フラクタルの森  ( 備前焼 玄明 )

岡山県の中心、吉備高原にある大和山(oowasan)の南斜面に窯を築き、大自然と対話しながら備前焼を焼いています。陰陽学とフラクタルに関心があり「フラクタル陰陽学」として情報発信しています

「フラクタルの森」の考え方


紙に必ず表と裏があるように世界はで成り立っている


陰陽とは、見えにくいモノ と 見えやすいモノ

原因と結果であり、思いと行いでもあり、支えられているものと支えているもの

陰陽とは、右脳的(情)なモノと左脳的(理)なモノとも関連し

5W2Hとも深く関連する


両眼はクロスし右脳左脳と無限大マークのような形でつながっている

右脳は、感覚(悟性・感性)的な部分を受け持ち、左脳は、論理(知性・理性)的なものを受け持っている

物事を立体的に見るためには「複眼(両目)で見る」必要があるように

万象万物の認識にも同じ事が言えるだろう


これは、窯の上に造っている森の形であり(ピラミッドの形と似ている)

この森の中で物事を考えませんかという提案でもある


(フラクタルの森の形)


頭脳明晰と思われている人ほど深く見る ことを忘れ、表面の左脳的要素である知性と理性だけで見る傾向がある

右脳的要素の感性と悟性の部分が欠如しているのだ

「なぜ」を繰り返さず分かっていると思いこんでいる

ソクラテスの「無知の知」を見習うべきだろう

知識人と言われ人達は現代もソクラテスの時代と同じ過ちを犯している


少なくとも陰陽で出来る4つの空間を埋める必要が有る

そして、深く自己の世界観である思想宗教の中身を見つめるべきだ

ここが間違っていれば、良かれと思って成したことでも狂った結果をもたらすことになる




万象万物、全て、この7つの循環を経ずして成り立ち、存在することはない。
ダーウィンの進化論を未だに信じ込んでいる人たちがいますが、

深く考えると「なぜ」(思い)を埋めていない不完全な欠陥理論だということがわかる

設計図無く製品が出来ないように、設計者無く設計図が書けないように

設計者無くDNA(生命の設計図)は書けません

粘土で作られるあの単純な器であっても、欲しい、作りたいと思う人が居なければこの世に生まれてくることはないという簡単な理屈を理解できないで人たちがいるようです

「なぜ」を埋められない原因は、思考停止にあり無宗教(唯物論、無神論)にある


同じく経済の見方も「企業の目的は利潤追求である」という片眼での見方がまかり通って社会に害毒を流している。

そのために大企業や富裕層に対する嫉妬心をあおり、経済を自滅させようとする。

その原因も、また同じところにあり、思考を停止させ表面の結果しか見れないところにある


経済は、仕事・商品とサービス(陰)と代金・給与(陽)で支成りっている

結果から順番に必要なものを入れていくと見えてきます

経済活動の中で結果として一番関心が有るのは「給与」

給与の元になるのが売り上げ「代金」

その代金は、「商品・サービス」が無ければ発生しない

それは多くの人々の「仕事」によってもたらされるもの


この循環が生活を支え生活に潤いを与えます

まさに「経世済民」(社会を治め国民を幸福にする)


結局は、この4つの循環の質と量とスピードアップに努力すれば良いだけのことですが、これを、政治家もマスコミも経済の専門家も「企業の目的は利潤追求」などと表面だけで見るために蛇行させることになる。

「企業の目的は社会貢献(陰)であり、その結果目標として利潤追求(陽)がある」と複眼で見るべきです。

目的は、お役に立つこと、使命はそれを結果として示すこと

税金は全て「仕事」が産み出す「代金」(GDP)からくみ上げられる

国民を豊かに幸福にするためにもGDPを増やせば良いことなのだ

それは、投資や消費行動から生み出される

税収を増やしたければGDPを増やせば良いだけのことなのに

左脳だけを鍛えた人は、この因果の流れを無視し税率を上げれば税収が上がるように考え社会を混乱に陥れている



税金は、本来、負担金(アクセル・陽)と制裁金(ブレーキ・陰)の2つの面を持つが、

消費税増税は、消費にブレーキをかけるものだ。

消費が過熱しすぎたときにブレーキをかける目的で使うものであり、

このデフレの状態の中で消費を冷やそうとするとは狂気の沙汰ではないのか。

その仕事と代金を多くする(山を高くし、すそ野を広げる)ために血税が使われるなら良いが、

大企業や富裕層から多くを取り上げ(山を低くし)国民にばらまかれるならば、

国民の労働意欲を失わせ国民の民度を下げ、国家は滅びへの道を歩むことになるだろう


すでに破たんしているネズミ講である公的年金制度を無理に維持し

それを消費税で賄おうとするなら将来70%まで上げる必要があるという

これで経済が持つわけがない


誰が、甘い汁を吸い

誰が、将来にツケを回してきたのかハッキリさせる必要があるだろう

時の政権が票集めの為に合法的なワイロとして配り続けた事が原因なのだろう

公的年金もネズミ講の形で継続できるわけがない

本来は、年金制度は、企業でも維持継続できるような積み立て方式に戻すべきだろう


そのためには、強制的にネズミ講に組み入れられ搾取されている若者の一票が必要だ


フラクタルの森・備前焼 玄明





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ソクラテスの悟りでもある「無知の知
当時の知識人と言われているような人たちと議論をして分かったことは
ソクラテスは知らないことを知っているのに彼らは違ったのです

 

現代でも同じような人たちで満ちている
たとえば次のようなことだ

画像の説明

この図の質問に対する答えの正解は、「?」分からないのはずなのに
左側の答え・・そんなモノは有るものかという答えが返ってくる事がある

 

色んな意見はあるにせよ、それぞれに証明されていることでは無い
それにもかかわらず、完全否定する人がいる

 

おそらく、ソクラテスの時代にも同じようなことが有ったのだろう

そのような答えを返す人たちには
社会的地位もあり、頭脳明晰で優秀な人がも多いようだ
どうやら、いつの時代も同じような事なのかもしれない

 

このような目にも見えない、証明も出来ないようなことを考えるに際して
一体どのような態度が必要なのか考えてみよう

やはり、最初は心素直に分からないことを認めることから始めることなのだろう
そして現実・事実・真実へと歩を進めていくべきだろう

 

最初の課題について考えてみよう
神仏、創造主なるモノの存在の有無である

 

神仏がおられ我々の魂や肉体を創られたかどうかなど
分からないのが「現実」だ
しかし、事実を集めてみる事は可能だ

 

色んな事実が世間には有る

NHKでも「ダーウィンが行く」というTV番組を放映しているように
環境の変化により突然変異を起こし、
それが適者生存し、自然淘汰され、進化してきたという説が有る
要するに偶然に進化してきたという考えが、かの公共放送なる所から流されている


これも確かに事実として現にある

しかし、真実はどうだろうか


他に事実としてこんなモノも有る

過去、色んな宗教家達が訴えてきたように
神なる存在が有り生み出され育まれてきたとする考えも有る

 

そして、陶芸で創られる器であっても必ず作り手が存在する
目の前に有る器が偶然にこの世に生まれてきたなどと言い張る人はいない

 

物事には、必ず設計図が有る
生命体にも命の設計図としてDNAがある
設計図が、これまた、偶然に出来ることなどあり得ない
必ず設計者が存在する
有機物だからといって、勝手に化学反応しながら進化することなどイメージ出来ない
イメージできないことを具体化しより高次な存在へと高めることなど出来ないことは万人が認めることだ
その証拠に、人類は未だに単細胞の生物すら創造できていない

 

白紙の上に、これらの様々な事実を左右に分けて並べてみることだ

これは、このことだけに限らず全てのことに言えることだけれど
ただ、この事実を並べて見るだけで
浮かび上がってくるモノと
沈んでいくモノははっきりと見えてくる

そこに真実なるモノが有ることを知るべきだろう


知性の本質とは、その様なモノではないのだろうか
無知の知を認めたところから始めるべきだと思う

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全ては陰と陽の要素で成り立っている


それはどういう事か
全ての存在には、確かに二つの要素が絡んでくるのだ

男女が在り、プラス極とマイナス極があり
紙という存在にも表が在れば裏が在る
表だけで存在することは出来ないのだ

 

もっと深く見る
時間では、原因と結果、その結果が次の原因となって循環する
空間では、他者と自己、彼岸と此岸、環境の中に自分なる存在が在る
人間では、感情と理性、右脳的なモノと左脳的なモノ、悟性感性と知性理性
この二つがクロスし人生というドラマを編み上げている

 

比喩で見るならば
パソコンの動作もゼロイチの二進法であるように
人間の営みも分解して細かく解析するならば
パソコンと同じく二択の重なりで成り立っている

 

人工知能の未来が見えつつあるが
人間の能力を凌駕しつつあるこのAIであっても基本は二進法だ
CPU、集積回路の発達、ビッグデーターの活用などで
人間の能力を簡単に超えつつある

しかし、どれだけAIが進化し発展しようとも
越えられない一線が在ることを知るべきだろう

 

それは、このAIの持つ能力を人間に置き換えてみるならば
これは、人間の持つ知性と理性の部分でしかない
AIの持つ能力は左脳的なモノに限られるのだ

 

人間には、もう一面が在る
それは、悟性と感性である
これは、右脳的な側面を持つ

 

現代社会を引っ張っている多くのメディア人も役人も学者たちも
その多くが左脳的な鍛錬だけで生きているようだ

 

「感性」については、そのことに違和感を持つ人は少ないだろうが
「悟性」・・・このことについては思考停止のままの人が多いようだ
悟性とは何か、それは、書いて字の通り「悟りの性質」であろう

 

では、悟るとは何を悟るのか
結局は、「真理」だろう


真理とは何か、
それは、人間とは何か?
そして、我々が生きている世界、その時間と空間とはどんなモノなのか
何のために生まれ、死後どこへ行こうとしているのか

 

確かに、色んな考えが有り色んな宗教が在る
しかし、この世界観から全ては始まるのだ


これこそ、目には見えず証明することは出来ない

 

この世界観(悟性)が違うと、
感性も知性も理性も全く違ったモノになってしまうことを知るべきだ

 

どうやら、人間に与えられている使命とは
まさにここに関連したモノなのだろう

 

真理を悟り、それに沿った思い(感性)の中身、
それをどのようなモノで詰めていくのか、その内容が問われているのだろう
どれだけAI的なものが進化しようとも
この部分が間違っていれば
何の意味を成さないことは、少し考えれば分かる事だ

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アメリカに対するメキシコ、日本に対する中国
共に同じことが言える

 

自由貿易でのメリットは、
隣国の安い労働力を使い製品を生産して輸入することで
国民は、安い製品を手にすることが出来るだろうが

自国の製造業が他国に移り
国内の働く場所が減り、国民の所得も減少する

国民の所得が減っていくとやがて国力は落ちていくことになる。

 

安い労賃の国外に生産拠点を移した企業は収益を伸ばすことが出来るだろう
後進国に生産技術を移転することでその国に力を付けさせ、
その国民を将来消費者とすることも期待できるが
その反面、国内には税金が入ってこなくなりグローバル企業ばかりが得をする

 

メリットの裏には、必ずデメリットが存在するのだ

 

結局、各企業が、なんでもかんでも自由で目先の利得だけで

勝手に動いていくようだと国家は簡単に破たんしていく
国外へ移転して安い労働力で生産して国内に輸入してよいものには選定をかけるべきだろう

 

やはり知恵も必要だし、国民の努力も必要になる


隣国も発展してもらわなければならないが
自国を滅ぼしていく道を選ぶべきではない
産業を移転するならそれに代わる産業を育成しなければならない


そのためには、教育レベルも上げていかなければならない
そんな努力もせずに海外で安く作らせて甘い汁ばかりを吸っていたのでは
その国はやがて滅びても仕方がない

 

トランプの言うように企業利益のみで動いていくものにはそれなりの負担を要求するのは良い判断だと思う

 

NHKの討論番組で熊谷氏(経済学者、大和総研のチーフ エコノミスト。大阪経済大学客員教授)がトランプ氏の対応に対して批判していたことに違和感を感じて考えたこと。

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世界は、陰と陽で成り立っていると言われます。

これは、単に東洋で言われるだけでなく世界中で言われてきたことのようです。

オーストラリアのアボリジの中でも、アメリカインディアンのナバホ族の中でも言い伝えられている事のようです。

 

そもそも、陰と陽とは何かという問題も有りますが「陰陽師」というように霊的世界を扱うような所も有りますし、言葉としては誰しも聞いたことの有る言葉でしょう。仏教でも彼岸の事が言われるように霊的世界、あの世の事は世俗的には常識として扱われていながらも明確な形で認識されている場合は少ないようです。「彼岸」(あの世)のことを言うならば「此岸」(この世)のこともセットで考えなければならないのですが、現代仏教では唯物論的な理解で切っていくために「彼岸」自体の言葉も暦の上でのただの言葉になってしまっているようです。

私自身、陰陽に関わる本を読みあさったことは有りませんが、玄明という名前に表れているように昔から心惹かれている言葉でした。

 

ここまで生きてきて学び考えていく中で、陰と陽に関わる私自身の認識は、とてもおもしろいものとなっています。確かに全てのモノが陰と陽、2つの要素で出来ていると思えるのです。

それを単なるこじつけだったり、妄想だとして切り捨てることは可能ですが、深く考え水平思考的に色んなモノを関連させながら観ていると共通した法則が見えてくるのです。

そのことを一言で言ってしまうのは誤解を招くかもしれませんが、確かに2つの要素で成り立っています。紙が現に在る為には表と裏が必要なように、男女が必要なように、長所と短所が在るように、パソコンがゼロイチで動くように、優しさと厳しさが在るように、アクセルとブレーキが必要なように、右左、上下が在るように、2つの要素が絡み合いながら成り立っています。

 

陰と陽を私流に解釈して言うならば、人間の形の中に組み込まれています。

聖書の中に「神は、自らに似せて人間を創られた」という部分が有りますが、まさに、私たちが世界を見て考え行動する流れの中に陰陽は有ります。

右脳と左脳の2つが体を統御し世界を見ながら考え行動する、その流れこそ陰陽の世界だと思えるのです。この人間の機能に織り込まれた形の中に、この宇宙を、この世界を、この人生を正しく見て正しく判断し正しく行動していくための、大いなる宝物が隠されているということなのです。

 

 

この流れの形を「フラクタルの森」として窯のある山の中に造っています。

その形は、無限大のマーク「」になります。

目の機能がうまく働くために、両目ともそれぞれに右脳と左脳に情報が行くようにつながっています。それを上から見ると無限大のマークのようになります。これは、体全体を統御する形とおそらく同じでしょう。

 

この形は無限大のマークと同じように見える場合もありますが、これは、また、ピラミッドの形とも相似形を成しています。4辺(4面)があり頂点が在ります。

この頂点の部分、無限大マークで見れば接点となっている部分が、額に在ると言われているチャクラではないでしょうか。このチャクラで見ることがどれほど大切であるのかということは、色んな事をこの中に入れて考えていくと分かってきます。

 

2つの面を常に意識しながら、その中心で見ることです。

3点測量と私は言うことがありますが、究極的な客観視にもつながっていきます。

全てに全てが、このピラミッド形、無限大マークの形の中で、比喩として表現することが可能だと考えて「フラクタルの森」を造ろうとしています。

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フラクタルとは、数学用語ではあるが
文学的に表現するなら「部分は、全体と相似形を成す」ということだ。


「部分は、全体と似ている」
実際のフラクタル図形を見ても理解しにくいだろうが
文学や映像など色んな事が比喩で表現出来たりたとえ話が成り立つように
そこには何らかの共通したものが有るということだろう。

では、どこがどのように似ているというのか


http://matome.naver.jp/odai/2132659831035762501/2135816806386261703

宇宙、世界、社会とはこの映像のようなものだと、私は考えている。
ミクロとマクロは似ているということだ。

 

私の作品の多くの底には「玄」のサインと渦巻き模様がある
この渦の形も陰と陽の関係であり
私の宇宙観(世界観)を表現しているつもりだ

 

目に見えにくい「玄」なるモノが中心にあって
目に見える「明」なるモノを形作っている

これは紙の裏と表の関係でもあり
原因と結果の形でもある

目に見えている存在を支えているモノが、その背景に必ず在る
この陰と陽の法則は、比喩として全ての価値有る存在の中に
フラクタルとして在る

 

素粒子の世界にも細胞にも中心に核があり
顕微鏡の世界から天体望遠鏡の世界までつながっている
ミクロの世界からマクロの世界にまでその連鎖が繋がっているということは
その中間に存在する全てのモノの中にも姿を変え同じ構造が在るだろう

一人の人間の中にも社会の構造にも太陽系にもある


銀河の中にも中心にはブラックホールがあり渦巻いている
その銀河もさらに大きな宇宙を中心として回っている
どうやら全ての存在には必ず中心となる核(主なるもの)が有る
そして、中心となる意識(理念・法則)が有り渦を起こさせているようだ

 

その姿、その構造が意味するところは分からないが
ぼんやりと俯瞰すると、
この形の中に神の宇宙創造の神秘が隠されているのではないだろうか
この世の中には、この無限の連鎖が示すとおりに様々な神(主)が居る

 

出来るならば、
このグローバル化した世界、
小さな神様ではなく「地球神」の意識にまで心を合わせたいものだ
そうでなければ自己中心の思想宗教が蔓延し争いがいつまでも絶えないだけでなく
細胞レベルで周囲を無視し自己増殖を繰り返すとガン細胞になるように
小さな自己中の心が世界を醜くしていくことになるだろう


大いなる自己、
神仏と一体となった自己を目指したいものだ

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画像の説明
フラクタルの森では、全ての事象を樹木に翻訳しています
色んな課題の樹木が並んでおり
そこに在る法則は一貫しており、5W2Hにも翻訳できます

 

「フラクタルの森」は、
「仏説・八正道」で説かれている縁起の理法に基づいて作り上げた森です

 

「自己も世界も 原因の 
種がまかれて (因) 
水をやり   (縁)
果実が実り  (果) 
報いあり   (報)
果実の甘さ苦さにも
種と育ちに理由あり
己自身の 幸・不幸
過去に必ず原因あり
振り返りみて
反省の心起こすは 正見なり」

 

この四つの要素の流れをおさえることは大切ですが、基本は「正見」から始まります。
「正思」「正語・正業・正命・正精進」「正念・正定」と続きますが
入り口の正見が一番大切です

「正見」に先だって在る「正信」のことを言われることもありますが
まさに正しい信仰を持っているかどうかで
個別の課題を正しく見れているかどうかに関わってきます。

 

正見は、いつ、どこで、だれが、なにをに関連します
環境を正しく見ること
課題を正しく見ること
その環境を支えている見えない世界を含んだ宇宙も正しく見ないと愚かなことにつながるでしょう。

 

無宗教、唯物論、無神論の方達が左翼的な判断をされてしまう原因は
まさにこのところの見方に誤りがあるからです。

世界を、宇宙を、小さく見てしまうからです
目に見えて理解できるところしか見ようとしないために起きている現象です

心象世界が小さく狭く短いのです。

 

これは、まだ、動物性から抜け出ることなく
人間に与えられている「悟性」が中途半端に発揮されている状況です。
魂に刻印された仏性、神性ゆえに優しく在ろうとしますが
理解している世界が非常に小さいために
どれだけの学力を納めようと誤った判断をしてしまうのです。

 

正しい世界とは何か

正しい信仰とは何か

真理とは何か
信仰無き世界が単なる弱肉強食の獣性の世界を展開してしまうことを知るべきです。

 

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情報を正しく伝える為に5W2Hの大切さが言われますが、これは物事を正しく認識するのにも必要不可欠なことです。この5W2Hを分析的に整理すると次のようになります。

まず、前提としての場(大地)があり、その上で諸要素が渦をまきながら結果を残していきます。


「課題」があり「目的」(思い)があり「手段」(行い)があり「目標」(結果)が有るということ。

現実のその場をどう見るかということも大切ですが、それ以上に、見えないけれど我々自身の存在やその存在を受け止めてくれている世界がどのようであるのかということは、さらに重要な問題です。

これを見間違えていると大変です。

良かれと思って成したことでも逆になりかねないのです。

ここで思考停止している人があまりにも多くいます。



真理の探求でもありますので深く考えてみてください。


画像の説明


誰でも上の4つの宗教観のどれかに属しています。



この宗教観、世界観 が、あなたの全てに大きく影響を与えます。


世界をどう観ているのか、チェックしてみてください。

案外何も考えて居ない人が多いようですよ。
信じている度合いも加えて認識の整理箱を整理してみてください。


 人間  偶然に生まれ進化した 神仏の子として創られた
 空間  この世だけしかない あの世、霊界、天国地獄も有る
 時間  死ねば終わり 魂は永遠の転生輪廻を繰り返す

   


 創造主の存在  ない ある
 創造主の願い  ない ある
 自分と他人は  別個 一体
 時間と空間は        

画像の説明

このチェックシートは、左翼度を測るものでもあるでしょう。
リベラル度といってもいいけれど、見ている世界が小さいとどうしても小さな自分の目先だけその場だけの発想となってしまいます。
本来、誰の心の中にも仏性、神性が刻み込まれているために
人に優しくあろうとする気持ちが出てきますが、その小さな世界観故に蛇行するのです。

心の内なる世界を広くしましょう。
どうやら、魂における真実は、有限の世界に偶然に生まれ、瞬間とも思える時間の中を生きているのではなく、無限の世界を必然として生まれ永遠の時間の中を生きているようなのです。

この有限・偶然・瞬間という世界と
無限・必然・永遠という世界と、認識している世界が違うとどのような違いの世界が展開するのかイメージすればよいのです。
さて、どちらを理想としますか。

私自身は、全て右側です。
創造主の存在と願いに関しては、信じるというレベルを超えて「確信」しています。






 
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あなたの悟性の中身を詳しく見てみませんか

画像の説明
この図は、イメージの世界での、
いつ、どこで、だれがについての認識を詳しく書き出してみたものです。


心の中で世界をどのように見ているのかということ
この部分は現状の認識と同じく、間違えると求めている結果と違うモノが起こります。
思想信条の自由は担保されていますが、ただ、この見方を間違えるとどんなに優しくよかれと思って成したことでも良い結果につながら無いことが有ります。
正しい世界観、真理を求めるということがどれほど大切なことなのか、はっきりと知っておくべきです
 

私の認識は、霊界については⑤です

霊界も有るだろうし、当然天国地獄も有るだろうと思っています。


自分と他人は、一人の人間の足の細胞と手の細胞ぐらいの違いでつながっていると思っている。


ただ、創造主の存在と神仏の願いに関しては、

「有る」と信じているという認識では無く確信しています。

その理由は単純です。

私が器を造る時、シンプルな思いですが願いを込めて造っています。

粘土で造られる器であっても造ろうとする人がいなければ出来ません。

造って欲しいといういう人がいなければ出来ません。


ごくごく単純な理屈です。




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政教分離 」ということが言われることが有り
「幸福の科学」という宗教団体が
「幸福実現党」という政党を立ち上げていることについて、否定的な意見を述べる人がいる

「創価学会」が「公明党」を維持しているという現実が示すように
宗教が政党に関わってはいけないということではない

しかし、深く考える ことの出来ない人たちは、
政教分離 の本質的な意味は違うところに有るのに
政治と宗教が一緒になってはいけないと思いこんでいる


知人に「幸福実現党」の政策には共感できるが
宗教には違和感が有るので応援は出来ないという方がいる
「宗教」ということの翻訳にある種の思いこみが有るせいだろう事は理解できる

私自身も「宗教」というキーワードに昔は拒否感を持っていたからだ

その原因は何だったかと思い返してみると、その隣人の言葉にも有ったが
創価学会に原因が有った


私自身、今、「宗教」という事の翻訳は
「一つの思想であり、目に見えない世界を含んだ世界観 」と見ています
フラクタルの森で示すように政治経済、政党を見るのに陰と陽二つの視点が必要です。
どんな世界にも政治経済を支えている思想宗教が必ず背景に在るということです
「政党」にしても、それを運営している人たちに思想なるモノが無いわけではありません
必ず何らかの精神性を含んだ考え方が有ります


「共産党」などは、その精神性は何かというと「マルクス」の「資本論」や「共産党宣言」なのでしょう
それがどんな物かというと、目に見えないモノを見ようとしない
どちらかというと「宗教」を否定した考え方です
結局「無宗教」、ようするに「唯物論」という世界観 を背景としています


同じ精神性を背景にした政党は、中国、北朝鮮、カンボジアのポルポト派など有りましたが
これらの「共産党」は、逆説的な言い方になりますが
悪い意味での政教分離 ができていない社会です

それは、他の思想宗教、自分たち以外の考え方を排除してしまうからです。
それらの国では粛正という嵐が吹き荒れました


宗教が政治と一体となり
独善的な判断で他の考え方を排除し弾圧などすべきでないということが本筋なのに
まさに「共産主義」という精神性を背景にした国では
「無宗教」という考え方が他の宗教を弾圧しているのです


その理由は、この「マルクス教」という「無宗教」は、今世界で紛争の耐えない「イスラム教」という「一神教」よりも、もっと過激な一神教の要素を含んでいるからです


世界中で起きている宗教対立の中心を成しているのが「一神教」ですが
イスラム教やユダヤ教、キリスト教には、まだ、自分たち以外に客観的な立場の「神」が存在しますが、無宗教では、どうしても自分たちが神になってしまいます
本来、主なる存在はあるのですが、無宗教では、主なる存在は自分です


仏教でも本来、釈迦だけでなく諸如来諸菩薩と言われるように
多神教の宗教ですが、日蓮宗のように、どちらかと言うと一神教的な要素の強い仏教も有ります
どうしても紛争を引き込んでしまう考えになりがちです


これは、人々の理解不足が原因に有るようで
一神教と言われているようなイスラム教でもコーランの中ではアラーだけでなく神様を複数形で表現されている部分も有ります
これしかない、この一つだけしかないとした方が分かりやすいし
みんなの思いを一本にまとめやすく行動原理に力強さを持つから
どうしてもそのようになってしまうのでしょう。


表面的な部分だけで見ることなく
自分自身の思想がいかなる物であるのか、本来の真理とはいかなるモノであるのか
深く考える ことなく判断し行動していると愚かさの中にいることが有ります。


精神性無く、信仰心無く、政治経済を扱うなら獣の世界となってしまうでしょう。
弱肉強食の世界です。

まさに、今、中国共産党は、その真っ直中に居るのでしょう。 

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波動を辞書で見ると色んな事が書いてあり今一良くは分からないが
波動の事を考えると、反日教育をしている韓国・中国の製品を控えようと言う気分になる。


波を考える時、必ず2つの極がある
俯瞰して2つの極を考えると陰と陽がある


宇宙は全て陰と陽の要素で出来ているとは世界中で昔から言われていることであり
波動とは、生命の根元でもあるのだろう
宇宙創造の神の投げかけられた波動が全ての中に入っていると考えられる


陰陽の翻訳はいろいろあるが
フラクタルの森での見方は
陰は「思い」(動機・目的)であり
陽は「行い」(具体化・目標)である


シンプルに考えると一番重要なのは、創造の原点でもある「思い」
この思いは言い換えるならば「願い」でもある
この願いが全ての存在の中に含まれていると考えるべきだろう


その願いとは何かというと
スターウオーズの映画に出てくる「フォース」でもあるのだろうが
宇宙の根本仏の願いの一部を含んでいて
その願いと同調すると大きな波動となって奇跡的な力も発揮するのだろう


波動という言葉がもてはやされ
それに関する商品群もたくさん市場に出回ってる
確かに現代科学では証明できない力を発揮してくれるモノもある


備前焼の器であっても製品となる時に、
最後に加えられる波動は何かというと制作者の心の波動なのだろう


最初の作品展示会に来てくれたおばさんとの会話で学んだことが有る
彼女は、霊的な感覚を持っていることは知っていたがオーラ、後光のようなものがコンスタントに見えるようなのだ


人だけでなく器からもオーラが出ていて、
同じ人間が造っていても作品によってオーラの強さが違うという
その原因は、なんだろうかとオーラの強さと造った時の記憶とを併せていくと
どうやら、無心で作っていたと思われる作品の方が光が強いのだ
どうも、人間心で念を込めたりすることは波動を弱めることにつながるらしい。
スポーツの試合でも日常の訓練の成果が最大に発揮されるのは、自然体で気分もリラックスしている時のようだが、これは、作品作りにも当てはまるようだ。


日常の心の波動は、その人の思想宗教に関わり自然体で発せられるものだろう。
悟性の中身が宇宙のフォースと同調するかどうかのようだ


これらの事から考えて、心が乱れている時には作品を作らないようにしている。
そして、考えるのだが、反日教育している国の製品を買うのは差し控えようとも思う。
その思想統制は恐ろしいモノが有るだろう
何も考えず無心に造られていたとしても
無意識であってもそのインプットされた「思い」は具体化されて「現象化」する
その製品を使っていて良い結果につながることは無いだろうと考える。
おそらく、悪い波動を発していて健康にマイナスしてしまう場合や
運勢を悪くする場合も有るだろうと思う。 

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