成長と膨張

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 小田玄紀です


 人にしろ、企業にしろ常に成長は出来ますし、また目指すべきだと思います。

ところが、多くの方が「成長」と「膨張」を混在して考えていることがよくあります。


 たとえば、企業の場合は売上が伸びることを「成長」と考える経営者や投資家がいます。しかし、ただ売上が伸びるのは「膨張」です。その売上増加が組織が強化された結果としての増加であれば「成長」ですが、市場要因やM&Aなどによる加算要因によるものであればそれは「膨張」です。


 同じような考え方で「経営」と「運営」の違いがあります。仮に安定的に利益が出る企業であっても、数か年にわたり同じ程度の利益しか出せない企業の場合、その企業の役員は経営者ではなく運営者です。今年も前年同様の利益が出せたから良いと考えていては、何か課題が生じた際に対処が出来ず、結果としては取り返しのつかない状態になることがままあります。


 常に変化を意識すること。そして変化の結果として売上・利益が大きくなること。これが成長だと考えます。


 ところで、企業よりも個人の方が成長の判定は難しくなってきます。


 企業の場合は売上や利益といった数値的指標が存在するため、成長しているか否かが客観的に測定することが出来ます。しかし、個人の場合は成長を図る数値的指標は年齢しかなく(子供の場合は身長・体重といった数値により、本当の意味での“成長”が測定できますが)、何をもって成長したかということに明確な基準はありません。


 ここで、人は大きく2つのパターンに分けられます。1つ目のパターンが成長を図る指標をそれでも客観的数値に求めるパターンです。すなわち、TOEFLなど語学の点数や資格などの量、または財産の多寡によってその成長を感じる方法です。もう1つのパターンが個人の成長には客観的数値は問わずに、自らの感性に委ねる方法です。 


 どちらがいい・悪いというのはありません。

ただ、人にとって究極の成長とは幸せになることだと思います。少しでも多く幸せを感じられるかどうか、幸せを共有できる人がいるかどうか。それを実現するために人は成長していくのだと思います。


 もちろん、人によって幸せの定義は違います。ただ、企業と違って個人の場合は明確な成長の指標が無いために、「今の自分が成長しているのか。それともただ膨張しているだけなのか」、これを常に問い続けることの意義はあるのではないでしょうか。


 2015年2月5日 小田玄紀



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