2010-02-14 11:59:00

“探偵小説のクリティカル・シンキング”のためのメモ(飯田一史)

テーマ:(Un)Limited Review
“探偵小説のクリティカル・シンキング”のためのメモ
飯田一史


限界小説研究会のメンバーが替わるがわるレビューや時評やその他評論っぽい原稿を載せる、というのがこのコーナー「(Un)Limited Review」。

で、2回目はぼく飯田、と。

「レビュー」ということばがタイトルに入っているにもかかわらずブッちぎるが、わりとそのへんはゆるいっぽいので。

とつぜんだけど、自身もミステリ作家である小森健太朗が書いたミステリ論『探偵小説の論理学』(南雲堂)をビジネスパースン御用達の「クリティカル・シンキング」のメソッドと照らし合わせてみよう(たとえばマッキンゼーのコンサルだったバーバラ・ミントが書いたクリシン本の定番『考える技術、書く技術』といっしょに読んでみよう)。

小森健太朗は推理をするさいに必要な(日常的な)「前提」を「ロゴスコード」と呼んだ。
これは時代や地域、人によって変わる。
だから登場人物間で、あるいは作者と読者との間でこの「前提」のすりあわせができないと、「その推理おかしくね?」とか「ちょwww飛躍しすぎwwwww」といった話になる。

小森は石持浅海のミステリなどは、ここの「前提」部分がそもそもおかしいんで(古典的な本格ミステリに親しんできた人間には)論理展開に違和感をおぼえるんじゃないか、と言っている。

小森本は「ロゴスコードの変容」に重きを置いているけど、そもそも推理をして真相にたどりつく、打ち手を考えるときにふつう踏むべきステップを踏んでない(だけな)んじゃないか、ともミント本を読むと思ったりする。

もちろん、クリシンでも「前提の共有」は重要なことだ。
たとえば外部から来たコンサルと頼んだ側の企業(組織)では持ってる情報が違うから、まずそこのすりあわせをしないと業績向上に向けて問題解決をしていこうにも話が噛みあわない。

マッキンゼーにいたことがある勝間和代は、たしかどこかでパトリシア・コーンウェルをすすめていた。文脈的にはコーンウェルの小説で描かれる手続きがコンサル的な問題解決に近いから、じゃなかったかな?(僕はカツマーじゃないから、うろおぼえだけど)

アメリカのミステリには、発生した事件に対しWhat/Where/Why/Howのステップ(超有名な問題解決フレームワーク)を踏んでそれぞれの段階でロジックツリーを展開し、MECEに(モレなくダブリなく)可能性洗いだして最適解=解決に至るパターンのものが一般的に流通していると。

対照的に、日本でいまそういうタイプの作品がどれくらいあるのか、ぼくはよく知らないので知っている範囲で書くと、たとえば、周知のように1980年代後半から隆盛した日本の新本格ミステリは叙述トリックをやたらと発展させてきたと言われている。ロジックを重視しつつ、「語り」に仕掛けをほどこすことを好んできた。

これはつまり小森健太朗用語で言うロゴスコード、ふつうに言えば読者の「前提」を利用し、そこを揺るがすことに焦点を合わせて小説の仕掛けをつくるということだ。

あるPS(ピラミッド・ストラクチャー)の下部を構成する情報が替われば(増えれば)、上部を成立させえなくなる情報が提示されれば、PS自体ガラッと組み替えなければいけない。
※参考(PSなるもののサンプル↓)
http://images.google.co.jp/images?hl=ja&lr=lang_ja&safe=off&client=firefox-a&rls=org.mozilla:ja:official&um=1&ei=yxt0S-2dFIue6gOo3e2hBg&sa=X&oi=spell&resnum=0&ct=result&cd=1&q=%E3%83%94%E3%83%A9%E3%83%9F%E3%83%83%E3%83%89%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%A9%E3%82%AF%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC&spell=1&start=0


ミステリは作中で提示されていく(推理の前提となる)「情報」と「推論」(論理構成)の往復をしながら展開するフィクションだが、「叙述トリック」は、ふつうならば問題解決の手順に入る以前の、状況把握(情報収集)、情報整理(分析)の段階で潰しておくべき「誤解」を、終盤になって「前提」を操作する(していたことを明かす)ことによって意図的に生じさせ、それまで作中で進行していたはずの問題解決のステップ(問題は何で、どこにあって、なぜ生じて、いかに起こり/解決すべきか)をひっくり返すような試みである。

――しかしここから、とにかく最後に「前提」をくつがえしてどんでん返しをしてビックリさせればいい、とか、前提がおかしいキャラがあるべき手順も踏まずに推理する、とか、ロジックよりもレトリックに頼る、あるいはロジックの飛躍をよしとしさえすることまではあと一歩。だっていくらミステリっつっても、べつにロジックをいちばんにしなきゃいけないきまりはないし、読者がもとめてなかったらよけいそうだし。そして現状すでにそうなっているし、その加速は止まらないだろう。


……とかいうふうに議論を進めても(なお↑この推論自体、クリシンのメソッドにのっとってないテキトーな発言だけど。念のため)あんまり楽しくないので、むしろもっと違う思いつきを。

前述のとおり、クリシンでは打ち手を考えるときには、選択肢を洗いだすためにロジックツリーをつくる。
※参考
http://images.google.co.jp/images?q=%E3%83%AD%E3%82%B8%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%84%E3%83%AA%E3%83%BC&lr=lang_ja&oe=utf-8&rls=org.mozilla:ja:official&client=firefox-a&um=1&ie=UTF-8&sa=N&hl=ja&tab=wi

↑これらに似たようなものを、RPGとかアドベンチャーゲームとか分岐があるゲームのシナリオライターなら用意する(されている)ケースも多いだろう。


で、たとえば舞城王太郎『ディスコ探偵水曜日』なんかはこういうLTつくって出した複数の可能性=選択肢同士(基本的に最適解以外はすべてダメな選択肢=真実ではない、というのがふつうのミステリ)が「ようよう」とか言ってひとつの場所に一堂に会しちゃった(一堂に会させた)話だと思う。
※途中までは。

ようするに、哲学とか引っ張ってきてめんどくさい可能世界論を展開しなくてもですね、LTとPSと問題解決フレームワークを応用してパワポとかエクセル使って図示してみればもっとすっきり議論できること多いんじゃね?
と思うわけです。

言ってみればLTは「“現実的な”(実現可能な)可能世界」について考察する手段なんで。

あと逆に、創作する側やチェックする編集者も、こういうの使えばもっと自然な展開をさせたり、あるいはもっと意外な展開を用意できる気がするんですけどどうなんですかね。
いや、使ってるひともいるのでしょうけど、不勉強ながらぼくはあまり聞いたことがないので……。

ぼくはマリー・ロール・ライアン『可能世界・人工知能・物語理論』みたいに「読んでいてたくさんほかの可能性(選択肢)を想像させるのが良い作品」という考えを否定しないし、ライアンの議論とクリシンのメソッドはぜんぜん接続できると思う、というかガンガンいろんな議論に接続していただきたい。

(そもそもこの話を思いついたのも『新版MBAクリティカル・シンキング』の巻末参考文献にミント本と並んで三浦俊彦や野矢茂樹の本が入っていたからなのだ。「ここの横に小森本を置いたらどうなるかな……」と感じたことに端を発している)

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