オラが村にある小さな神社にまつわる事件です。

そもそも私の父がのらりくらり神社総代長を20年も務めてましてね…^^;

そんな のらりくらりなムラ社会の決め事に、ある町会議員M氏が、ブルドーザーのごとく薄~い正義感を持ち込み、喚き立ててきたわけです。

あきらかにM氏はモンスタークレーマー系(笑)。こういうタイプとの交戦に、村社会って慣れてないのかな?
神社関係者達も反論できず たちまち飲み込まれたとかf^_^;)。。

実際、父ものらりくらりだから、不甲斐ないんだけど(笑)。ともかく、私はとても迷惑したので、ココに記しておかねば気が済まない!

もちろん、のらりくらり父も、ちょっと悪く書く(笑)!でも、タチの悪いヤツについてはガッツリ書いておく!

以下 私なりの正義感を散りばめながら、忌まわしき備忘録として残しておきます!笑

※※※

7年前、原因不明の火事で地域の神社が全焼した。放火なのか事故なのか、とうとう真相にはたどり着けないまま、ようやく再建へと漕ぎ出した一艘の船は、あまりに頼りない寄り合いチームだった…。

『少子化が進む中、今後は寄付金も先細るから、ここらで末長く地域を守ってもらうべく、立派な神社を再建しようじゃないか!』
と、本殿と拝殿の一括見積もりも取らずに(←ココ大事!)見切り発車で建築を推進した神社再建委員会。
やがてそれが惨事へと繋がり、かつ、実にやな感じのオッサン達が暗躍する事になるとは。

事件が起こったのは、
立派な本殿が建ち、次は拝殿へとゴーゴー!ってな時。

再建は、ムラの大工協会で選出された地元の宮大工さんが中心となって手掛けていた。

神社氏子の再建委員会に『立派な神社を作って欲しい!』と言われた大工さんも、もちろん神社の氏子である。しかも、いつも神社のトイレにトイレットペーパーを無償補充してくれたり等、貢献度も高い。こう言っちゃなんだが…のらりくらり総代長の父なんかより、よっぽど信心深い人だと思う。

そんな業者さんだからこそ
『立派な神社を!』と頼まれ、
もう年だし、自分の最後の仕事だ!
と、そりゃ~丁寧に仕事をしてくれていたのだった。

だが、言われた通りに立派な本殿を建てて、いざ拝殿に取り掛かるあたりで、火災保険金をオーバーしてしまうかも…と突如『待った!』がかかってしまったのだった。

確かに一見、
予算オーバーを指摘するのは、はたから見れば、正しいことにも思われるかもしれない。
だが、その待った!をかけたのが、当の再建委員会の人間っていうのが甚だ問題なのである…。

そもそも一括見積もりも取らずに(←ココ、ホント大事ね!)、
『いいもの作ってね!』と、フワッとしたまま業者任せで進めといて、突然騒ぎ立てるとは…
いまさら何?なんなのよっ!だ。

そんな再建委員会のフワッとした進行が、職人堅気の業者達の心意気に水を差した。

そもそも 神社の積立金も充分あるんだし、預金って、そういう時にこそ取り崩すものじゃないのかな?って思う。多少の見解の相違があったとしても、みんな顔馴染みのご近所さんなんだから、そうすることがお互いの平和的着地点じゃないの?って、私は思う。

さて、再建委員会と言っても 父がナァナァで任命した人事で、総勢4~5人ほどの、いわゆる仲間所帯である。で、経過と共にその中の2人が突如豹変した(ブルドーザー町会議員 M氏がリーダーね)!という…まさに下剋上。

まー、父も人間的に子供っぽくて問題あるのは認める(笑)。だから私も父を全面的に擁護もしたくないし、再建委員会の人間模様なんか知らないけど、
そもそも、なぜそのタイミングでの『待った!』なのか??
そこが何より、やな感じなのだ!!

予算をつつくなら、『待った!』をかけた下剋上チームのM氏ら再建委員が、そもそも建築が始まる前に、まず、のらりくらりな父をつついて、あらかじめ一括見積もりをとり『あくまでも予算内でやろう!』と、協議を重ねるべきである。そもそもキチンとした事業計画にするのなら、事が始まる前に、当たり前にやるべきことがあったと思う。

地元の業者さんは、再建委員会に『立派なものを!』と依頼されたわけだから、そりゃー『後世に残る神社を作ろう!』と、はりきってくださった。
個人宅と違って、地域の神社は、その土地の象徴だからね。業者さん達も神社氏子だし、儲けなんか度外しで、ホント立派な本殿を作ってくださったのだ。

物の価値が分かる人はキチンと分かっていて 『あの額で コレは作れないよ。腕のいい宮大工さんが地元にいて良かったね~!』と言ってたし。

そんな立派な本殿を作ったのに、
突如!!拝殿は予算内でテキトーなものでいいから!とM氏に言われ、業者さんも愕然…というわけだ。
きっと、突然ハシゴを外された気分だっただろう。そもそも、それほど予算オーバーというわけでもないし。

そんなテキトーな扱いされて、業者さんが怒るのは当然だ。誰だって先方の都合で突然仕事にケチをつけられて、気持ちのいい人などいないだろう。

そもそも予算内でと、キチンと筋道を立てなかった 父はじめ建設委員会の罪が、一番重いのだ!

そもそも何をきっかけにM氏は、予算~!予算~!と言い出したのか?
おまけにM氏は虚偽のイチャモンまで吹聴する始末で…(←ココ、かなり問題!)
どんどん変な方向に爆進してしまい…
まったくもって意味不明なのである。

で、珍しく父は
『神社の預金を取り崩して、当初の計画どおり、拝殿建築も、本殿同様、地元の業者にやってもらう!だから臨時総会を開いて、総代達に理解を求める!』
と、ごく真っ当な決意に至り、
反乱を起こしたM氏を建設委員会から解任しようとした。
腐っても、父が総代長だ。
そのくらいの権限はある。

だって、M氏の所業はすざまじく、公衆の面前で父を『業者と癒着してリベートをもらってる!』だの『業者と一緒に勝手に〇〇した!』だの、アリもしない虚偽を言いふらし、父を盗人呼ばわりで罵倒したり、まあ大騒ぎだったそうだ。。
そもそも業者っていっても、子供の頃から知ってるご近所さんとか幼馴染だよー(笑)!
町会議員だからって、国会の証人喚問の真似事でもしたかったのかね?^^;
これが大人の喧嘩なのかと…なんというか、ひどすぎて、情けなくなった。

弟も『父に覚えのない汚名を着せるなんて、町会議員としてあるまじき行為では?』とM氏をチクリとつついたらしいが、
『そんなことは言ってない!』の一点張りだったらしい(ビックリだ!その場に居なかったのが悔やまれる…)。

ただ、そのM氏は どうも神社問題だけでなく、いろんなとこに首突っ込んでは、ひたすら揉ませているらしい。
だからみんな関わりたくない人物だったのね~(にしても、なんで誰もやっつけられないのだろう?)。

まー、つくづく父も人を見る目がなかった!ということか…。

そんなこんなで、

M氏は、そこかしこでギャーギャー喚き散らして論点をズラし、そもそも自分の主張ばかり。合意形成なんかできる器量はなく、さらに、日頃から鬱憤を抱えてるような(⁈)なんか騒ぎたい人達とか味方につけて混乱させたり(まるで総会屋だな~!)、
もはや…議論にすらならない様子だったらしい。。
私は現場を見てないけど、思わず、かの号泣議員・野々村氏を思い出した。。

だから父は、最終手段として解任通知を送ったのだが、M氏は臨時総会にも何食わぬ顔で出席し、さらに喚き散らしたようだ。
まー、すごいエネルギーだこと。

臨時総会では、父は父なりに、総代さん逹にご理解いただこうと資料も作り奮闘しようとしたが、またもやM氏の懐刀『予算が~! 予算が~!』の炎上戦法に、してやられたようだ。

一見正論⁈(ひっぱがせば不寛容な心貧しき主張)を振りかざすM氏…

結局、口達者でない父や、M氏が気に入らない人達も
『だったら、お前が予算内でやってみろー!』
みたいな展開になっちゃった。
(あぁ!残念すぎる!)

私は父に、そのセリフだけは絶対言っちゃダメ!と言っておいたんだけどなぁ~。
これにて相手の思うツボですわ。
もう 手立てはナッシング!
はい、総代長…これにて自滅っす!

で、ここからのM氏らは、
地元業者に『予算内でやってくれ!』と… どの面下げて⁉︎な依頼行脚をしたそうで、またしても業者さん達を怒らせたのだが…
私は、これもM氏の描いた薄っぺらいシナリオだと思ってる。M氏はただ、地元業者に全部断られた!という既成事実が必要だっただけでしょう。

ま、そんなこんなで、父も再建委員会を辞め、のらりくらり20年務めた総代長も辞めることにしました(家族としても、それが正解だと思うよ!笑)。

そして現在、
神社の拝殿建築は…
県外の知らない業者が着工してまーす。
そうです!
M氏は町会議員という立場にありながら、完全に地元の業者達を踏みにじってしまいました。

『地元業者に断られたから仕方なく…』
と、いかに茶番劇を演出しても、
M氏の心なき悪行は早々に知れ渡り、周辺住民の気持ちをも踏みにじり、着々とゴールへと向かっているのです。

いやー、ホント、ありえないわー!!

もう私、残念ながら、神社の行事に参加するのは止めます!父さんも総代長辞めるから、義理もなくなったしねー。
もちろん、個人的には参拝はする。
でも…神社行事なんか出るもんかっ!
プンプンッ!

さて、この一件、
私はたぶん神社総代さん逹より内情に詳しくなってしまっている。なぜなら、M氏への解任通知、臨時総会資料作成には私が深く関わっているから(笑)。私のパソコンに、それらのデータはまだ残ってるのだ。

だから敢えて、おおよその数字もココに出す!国家機密情報でもあるまいし、ザックリ出す!

まず神社の預金だか、
⚫️神社全焼による保険金額 二千万円
⚫️神社積み立て金 およそ四百万円強
合計2400万円強
で、
⚫️地元業者さん逹の建築見積もりは トータルで 2150万円弱

うーん。。
予算オーバーとはいえ預金も残るし…大騒ぎするほどの問題ですかね?

貯まってる預金も使って、まずは立派な神社を作りゃいいじゃん!!
って話だと思うけどな。

そもそも地元の神社なんだから、氏子の地元業者が建築するのが、ごく自然で ごく当然だし、それが村社会の情緒ではないの?

例えば製材ひとつにしても、縁もゆかりもない業者の見積もりは55万だが、地元業者は40万で見積もってくれていた。
地元業者はみんな、採算なんかほぼ度外視し、立派な神社を作ろうとしてくれていたのだ。

こういう一つ一つの恩義や信頼を踏みにじり、挙げ句の果てには、まるで地元業者を金の亡者のように糾弾し、ついでに父を悪者に仕立てあげた。

まー、見事にお粗末な…
粉飾決算であることよ。。

地元業者さんに立派な神社を作ってもらえるなら それでいいじゃん!と思うのは私一人だけじゃない。地域住民の大多数が、同じ気持ちだったよ。

何度も言うけど、
それが村社会の情緒ってもんなのだ。

町会議員のM氏(と仲間逹)は、
『一括見積もりを依頼もせず、工事途中で方向転換して、こんな事になってしまって…本当にごめんなさい!』
と、地元業者全員に陳謝するべきだよ!と、私は思う。

罪のない人を傷つけたら、
ごめんなさい!って言わなきゃ。
子供も知ってる一般常識だよね。

人によっては、私の主張が間違ってると感じる方もいらっしゃるかも知れない。特に都会で生まれ育った方には、村社会の情緒なんて、ピンとこないかも知れない。

でも、地域の問題は、国政や県政とは違う。そこには、長きに渡り住み続けた人々の守るべき情緒やルールが独自にある。カビ臭い情緒であろうと、あの村この村の 人付き合いの処世術が横たわっているのだ。

だからこそ、なるべく面倒な問題には首を突っ込まず、見て見ぬ振りも、生きる知恵なのかも知れない。

でも、限度はある!

そろそろムラ社会も成熟しなければ、そういう情緒を逆手にとって、やりたい放題の人達に泣き寝入りさせられる。
残念ながら、それが現代だ。

もしも今後、私の領域でM氏がちょっかい出すような事あれば、今度は当事者。その時は遠慮なく、思う存分、許さないでいく。

3年前、東京から…なかばイヤイヤ帰ってきた私だけど、こんな小さなムラでも温かい人は沢山いるし、事なかれ主義の不思議な優しさに、救われた事もある。

だからこそ、
村の情緒を破壊するオッさん達が
ホント、許せないのだ。

そして、そんな人間が議員バッジつけてるなんてあってはならないと、私は思ってます。

※※※

以上。

少々の含みを持たせつつ…笑
わななく備忘録はここまでで。

生きてると、厄介なことも多いけど、なるべく楽しいことに 心奪われていたいものですよね。

ではまた!
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ラジオ体操は、昭和3年に誕生したそうです。そもそもは軍隊用の体操として、様々な研究や改良を経て今の形になったそうです。皆さん、知ってました?

そんなウンチクを事細かに教えてくださったのは、アクアダイナミックス研究所の今野会長。

ってなわけで、
アクアフィット プログラムの講習会へ行ってきましたー!

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(講習会で記念撮影。インストラクターの先生方、優しくて分かりやすくて最高でした)

講習会の内容はザッと以下。

⭕️カーディオ系プログラムの実技
(ウォーキング&ジョギング・スイムナスティクス)
(アクアダンス)

⭕️アクアエクササイズの基本概念の座学

などなど。

なんのこっちゃ?かもですが(笑)、
スイムナスティクスなどは、基本動作に水泳のスキルを組み込んだ有酸素性プログラムで、動作自体は誰もが知ってるので楽チンです。

また、陸上のダンスは一筋縄ではいきませんが、水中のダンスはユラユラと楽しいですよ~。しっかり筋力を使いつつユラユラ!!でも、あのユラユラ感の中でガッツリ踊れるシンクロナイズドスイミング選手、改めてスゴイって思いましたけど(笑)。

アクアの凄さは、水中で体重が10分の1になるから、いくら運動してもほとんど疲れない!ということ。
45分ノンストップで歩いたり走ったりステップ踏んだり まぁかなり攻めていきましたが(笑)、全くゼェーハァーする事がありません。でも、額に滲む大量の汗から、しっかり有酸素運動出来てることが確認できます。また、水が体内の邪気も流してくれるのか、体も気持ちもスッキリ(笑)!!水中は宇宙空間を漂う感覚だそうですが、ユラユラ感覚、まさに宇宙です。

とまあ、
アクアの奥深さを学ぶと同時に、
やはりラジオ体操には全ての要素が詰まってる事を改めて確認する機会にもなりました!

なんつっても、昭和3年から動作も音楽も変わらないスーパー体操ですからね。あらゆる運動バリエーションの基本中の基本が体に落とし込めるわけです。今野会長もラジオ体操絶賛していた通り、アクアエクササイズにもガッツリ対応できる体になります。ホント。

ラジオ体操、なめんなよっ!です(笑)

さあ、
これからプールが楽しい季節になります。
ぜひラジオ体操+αのメニューに、プールを役立ててみて下さい。

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(片足軸のピボットステップ。アクアダイナミックスでの名称はペンジュラム)

上記アクアの多種多様なトレーニングは、きちんとトレーナーさんから学ぶのが一番ですが、せっかくなので、誰もが知ってて楽しく出来るアクアウォーキングを一つだけ記して終わります。

⭕️クロス カントリー ステップ
言わずと知れたスキーのクロスカントリーの基本動作です。

後ろ足を流して進むアレ!です(笑)。
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プールに行ったら、ただ歩くだけでも良いですが、飽きてきたらクロスカントリーを真似て、スキープレイヤーのように水中ウォーキングをしてみてください。目線を固定して、アーム(手)もキチンと使いながら、自分のペースで。かなり汗が出ますし、ユラユラ感覚で疲れず、楽しいですよ~(^O^)/

以上です。

✴︎お金をかけずダイエット作戦のオススメ!まとめ

①毎日のラジオ(自分の出来る範囲で、全力で行ってください)…無料

②週1、地域のプールで歩いたりジョギングする…プール入館料のみ

いかがですか?

プール入館料なんて、500円ぐらいですよね?週1で通えば月2000円で、効率良くダイエット出来ますよ~(^O^)/

②のアクアは、ひたすら前に進むだけでなく、横歩きとかも、周囲の目が気にならない時にやってみて下さい(笑)。
前を向いて楽しく歩くなら、前述したクロスカントリーステップなんかも取り入れて下さいね。

ラジオ体操にまつわるダイエット編は、
とりあえずこの辺で。

また、体力作りや健康促進、ダイエットに関する耳寄り情報は、不定期に記事を投稿します。カテゴリーは『健康・ダイエット』にて。気ままに更新予定です。

ラジオ体操、アクア、ともに奥深い!!

腰痛や関節痛とか、驚くほど解消しますよー。

アクアの奥深さは、さすがに独学では難しいけれど(アメリカで30年かけて構築された水中プログラムですからね。簡単手軽だけど、効果的なプログラムは多種多様!!)、ラジオ体操なら誰でも出来る!!水中歩くだけなら誰でも出来る!!

出来ることからコツコツと(笑)。

ダイエットは、気長に体をいたわりながら、が基本です^ ^

ではまた。

今週から水泳教室が始まります。
で、
今週末は、月歌舎 ミーティング!!

大ファンの浅田真央選手の光明について、みき語りライブin Tokyoしてきます。勝手に!笑
(世界選手権の真央選手、トータル的にホント素晴らしかったです。イリケンと和希に熱く語ったる!きっと、ウザいだろうなー笑)

あ、キチンと企画会議してきます(笑)。

もろもろご期待ください。

皆さん、どうぞ素敵な春をお過ごしくださいね。
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昭和天皇誕生日の一ヶ月前。
今日から安保法が施行される。

いろいろな想いが、この国に住む人の数だけあると思います。

私は安保賛成ですが、ここからさらに議論を深めていただきたいとは思っています。トランプさんの脅し文句に左右される必要もありませんしね。そもそも日米同盟を弱体化させるなど出来ないでしょう。だって、アメリカが世界の警察たる立役者は、日本なのですから。その現実を踏まえれば、到底出来るわけありません。しかし、その現実を踏まえて考えなければならないことも、国内には多くあります。基地問題も、かつて山梨にあったのを沖縄に移転させたという歴史があったように、紐解いていくと、なんだかなー と申し訳なくなるのも事実です。翁長さんって…どうかなー とは思うけど。

安保廃案になれば、さすがに日米同盟解消&自衛隊は消滅させられるのかな。。そしたら近い将来、徴兵制が敷かれるのは必至?? ま、共産党あたりが政権を取らない限り、現実的にそういうことにもならないとは思うのですが。。正直、安保はどっちに転がろうが、その先をイメージすることが大事だと考えます。若者の未来のために。

私は、志願してない若者の徴兵には反対なので、むしろ安保廃案に反対です。今はただ、それだけですね。まだまだ不勉強ですが、ムードには流されません。いい加減、中年なんで(笑)!

ともかくスタートしたからには、弱肉強食の世界情勢だけは見極める力を持ちたいと思います。もうこの国の既得権益は、近い将来崩れるかもしれません。。中東の難民がスマホを携帯しているのは、密かに金持ってるからじゃありません。。銀行口座は持てなくとも、スマホは持てる世界なのです。。このような現実を知り、平和ボケした私は…初めてグローバル化の意味を突きつけられました。そして、ちょっぴり愕然としました。。

日本はいい国です。なんやかんや、世界を見聞きすると、圧倒的に安全で、命を脅かされるリスクは小さいです。でも、鎖国していた かの時代に戻りつつあるんでは?とも…なんとなく感じています。自称大河ファンは、歴史が回っていることに少しだけ敏感なのかもしれません。ただの勘違いならいいのですが。

民主国家は、民衆が貧困に喘いでは成り立ちません。子どもの貧困が6人に一人なんて…未曾有の危機ですし、核家族がスタンダードな昨今、叫び声をキャッチしずらいのも事実です。国のバラマキ政策も、そろそろ限界に思います。。ピンチをチャンスに変えるため、グローバルな若者達の視点や知恵に投資し、広く若者達を応援する世の中になっていって欲しいと、切に思います。

大したことないオバちゃんですが、
応援しますよ、若者!
気に入ったら、時には説教するかもだけど(笑)
縁があったら、よろしく~(^O^)/

さ、
今日は久しぶりに映画館で映画を観るぞー!

矢崎仁司監督の『無伴奏』です。
うーん、なにげに安保繋がりかな?
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以前のブログでもチラッと触れていた表題の件。
ラジオ体操、半年やりましたよ~

で!!

(半年前)
身長162㎝ 体重60kg 46歳
(現在)
身長162㎝ 体重54kg 46歳

はい。
半年で、6kg痩せましたよ~!
年齢も6歳!とはいきませんでしたが(笑)

以下、読者さんの想いを想像し、バーチャル脳内インタビュー形式で(笑)。

※※※※※※※※※※

『え?ラジオ体操だけで?』

ー 厳密には違うかもです。週1でズンバレッスン(45分)と、子供水泳教室の講師バイトを週3やってます。

『なーんだ。じゃあ、ラジオ体操オンリーで半年6kg、とは違うよねー?』

ー 確かに、オンリーと言えば嘘になるかもしれませんが、そもそもラジオ体操する三ヶ月前からズンバやってましたが、ズンバだけの時は痩せませんでしたね~。若い子は分かりませんが、私バリバリ中年なんで、もうちょっとやそっとじゃ痩せない世代なんですよ~

『じゃ、自宅でもズンバの復習とかして体動かしたりは?』

ー 全くないです。基本ものぐさなんで(笑)。

『じゃ、水泳の効果は?そっちもあるんでは?』

ー これも全くとは言い切れませんが、あまりないと思います。全くとは言い切れない…と申し上げたのは、以前は時々、教室終わると30分ほど泳いでたので。でも、痩せませんでしたけど(笑)。
そもそも泳いでた理由は、ダイエット目的というより、仕事のためです。私は子供時代、物心ついた頃には見様見真似で4泳法出来ていて、ビックリした大人にうっかり踊らされてスイミングクラブ入れられて、気づいたら選手育成クラスにいたので…。
だから、私はそもそも、泳げない人の気持ちが分からないわけです(キッパリ!!)。
だから、泳げない子供がどうしたら泳げるようになるのか、根本に立ち戻るため、4泳法の根幹を自分なりに分解し、体で育成法を独学していた。そんな時間でした。
で、いまは一切、泳いでないです。子供に模範泳法を見せるときがたまーにある程度。だから今は、週三回、水の中をフワフワしてるだけですね(笑)。

『ちょっと話がそれてる気もしないでもないですが、、泳がなくなってから、痩せました?』

ー はい。むしろ泳ぐの止めて、ラジオ体操を習慣化してからの方が痩せました。筋肉落ちたのかも。

『なんで、泳がなくなったの?』

ー 温水とはいえ、冬は寒いですから(キッパリ!!)

『は、はあ。そ、そうですか。。』 

ー そろそろ、話をラジオ体操にフォーカスしましょうか?

『いや、脱線したのアンタと違う?さっきから聞いてると、物心ついたときは水泳なんて楽勝だった!とか、ちょっと自慢してない??挙げ句の果てには、寒いとか!!』

ー …もしかしてアナタ、泳げないんですか?

『…だから、何かー??だからどーした!!』

ー あちゃー、すみません。今度お詫びに、無料で教えますよ!

『…無料、いいかも。…いやいやっ、結構です!!泳げなくても不便ないですから!!そ、それにズンバだって、そもそもダンス経験とかあって、スタートラインから違う!とかでは?』

ー そうかもしれません(あっさり!!)。
でも、私が芝居に生かすためにダンス始めたのは26歳からで、決して早くないですよ。しかも夢中で通ったのは、30過ぎに月歌舎という演劇集団を始めるまでの4年間ほどで、それからは週一回レッスンに通うのみでした。お金もかかりますしね。でもダンスは好きです。

『はぁ。。なんか、どんどんラジオ体操と離れてくような…』

ー そうでもないですよ。ちゃんと帳尻合わせますから(笑)。
私、親の介護で四年前に帰省してから、全く運動しなくなっちゃって。63kgぐらいになっちゃいましてね。まあ、1年で10kgぐらい太っちゃったわけです。焦ってランニング始めたんですが、、一週間で挫折しました。

『早っ!!』

ー 高校時代、長距離走かじってたので手っ取り早いかな~と思ったんですけど、毎日変わらない風景の中を走るって、結局、飽きちゃうんですよね~

『ランニングコース変えろよっ!』

ー うーん。そもそも私は、運動欲ないんでしょうね(キッパリ!!)。

『あー、またラジオ体操が遠のくわ…』

ー ここからが核心だから!
今までの私の話を聞いて、どう思った?

『い、いきなりっ?…ま、まあ なんか、そもそも運動神経が人並み以上だよね?なんとなく』

ー そう、そこです!!ま、正直申し上げますと、短距離走は人並みでしたけどね。

『だからー!余計な情報はいらないから!』

ー あまり自分を大きく見せたくないので つい(笑)。
では、核心は以下です!運動神経、フィジカルですね。

意識高い系とか、今時の言葉になぞらえて……

※※※※※※※※※※
フィジカル高い系なら!!
※※※※※※※※※※
①本気のラジオ体操を毎日やる。

②週一ぐらいでいいので、好きな運動をやる。
(ダンスでもランニングでもウォーキングでも、なんでもいいです)

これで、半年で6kg痩せます。

あ!
三食ちゃんと食べてね。お酒好きなら我慢しなくてOK!私は毎晩、安焼酎あおってますよ~!

もちろん、上記①②だけで、他は何もやってませーん!!
たまーに気が乗ると、ジャンプとかターンとか体幹トレーニングとかチョロっとしますけど、基本たまーにです。まだ寒いので、ものぐさです(笑)

②の週一運動が出来ない方は、とりあえずラジオ体操だけ毎日やれば、半年6kgは保証出来ないけど、1年でかなり成果でるのは確かだと思いますよー!!できれば第一と第二、両方やってくださいね。

なんつったって、ダダで痩せようとしてるわけだから、基本のんびりゆこー(笑)!!

って感じです。
以上。

『は?ああ、そうですか…』

ー ね!楽勝っしょ?ダダなら尚更っしょ?私はズンバ10回4500円だから、半年で9,000円ほど出費してるけど(笑)。

『つか、ズンバ、安っ!』

ー 町営のスポーツセンターだからね、紹介しようか?

『場所どこ?って、またまた話脱線してるよー!!意識高い系、もとい、フィジカル高い系の人なら、ラジオ体操絡めれば簡単に痩せられるよ!と、そういうことですよね?』

ー うん。そういうこと!フィジカル高い系なら、そもそも体の使い方もよく分かってるからね。

『じゃ、フィジカル低い系の人なら?』

ー ふふ。

『な、なんで ふふ?』

ー ふふ。
今は責任あること言えないなー、あたし。

『もったいぶるなー!』

ー もったいぶってないよ。今は!って言ったじゃん(笑)

『え?なになに?どういう意味?』

ー 要するに、フィジカル低い系の人は、ラジオ体操を改善してくための ワンクッションみたいなものも必要かな~って思ってるの。それを来月探ってくるから、続きは4月中旬以降にまた!!(笑)

『やっぱ もったいぶるんだ!!』

ー 第二弾も、カテゴリー【健康・ダイエット】で検索ください。よろしく!!

でも、少しだけ言っとくか。。

『お願いしますよ!!』

ー ヒントはねー、アクアかなーと思ってます。そう、プールの中にヒントはあるかと。水泳じゃなく、アクアね。美しいマッチョ系を目指す人は競泳の方がいいけど、ダイエットや体質改善ならアクアかな。

『アクア?ですか?』

ー そ、アクア!
夏のプール開き、誰もがプールを恋しくなる季節までに、アクアの入り口について、きちんと良質な記事書きますよ~!
期待してくださいね(^ν^)

『あくまでも次回の記事まで待てと。。もう~!!よろしくお願いしますよ!!待ってますからね!!』

ー はーい!(^O^)/

※※※※※※※※※※

とまあ、
バーチャル脳内インタビュー第1弾は、この辺で終わります。

でもね、
あんまり運動好きじゃない人や、
あんまりダイエットにお金かけたくない人なら、きっと必見ですよ。

なんたって、
46歳の私が、
痩せにくくなって困ってた私が、
簡単に6kg痩せられたんですからねー!!
しかも半年で!!

だから、信ぴょう性があるんです(笑)!!

次回、第二弾は、
人それぞれに適したラジオ体操について考察するため、
ちょっと興味のあるフィジカル講習を受講してきます!!もちろん、体に負担がかからないアクアでね。

そして、考察がまとまりましたら、第二弾へと進みたいので、

待ちきれない人は、、

とりあえず、毎日ラジオ体操やっててください(笑)!!

ラジオ体操だけで、
もしも一ヶ月経って効果でたら、、
あえて第二弾を読まなくてもいいですし!(笑)

なかなか効果でない人は、

専門用語とかも飛び出すかも(笑)、
の第二弾をお楽しみに!!

繰り返しますが、
カテゴリーは【健康・ダイエット】です。

これ、そもそも個人ブログなので、
次回の話題は、たぶん映画か演劇ですから(笑)。

よろしくお願いします(^ν^)

いやー、
6kg痩せると、体も心も軽いぜよーっ!

目標はあと2kg、52kgです。

私は筋肉質なんで、それ以上痩せると、逆に不健康な印象になってしまうんです。

人それぞれ、
痩せ方も考えてゆきましょう!!
(最後はマジメに締めくくりマッスル!!)

◎半年前の写真(ノーメイク失礼!笑)
{92B29A6E-0C3E-49CA-8561-54722F936DC1}

◎半年後の最近(酔っ払い失礼!笑)
{3AECB676-E001-48E8-BDC2-226759AC2CC9}

……うーん、顔だけだと、
あんまり分からないかなっ?笑

腹回り、背中まわりを撮影しておくべきでしたね。すみません^^;

ま、個人ブログなんで。
そこいらへんは、、ごめんなさい!!

ではでは!!
健康・ダイエットカテゴリーも、
どうぞお楽しみに~(^O^)/
山梨に帰って3年半が経とうとしています。

母の介護という ネガティヴな事情からの帰郷でしたが、故郷に根付くにつれ、ようやく最近、もっとポジティブにならねば!と思えるようになりました。

そんな想いに至るキッカケとなったのは、パート感覚で始めた、町のスポーツセンター主催の子供水泳教室の講師経験が大きく影響していると思いますが、それはまた別の機会に^ ^

今日は、私の故郷および居住地である 山梨県南巨摩郡南部町に存在する『白鳥山を創造する会』に正式加入しました!という…報告ブログです^ ^

この会は、
来年、設立20周年を迎える会です。
もともとは町内有志で結成され、過去に農林業に携わっていた父が会長を務めています。

そんな経緯もあり、
東京に在住し演劇活動をしている最中も、白鳥山には時々訪れていました。

会員の皆さんの夢は多岐に渡り、

ビックリさせられた夢の一つに
『バイアフリーの山登りを!』

喜ばしいワクワクする夢の一つに
『野外ステージの設置を!』
が、ありました。

確かに、有志の方々の情熱は並々ならず、年々整備が進み、本当にカジュアルに登山が出来る山に発展していきました。杖歩行が出来る方ならば、お体の状態にもよりますが、介助の人がいれば、山頂まで登山可能なまでに整備されました!

そして、会員のご婦人達は、元旦には山頂で甘酒や漬物を用意して、毎年、登山客に振る舞っています。私はそれが楽しみで、東京で生活していた頃も、年末年始に帰省出来る時には、必ず白鳥山で初日の出を拝んでいました。

しかし、
素晴らしい景観があっても、まだまだ懸案事項はあり、今の時代、町内頼みではなかなか難しい側面もあります。

今年の元旦、国内の不景気も影響しているのか…登山客はチラホラ。。
それでも変わらずに甘酒や漬物でおもてなしをしている会員のご婦人方をねぎらいながらも……
『おばちゃんたちは、果たして、報われているのだろうか?』
と、
生意気ながら思ってしまいました。。

素晴らしい景観ではありますが、
もっと素晴らしくなる可能性がある。

山頂に辿り着くと、
まず目の前に、雄大な富士山が飛び込んできます!それだけで感動はありますが、左には南アルプスが広がっていて、さらなる奥深さを感じられるのです!

そして…実は右側には駿河湾を見渡せる風景までもがあるのですが、この景観は山頂に辿り着いてスグには見られません。まずココが、現時点では、ちょっと残念な懸案事項です。。

なぜなら、
初日の出 が昇る場所が駿河湾のため…リアルに朝日が昇っていく様を見るためには、山頂からさらに歩を進めなければ…という少々無理をしなければならない側面があるからです。。

駿河湾も含めたパノラマ絶景を、山頂から存分に堪能するためには、静岡県富士宮市の行政、または地域の方の賛同を得て、雑木を伐採させていただくしかありません。

でも、その取り組みは?

また、
戦国時代、武田信玄が戦の際の『狼煙台(のろしだい)』を作り重宝していたと言われる白鳥山の地形は、知恵の輪のように変わった作りであり、非常に興味深く面白いものです。

でも、その面白い地形を生かしきれているか?

今年の元旦光景とともに、
私の中でドンドンと想いが膨らんでいきました。。

そして、、

白鳥山を創造する会の皆様が、もっと生き生きと活動できるよう、何か出来ることはないだろうか?
と、
微力ながら考えるようになりました。

そもそも私は、演劇人の端くれです。
昔から、野外ステージには強い憧れがありました。

そうだ!!

私の夢も引っさげて、白鳥山をもっともっと素晴らしい山にしてしまい、面白く発展していき、もっともっと国内外に知ってもらおうじゃないか!!

と、生意気ながら
思うに至りました。

そしてこの度、
会員の皆さんに、正式に加入を申し出ました。

皆さん、想像以上に優しく迎え入れて下さり、少々恐縮してしまいましたが、同時に こりゃー頑張らねば!と、身が引き締まりました。

そして、
並々ならぬ主要会員の皆さんの情熱を感じ取りつつ、新人広報を担うこととなりました^ ^

で、まずは
専用Facebookページの開設
始めましてみました~!

おいおいプロの力を借りて、本格的なオフィシャルサイトも立ち上げたいと思っておりますが、まずは地道に一歩一歩!!

皆さま、どうぞ下記Facebookページをご覧くださいませ。
https://www.facebook.com/mt.shiratori/
またはFBにて『白鳥山を創造する会』で検索してみてくださいませ。

そして!!

山登りが好きな方々、
白鳥山の景観やイベントに興味のある方々、
野外ステージが出来たら参加希望だぜっ!ってな方々、

どうぞページに訪れていただき、
宜しかったら いいね!ボタンを押してくださいませm(_ _)m

これから諸先輩方とともに、
ワクワクする空間を創造していきたいと、強く思っております!
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↑主要会員の皆さんとのミーティングでパシャリ^ ^ 皆さん優しくて癒されるも、白鳥山への強い情熱はスゴイです!

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↑山頂から見える富士山です^ ^
(今年の元旦 早朝に撮影しました)

それでは今後とも、
月歌舎とともに、
白鳥山を創造する会 を、
どうぞ宜しくお願い申し上げます!!

で、
明日は 月歌舎 ミーティング!

私の中では
新生 月歌舎バースデーな感じかな⁉︎(笑)

ぜーったいに、
300~500名キャパの野外ステージを作りたいっ!!@白鳥山

3月には、遊歩道や登山道に、
三椏(ミツマタ)の黄色く可憐な花が咲きほこります!楽しみですね!
皆さまも、是非のんびりと遊びにいらして下さい!

ブルーシート持参で、山頂でのお花見も楽しいですよ!
(飲食でのゴミの持ち帰りはご協力お願いしますm(_ _)m)


私も微力ながら、頑張ります!!

ではでは(^ν^)
(後編に突入~。前編は前投稿です)

実は私の愛する出版社は、詳しい事情は聞けなかったが、おそらく出版部数が本社の思惑通りに伸びず、追い込まれたのだった。。

いつしか社内に重苦しい空気が忍び寄り、気がつくと、大好きな編集長が責任を取り辞任に追いやられ、本社から派遣されたヘラヘラした馬鹿っぽい太った男が、編集長の椅子に座っていた。

そしてある日、菩薩のような副編集長が、そのエセ編集長に掴みかかり、私をずっとフォローしてくださっていた肝っ玉フリーライターの姉さんが『やめてー!』と、泣きながら、副編集長にすがり、なんとか暴力沙汰にならないで終わった。。 

そんなドラマチックな出来事があり、皆が編集部を去り、エセ編集長と私だけが残った部屋で茫然としていると…
『入月さん、僕の味方してくれたら、本社に口聞いて、正式に社員にしてあげるよ』
と、エセ編集長が笑顔で言った。
私のような雑魚キャラが、当時、出版業界でそれなりにメジャーだった本社の末席に存在することが許されるのだ。
それも、いとも簡単に。。

『考えさせてください』
私はいみじくも答えを濁し、夜の街をフラつくように漂いながら家路へと戻った。

編集長や副編集長と、ひたすらお酒を飲んで話したいと思った。なにしろ、聞きたいことが山ほどあった。でも、当時は携帯電話もない時代。結局、そんなシンプルな欲求すら…叶わなかった。

後日、またエセ編集長に
『入月さん、結局、どうするの?』
と言われた時、
私は迷わず、辞めると伝えた。
エセ編集長は、私を小馬鹿にしたように何か小声で毒づいたけど、私の耳には届かなかった。

その時、一瞬にしてフラッシュバックした記憶があった。。

実は私が面接を受けたとき、
たまたま尊敬する編集長は不在で、本社の社員が面接をした記憶があり、
後日、編集長は笑いながら、その時のことをボヤいたことがあった。

『俺がその時の面接官だったら、お前みたいな青二才は確実に落としてたよ(笑)。でも、こうやって縁があったんだから、こりゃもう、仕方ないよな。お前が一人前になるまで、面倒見るしかないよな~。ったく』
と、優しく笑って言った。

そうだ!
あの時の面接官は、あとに本社からの刺客と化けたエセ編集長だった。。そして、エセが釣った得体の知れない馬鹿な若者(私)を、渋々ながらも編集長は育ててくれたのだ。

出版社が解体した後、
私は次のバイト先で芝居関係者と出会い、誘われるまま、ある劇団の旗揚げ公演に参加し、そこから演劇活動を始動した。

菩薩の副編集長は、その後も事あるごとに励ましの手紙をくれたり、いまも私にとって、菩薩である。

声の大きい先輩社員と世話を焼いてくれたフリーライターの姉さんは、その後、千駄ヶ谷に事務所を構える旅行雑誌の編集部を拠点に仕事をしていた。今はどうしているだろうか。

少し怖かったキャリアウーマン風の先輩社員のその後は知らない。

そして編集長は、その後、編集会社を立ち上げたと聞くが、実は後年、その会社に電話をかけたとき『現在、かかりません』と、無機質な音声が流れたきり、足取りが掴めないままである。番号を間違えたのかもしれないし、たまたま編集長が電話料金をうっかり払い忘れ、電話を止められただけだったのかも知れない。私は真相を知るのが怖くて、いまだ、そのままにしている。

でも、
また皆さんに会えたなら、どんなに嬉しいことだろう。

『相変わらず、入月は馬鹿だな~』
と、編集長に笑われたい!

物知りな編集者さんや、ライターさん、優しいカメラマンさんやイラストレーターさんの、陽気で唸る話が聞きたい!

まずは久しぶりに、
菩薩の副編集長と会おう!確か母親の介護で、故郷と東京を行ったり来たりだったので、ついつい忙しいだろうと遠慮していたのだが、今や私も、山梨で親の介護をしている身だ。今なら、きっと、色々話せることがあるように思う!

最後に、

編集部員時代、
たった一つ、とても悔しい経験があった。
それは、私の企画で実現した、前述の天願大介監督のインタビュー記事だ。

私のインタビューはとても拙いものだったが、監督は、私が聞きたいことを察し、雄弁に語ってくださった。
だから、私も監督の熱意を、きっちりと文章に昇華すべく、頑張った。が、頑張っても頑張っても、編集長は記事にOKを出してくれなかった…。

終電の時間が近づいた頃、
ひっ迫した表情で原稿用紙に向かう私を見かねた編集長が、
『入月、一度家で眠って、頭をリセットしろ。明日の午前中に最終稿をあげればいいから。今日は帰って寝ろ!』
と諭し、
私は追い出されるように帰路についた。

だが、
帰路にはついたが、帰るわけにはいかなかった。
絶対に、編集長を納得させるインタビュー記事にしてみせる!!
その想いに突き動かされ、私は24h営業のファミレスに籠り、気がつくと、出社時間が来るまで奮闘していた。

書き続けていくうちに、自分に何が足りなくて、何がダメなのか、だんだんと分かってきて、書きながら、さらに打ちのめされていったのを覚えてる。

それでも書いて書いて、何とか完成させ、出社後、一目散に編集長のもとに行き、寝ずに書いた原稿を見てもらった。

『うーん。確かに良くなってる。それなりに、成立はしている』

編集長のその言葉に、私は初めて認められたような気持ちになり、心の中で小躍りした!いや、確実に舞い上がった。脳内でブレイクダンスすらしていたかも知れない。

が!!

『実はさ、昨日、入月が帰ってから、俺も書いてみたんだよ。もしも原稿落とすようなことあったらなんだし、保険としてな。ほら、お前のとっ散らかった原稿、山のように読まされたから、インタビューしてないけど、だいたいは分かったからさ。ま、気を悪くせずに読んでみてくれ』

編集長はそう言って、私に自筆の原稿を渡した。私は一瞬にして地に落とされたような気持ちになり、悔しさで震えながら、やるせなさと情けなさに包まれながら、編集長の原稿を読んだ。

でも、
編集長の原稿は、当時の私の目には、完璧に映った。あきらかに完敗だった。知的フレーバーと、大人の余裕に包まれた、まさに愛のあるインタビュー記事になっていて、私は逆立ちしても書けない…と、思った。

『編集長、これを最終稿にしてください。これが良いと思います』

私のアッサリ敗北宣言は、編集長の想定外だったようで、

『いやいや、参考にしてくれれば、と思っただけで、別にまだ書いていいんだぞ』
と編集長は笑ったが、
寝てない私は、もう限界だった。
思考が淀んだままで、かつて母が夢中で読んでいた女性ゴシップ週刊誌の敏腕編集者に、そもそも敵うわけがないのだ。

完全に負けた!!

そう結論づけたことにより、瞬く間に悔しさは消え、早く家に帰って寝たいと思った。
出稿の段取りを終えて、編集長に寝てない旨を伝え、清々しい気持ちで早退したことを、今でもハッキリ覚えてる。あの日は、本当に、グッスリ寝た!笑。

でも後年、

ホントに敗北だったのか?
と、今更ながらムクムクと疑問が湧く瞬間もあった。勝負はとっくについていたし、出版社はすでに解体されて、どこにもぶつける場所などないのに、やけに闘志を燃やして、私は悶々と考えたのだった。

編集長の記事は、最後にこう締めくくられていた。

『やはり蛙の子は蛙か?』

文脈は覚えていないが、確かにそういう締め方だったと思う。
これは、巨匠 今村昌平監督のご子息として誕生した天願大介監督への、編集長なりのエールだったとも受け取れる。

だけど、当時の私に力があったら、そのエールだけは、なんか違うと思ったはずだ。なぜなら、蛙の子は…蛇になろうと足掻いていたことを、私はインディペンデント映画祭に出品していた監督作品を見て、知っていたからだ。。

今なら私はこう締めくくっただろう。

『果たして、二足のわらじを履いたまま、蛙の子は蛇になれるのだろうか?真っ直ぐな眼差しを受け止めながらも、そんな甘美な皮肉をチラリと胸によぎらせ、今後の彼の足跡に注目したい』

うーん、、
やはり、まどろっこしいかな?
やっぱ長すぎますかね?編集長~!!

あーーー、
みなさんに会いたいな!!
会えるものなら、会いたいです!!

時はバブル期。
当時、吉田栄作主演のジェットコースタードラマが流行りだった。
人気女性ファッション誌の表紙には
『タイへ行って、男の子を買おう!』
と、今では信じられないドぎついタイトルが踊っていたが、中味はタイトルほど過激ではなかった。

日本中が、金を持った者の万能感に扇動されていた。まさに泡の時代だった。そんな浮かれた世の中で、私は一人ファミレスで原稿用紙と向き合っていた。

とても幼く、とても純で、とても無様な青春時代の第2章の始まりだったが、それはすぐに終焉を迎えた。

それから数年後、
テレビはSMAPの木村拓哉がトレンドとなり、キムタクが動き回る青春ラブストーリーに、誰もが夢中になっていた。

キムタクかっこいいな~と、横目で追いながらも、当時の私は演劇活動に夢中になっていて、ありとあらゆるバイトをしていた。ホワイトカラーからブルーカラー、水商売まで、ほぼ、ありとあらゆる業界に顔を突っ込んで、生活の糧を得ていた。

芝居を続けるため、生活のために働く中で、大企業の無慈悲な仕打ちにもあったし、ヤクザや反社会的団体の怖さも少しだけ知った。ついでに、良質な宗教団体もあれば、カルト教団のうすら寒い危険性も、身をもって知っていった。ま、どこの教団にも所属はしていませんがね。仕事絡みで知りました(笑)。

ま、そのあたりのお話は、
後日、また折をみて…^^;

とりあえず
昨日の建国記念日に、家の庭先から撮影した写真とともに、この国の未来を祈ります。
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↑庭先から左手に見えますのは、富士山。

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↑同じく正面に見えますのは、白鳥山。

この国がよき方向に進み、子供達の未来を明るく照らしてくれますように。

もちろん、
まだまだ私も頑張りますよー
(^ν^)

グナイ!

(おしまい)
かつて私は、出版業界に1年ほど見習いさせてもらったことがある。まだ成人したばかりの頃だったと思う。もちろん編集者としての教育を受けたことなどなく、10代でアマチュアバンドのスタッフをやっていた頃にファンクラブ会報誌を手掛けていた…というフワッとした実績だけで、無謀にも扉を開けてしまったのだった。

つくづく若さって…怖いです(笑)!

そして、なぜか採用されたのだが…というお話。

そこは小さな出版社だったが、元有名ゴシップ誌の編集者だった編集長をはじめ、菩薩のような副編集長、頭の切れる声の大きい編集者や、ちょっとピリピリした近寄りがたいキャリアウーマン風の編集者がいた。そして連日、フリーのカメラマン、ライター、イラストレーターらが出入りしていて、当時の私にとって、そこは小さいながらも、実に刺激的な世界だった。

でも、
当たり前だが、新聞もろくに読まず、恋やライブに夢中だった私に、正直、居場所などなかった。みんな話題豊富な大人ばかりで、素性も分からないヒッピー風ファッションに身を包んだ若者など、入る余地もなかったのだ。しかし、出入りするライターさんやイラストレーターさんやカメラマンさんの中には優しい人もいたし、菩薩のような副編集長は、いつも夕飯を奢ってくれた。だから、見習いらしく、いつも雑用をしていた。

ある日、
企画会議に参加させていただいた時のことだった。 

タバコの煙が充満する部屋で、編集長・副編集長はじめ編集者達があらゆる企画を出し、今後の誌面を飾るためのネタについて議論していた。

先輩達の口から次から次へと出てくる企画は、素晴らしい企画もあれば、どこかの雑誌で見た企画もあった。でも、どれも私の中にはない発想力と想像力があふれいて、聞いているだけで刺激的だった。

しかし、
なぜかなかなか編集長がGOサインを出さない。
次第に悶々とした時間が流れ、会議室に気だるい空気が充満した頃、
編集長が
『入月、お前も何か企画ないか?』
と、おもむろに水を向けた。

正直、私はビビった。
だって、私がいちおう企画ノートに記していた落書きのような企画案は、それまでケンケンガクガクと議論していた知的で硬派な内容や、先進的な大人の生き方を提示するような洒落た企画とは、あまりにもかけ離れていたからだ。。

『あ、ありますけど、かなり…バカ企画ですけど…』
と躊躇する私に、
編集長は笑って、
『お前から社会派企画が出てくるとは思ってないよ。言ってみろ』
と、促した。

編集長の優しい口調に緊張の糸が切れ、
私はようやく口を開いた。 

『えっと、、仮タイトルみたいなものしか出来てないんですけど、人気絶頂 悪役女子プロレスラーと巡るゲログロ・グルメ…で…す』

その瞬間、
張り詰めていた会議室が、爆笑に埋め尽くされた。

なんで?
と、私は不思議だった。
し、しかも!
『面白い!それ、やろう!』
と、編集長が即決した。

エーーー?マジかよ!!
私は正直、さらにビビった。。

そして他にも、ある映画監督のインタビュー、あるカルト映画の声優さんを務めた芸人さんのインタビューまで、実は落書き企画帳にひそかにしたためていた別の企画までもが、、なぜか通ってしまった。

今思うと、
あのときの私の役割は、張り詰めた空気を緩めただけで、その企画自体は、どうでもヨカッタんだとも思う。。

実際、グルメ企画では、私が摩訶不思議な料理がある屋台や、無国籍な感じの謎の料理店を探し出し、当時人気絶頂だった悪役女子プロレスラーを本社の人脈でセッティングし、後はライターさんやカメラマンさんと共に、女子プロレスラーさん達に各店舗を巡ってもらい、彼女達に『なんじゃこりゃー!!』『こんなもん、食えるかっ!!』みたいなリアクションをしてもらい、その表情をカメラマンが撮影し、その様子を面白おかしく見守っていたフリーライターの手腕により、後日、それはそれは素晴らしいエンタメ記事に仕上がったものの……残念ながら、私が勤めた出版社の情報誌の誌面として、その記事が世に出ることはなかったから(その経緯は後で記します)。。

ただ、出版業界で、生まれて初めて採用された幾つかの企画で、私は多くのことを学んだ。

当時、編集者と映画監督という二足のわらじで奮闘していた天願大介監督は、父である巨匠 今村昌平監督から一線を画す表現活動を模索してピリピリしていたはずなのに、先輩ライターにフォローされながら拙いインタビューをする私に、とても優しかった。それは、自身も編集者として、きっと新人時代を経験していたからだと思う。当時の天願監督の、とても真摯で真っ直ぐな目を、私は今も覚えている。

イギリスのカルトコント集団・モンティパイソンが映画を作ったとき、その日本語吹き替え版で声優を務めた松尾貴史さんのインタビューも、記憶に残っている。松尾さんは、とても気配りが出来る大人だった。テレビ局の片隅で、通りすがりの芸能人達に目配せのような笑顔を逐一送りながら、またもや先輩ライターさんに腰巾着していた私の拙い質問にも、とても丁寧に答えてくださった。その佇まいを眺めながら、生意気ながらも『お見事!』と思った記憶がある。

そして、
誌面を飾ることが出来なかった悪役女子プロレスラーさん達は、とても礼儀正しく、後輩想いの陽気な姉さん達だった。

彼女達は、アジャコングとバイソン木村というリングネームで、当時の女子プロレス界の人気を支えていたカリスマだった。そして、彼女達の付き人として、アジャさんやバイソンさんの腰巾着のように無邪気なたたずまいで周囲を和ませていた可愛らしい少女が、後にスター選手となる伊藤薫さんだった。

現場に向かうと、素顔のアジャさん達が
『おはようございます!今日は宜しくお願いします!』
と、可愛らしい笑顔で挨拶してくださり、
私は一瞬、誰だか分からず…
うっかり、付き人とかスタッフの方だと思ってしまった(実に恥ずかしい勘違いである。。)。
しかし、
ロケバスでメイクを施し、
1件目の取材場所、新宿歌舞伎町に降り立つと、一瞬にして、いつもの太々しいアジャ軍団に変身し、野次馬たちを威嚇しながら店へと向かって行った(笑)。

これがプロなのか!!
私は静かに感動し、彼女達が大好きになった。何件も店を巡り、取材が終わる頃には寂しささえ感じていた。いつまでも彼女達といたかった。私が高校生だったら、そのままプロレス界に入門してしまったかも知れない。それほどまでに、彼女達は眩しく、まさしく本物のプロだった!

アジャさんとバイソンさんのグルメ企画が、雑誌の休刊とぶつかり頓挫したとき、マネージャーさんにお詫びの電話を入れた。
『あらら、そうでしたか~。アジャ達も記事になるのを楽しみにしてたので、それは残念ですね~』
と、マネージャーさんは怒らずに言ってくれた。
本当に本当に、無念だった。。

(続く)
ただいまNHK BS1で再放送している『映像の世紀』。
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現在進行中の新番組『新・映像の世紀』とともに鑑賞中である。

で、
先日は第二次世界大戦がメインテーマだった。ヒトラー、スターリン、チャーチル、ルーズベルトやトルーマンなど、歴史に名を連ねる人物達が動き回る映像、世相解説とともに、歴史の光と影を浮き彫りにするドキュメンタリーだ。20年前の番組なので、やけにイデオロギーが前に出るとこもあるが、こんな凄い番組やってたんだー!と、改めてNHKの資本力に驚かされつつ、クオリティの高さに唸っている。

そして、
たまたま感たっぷりではあるが、
『映像の世紀』を見ながら、なぜか『長七郎 江戸日記』という時代劇が胸によぎる…という不思議(笑)。

なので今回は、その辺りを
行き当たりバッタリ感たっぷりに考察してみる。

『長七郎 江戸日記』は、BS日テレで再放送されている里見浩太朗主演の30年前の名作時代劇だ。江戸の読売り屋(新聞屋)に居候している浪人・長さんこと長七郎は、実は江戸幕府三代将軍 家光の弟・忠長(将軍職争いで負け、自害!)の遺児!!徳川の権力争いから離れてひっそり浮雲のように生きる長さんが、庶民の味方となり悪人を倒してゆく痛快時代劇だ。
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母が長七郎ファンなので、いつもチャンネルを合わせてあげるうちに、うっかり引き込まれ数回拝見。
クライマックスでは、なぜかド派手な着流しスタイルで徳川の人間であることを口頭アピールする長さん。しかし、ことごとく悪人に『長七郎君の名を語る不届き者め!』と信じてもらえず、、ついには着物に刺繍した金糸の《葵の御紋》まで見せつけるも…『えーい!長七郎君であろうと構うものかッ!皆のもの、叩っ切れーッ!』と、まさかの悪人開き直りっ!なにげに長さん、立つ瀬なし(水戸黄門では絶大な飛び道具の徳川紋所が…ぶっちゃけスベリまくり…)なトホホ展開が定番なんだけど(笑)、そこは長屋の人気者・長さん!庶民の味方という正義感こそが、長さんの紋所なのである。ゆえに涼しい顔で二刀流の立ち回り、ほつれ髪一本なく、着物に血飛沫一つ付着させずにバッタバッタと悪人退治をする。そして、なぜか最後に一回転ターンして二本の刀を器用に鞘に納め、メデタシ!メデタシ!となるのだ。

私が真似する長七郎一回転ターンを母が泣いて喜ぶので(笑)、クオリティを高めようと何度か見てしまったのもあるが、火野正平はじめ脇を固める名優達が楽しく魅力的で、前述した突っ込みどころも、胸に引っ込めてしまう。そして、娯楽時代劇の王道だなー!と惚れ惚れするのだ。しかし、ただの娯楽作品にならない妙味は、もちろん長さんの生い立ち・徳川の遺児にある。幕閣はちょいちょい長七郎を権力争いの神輿に載せようとちょっかいを出してきたり、徳川の盤石さをリアルな描写で挟み込んだりもする。しかしながら、長七郎はあくまでも庶民の味方で揺るがない!長さんは庶民とともに、正義に生きていく!暇な時は新聞作りも手伝う!かっこよすぎるぜ、長さん!
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でもでも…
『えーい!叩っ切れーッ!』と、せっかく金糸で刺繍までした葵の御紋を歯牙にも掛けない悪人ばかり毎週やっつけてると、さすがに長さんだって『徳川…ナンボのもんじゃいッ!!』と、内心ブラックな炎を燃やしていてもおかしくない…と個人的には思う。私が長さんなら、確実に腐る(笑)!!でも、長さんはそんな卑屈さを微塵も感じさせずに、チヤホヤしてくれる温かい庶民との生活を本当に大切にしているのだ。幕府の権威より、小さな幸せを選んだ長さんは、もしかしたら、顔で笑って心で泣いているかもしれない。でもそこはエンディングのナレーションやテーマ曲で表現されるだけで、さすが長さんは一切語らない!!そんな、まさに武士の鏡の長七郎に、思わず『ヨッ!長さーん!』と掛け声が出てしまうのである。まさしく長さんこそ、江戸の片隅の、片隅にいても目立ってしまうスターなのだ!!

さて、前置きが長くなったが、

そんな痛快な長さん世界と、NHKの硬派な歴史ドキュメンタリーがかぶるのはなぜか…。

それは至って単純に、

◉悪代官
…世界を分配しようと画策するスターリンやチャーチルやルーズベルト(ソ連、英、米)等
{2AC7EC6D-70E5-48C3-82EF-77A449D3BC99:01}

◉悪巧みの犠牲になる美しい町娘や善良な職工
…占領国の民(第二次世界大戦下のポーランドのワルシャワやドイツのベルリン)等
{83D957A1-DB4D-4947-BCEB-67262B135593:01}

◉長七郎
…この場合、強い自国兵や同盟国など、独立へと進む民を支えるシンボリックな存在として
{AF5E765F-5C85-4FF4-B75C-DDDEBDC43DAE:01}

はい。
実に単純明快に、このように役者が揃ってしまうわけです(笑)!

でもホント、戦争の仕組みなんて、長七郎江戸日記となんら変わらない…とも思うのだ。だから強引すぎるかも知れないが、あえて引っ込める気もない。

第二次世界大戦下のヤルタ会談なんて、まさにスターリンやチャーチルが悪代官で、ルーズベルトが悪徳商人に見えるシーンだ。

『じゃココで境界線引いて、そっちをソ連にして、そっちの民はソ連人にしちゃいましょう』
『それはよい。じゃ、あっちはお任せしようではないか』
『いやはや、国主不在で配分決定とは…戦勝国の特権ですなー』
『だから戦はやめられぬのよ』
『はは、いかにも』
『おぬしもワルよのぉー』
『いやいや、お代官さまこそ』
…が、聞こえてくる。
{0122B199-BD4B-434D-96C9-5C94CF802D74:01}

平和に関して『想う』ところは、きっと勧善懲悪などなく、万国共通だと信じたい。綺麗事を言うつもりなく、やはり一人一人が尊い命を謳歌するために必要なのは、平和に他ならないのだ。

しかし、
平和を保つために『思う』ところは、実に様々だと感じる。足を下ろす大地は同じ地球上でも、多くの思想や宗教、人種と差別、そして歴史背景が根付いている。とてもとても一つの根で繋がるのは困難で、それだけ根は深いなーと思うのだ。

だからこそ、
庶民には長さんが必要なのだ!!
と、強引に結論づけてみた(笑)。

こう書くと
『お前は安保賛成で、自衛隊見殺し論者だー!』とか言われるのだろうか?(笑)

しかし私は、美しい町娘や善良な職工を守るためには、長さん的存在は必要だと思う。

すると今度は
『お前はブスな町娘や不器用な職工は死んでもいい!と思ってる差別主義者かー!』とか言われるのだろうか?(笑)

いやー、そうなると困ったねー。
こんな時、長さんが居てくれたらっ!!

長さん『どうした?浮かない顔をして』
私『いやー、最近イスラム国とかっつーイカれたテロリストらが、庶民の命脅かしたりして、世界も世論も、なかなかまとまらないっすよー』
長さん『そりゃ大変だ。世界の幕府は何か手を打ってんのかい?』
私『まぁ、空爆とかでテロリストの支配地を破壊してんすけど、罪のない庶民の巻き添えも後を絶たなくてねー』
長さん『そうか。そりゃいけねーな。そういう時は頭を叩くしかねぇんだがな』
私『でも、おそらく頭は油田の近くに住んでいて、石油が欲しい権力者は、ぶっちゃけソコを叩けないんすよねー』
長さん『ふむ。いつの時代も、欲深い奴らはよくねぇな。なら空爆とかに意味はねぇだろう?』
私『確かに。テロリストの頭にとって、空爆なんぞ猫パンチのようなものかと…。でも何か威嚇しないと増長するしねー。困ったもんだよ。長さん、なんか方法はないもんかねぇ?』
長さん『はは。それなら簡単だ』
私『え?長さん、何か妙案でも?』
長さん『兵糧攻めよ』
私『(戦国かいッ?!と胸によぎるも)あ、そうか。テロリストから安価な石油を買わないようにして、奴らの資金源を断つっつーことっすね!』
長さん『ああ。根気もいるが、兵糧が尽きれば、戦意も確実に失せる』
私『なるほど。でも長さん、テロリストの石油を欲しがってるのは、大富豪だとか強豪国だとか…まことしやかなキナ臭い噂もあるんすがねー』
長さん『うむ。そうなると話はややこしいな。よし、内偵に入ってもらい真実を掴もう。いざとなったら兵糧攻めを阻む悪代官や悪徳商人を一網打尽にし、その上で、イスラム国とやらを兵糧攻めだ!』
私『ま、まさか長さんが?』
長さん『はは。それでお主らの憂いが晴れるなら、まさに武士の本懐よ!じゃあ、ちょっくら留守にするぜ!』
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私『ま、まさかの長さん、世界進出?!』
庶民一同『ヨッ!長さーんっ!!』

(続かない)

果たして、国内の小悪党にすら通じなかった葵の御紋が、海を越え、世界の悪代官どもに通じるかはともかく!!私は今こそ、長さんのような、本物の武士に会いたい。暇な時は、実家の店を手伝ってもらう!

でも実際、
『正義って何?』
と考えると、時として、
それは美しくあるがための、なんだか利己的な隠れ蓑のようにも聞こえやしないか?あくまでも、時として。

もちろん、戦時下に非暴力を謳ったガンジーは偉大だと思う。非暴力の理想郷を目指し、俗世を超えた覚悟は後世に語り継がれている。あそこまで徹底した非暴力革命は、およそ不世出なんじゃないだろうか。私があの時代のインドの若者なら、きっとガンジーに熱狂したと思う。

しかし、
長さんだって、ガンジー的側面はあった。
『まずは、話し合おう!罪を認めて償え!』
というスタンスで悪人と対峙するのだ。しかし、悪人はいつだって分からず屋なもんだから、仕方なく長さんは葵の御紋を見せつけて…
『分かるよな、これ?俺、実は只者じゃねぇんだ。でもよ、俺は穏健派だからさ、分かってくれりゃ、ある程度は目をつむるぜ』
ってシグナルをビシバシ送っているのである。

ここまでは、まさに非暴力だ!たぶん!

しかし!!
『えーい!葵の御紋もろとも叩っ切れーッ!』
って言われちゃうと…
さすがに長さんだって
『やむをえん!』
と、二刀流チャンバラしちゃうわけである。
だって長さんには、愛する庶民を守らねばならぬ義があるのだから。ここで死ぬわけにはいかない。ならば戦うしかない。そこは長さんだって、見方によっては利己的なのかもしれない。
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だから私の中では、
長さんの延長線上に…ガンジーがいる。

いつかガンジーになりたいと思いながら、長さんは江戸を生きている(あくまでもイメージね、イメージ。さすがにガンジー、江戸時代の人じゃないからねっ!)

そして私は、ヒーローに学びながら(長さんには突っ込みながら…)、いつか平和な世界が訪れるために、自分が出来ることは何だろう…と、ときおり介護に疲れた頭で夢想する。無意味なのかもしれない。でも、夢想すら出来なくなったら、私は終わってしまうだろうと思うから。

さて、
長々とドラマの主人公を引っ張り出して、さらにガンジーまで語る資格はないように思えてきた(いまさら!)。そろそろこの話題は終わります。

最後に、以前読んだ小説『まほろ駅前協奏曲』に、こんなセリフがあった。

「正しいと感じることをする。でも正しいと感じる自分が本当に正しいのか疑う」

何気ないセリフだが、実に胸にストンと落ちて響くセリフだった。

生きている限り、正しいと感じたことをするしかない。でも、時代や状況は生きている限り変化し続ける。だからこそ、時に正しいと感じる自分を疑い、いわば揺らぐ瞬間を幾多と体験していかなければならない。

人は揺らぐ。

しかし、揺らぐからこそ、その揺らめきの中に、その時代の真理があるのかもしれない。

以上、

庶民派アラフォー歴女による、長七郎とNHKドキュメンタリーからの考察でした!!

全部読んでくれた方、ご立派です。
ありがとうございました!!

お礼に考察・番外編を!!

◉スターリンって岡田真澄にクリソツだー!
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次回は、年末までに暮らしに役立つブログもアップしようと思います。

仮タイトルは『ラジオ体操でダイエットと老化予防を一挙両得だぜ!』です。
珍しく役に立ちそうな匂いだ(笑)!

その前に、
来週、月歌舎のイリケンこと、入月謙一の客演舞台があるんで、弾丸上京してきます。芝居見て座組と飲んで翌朝帰省という…なんとも逃亡者のごとき上京ですが、、

劇団 幌張馬車(ポジャンマッチャ)公演『三十三回忌』です。

座長は月歌舎のスマイルデッド、スマイルデッド2014に出演してくれていた松岡哲永さん。同じくスマイルデッドに出演してくれていた平塚真介くんも出ます。そして今回演出に、ドラマ『民王』『ATARU』などのヒット作を手掛ける木村(^-^)ひさしさんを迎えています。木村さんは、月歌舎の舞台はほぼ観に来てくれていて、かつて出演したこともある。いわば、ただの飲み友達です(笑)。久しぶりにみなさんと飲めるかな?(結局のところ、みんなと飲みたいだけかーい!いえいえ、個性豊かな演者が揃い、大人の重厚感と幸福感あふれた芝居が観れるのが一番の楽しみだ!と言っておきます^ ^カッコ内ではありますが)。

↓公演情報はこちらにて↓
12月8日(火)~13日(日)まで。
水道橋の文化シャッターBXホールです。
よろしかったら是非(^ν^)

ではでは、年末までにまた!!
今日から10月。

先月は敬老の日を含んだ『いつからいつまでよ?』なシルバーウィークなんてのもあったようだけど。介護に専念する私は、主だった仕事も休みだし、主に…暇だったなー(笑)。

3年前の10月、
母の介護に専念するため、東京で演劇活動を呑気にやってた日々を、末の弟・イリケンになんとなく託し、とりあえず山梨の実家に帰ってきた。

自分で言うのもなんだけど、あまり周囲に弱味を見せるのが得意でない私は、もしかしたら『実家で介護を盾にモラトリアムしてんじゃね?』『ただただ演劇活動から逃げてんじゃね?』とか思われてるかも知れない(笑)。

振り返るに、
東京でアルバイトしながらの演劇活動は、決して楽ではなく、二つバイト掛け持ちしながら稽古してた頃と比較すると、確かに今は時間だけは余裕があるかもしれない。

母は月歌舎を応援してくれており、パワフルな女で一家の大黒柱だった。父は…髪結いの亭主化してたから、戦力外ね(笑)。

飲食店を切り盛りし、畑仕事を生き甲斐とした働き者で評判だった母。そんな母が脳卒中で倒れた後、我が家は案外大変だったことを知る皮肉。。弱味を見せるのが得意でないのは、どうにも母譲りだった。。

だから、いま店は長弟と妹が切り盛りして我が家の経済を回し、私がバイトやたまの書き物仕事で、母の介護費用なんかも捻出してる。父は…完全に髪結いの亭主コンプリート(笑)。まあ、お店手伝ったり、私が仕事の時は介護してる感じだが、母は父の介護が気に入らないらしい(笑)。

母の退院後、一緒にリハビリを頑張れば、半年後には回復し、私も東京に戻れると信じてた。でも、現実はそんなに甘くなくて、退院してほどなくしたある日、母は大きな転倒をし、後遺症でリハビリに消極的になってしまった。。あんなに気丈だった母は、どんどん私にベッタリになってしまった。。そして、母に甘えることが出来なくなった私は、どんどん自分を追い詰めていくことになった。

かつての、母との口喧嘩すらストレス解消だった時代は終わり、
いま母と口喧嘩すれば
『私は死にたい!』
と最後には泣かれる。。
誰かに聞かれたら、ドン引きされるよ(笑)!

そして、まるで母を虐待してるように錯覚し、自己嫌悪に陥ることしばしば。。

いまや髪結いの亭主、もとい父(笑)は、母に頼りきってた弱さを露呈し、どんどん介護にも逃げ腰になって、すっかり…老害系にコンプリートだ(笑)!

『父さんがしっかりしてたら、私はもっと社会に出れるのに!』
と私は父にカミナリ落とすことが増えてゆき、父の言い訳や言い草を全て論破する。

返す言葉もない父は、
『だったら、今すぐ出てけっ!』
となる(笑)。
で、私も負けちゃいない。
私『ああ、いいよ。100万出してくれたら明日にでも出てってやるよ!』
父『…お前、チンピラだな』
私『おー!チンピラ上等!』
とかなって…

どこの組の抗争だよっ?
誰かが聞いてたら凍りつくぞ(笑)!

しかも、
それを聞いてる母が
『私が死ねばいいんだろー!!』
と、叫びだす。。

ああ……完全に濁流に飲まれた気分(笑)!!

とかあっても、不思議なことに、
私が気持ちを切り替えれば、父母ともにスグご機嫌になったりして、濁流は、またたく間に消えていく(笑)。

要するに、私の気持ち次第なんだな!
と、何度も自分に言い聞かせるも、、
濁流は忘れた頃に、何度も何度もやってくる(笑)!痛い日々…あうっ!

朝から晩まで店を切り盛りしてる弟妹も、私がピリピリしてる姿に嫌気をさし、あまり早く帰って来たがらなくなったりする。

険悪ムードとお気楽ムードを繰り返す我が家は、、

まるで取り残された下流そのものだ!!いや、実際そうか(笑)。

いつからこんなんなったんだろう…

家族といても、次第に孤立する自分の気持ちと戦いながら、次第に自分の行き先さえも見えなくなってくる。

そんなある日、私はある小説に出会った。

それは、母親を殺めた男の話…。
ある犯罪を元にした角田光代さんの短編小説だった。

介護に疲れた男が、世間からドンドン孤立し、とうとう母と心中することを決意するストーリー。。

母一人子一人、男は介護を全部背負うことになり、次第に仕事を追われ、生活保護も受けられず、とうとう生活が立ち行かなくなった。将来が見えなくなった男は途方に暮れて、母を殺して自分も死のう…と、認知症の母を車イスに乗せて、最後の桜見物に出掛け、そして…。

これは実際にあった事件で、小説も限りなくノンフィクションに近いフィクションに感じた。作者の文体も淡々と客観的でありながら、どこか男にやり切れない哀れみを滲ませていた。。実際の事件そのものも、裁判長の異例の恩赦があったりと話題にもなった。。

私はその小説を読み終えて、涙が止まらなかった。。

これ、他人事じゃない!!

男は、何であんなんなっちゃったのか…
私は、何でこんなんなっちゃったのか…

そんなことを考えながら、
なんやかんや月日は流れ、

いつしか私は、家族にすら弱味を見せられないほど孤立していた。
あの事件を起こした男と同じ閉塞感を、私も抱えるようになっていた。

かろうじて、一歩外に出れば社交的なのに、いざ一歩内に入れば、この世の寂寥感に包まれたように、どんどん私は、心の中で一人ぼっちになっていった。。

そして…

『頼むから、私に潜む魔を切ってくれ!』

ある日、そんな昼ドラのようなセリフを家族に吐いた。。

これ、世界の中心で叫んだら、
即 入院だな(笑)。

でも、

魔を切る…

これは大切なことなのだ。

人それぞれ方法は違うかもしれない。

身勝手に孤立した私の場合、、
頼りになる人間の存在を感じるだけでいい。
(あ、父は戦力外だから対象外ね!って…イジメすぎか?笑)

また、
母の介護にピリピリして、自分の中の魔物が顔を出しそうになったとき、近所のおばさんが野菜のお裾分けに訪れたりすると、、
世間体もあるので、とりあえず魔は切れる(笑)。

だから、自分の中の魔物が大きくなる前に、それに気づき、魔を切ることに心を砕いてみるのだ。

なぜなら、
それは自分であって自分でない。
例えて言うなら、
恐ろしい何かに憑依されたみたいなイメージなのだ。

いつも心優しき健全な人でいることは、俗世に身を置く限り、とてもとても難しい。

だから私は、私の中に潜む魔物を認め、魔物を上手に飼いならすことを目標としている…なう(笑)!

母親が急死した経験を持つ知人は
『介護できるだけ羨ましいよ』
と、私に言った。
ホント、その通りだと思う。

でも、分かっていても、
介護が長期戦になれば…時々がんばれないこともある。そんな時は、その知人の言葉を胸によぎらせることも、魔を切る方法の一つ。

気を紛らわす
魔を切る
は、
なんとなく同義語に感じるけど、本当はちょっと違うように思うのだ。
うまく言えないけど、気と魔は、一緒の扉の中にはおらず、混じり合うこともないと思ってる。

↓というわけで辿り着いた境地はコレ

~介護の奥義は心にあらず、魔を切ることに務むべし~

なんか、字面だけ見れば…いささか穏やかじゃない感じですが、、

{79B86201-5103-4402-A7E3-9580EAE70E2A:01}
↑母はいたって元気です(笑)なう!!

最近、老人ホームでの死亡事故とか、よくニュースになってますね。
週刊誌にも殺人ホームとか書かれちゃったりさ…

なんか、とてもモヤモヤするのです。。
そして、プンプンするのです。。

なんだよ、それ!
何も分かってない奴らが勝手なこと言ってるよ!

って、思ったりもしちゃうんです。。

確かに施設や職員の質を問われるのは仕方ない。死者なんか出ちゃったらなおのこと。

でも、ふと思うのです。

老人ホームに年老いた親を入居させたままで、あとは無関心な家族なんかも、案外多いんじゃないの?…と。

確かに身体に障害が生じたり、認知症でコミュニケーションが取れなくなった家族がいると、それだけで周りの生活は激変しますからね。。現代社会では親を老人ホームに入居させることは、昔と違ってスタンダードだとも思います。

でも、家族が家族に会いに行くことは、やはり必要だと思うのです。

職員だって、人間です。
仕事とはいえ、やりきれない想いを抱えて、心の中で格闘する日も絶対あると思います。

そんな職員の魔を切るのは、やはり家族の存在なのではないかと。

まあ、悪徳ホームとかも中にはあるんでしょうが、、
たいがいは、志を持った職員が日々、入居者の排泄物にまみれながら、怒号や奇行、時として暴力に悩まされながら、それでも日々をこなしているのだと思うのです。

ホーム入れっぱなし家族に一言だけ忠告よろしいなら、こう申し上げたい。

『きっとあなたの子供も、あなたをホームに入れっぱなしにするでしょう!』

ウチの子に限って?
いいえ、します。
今どんなに良い子でも、優しい子でも、きっとするでしょう。

なぜなら、それがあなたの家のスタンダードになるからです。親がやるから子供もやる。当たり前のことです。それ分かってて入れっぱなしなら、それはそれでいいのです。そもそも他人が口を挟むことじゃないですからね。

というわけで、

たまには…と、
自分のみっともなさ含めて、介護について語ろうと、突如思い立ったわけでした。

そして、
今もしも介護に苦しんでる人がいたとして、たまたまココに辿り着いたなら…

あなただけじゃないよー!

と感じてほしい。

あたしだってねー
ほんと、キッツイよ、介護!
やんなっちゃうよ!
気分あがんないよ!
辟易するよ!うん!

って、

少しばかり本音で発信したいと思ったからです。

今、介護につぶされそうな方、
仕事でやってるけど、いつ自分が潰れるか戦々恐々としてる方、

よーく分かります。

介護はある種、蟻地獄だよね!
そんな中で希望を見つけるのは容易じゃないよね!

私も3年やってよーく分かりました。

だからさ、
テキトーにいい人ヅラして、テキトーに毒吐いて、そして時折、キチンと心寄せてあげればいいと思うに至りました(笑)。

ひどいわ、あなたダメダメねー!
とか思われたりする方もいらっしゃるかもしれません。

実際、本当にご立派にやってる方もいるでしょう。

でも、私はそう思います。

みんな心に魔物がいる。
その魔物に負けないように、自分なりに格闘し、苦悩し、ごまかしながら、時として己をいたわりながらやっているのだと。

そんな風に、ようやく辿りついたのです。

だからこそ

魔を切ること。

介護の奥義は、ただそれだけです。

それ以上でもそれ以下でもない。

分かる人は分かるよね、この感じ。

美辞麗句なんて、語れません!
罵詈雑言なら、いくらでも掘り起こせるけどね!

でもさ、それでも今日も笑ってる。
不思議だね。

人間は、下拵えさえ出来てれば、

そう簡単には壊れないんだ。

(完)

……
はい、そんなことをツラツラ考えていたシルバーウィークでした。

幸い私は今、
うまいこと魔物撃退中なので、母と二人、まあまあ楽しくやれてます。

父とは変わらず喧嘩になると
『100万円よこせ!』
『チンピラ娘!』
ってやってますけど(笑)
今は魔物撃退中なので、そういう時は挨拶代わりの親子芸にもなります。

『100万円よこせ!』
…ただの恫喝だな(笑)!

ちなみに昨夜は
私『このクソじじい!』
父『このションベン娘!』
私『うんこっタレー!』
父『ションベンたれー!』
私『チビってんじゃねーぞ!』
父『…?ちびるかー!!』
でした。
まあ、どうでもいい話ですが。

そして同時に、気づいてもいます。

魔物が消え去ることは決してないでしょう。。

だから、その時々の魔を切る方法を見つけるようにしなくては!です。

おかげさまで母もデイサービスが楽しくなって、通所を心待ちにするようになってきました。ようやく(笑)!

デイサービスの職員さん達、訪問リハビリの先生はじめとする医療関係の方たち、なんやかんや声をかけくれるご近所さん達、なんやかんや心寄せてくれる親戚の人達、ときどき遊んでくれる友達、仕事で会う人達、野良猫にいじめられて飛んで帰ってくる家猫たち、とんでもなく優しい風、日差し、山や川や大地、時々電話で母の相手をしてくれるイリケン(笑)。そんな全てが、さりげなく魔を切ってくれているのだと思います。

なんとか魔を切れるうちは、きっと大丈夫です。

ほんとに大丈夫じゃなくなったら、声をあげるしかないけど、その声が、きっと届く人はいるのです。答えの出ない痛みが、分かる人はいるのです。

いつの間にか孤立してしまって、声がうまく出ない時は、とりあえず『今』をやるのです。それは日々のルーティーン。起きたら寝るまで、その日やるべきことだけに集中したら、少しずつ気分は晴れる。不思議とホントです(笑)。

一度きりの人生、
魔物なんかに食われてたまるかー!!
で行こうじゃないか。

と、
最後は大物感たっぷりに(笑)締めくくります。


次回は楽しいネタで(たぶん!)。

あ!
イリケンが12月に舞台出演が決まりました。またその辺りも書けたらって思います。

それではまた、徒然に^ ^