに高い。

 

インド人のすべてがそうだとは言わないが

上流層、中流層、貧困層の一般的傾向であり

特に、南インドはだらしないかもしれない。

 

だが、親しみやすさや友好的な雰囲気、

穏やかな気質などは

南インドは遥かに北インドより良い。

 

この暖簾に腕押し、馬の耳に念仏的な

インド人の対応に辟易する日本人も多かろう。

 

つまり、ビジネスが絡まない個人的な付き合いでは

これほど友好的な人たちもいないが、

 

ビジネスをしっかりやろうとする場合には

大問題である。

 

たぶん思考形式が違うので理解しようったって

無理なのである。

 

そこで、どうするか。

 

それはこちらが行動も思考形態もインド的になって、

対応するか、

 

インド人を日本に連れていき2,3年日本の空気に触れさせて

彼らを日本的思考に慣れさせる以外にはない。

 

私の場合は、よく、お前はインド人だなと言われることが多いが、

 

それは、思考形式を彼らインド人対して

故意に合わせているために

インド人と対面している場合は自然とそうなってしまっている。

 

最近、意図的に毎度毎度そうしているというよりも

身体が覚えて慣れっこになっているような気もする。

 

なぜ、そう感じるかであるが、

 

インド料理が恋しいのである。

 

毎朝、私は典型的なインドの家庭料理で始まる。

 

そして、インドの会社に行ったときなど

昼食時にそこの社員食堂でで回りのインド人と同じ

食事をする。

 

日本人感覚からすると粗末なライスと

サンバ(インドの典型的なスープ、日本でいえば味噌汁のような常用食)だけの

昼食でもそれがインド人と同じ胃袋の感覚でおいしく感じるのである。

 

1か月くらい日本食なしても全く問題ない。

 

また、私の場合は、必要な場合以外は

インドでは

ほとんど日本人と接することはない。

(というか、故意に避けている。

日本人だけの飲み会には絶対に行きたくない。

日本国内では別。カラオケも嫌いではないし、居酒屋も好きである。)

 

おかげで

インド人の彼らたちが会話している英語も

聞くとはなしに聞いていても

自然に耳に入ってくるようになった。

 

とすると、

言語と食は文化を表象するから

自然と日本人の私でも

インド人感覚になることができるのだろう。

 

(だから、日本人駐在員の一番の問題は

日本人とだけ群れて、日本食に固執するからだろう。)

 

しかしだ、

 

そうはいっても、私も

インド人たちのビジネスのやり方

マナーには時としてムッとすることもある。

 

そこはカッとなってもしかたがないので

ほかのインド人同志と同じ様に感じるようにしている。

 

そもそもインド人に対してはメールなど返事を期待するほうがおかしい。

(返事が来ないので日本人はまず、それで参ってしまう。

でも、メールに返事をさせるテクニックはある。)

 

なにしろ、ヒンズー語は、

昨日と今日の単語の区別が

ないのだから、そのインド人感覚は推して知るべしであろう。

 

問題が起きても、しかたがないね、という態度で

なにがなんでも解決するという気迫は感じない。

 

もちろん、彼らも表面的には問題として大騒ぎするのであるが

我々からすると、ちょっとピントがずれている。

 

だが、最近のインド人、特に若手は

ビジネスが欧米化してきたこともあり、ストレスで

精神的に参ってしまう事例も多くでてきたようだ。

 

新聞に載っている人生相談やら悩み相談の内容が

全く日本と同じである。

 

結局、異文化コミュニケーションなので

どんな相手と対峙しても

柔軟にどうやって対応するかが重要であり、

最終ゴールはなにかを意識するかによって

日常の仕事のやり方などは時と場合と相手に合わせればよいのだ。

 

(日本的やり方はむしろ世界標準から外れる。)

 

だから、目的さえ達することができれば

日本人もインド的になってインド人的な仕事の仕方でも何も悪いことはない。

 

(郷に入っては郷に従えということもあるではないか。)

 

むしろ、

相手に対して日本的な仕事のやり方を押し付けたり

期待するほうが、目的達成が遠のく。

 

つまりは、

すべてをまずは一旦受け入れたうえで

自分が相手よりも大きく賢くなればよいのである。

 

そのためには、論争はなんの意味もない。

 

知的理論武装し心理学も応用し

相手に接すればよいだけの話だ。

 

北風と太陽の寓話もあるようにだ。

 

そのために、常に勉強し好奇心をもって

いろいろな分野にある程度精通していないと

相手に対して説得力のある言い回しはできない。

 

また、それを表現するための英語力も必要だ。

 

英語力だけではダメで、心理学や脳科学のイロハも

知っていないと

いくら英語が得意でも単に通訳みたいなことになってしまう。

 

優秀な通訳が必ずしもビジネスが得意、

優れた交渉人であるわけではなかろう。

 

特に私は、最近は数学の本をよく読む。

 

統計理論などは理系、文系ともに必須科目でもある。

 

なぜ、数学かというと、

論理力を鍛えるというよりも

日本の巷ではインド人は数学が得意だという幻想があるが、

その噂を利用してこちらの数学知識を披歴して

相手をやり込めることも可能となるからだ。

 

別にすべてのインド人が数学が得意であるわけではない。

 

ただ、その教育方法は日本とは全く違うので

日本の場合は文科省は反省すべきだと思うが。

 

YouTubeなどの数学のビデオを見ると

ものすごくわかりやすくて、

なんで日本の教科書や学校では

あんなにわかりにくくしているのかと

腹が立つほどである。

 

もし、数学がよくわからないという人は

数学のビデオを見ることをお勧めする。

 

ただし、英語だが、その英語もなれると実にわかりやすい。

 

このように、自分を異環境でも対応できるように鍛え

自分自身を教育することも自分自身の務めであり

義務、責任でもあろう。

 

人間は鍛え自分自身を教育することによって

いくらでも可能性が開かれるのに、

 

自分の置かれた環境を嘆いたり

自分には才能がないのではと意気消沈するのは最も恥ずべき

所業である。

 

 

 

 

 

にほんブログ村 経営ブログ コンサルタントへ
にほんブログ村

AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2016年11月20日(日)

アノニマスはトランプ新大統領になんと言っているか。

テーマ:日本人論

アノニマスってなに?と言っている人は

下記は読まなくてよい。

 

そういう人は国際情勢や海外で何が起こっているか

あまりにも無知すぎて説明する気にもならない。

 

ところで、昨日、YouTubeにアップロードされた

anonymous(アノニマス)のメッセージはこうだ。

 

「トランプ氏よ、米国の威信を取り戻すのもよいが、

あなたの使命は世界を戦争のない世界に導くことである」、と。

 

アノニマスはトランプに相当期待していることが

伺われる。

 

なにしろトランプはロシアのプーチンの指導力を評価しているので

来年からは米ロ関係が格段に改善するとみられている。

 

ということは、シリア情勢も改善して

アサド大統領が再び実権を掌握して安定化することが予想される。

 

つまり、シリア難民問題も改善する。

 

これらの世界の混乱、不安定はすべて米国が仕組んでいることを

まずは理解すべきである。

 

これを裏で糸を引いているのは兵器産業である

軍産複合体であることは誰しも承知である。

 

ネオコンと呼ばれるその軍産複合体が

ヒラリーを支持していたのだから、

 

今回米国市民の良識によって

トランプを選択したのも当然といえば当然の結果である。

 

再三、言っているようにヒラリーを応援していたのは

大企業やウォールストリート、既得権益をもった民主党の応援者だけだ。

 

アメリカの一般大衆はヒラリーを嫌悪しているのだ。

 

別にこのことは陰謀論などというものではなく

世界の常識である。

米国では堂々とこの議論がなされている。

 

アメリカにはまだ民主主義の良識が残っているのだろう。

 

知らないのは日本人のあなただけである。

 

低レベルのバラエティー番組で面白おかしく取り上げて

トランプは人種差別主義者で強硬な移民政策をとるとか

報道しているが、

 

彼の今の奥さんはスロバキアからの移民で

アメリカの市民権を得たのはつい10年ほど前なのだ。

 

メディアはトランプに対して

排他的で米国外から移民を受け入れない男という

イメージを植え付けているが、

 

なんとも節操のないメディアの末路ともいうべき劣化具合だ。

 

今回は米国人の多くが内心ではトランプを支持していた。

だから、事前調査と違うとか、サプライズとか言っているが

なんとも情けない情報収集能力である。

 

日本では大手米国メディアの受け売りで

そのまま右から左に流し

 

同じく何も知らない日本人は、何も考えずに

そのまま受け取るという構図である。

 

そこで、大慌てした外務省は、安倍首相に

話が違うじゃないかと怒鳴られ、慌ててトランプが

まだ大統領にもなっていないのに会談を設定したようだ。

 

これもずいぶん、節操のない話である。

 

大統領就任前に自宅まで行って会うのは日本の首相くらいだろう。

 

なんだか、犬がしっぽを振っているようで情けない。

 

そしてあろうことか、

日本のメディアはトップ同士が信頼関係を構築したなどと

喧伝しているが、外交儀礼上は非常に違和感があり、

またまた、世界では馬鹿にされるだけの行動であった。

 

 

今回、安倍首相はペルーでのAPEC会合の出席前に

ニューヨークに立ち寄ってトランプと会ったが、

まだ、現職はオバマであり、

そのAPECにはオバマ大統領も出席しているので

この日本の態度をどう思うだろうか。

 

外務省もなにも考えていないとしか言いようがないが

(まだ、帰路途中に会うほうがオバマの気分を害さずにすんだのではないか。

でも、日本の政府は本当にそんなに馬鹿なのだろうか。)

 

単眼思考であり、複眼思考ができない

今の日本人の全体の姿を象徴しているようでもある。

 

エスタブリッシュメントと言えば、

日本の大企業もそうであるが、

 

私は昨日も書いたように、大企業は潰れればよいと

思っている。

 

本当にそう思っている。

 

もはやショック療法しかないだろう。

 

今の日本人のメンタリティをこのような自堕落にしたのは

何も考えない単眼思考のここ10年の大企業である。

 

だから、世界の市場でも日本製品は凋落が著しい。

 

2011年の大きな災禍で日本人は変われると

思ったのは幻想であったが、

それはある地域限定の出来事でしかなく、日本全体では結局、他人事なのであった。

 

非常に残念である。

 

私はこの災禍をきっかけにして変わることができなかった

我々自身、猛省すべきと思う。

 

トランプが大統領になって、日本の安全保障問題を

否が応でも日本人自身で自分の頭で考えなければならなくなったことは

良いことだと考える。

 

一方、

日ロ間の北方領土問題は進展の可能性が高くなった。

 

しかし、世界においては、国の友好や好意は

まず幻想と考えたほうがよい。

 

ロシアのプーチンはしたたかであるから、

それは日本に対する友好などという美辞麗句ではなく、

日本とアメリカの同盟関係に

くさびを打ち込むことが狙いである。

 

インドにしても、そうである。

モディ首相が最近、日本を訪問したが、別にインドは日本に頼り切っている

わけではない。

 

インドはロシアとも仲が良い。

アメリカとも親密である。中国とも関係を良好にしようと模索している。

 

こちらの新聞では

インド系アメリカ人が新政権の

重要閣僚ポストに就任することが伝えられている。

 

日本で伝えられている情報とは全く異なる。

 

知的武装を基本にした

この情報収集能力や交渉力、対応力ビジネスでも同様であり、

 

実際、インド人と日本人がビジネスすると

赤子の手をひねられるように難儀するであろう。

 

非常に日本人は甘いのである。

 

中国では日系企業が大量に進出しているので

いろいろ中国の悪口やビジネスの困難さが喧伝されるが、

インドはその事例やケースが少ないだけであって、

 

インドでビジネスを行うほうが本当はもっと大変ではないかとさえ思う。

 

インド人は日本人に対して個人関係としては友好的ではあるが、

ことビジネスとなると豹変する。

 

それがわかっていない。

 

とにかく、今は世界は一体化しており

世界の情勢がわからない者はビジネスという領域に手を出す

べきではないだろう。

 

ひねりつぶされるのがおちである。

 

 

 

 

 

 

にほんブログ村 経営ブログ コンサルタントへ
にほんブログ村

AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2016年11月20日(日)

哀れな日本のサラリーマン

テーマ:日本人論

ちょっと過激なタイトルかもしれないが、

 

やはり真実は真実なのでウソは書けない。

 

 

・・・・・・・・

 

なにがって・・・、

 

いろいろな意味で哀れだ。

 

社畜という使い古された言葉は陳腐なので

あまり使いたくないが・・・、

 

では、単刀直入に聞こう。

 

あなたは今の会社に対して

愛社精神がありますか。

 

もっとも

若い人たちはこんな前時代的な

精神構造は持ち合わせていないだろうが、

 

しかし、

50代の社員の多くが愛社精神なるものを

一応、いまだに持っているのだと思う。

 

だから、これまで我慢して耐えて

転職もせずに30年も勤続してきたのだろうから。

 

私もかつてはそのようなものを持ち合わせた時代もあった。

 

その時代はそれでよかった。

 

当時を振り返れば

確かになにか郷愁のようなものを感じるし、

 

昔は職場の社員旅行や飲み会、

工場の運動会などもあった。

 

当時は日本の会社ではそれが当たり前だった。

 

しかし、今の時代、そんなことを若い世代に

言ったら相手にされないだろう。

 

だから、さすがに

そんなことをやっている前時代的な会社は

今では存在していないと信じるが・・・。

 

だが、50代のサラリーマンは

哀れにも

その精神構造を未だに引きづっている。

 

昔はよかったなあ、とか、今の若いものは・・・、と

愚痴って嘆くのである。

 

そのオジさんに飲み会なんぞに付き合ったら大変なことになる。

 

昔話、自慢話、苦労話、会社の自慢、

そして今の時代の愚痴、

とても聞けたものではない話ばっかり、

 

耳をふさぎたくなる話のオンパレードだ。

 

それをかつて経験し理解している私ですら

聞きたくない話ばかりだ。

 

だから、

オジさん、ちょっと待ってよ、だ。

 

今の時代、どっちがおかしいの、といえば、

50代のおじさんたちのほうである。

 

つまり哀しいかな滅びゆく恐竜世代だ。

 

そして、そのおじさんたちは

自分の会社に対してまだ愛社精神なるものを

もっている。

しかし、今ではおおぴらに言えない。

 

飲んで酔いが回ったときくらいに口走る。

あるいは、同世代との居酒屋で飲むとき。

 

特に大企業のサラリーマンがそうだ。

 

たとえば、

前時代的な観念の典型は

 

”ものつくり”だ。

 

確かに、その日本人の精緻さ精密さ、

きめ細やかさによって

これまでは製造業が発展したのは確かだ。

 

それはそれで美しい響きがある。

 

しかし、今の時代はAIの時代、IoT,3Dプリンタ

ましてや自動運転なるものも登場してきている。

 

だから、30年前の日本の”ものつくり”コンセプトは

大幅な修正が必要であろう。

 

特に大企業の従業員たちは

30年かけて洗脳がとっくにすんでおり、

身体の隅々まで

当時のそのメンタリティがこびりついている。

 

また、

個人としても

大企業ゆえのブランド力で、自分の力でもなんでもないのに

そこに属しているという理由と

企業名が書かれた名刺だけで

そして、課長とか部長と書かれていればとりあえず一安心。

 

その装飾によって周辺から一目おかれたり、

外部業者に接待されたり、ちやほやされるのだが、

 

それを自分の実力と勘違いしている。

だから哀れなのである。

 

50代も半分過ぎれば役職定年。

へたをすれば仕事すらない。

 

そして、定年退職が射程に入る。

 

60歳以降に定年延長制度にすがるなんて哀れなものだ。

プライドもへったくれもないだろう。

 

だから、焦る、そわそわして不安になる。

 

内心、大企業のブランドのみが誇りだから

定年になって一人の個人となったら何の力もないことを

うすうす感づいている。

 

だから、愛社精神にすがって、

オレはいい会社に入った。

実に充実した30年だったと自己満足で

自分を納得させようとしている。

 

定年後の自分の現実の姿を見るのが怖いのである。

 

私は実際にその気持ちもわからないではないし、

同世代なので

なおさら哀れさを感じるのである。

 

40代だって安心してはいけない。

 

40代後半になれば50代と似たり寄ったりで

同じようなものであろう。

 

だが、40代はまだ間にあう。

あと10年ある。

 

しかし、50代になってからでは

残念ながら遅い、と言わざるをえない。

 

残酷なようだがそれが現実だ。

 

せいぜい、下流老人にならないように

金銭的な対策だけはしておいたほうがよかろう。

 

今の日本の50代とは違い

今の60代後半、70代の海外旅行を謳歌している先輩たちは

逃げ切り組だ。

 

 

その先輩たちの姿を見ているから

老後は自分も同じように生活できるはずと思いたいだろうが、

今の日本ではその可能性はゼロである。

 

 

 

 

にほんブログ村 経営ブログ コンサルタントへ
にほんブログ村

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2016年11月13日(日)

日本低迷の原因は実は潜在意識下の自信過剰。

テーマ:日本の進むべき道

日本経済が低迷して元気がない、

今一つ、世界ではパッとしない原因はなんだろうか。

 

アベノミクスで政府が成長戦略を煽るものの

笛吹けど踊らずで、今の時代は経済界よりも

政治のほうが積極的だ。

 

失われた20年などと言われているが、

その言葉の裏には、いつかは復活すると思っている

節が伺える。

 

しかし、残念ながらこの先、失われる年月はずっと続き

永遠に失われた年月となる。

そのことは内心、誰しもが感じているところだと思う。

 

人口減少などの統計的な現象は

今後の日本経済の低迷、凋落傾向は容易に想像がつくが、

 

それは、今後、10年、20年後のことであり、

今の低迷、元気のなさの説明がつきにくい。

 

そもそも、近代国家が始まってこの150年

我が国の失敗が始まった最初の事件は太平洋戦争の敗戦である。

 

そしてバブル崩壊。

 

戦後、高度経済成長が始まって

経済の我が世の春を謳歌したが

バブル崩壊によって再度低迷が始まった。

 

思えば、太平洋戦争に突入したのは誰もが知る通り

陸軍軍部が暴走して引き起こした戦争であると

単純に言えばそういうことであるが、

 

では、なぜ、陸軍は暴走したのだろうか。

 

それに対し、

我々は理由など突き詰めて十分反省したのだろうか。

 

そもそも、

その暴走の遠因は日露戦争の勝利にありそうだ。

 

なぜ、日露戦争に勝利したかというと、

決して、日本とロシアの国力が互角だったからではない。

明らかに日本のほうが国力は弱かった。

 

日本海海戦において、

バルチック艦隊をからくも全滅せしめたことを奇禍として

日本政府は即座にポーツマス条約の

締結に持ち込み戦争終結に動いた。

 

もし、これが長引けば、

日本はロシアに巻き返されて

完全に叩きのめされ

東欧諸国のようにソ連の一部になっていたかもしれない。

 

そういう意味では当時の日本人の慧眼に感謝するしかないが、

 

問題はその後、なぜ勝ったかを分析せず、

学ぼうとしなかったことだろう。

 

特に陸軍は日露戦争では大変苦戦したにも関わらず

運よくロシアを後退せしめたものの、

決して大勝したわけではない。

 

そのことを当時の陸軍もよくわかっていた。

 

しかし、その後、

陸軍は士官学校で精神訓など日本勝利を教え込み

その結果、傲慢となり、自信過剰、夜郎自大となり

国を率いるエリートたちが国を動かせる力を得て

昭和の暴走に突き進む。

 

すなわち日本国家が変質したきっかけは

日露戦争の勝利からである。

 

まだ明治の政府、海軍、陸軍はまだ謙虚であり

海外から学ぶ姿勢があり

明治維新からさほど立っていない時期でもあり、

自分たちの力量を理解していた。

 

また、彼らは国際感覚に敏感であり、

海外から学ぼうとする意欲も十分にあった。

今よりもメンタル的にグローバル化していたといえよう。

 

特に海軍は国際感覚が豊かで

イギリス海軍から学んだスマートさを標ぼうし

十分に自分たち力量と海外との差の分析をしっかり行っていた。

 

ところが、陸軍は国際感覚を無視し

その結果、満州事変を引き起こしたうえに

それが中国全土に拡大する結果となり、

 

そのため英米との軋轢を生じ

太平洋戦争に突入するという暴挙にでたことは

後世の我々が知るところである。

 

では、今の時代であるが、

 

ジャパンアズナンバーワンなどと

おだてられていたのは1980年代。

 

日本製品は最高だなどと自負していたのもつかの間、

その後、真っ逆さまに転落をはじめ

中国にはGDPの座を奪われるはめとなり、

 

自信を失ったかに見えるが、それも表面的。

 

(自分の胸に手を当てて考えてみよう。傲慢さがないかどうかを。

自分や自社は中国人や中国企業に本当に劣ると思っていますか。)

 

実は、日本人は中国や韓国の躍進の理由さえからも

学んでいないのだ。

 

その結果、

有名な大企業が軒並み不祥事や低迷でニュースを

にぎわすようになった。

シャープはいまや台湾企業だ。

 

そして今では、

発想転換したサービスやシステム製品などで

世界をリードする日本製品は皆無で

完成品にいたっても世界市場は

中国や韓国製品に市場を席捲されている

有様である。

 

唯一、強味を発揮しているのは部品関係のみで

すでに日本は世界市場の部品屋に堕してしまっている。

 

しかし、これも早晩、どこかの国に座を奪われるだろう。

 

なぜ、そう思うかを説明しよう。

 

一言でいうと、

経済界の人物たち、大企業、中小企業

いずれもが金太郎飴的に

同じ顔、同じ表情で、同じ考え方、同じ意見で

とにかく人間的な迫力と魅力を感じない。

 

ひとつ例を挙げよう。

 

次の市場はインドであるといわれているが

私はインドにいて非常に痛感するのは、

このインドで日本製品はほとんど通用していない。

 

自動車のスズキが唯一気を吐いているくらいで

過去と比較して世界で通用していた

かつての日本製品は非常に影が薄い。

 

ところが、幸いにというか、

ここのインド人たちは

過去の栄光であるジャパンアズナンバーワン時代の日本の

イメージをまだ引きづっていてもらっているおかげで

かろうじて日本ブランドという目に見えない名前だけが

通用するという程度だ。

 

そのうち彼らも日本国内の実態を知るにつけ

メッキがはがれ見向きもしなくなるだろうと本当に

心配している。

 

こんな状況であるにも関わらず

いろいろな日本企業の人と話をしていると、

まだまだ彼らの内心に傲慢さと自信過剰の片りんが伺える。

 

彼ら現役ビジネスパーソンの中核は40代、50代であり、

あるいは中小企業の二世経営者であるが、

この世代は過去の、または先輩たちから聞かされた

成功体験が身体に染みついている。

 

その成功体験を潜在意識下に引きづっているので

それがふとした瞬間に

いろいろな場面で表面化するのだ。

 

これは日本企業全体の

集合的無意識といってもよいだろう。

 

例外なくほぼ全員である。

 

うちの製品は品質が高いのにどうして売れないんだろうと

皆が異口同音に言う。

 

品質が高くても価格が高ければ売れないのは

ロジックとして誰もが知っている。

 

しかし、品質と価格は相互依存であり、

適正な品質と価格をどう折り合いをつけて製品化するか

だけの話なのに、それをやろうとしない。

 

プライドが許さないのか最適な品質に下げようという

ことを選択肢のなかから完全に外している。

 

製品とは品質が高ければよいというものではない。

 

モノには適正品質というものがある。

 

つまり、日露戦争の勝利と同じように

80年代のジャパンアズナンバーワンの時代から

なにも学んでいないということだ。

 

謙虚さの微塵も感じないのは特に成功体験のある

中小企業の経営者がそうだ。

 

苦労したはずの一世創業者のDNAとマインドは

二世では消失しているのか

高度経済成長時代の甘やかされた環境で育ったためか、

今の時代の不可測事態に柔軟に対応できず

社会、世界の変化のほうが早く激しいので右往左往するばかりである。

 

 

さらにまずいのは、彼らの心の中に国際感覚が欠如しているという点。

 

世界の動きを学んでおらず、

ましてや、インドでなにが起こっているかなど

なにも理解していないし、

メディアの伝える情報のみを鵜呑みにしている。

 

だから何か起こると

予想外、想定外などと他人事のように言っている。

 

大企業の駐在員にしても同様だ。

彼らの多くは2,3年の駐在を

大過なく終えればよいのでなにもしようとしない。

 

駐在期間中に

成功しようとするのではなく、

失敗だけはしないようにする。

つまりチャレンジはしないのである。

 

こんな状況だからインドに来ても

うまくいくはずがなかろう。

 

つまり、今の日本企業は過去の陸軍と同じで

成功からは全く学ぶことをせず、

過去の成功体験にしがみつき

そのうえ、真の意味での国際感覚が欠如しているので

国際経済戦争に負けるのである。

 

このままでは、次の5年後、10年後は推して知るべしである。

 

 

 

にほんブログ村 経営ブログ コンサルタントへ
にほんブログ村

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
1 | 2 | 3 | 4 | 5 |最初 次ページ >>

AD

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス

      ランキング

      • 総合
      • 新登場
      • 急上昇
      • トレンド

      ブログをはじめる

      たくさんの芸能人・有名人が
      書いているAmebaブログを
      無料で簡単にはじめることができます。

      公式トップブロガーへ応募

      多くの方にご紹介したいブログを
      執筆する方を「公式トップブロガー」
      として認定しております。

      芸能人・有名人ブログを開設

      Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
      ご希望される著名人の方/事務所様を
      随時募集しております。