人は周囲でトラブルが起こると、なにが起こっていて、その原因がなにかを考えます。
しかし、当人の説明に終始すると、当人が抱えている問題を抜きにして考えてしまうことが少なくありません。もちろん第三者として、自らの知識や体験を踏まえて客観的に判断するのですが、当人が抱えている問題に気がつきません。

ここでいう当人が抱えている問題とは、当人さえも知らない問題のことで、ライフスキル講座で言う「生きる構え」です。生きる構えとは、基本的な意識に裏打ちされた行動パターンと言ってもいいでしょう。
基本的な意識とは、ほとんど認識されない意識で、幼児期に潜在的に身についた意識です。

話が分りにくくてすみません。少し例をあげてみましょう。
たとえば(こどもが)自転車を盗んできて自宅の前に置いておくとします。同居する家族なら、「どうしたのか?」確認すると思うのですが、それがありません。
実は盗んできた子供は、自転車を利用するのが目的ではなく、罰を受けるのが目的なのですが、家族が無視しているので、罰を受けることができません。罰を受けるのは、自分はダメな人間であることを確かめるためなのです。

自分はダメな人間であることを確かめるために自転車を盗んでくるわけですが、被害者の申告で警察が事情を聴いても、子供は自転車が必要だったという程度にしか答えません。
つまりここで語られる「事情」が、一般社会で語られる問題なのです。でも前述したように、実際は全然違います。

問題を解決したくても、なかなか思うようにならないのは、問題そのもののとらえ方が間違っているからなのです。「生きる構え」「基本的な意識に裏打ちされた行動パターン」が認識されないと、対策を間違えるので、前述した子供の場合だと繰り返し自転車を盗んできます。結局、周囲は何度注意しても直らないと手を焼くのですが、実はこういう場合にこそ、角度を変えて観ることが必要なのです。にひひ