群馬伊勢崎 豊かさを呼び込む気づきの講座&カウンセリングセラピー 

住所●群馬県伊勢崎市境伊与久 電話●090-2159-9917
営業時間●10:00~ご希望で夜間(予約制)


テーマ:
自己肯定感が上がったら上がったで
あれもできる
これも挑戦したい
そんな思いやアイデアが浮上し
ある意味カオス状態。



この混沌とした
収拾がつかない状態の時は
原点に立ち返るに尽きる。
さあ、頭を整理しよう。と。

ところが
頭は
今までの視点とは違う、
少し上の目線から
物事を見ることになるので
体が重くてついていかない。
具体的には、
一日中眠い。。。
すぐに寝てしまう自分を
怠けてる
行動できない
と責めてしまったりして
せっかくの
前向きだった気持ちが萎える。。

さらに
仕事や育児なんかがあると
自由にお昼寝なんてできないし
余計に体が疲れを感じてしまう。


こういうことって
経験した人も多いと思う。


これって
よく言う
負のスパイラル ってやつカモ。

せっかく正の方向に動き出していても
それを正とせず、
今までの思考や感覚に引き戻されて
問題視してしまう現象だ。



自分の問題探し

これは、自分探しよりも
もっと過酷で
もっと苦しい。



いままで頭がてんぱって困ったときはの私が
もう問題探しはうんざりだ!と叫んでいる。
ってか
自分探しってなんなんだ?
だって、、、
じゃ、
今居るこの「私」は自分じゃないのか?
自分で自分を疑うなんて
…なんか違う気がする





確かにね
自分の根本を見つめ見直すのは必要だし
そうしないことには
状況もうまいこと動き出さない。


でもベクトルを

「問題探し=罪の意識の方向なのか」
逆に
「目標に向かうためにやるべきことは何?」
と捉えるかで

同じことを考えていても
心の軽さに違いが出るのだ。





とにかく
考えがまとまらないときは
そもそもの自分
ってやつを見なおしたほうがいい。



本当なら
「掃除や片づけをしましょう」
とか言いたいところだが
それができなくて困ってたりするわけで。






では。
・水を飲んでいるか(お茶でなく^^)
・息をきちんと吐いているか
・足を地面にぺったりつけているか
この3項目は満たされているだろうか。



体を整えると
頭も心も整う。
これらが満たされてこそ
生命エネルギーが回りだす。




こうやってベースを作ってから
本を読むなり
思いを巡らせると
自分本来の実力が発揮できる。


それでも
出来ない自分が居たら

私ったらそーとー頭を酷使してたんだと
自分をねぎらってあげてね。
ちょっと水飲んだくらいじゃ
全然足らないほどに
自分にムチ打っていたんだと。

ひたすら
走り続けていた自分が居たことに
気づいてあげると
昨日の夜より
ぐっすり眠れるようになったり
気になってた痛みがなくなってたり
ちょっとした変化を
感じられるようになる。




私も
時として
感覚よりも思考が上回ることが多く
ゆえに
ストップがかかることがあるんだけど
そのたびに
体に視点を合わせて
リセットするようにしてマス。



体は
小宇宙と例えられるほど
実は緻密で壮大なもの。
その器に入った
思考や感情は
崇高で繊細なものだけど
それだけにブレやすい。



しょうがないよね、
にんげんだもの。

でも
こうやって微調整はできる。

微調整を繰り返し
器をでかくしていきたい。
(太りたくはない)



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テーマ:
自己否定とまでは いかないにしろ
自己肯定感が全くない自分。


多分、
先週の今頃は
そんな自分が居るなんて
知る由もなかった。


2008年から
ずっとキネシオロジーに没頭していたし
2005年からは
慣れないお母さん業を頑張り
2003年からは
奥さんとして苦手な食事の支度を頑張り…
…と、どんどんさかのぼって
1972年から
私は頑張って生きてきた。

もちろん怠惰な自分もいるから、
怠けつつも
怠け者の自分を責めたりすることだって
私にとっては頑張りだったから。




今回
研修講座経験と家族への想いが絡み合い
猛省と悲しみ、自己嫌悪が渦巻き
自己肯定感がないことを
改めて痛いほど認識した。


こんな思いするくらいなら
自己肯定感なくたっていいじゃん!
頑張ってたンだし!
それに結果みんな喜んでくれたじゃん!
で、済ませたいものだ☆

しかし、これが私なんだよね。


どんなに結果が良くても
どんなに励まされても
自分がNGだと思ったら絶対にNGだと
びくとも動かない、
あほみたいな頑固さがある。
まぁ誰でもそういう感じ、
あるかもしれないね。



で、
頑固な自分を
でかい金槌でカチ割ると…
見事なまでに
自己肯定感が低い原因が
見つかったのだ!







私、こう見えて
トーちゃん(ダンナさん₎のことを
ものすごく尊敬している。

私は精神的な面を扱う仕事を
しているからこそ知っている
心の原理原則みたいなものを
彼は既にわかっている、
学んだわけでもないのに。

多分それは
彼の心の深さとか柔軟さが
もともと長けているとしか思えず、
私があれこれ思い悩んでるそばから
ひとことでばっさり正論を突きつける。
そしてそれは
外れたためしがないのだ。
私はよく、
あんなに悩んで損した!状態で
彼の理にかなった言葉を
受け入れるしかないし
受け入れるのが一番の得策だった。




そんなトーちゃんという存在を
私の意識は
こともあろう神様レベルに祀り上げていた。




2015年秋、
沖縄久米島での一か月にわたる
キネシオロジー合宿に参加した。
4年生と2年生の二人の子を
トーちゃんにお願いして。
その時の彼の器の大きさはフツ―じゃない。
実際合宿費用がいくらかかるとかも
聞いてこなかった。
たぶん今も知らないんじゃないかな。
そんなバックボーンがありながらの
久米島生活の とある日。
立神(タチジャミ)と呼ばれる
とんでもなく大きな岩があるところに行った。

私はその岩を見た瞬間に
なんとなくこの岩、
トーちゃんみたいだと思ったんだ。

FB_IMG_1444308385688.jpg


タチジャミは島の北に位置しており、
強風にさらされても
波が高くても
なんら動じない様相。
岩なんだから動じるわけないんだけど
まさにトーちゃんだった。。。

これにはもっと裏話があるが
最終的に
その大岩に向かって
トーちゃん、いつもありがとうね…
的な言葉を残し
その場を後にしたような記憶がよみがえる。

おそらくその瞬間、
私の意識の中で
トーちゃんは立神として祀られた。
その時の懐かしいブログ記事はこちら



あほみたいな
私の妄想話かもしれないが
私の中ではれっきとした事実で

確かに
トーちゃんから見張られてる感があった。
普通に文句も言い合えるし
尊敬してるんだけど
彼が家に帰ってくると緊張する。
ドキッとする。
これは明らかに
LOVE的なドキっ♡ではない。
怖っ!のニュアンスだ。


私の中で、まさに
トーちゃん=神さま
だったんだ…



しかし!
当然ながら、かみさまのわけない。
強面で目の付け所はいいが、ふつーの人。
口は悪いけど人としての優しさがある
が、
当然間違うことだってある。

さぁ
ここに気づいた今、
彼をいつまでも
神の座に座らせておくわけにはいくまい。
意識上で
降りてこーい!
と引きずりおろし、
人間としてのステージに配置しなおす。
そして
同じ目線からタチジャミを見上げる。






すると不思議なことに
ほぼ同時刻から
トーちゃんはものすごい頭痛に襲われたらしい。
彼にしてみたら理由不明。
私は
あんな高いところから降りてきたんだから
気圧かなんかが変わったんじゃないか
と思ってた。

あまりに
頭痛がひどそうなので
「私はトーちゃんに今まで一度も
褒めてもらったことがない気がしてて
それが辛い」
というと、
彼の頭痛はそこから小1時間で治まった。
多分、私の怨念だったんかな~☆

笑い事じゃないかもね。
私を応援してくれてるのはわかってるし
別に褒めてもらうつもりで
キネシをやってたわけじゃなかったけど
迷惑かけまくってた引け目から、
私は素直に受け取れなかった。
トーちゃんからの肯定的な評価を。



だけど
私もそれを正直に伝えた時から
何かが自分に注ぎ込まれるような気がして
なんとなく力がみなぎってきた
特にこれといったことではないが
何かが違う。

多分ね
自己肯定のエネルギーが
注入されたんかな。。。







話は長くなってしまったけど
とにかく誰でも
自分の無意識の思い込みがある。

それはどんなタイミングで
どんなニュアンスで
心に刻まれたか。
そこがわかると
不要な思い込みは解放できる。


一般的な生活においても
仕事をやっていくうえでも

うまくいかない出来事が起きたり
体調を崩したり
不快感などを感じたら
そこに感じる自分の感情は一体何なのか
徹底的に見つめてみると良い。

まず自分の感情が本気で
「いい加減、もーやだ!」
とネガティブサインを発していることに
気づくことが重要なんだ。

そこまで感じ切らないと
「ちょっとヤだけど、まーいっか!」
となり
改善解放には向かわず
また次も似たようなサインが
出来事として
繰り返されることになるからね。




ネガティブな感情も悪くない。

悪くないどころか有難い。


私も、いつのまにか
今までやってきた自分を
誇らしく思えてる。

FB_IMG_1444308407993.jpg



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テーマ:
今までの私の人生としては
一番の大舞台であろう、

介護福祉系派遣会社
プライマリーエージェントスタイル
様での
社員向け研修講座が終わった。



キネシオロジーと介護。

それをどう結びつけるの?
という質問を
会う人会う人に問われたけど

私としては
介護という枠だけでなく、
全ての仕事/事柄は
その“人”でしかないという思いなので

つまりは
キネシオロジー=身体運動学
の論理を
ひとりひとりが持つことで
自分の体に意識を向け、
自分の感情を大切に出来さえすれば
どんな仕事であろうと…
例えば
母親業だったり
奥さんとしてであったり、も含め

自分らしく楽しく
毎日を生きていけるので

わざわざ
私の知らない介護という仕事内容に
寄せた話を持ち出さなくとも
皆さんの心に届くという自信はあったのだ



私がご提供している
通常のキネシオロジーセラピーにも
看護師さんや介護職の方が
見えることは多く、
その都度
個人個人の在り方を
ご本人に見つけていただくことを意図して
セッションさせて頂くのだが

やはり
仕事柄、
どうしても
人の命に直接対面することが多いため
抱えるものも特種だし
感情も大きく揺さぶられる
そこに加え、
普通に
職場の人とのコミュニケーションが
必要になるわけだから

心がこじれやすくもなるし
ゆえに
心を閉ざすことにもつながるように感じる



「“介護”を噛み砕いて言うと
“自立支援”となります」
プライマリー宮川部長が
そうおっしゃっていた。
自立を支援する仕事をしている
その人が
自立していないのならば
それは
問題として取り上げたい事でしょう。と。


自立とは
頭がいい人を指すわけでもなく
金銭的な余裕がある人を指すわけでもなく
親から独立していればいい
という訳でもない。

自分がどう感じどう考え、
それをもとに
自分としての選択ができる状態を指す。

買い物一つとっても
自分の想いで選択できることが
自立の第一歩なのだ。



今回の講座では
自分らしくいたくとも
なかなかそうはできない
とんでもない体の仕組みと理由を
お伝えし
自分という基準はどこにあるのかを
個人個人が感じ取っていただくことを
キネシオロジーを織り交ぜ
体感していく内容となった。




何しろ
企業研修。
誰もが
自分を知りたいとは考えていないだろうし
キネシオロジーを学びたくて
集まったメンバーでもないので

いきなり
『私は“私”として生きていますか?』
などと問われても
とっさに応えられない心境の方は
多かったかもしれない。



でも、
なんとなく…でも
ちょっとは気になる…でもいい。

毎日を過ごすにあたり、
息がしやすくなったと、
生きやすくなったと
人生のどこかのタイミングで
今回の講座が役に立てばいいなと
願うばかりです。










お伝えする私側としても
反省点
改善点
たくさんあって
そこに自分の生き方や感情思考が重なり、
なんと、
自分が自分を尊重していないことに
気づくこととなる。


講座後
リハビリを主軸に埼玉で展開されている
リハプライム(株)の小池社長
より
「日向野さんとキネシオロジーの出会いを
もっと知りたかったですね」
というお言葉を頂戴したのだ。

…うっ…

そう、
私は
この講座に来てくださる方は
きっと私のことには興味ないだろうと
勝手にそう思い、
自分の自己紹介の時間を
あえて多く取らなかった。


でも
本当のところ、
私がキネシオロジーに
2008年から没頭し続けている理由は
娘のひきつけが
キネシオロジーで改善したから。
これはこう書いてしまうと
実にさっぱりとしてしまうが
あの頃の親としての私の心境は
どう表現しても
足りないほどの感動だった。のに!
その時の記事、張っておきます



確かにね、
本当に
私個人の話を
聴きたい人ばかりじゃないだろう。

でも
私のキネシオロジーの源泉はそこだった。
それなのに
そんな肝心なところ省くかぁ?
今思えば
私自身が
自分を軽んじていることに
他ならない事象だった。

こんな大きな気づき。
『私は“私”として生きていますか?』
の講座テーマをそのまま
自分に投げかけられたようだった。






私もこうやって
一つの経験から
いろんな感情を感じ切り、
ガムの味がなくなるまでかみ砕く。

そういうからくりに気づくと
人生はヒントだらけだし、
そう暗くもないなと思える。

未来が見えなくても
過去に手掛かりがある。
未来を見つける手掛かりが。



ちょっと堅い話になっちゃったけど
ここ毎日現実世界で
自分自身のセラピーが繰り広げられ
重力と無重力の両方をを
感じながら過ごしています。




このタイミングで
有難い経験をさせてくださった
梅澤社長をはじめ
プライマリーエージェントスタイルの皆々様、
またご参加のスタッフ様ご関係者様に
心よりお礼申しあげます。




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