自分の人生のあう場所

理想の自分ってどこから来たのでしょう?

もしかしたら、それって
誰から押し付けられたものかも知れません。
誰かの期待を映し出しただけのものかも知れません。

親から認めてもらうための避難場所かも知れません。
友達に受け入れてもらうための避難場所かも知れません。

本当の自分の幸福は
理想の自分の幸福と
違うかも知れない。

いくら追い求めても本当の自分でないのなら、
そんなもの「もういらない」のです。

理想の自分から外れた生き方が
本当の自分の生き方。

ツンデレは、健康のしるし。

本当の自分は偽物の自分をよく知っています。
自分の人生のある場所を知っている。
しないではいられないことをする場所

人生はいまから始まる。



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ツンデレラは共感力アップ

テーマ:
かたつむりはツンデレ



訪問ありがとうございますヾ(@°▽°@)ノ

本当は甘えたいのに、
理由があって甘えられない。
理由はいろいろです。

甘えを抑えていると、
怒りに変わって攻撃したくなる。。。。
ツンデレも楽じゃない。

愛されたいのに素直になれない。
そういうことありませんか?
ない人はないのでしょうが、ある人は少なくない。

そこで愛と怒りの関係ですが、
愛することの反対が怒りではないのです。

愛することの反対は無関心。
怒りは愛の延長。

怒ってる時に腹立たしく思い無視する。
この無視は愛そのものなので
無関心ではないです。天邪鬼。

だから怒りをなくそうとする必要はない。
怒りを抑えるのがアンガーマネジメントではない。

怒りを知って、愛を発見する。

愛したい愛もあるし、
愛されたい愛もある。

愛は共感なしには存在できないので、
共感できるようになればいいのです。
ひとりで共感できないので
他者が必要になる。

共感できないのは、
人との関わりでつまずき傷ついたからです。
他者と関わりになりたくない。

まず自分に共感してあげることがはじまり。

つまずいた人は
自分に原因があると思いこんでいることが多い
だから、そんなことがないことを知る。
それには他者がいる。
やっぱり他者がいる。

人のことを人間と言うくらいだから、
他者なしにはどうにもならん。
ツンデレになるのも無理がない。

怒っているのが
バカバカしくなるくらいの
愛がそこにあればと思うけど
それは愛の思い上がり。

だから思いあがらない。

愛はどんな場合も対等です。

愛にできることは、ただそこにあるだけ。
花がそこに咲いているように。



かたつむりはツンデレ

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愛情の花咲くとき

テーマ:
子どものころから、期待を抱くことが自分の得にならないことを思い知らされた子どもがいます。
期待は失望する原因になることを知れば、期待しないのが得だと思うようになります。子どもにとって期待の種はキャンディ、ディズニーランド、大学まで範囲は広いものです。ほとんど触れるすべてです。

自分を守る唯一の方法は、自分以外に、だれにもなにも期待しないことだと学ぶようになります。
とてもつらいことですが、失うものはなく、傷つくこともない。

欲しいものは時間をかけても自分で手に入れる。
それが一番確かで傷つかない方法だと知り、やがて実践するようになります。
親にすれば手のかからない子どもになります。「いい子」です。
恋愛では「ツンツン」「ツンデレ」になります。

しかしこの方法では得るものも少ししかありません。
特に恋愛や結婚では、お互いに期待するものを伝え分かち合うことが大切です。そこには「合意」というプロセスが必ずあります。

しかし、合意や期待は失望する原因になるという思いが強ければ強いほど、期待は隠そうとするのも無理がありません。

誕生日にはケーキが欲しいと言える人がいれば、言えない人もいるということです。言えないからおかしいと決めつけるのは簡単ですが、自分ならそんなふうにはしたくない。

パートナーが自分の心を読んでくれて、期待を叶えてくれることを望む人は多い。伝えて叶えてくれるより何倍も価値があるように思うからです。

しかしこの方法には危険があります。パートナーが願いをかなえてくれなければ、今度は「自分なんかどうせつまらない人間だ」と、自分をますます否定的に考えてしまうからです。
自分のようなつまらない人間が、パートナーにああしてほしい、こうしてほしいと要求するなんて厚かましい。だから黙っておくという選択をする。

時間の経過と共に、そんなふうに思わなくていいと感じることができたとしても、要求するにはストレスが生じる。こんなストレスと対峙するなら、要求しないほうが楽だと思うようになる。

やはり気づいてくれることを期待するほうが楽だ。それで叶わなかったとしても、伝えていないから仕方がないと我慢できる。そしてお馴染みの「自分なんか大した人間でない」と思うことが感情的にもしっくりしてストレスもないと感じる。

「しかし、愛情とは、そんな気持ちにさせることではない。
あなたがそれで良いと言ったとしても、自分には意味がない。」
そんな声が聞こえてこないか、耳を澄まして確かめることだ。

大人になるということは、子どものときの好きや願望をどこかに置いて暮らすことではない。実現する場にたつことなのです。

自分の願望をパートナーに伝えることです。そして共有してもらうのです。

もし聞き入れてもらえないのなら、要求をわがままと思うかも知れないが、決してわがままではない。選んだパートナーが悪かっただけの話です。

反動形成でツンデレになる必要はありませせん。

「愛情とは、こんな悲しい気持ちにさせることではないはず。あなたがそれで良いと言ったとしても、それでは自分には意味がない。」と言っていいのです。

もちろん「すぐにできること」と「できないこと」があります。だから二人三脚で歩むのです。愛情の花を咲かせましょう。


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ツンデレ


好きなのにその相手が接してくると避けてしまう女性が最近は増えてきていると言われています。
いわゆる「好き避け」ですが、増えている理由が気になります。

ツンデレも「好き避け」の範疇に入ります。健全な環境で育てば、「好き避け」にはならないはずですが、増えていると言われると、環境の劣化が気になります。

好き避けは女性に限ったことではありません。
誰だって特別に好きな人に嫌われたくないのが当然。
大事にすればこそのことで、自然な態度です。

恋愛をエンタメ的に考えている人には、理解不能でも、人生の一大事としている人には慎重になるのは当然。

そもそもは「好き避け」の定義。
至って簡単、「好きだから緊張して逃げ出したくなる」ということです。

緊張するのは考えてしまうからで、たとえば「3分間話しください。」と言われて緊張するのと同じメカニズム。
うまく話したいという欲求が自分を突き上げるから自分のなかで欲求にスキルの評価が追いつかないというアンバランスが生じてストレスになる。
このストレスが緊張。

長年暮らして夫婦にだって「好き避け」は起こります。
でも客観的に見れば、いつまでも「愛されたい」「嫌われたくない」という欲求が働いているのは、素敵でしょう。

要は言葉の一人歩きに慣れていないか、受け取る側が気をつけること。
マスコミは「カリスマ」「超大物俳優」というように普通レベルなのに臆面もなくレッテルをつけます。
同じようにちょっとした「ノイローゼ」状態についても複雑な病気のように診断名がつき、薬が出ます。

好き避けも、ツンデレも、当たり前のこと。
程度で見極めるようにしないと、日本中が「病」だらけになります。

怖いのは、レッテル貼って区別しないことです。
それが一番の病ではないでしょうか?


ツンデレ
ツンデレ

好きな人に対して冷たい態度をとってしまったり、そっけない態度をとってしまう。ツンデレさんは、厄介ですが、好きな相手だからこそ、とってしまう態度です。
もちろん、本人が一番苦しいわけですが、両想いの場合には両者傷ついて別れてしまうことも少なくありません。

本当は近づきたいのに距離が縮まると避けてしまう。目を見て話せないなどの本心とは裏腹の態度をとってしまうことが続くと素敵な関係になるはずの恋も壊れてしまう危険大なのです。

それは、本人は意識していなくても、相手から見ると誤解される可能性があるからです。

恋愛感情が全くない男性とはリラックスして話すことが出来るので、楽しく話しているように周りに見えるしまいます。

あまりにもギャップが大きいと、いくら好き避けだと見込んでいてもさすがに凹んでしまうからです。真剣に想っているほど傷ついてしまうのが、なんとも悲劇。

この場合のもうひとつの危険が生まれます。もしツンデレ女子がヤリチンが気になる存在だとしたら、ヤリチンなら気にも止めない可能性が高くなるので、それを本気で私を思ってくれていると錯覚する場合があるのです。

つまり誠実に自分を愛してくれる人をボロボロにして、最終的にヤリチンの思うがままになって、自分がボロボロになるという最悪のコースがあり得るということです。

ツンデレが本心とは裏腹にあまのじゃくな態度をとってしまう理由に自分の感情を悟られることを恐れているといった場合があります。この原因は自分に対する自信のなさにある場合が多いようです。これは経験不足も影響していて、自分の感情などを表現することが苦手で不器用という側面があります。

この部分は逆に自信として持っていいことです。経験豊富な女性より男性は好意的に受け止めるからです。また自信のなさは自分の勝手な思い込みである場合がほとんどです。

自身も本当は温もりのある交流を求めているはずなのに、それができないためにというか、慣れていないために冷たい交流を求めてしまう。冷たい交流に慣れているのは、そうした環境で育ってきたからですが、誠実な恋愛は、その習慣を打破するチャンスです。

好き避けを続けていると、好意を寄せた相手に誤解されてしまう可能性もあります。あまのじゃくな態度をとっていても周りには理解してもらえることもあり、周りからは「かわいい」と言われたりもしますが、肝心の本人に誤解されてしまうと台無しになるだけで、なんの意味がありません。

自分の気持ちばかりに目を向けず、冷たくしても大切に想ってくれる相手の気持ちに目を向けるのがツンデレ克服の決め手です。感情の使い方のスキルアップは効果的だと思います


ツンデレ