北海道で働く女社長の夫の蝦夷日記

国際政治から映画・音楽・地元の温泉やラーメン紹介まで。難しい話は分かりやすく、がモットーです。


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昨日の26日、晴れと降雨を繰り返す不安定な天候の中、午後から北竜町にヒマワリを見に行きました。

この土日が北竜のヒマワリ見物のラストチャンスでしたし、この日は隣の沼田町でお祭りもやるのでね。

 

 

「北竜町ひまわりの里」(雨竜郡北竜町字板谷143-2)にやって来たのは16:00頃。

23.1haの丘陵畑に約150万本のヒマワリが植栽されていて、その規模は日本最大級です。ただしその圧倒的スケール感を味わうのならば、見頃は8月上旬。今年は7月15日~8月20日までが「ひまわりまつり」として遊覧車の運行、各種お店の出店、イベントなどが開催されましたが、今は何もありません。

見頃時期には10年以上前に、一度来た事があったかな。

 

 

目に入る畑のヒマワリも殆ど枯れています。尤も、事前にネットで奥の畑はまだ見頃とあったので、車で最深部まで進んでみます。

そこには観光客も数名いました。

 

 

どうしても花を正面にすると逆光になってしまい、写真はいまいち。

 

 

順光位置だと全て花があっち向いてしまいます。

まあ、これから北竜町のヒマワリを見に行こうという人もいないでしょうが、行くのならば午前中の方が花の正面を順光位置で撮影できると思います。

 

さて、上の写真らを見て「あれ、ヒマワリというのは太陽の動きを追うように花が回るのでは?」と思っている人、いませんか?

実は、実際に太陽を追って動くのは成長期のみであって、花が開く頃には成長が止まるため動かなくなります。完全に開いた花は基本的に東を向いたまま動きません。

 

 

奥の畑から戻ってきて、「世界のひまわり」エリア前です。

折角なので木製展望台に上がってみました。やはり周囲は枯れたヒマワリばかり。(右)は展望台からの「世界のひまわり」エリア。

 

 

世界各国のヒマワリは北竜中学校の生徒・先生が育てているそうです。

 

 

当然、その多くは枯れていましたが、色の違うもの、丈が大きいもの小さいものなど、見馴れないヒマワリが何種類も植栽されていました。

こちらのコーナーにもポツポツと観光客が立ち寄っていました。

恐らく梅之助らと同様、この後に沼田町の第41回夜高あんどん祭りに行くのでしょう。

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8月12~13日の道東・オホーツク方面への旅行は、元々細かなスケジュールなどは宿泊先以外、直前までありませんでした。

女社長が「ピアソン記念館に行きたい」というので北見を少し巡る事が決まった時、それでは梅之助として北見で見てみたいものは・・・と考えた際、一つ思い浮かぶものがありました。

北見市内のお寺に安置されているという「屯田兵人形」。

そこで「ピアソン記念館」を出て、「北見ハッカ記念館」を訪れる前に行ってみる事にしました。

 

 

屯田兵人形があるのは信善光寺(北見市川東412)。田舎にひっそりと佇むお寺、という風情です。

この日は13日なのでお盆に当たりますが、参拝者等の姿はありません。

駐車場に車を停めて、本堂の扉を少し開けてみました。鍵はかかっておらず、正面に見えるご本尊の仏壇には照明とろうそくの灯りが点されています。

そしてご本尊の隣側には屯田兵の人形が並んでいるのが見えました。

 

ここで一旦、本堂の扉を閉めて、敷地内の住職の自宅と思われる家に行って、見学の許可を頂きます。

「あの~、中に入ってお参りしてもよろしいでしょうか?」

「屯田兵はご仏壇の左側になりますから、どうぞ」

初老のご住職と思われる方は、気軽に快諾して下さいました。

 

 

全部で75体の屯田兵人形です。

 

 

一つ一つのお顔が違いますね。

 

 

屯田兵が現在の北見の地の開拓に入植したのは、1897(明治30)年、98年。

厳しい自然と気候環境の中、北見発展の土台を築いた屯田兵の功績を称える目的で、1923(大正12)年に当時の信善光寺の住職が屯田兵入植者たちから希望者を募り、名古屋の人形師に製作させました。製作に当たっては、日露戦争当時の写真を元にした為、モデル本人とかなり似ているそうで、かつ生き生きとした表情が印象的です。

北見市指定文化財になっています。

 

 

北海道開拓の先人らの姿に対して、そして「命と時代の巡り合わせ」というものに対して、梅之助は静かに手を合わせました。ここに来れて本当に良かったと思います。

やがて順番が逆になりましたが、設置してあった賽銭箱にお賽銭を投げ入れ、再度手を合わせて信善光寺を後にしました。

 

思えば、今回の旅は北海道の近代史の一コマに多く触れることが出来た旅でした。

「二重の刑罰」としか思えない過酷な労働で道路を開墾していった監獄の囚徒たち。

小樽・札幌・旭川・北見と、より北海道の奥地へと活動拠点を移し、弱者救済を長年続けた宣教師夫妻。

戦前、ハッカ世界市場の7割を占める程の生産拠点だった北見の当時の活気と情熱。

迫りくるロシアの脅威から国土を保全する為、苦労を厭わず開墾入植していった屯田兵たち。

 

今記事で「2017 道東の旅シリーズ」は終了です。お付き合い頂いて有難うございました。

 

 

【関連記事】

2017 道東の旅⑩~「ピアソン記念館」と「北見ハッカ記念館」(2017/08/25)

2017 道東の旅⑨~オホーツクビアファクトリー(2017/08/24)

2017 道東の旅⑧~「オホーツク流氷館」&「オホーツクシマリス公園」(2017/08/23)

2017 道東の旅⑦~「博物館 網走監獄」その2(2017/08/22)

2017 道東の旅⑥~「博物館 網走監獄」その1(2017/08/21)

2017 道東の旅⑤~北天の丘 あばしり湖鶴雅リゾート「座忘の湯」(2017/08/19)

2017 道東の旅④~ペンションわにの家(2017/08/18)

2017 道東の旅③~知床五湖(2017/08/17)

2017 道東の旅②~しれとこキッチン熊湖(2017/08/16)

2017 道東の旅①~サロマ湖・小清水原生花園(2017/08/15)

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北見という街は梅之助にとってあまり馴染みのない街でした。

仕事以外に行った事はないし、当然観光もした事がありません。

しかし今回は嫁が「北見のピアソン記念館に寄ってみたい」というので、食事以外でも少々時間を過ごす事にしました。

その「ピアソン記念館」です(北見市幸町7丁目4-28)。丁度、昼食を取ったオホーツクビアファクトリーのすぐ近くでした。

 

 

ピアソン記念館とは、米国人宣教師・ピアソン夫妻の業績を記念して、1914(大正3)年に建築された私邸を記念資料館としたものです。北見市最古の洋館で、上はその外観。

 

 

入館は無料です。

お盆休み期間とはいえ娯楽施設ではない為、梅之助らが訪れた時は見学者はいませんでした。しかしこの建物、実は全国的に多くのファンがいて、ミュージシャン・MISIAさんのミュージックPVでも使用されています。

 

 

ピアソン夫妻は共に牧師・宣教師として独身の頃に来日し、東京で出会って結婚。結婚後は小樽、札幌、旭川などで活動し、旭川では坂本龍馬の甥・坂本直寛と共に活動もしていたそうです。

1914年から北見に拠点を移し、キリスト教伝道はもちろん、廃娼運動など婦人の人権活動や慈善運動にも力を尽くしました。1928(昭和3)年帰国。

約40年の日本での宣教生活のうち、北見の15年間を含めその大半が北海道での活動でした。

 

1969年に北見市教育委員会が文化財として洋館の復元保存を決定、1971年からピアソン記念館として開館しています。1996年北見市指定文化財、2001年北海道遺産に指定。

 

 

この洋館の設計はウィリアム・メレル・ヴォーリズという、日本で数多くの西洋建築を手がけた米国人(1941年に日本に帰化)によるもので、メンタームで知られる後の近江兄弟社の創設メンバーとしても有名です。その為、館内には彼の名を冠した記念室も併設されていました。

 

正直言ってピアソン夫妻は名前だけ、ヴォーリズに至っては全く知らなかったので、館内の展示品を見ても、その時は「なるほど~」という感想ばかりでした。彼らの業績及び人となりを以前から知っていたならば、感じ方ももう少し深いものがあったかもしれません。特にピアソン夫妻はもっと道民に知られてもいい存在だと思います。

 

北見市内では昼食を取ったレストランを除くと、ピアソン記念館を含め3箇所の施設を見て回りました。

そのうちの一つが「北見ハッカ記念館」(北見市南仲町1丁目7-28)。

 

 

その外観です。

1935(昭和10)年、北聯(現:ホクレン)北見薄荷工場研究室として建てられたもので、1983年に工場が閉鎖された後はホクレンから北見市へ寄贈され、北見ハッカ記念館として1986年に開館。

1996年北見市指定文化財、2007年経産省・日本近代化産業遺産に指定されています。

 

 

入館は無料です。

明治の後半から始まった北見のハッカ生産は、この建物が建てられた頃には何と世界市場の約7割を占める程のものでした。北見がハッカで有名なのは知っていましたが、かつてそんなに凄いシェアを持っていたとは全く知りませんでした。

 

 

工場だった頃に使用されていた機械類の展示。

 

 

(左)1954年に昭和天皇が行幸された時に使用されたテーブル。(右)はかつての北見薄荷工場の模型。

 

 

こちらは2002年に完成した薄荷蒸溜館。蒸溜実演コーナーや昔の蒸溜器の展示などがありました。残念ながら実演時間とタイミングが合わず蒸溜実演は見れませんでしたが。

 

北見市にはハッカ関連の施設として他にも「仁頃はっか公園」というのが郊外にあり、そこには北見はっか黄金期のはっか商の私邸、通称「ハッカ御殿」と呼ばれる歴史的建造物も建っています。そちらへの訪問は時間の都合で諦める事となってしまったので、レトロ建築物好きの梅之助にとっては次回への宿題です。

 

さて、すっかり長々と書き連ねて来た道東の旅シリーズも次回で最後となります。

 

 

【関連記事】

2017 道東の旅⑪~信善光寺の屯田兵人形(2017/08/26)

2017 道東の旅⑨~オホーツクビアファクトリー(2017/08/24)

2017 道東の旅⑧~「オホーツク流氷館」&「オホーツクシマリス公園」(2017/08/23)

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網走市市街地の南西に天都山という標高207mの山があります。

山頂付近には展望台や道立北方民族博物館、その他公園施設などがあり、「博物館 網走監獄」もこの山の中腹にあるので、天都山一帯は網走市の主要観光地となっています。

そこで「博物館 網走監獄」を出た後は、そのまま天都山山頂方面へと向かってみました。

やって来たのは「天都山展望台」と、併設されている「オホーツク流氷館」(網走市天都山244-3)。

 

 

展望台及びオホーツク流氷館の外観。20年以上前に網走旅行をした時もオホーツク流氷館を訪れましたが、現在の館は2015年にリニューアルオープンしています。

 

 

建物の1Fにオホーツク流氷館の受付があり、入館料は750円(展望台などの流氷館以外のエリアは無料)。展示エリアは地階になります。

 

 

流氷のメカニズムやオホーツク海の特徴などの説明展示。北半球ではオホーツク海が「凍る海」の最南端になります。

 

 

「流氷の海の生き物たち」コーナー。

これは「流氷の天使」クリオネ。巻貝の仲間ですが、成長すると完全に貝殻を失います。

 

 

(左)はフウセンウオ、(右)はナメダンゴ。愛くるしい魚です。

 

 

(左)は「流氷体感テラス」。マイナス15℃の室内で本物の流氷に触れる事が出来ます。冬になるとマイナス15℃の世界でイヤでも過ごさなければならないので、このコーナーはさらりと。

(右)は常設プロジェクションマッピングコーナー。

映像展示では他にも5面スクリーンに映し出される「流氷幻想シアター」がありましたが、写真撮影は禁止されていたので画像はありません。

 

さて、一旦オホーツク流氷館を出て、3Fの展望台テラスへ上がってみます。

 

 

左が網走湖、隣が能取湖です。写真右側の能取湖の上にオホーツク海が見えていましたが、画像ではよく見えませんね。

 

 

反対側ではオホーツク海の向こうに知床連山が望めます。雲が多くて山々の雄姿がハッキリしないのが残念です。

 

2Fはカフェ・レストランなので取りあえずパス。

再び1Fホールに下りてきました。

 

 

中央にあるカフェコーナーで、「流氷ソフトクリーム」(300円)を購入。オホーツク海の塩を使ったという塩キャラメル味のバニラがとても美味しかったです。

 

ふと見ると、誰かがオカリナ演奏を行っていました。

 

 

「田村まさか」さんという、俳優・田村正和さんのモノマネそっくりさんでした。

しかし本業は音楽家・演奏家なんだとか。

 

 

「ネットで広めてね~」と、気さくにポーズまでして下さいました。網走が地元なのだそうです。

 

続いてやって来たのは「オホーツクシマリス公園」(網走市呼人352)。

時刻は丁度12:00頃でしたが、結構家族連れなどが並んでいました。

 

 

待つこと約30分、20人くらいをひとグループにして入場出来ました。

入場料400円(エサ付き)を払って、最初に約10分間注意事項のレクチャーを受けます。大事なのはリスを踏みつぶさないように、絶えず視線を下にしてすり足で歩く事。これまで何度もそういった事故でリスが死んだりしているそうです。また捕まえるのも当然ご法度。

 

 

園内はさほど大きくありません。よく見ると至る所にリスの姿が見えます。

 

 

そっとエサを手に載せて近づけると。。。

 

 

可愛いですね。

でもさすがに12:00過ぎですからリスも満腹状態のようで、気軽に寄って来るという感じではありませんでした。それを考えると、午前中の開園直後が一番いいかもしれません。ヒマワリの種はちょっと不人気で、穀物の穂にリスたちの人気が集中。

またリスの動きを見ていると、最初に受けたレクチャーが大袈裟なものではない事も実感しましたね。ルールを理解できない小さな子供を持つ保護者は、しっかりと注意していなければなりません。

 

40分くらい園内を楽しんだ後に、梅之助ら一行は北見方面へと出発しました。

 

 

【関連記事】

2017 道東の旅⑪~信善光寺の屯田兵人形(2017/08/26)

2017 道東の旅⑩~「ピアソン記念館」と「北見ハッカ記念館」(2017/08/25)

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入館の際に貰った散策マップによれば、「博物館 網走監獄」をじっくり見学するなら最低でも90分位は必要です。更に各施設での展示資料を詳しく読み込んだり、映像資料をすべて見れば軽く半日はかかるでしょう。

今回は約90分で見終えるペース巡ってみました。

 

 

二見ケ岡刑務支所は、網走刑務所の農園作業の施設として1896(明治29)年、網走の西方丘陵地に設置されました。

写真の白い庁舎、舎房、炊場の建築が創建当時の1896年、教誨堂及び食堂が1926(大正15)年、鍵鎖附着所が1930(昭和5)年の建築で、現存する木造刑務所として日本最古です。1999年の移築なので、20年以上前に訪れた時は無かった施設ですね。重要文化財に指定されています。

 

 

(左)教誨堂、(右)食堂。

この刑務支所は開放的処遇施設だったので、比較的看規もゆるやかだったのだとか。

 

 

舎房の様子。

東に第一舎、西に第二舎の直列配置ですが、創建当時は北にも舎房を延ばしたT字形の配置だったそうです。

 

二見ケ岡刑務支所の全景  博物館 網走監獄HP より

 

二見ケ岡刑務支所の展示エリアを出て、この博物館最大の見どころと言うべき施設に向かいます。

その途中に、これらのものが。

 

 

(左)は1912(明治45)年に設置された哨舎。刑務所内に8か所設置されていたもののうち、4つを博物館内に移築しています。登録有形文化財指定。

(右)は高見張り、と呼ばれる監視塔。1948年設置のものの再現です。

 

 

そしてこの博物館一番の目玉施設である五翼放射状舎房及び中央見張り所。

1912(明治45)年に建築され、1984年まで使用されました。重要文化財です。

 

 

八角形の中央見張所からは各舎房の廊下を見通せるようになっています。

 

 

各舎房廊下はこんな感じ。

 

 

その中の一つに26年間の服役中に各刑務所を合計4回脱獄し、「昭和の脱獄王」との異名で呼ばれた白鳥由栄の脱獄シーンが表現されていました。

白鳥が網走刑務所を脱獄したのは1944(昭和19)年。手錠と監視口に味噌汁を吹きかけ続け、味噌汁に含まれる塩分で鉄を錆びさせて外し、関節を脱臼させて監視口をくぐり抜け脱獄に成功しています。

 

 

舎房内の様子。

 

五翼放射状舎房及び中央見張り所の全景。手前は「その1」で紹介した庁舎 博物館 網走監獄HP より

 

次は受刑者にとって、所内の生活で楽しみな一時を送る施設。

 

 

1912(明治45)年に建築された浴場の再現になります。

 

 

1912(明治45)年に建築された煉瓦造り独居房を移築したもので、いわゆる「懲罰房」です。登録有形文化財に指定されています。

 

 

こちらは重要文化財に指定されている教誨堂。1912(明治45)年に建築されたものの移築です。

外観は和風ですが、内部は洋風の和洋折衷の建物です。

 

こうして一通り巡って来て、所用時間は約1時間半強。出口を出て鏡橋を渡って駐車場に戻ります。

 

 

鏡橋から下を見下ろすと、入館時には全く開いていなかった蓮の花が幾つか。

その昔も刑期を終えて出所する人を、蓮の花が出迎えたのでしょうか。。。

 

 

【関連記事】

2017 道東の旅⑪~信善光寺の屯田兵人形(2017/08/26)

2017 道東の旅⑩~「ピアソン記念館」と「北見ハッカ記念館」(2017/08/25)

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