北海道で働く女社長の夫の蝦夷日記

国際政治から映画・音楽・地元の温泉やラーメン紹介まで。難しい話は分かりやすく、がモットーです。


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22日(日)、衆議院選挙の投票日。

近所の投票所に足を運んだ後に、一度行ってみたかった市内のレトロ建築の邸宅に行ってみました。

「北の誉」という酒蔵のオーナーの邸宅として、1933(昭和8)年に建てられた「旧岡田邸」(旭川市5条通16丁目1099)です。

1934(昭和9)年と1938(昭和13)年には皇族も泊まられたというこの建物は、2014年に国の登録有形文化財にも指定されました。現在は「旧岡田邸200年財団」という一般財団法人が管理しており、2012年から高級蕎麦処「おかだ紅雪庭(こうせつてい」として運用されています。

 

 

16丁目道路に面した外観。

 

 

5条通に面した正面から中に入ってみます。

今回は蕎麦を食べに来たのではなく、この日の9:00~11:00まで庭と建物内が一般開放されるという告知が地元のフリーペーパーに載っていた為、スマホ片手にやって来たのでした。丁度この時期、「おかだ紅雪邸もみじ狩り写真コンテスト」という企画が開催されており、他にもカメラを持った人が多く訪れていました。まあ、梅之助の写真はブログ用なのでコンテストに応募するつもりはありません。

 

 

(左)は正面玄関。ステンドグラスが備えられていました。

 

 

中に入ると、午前の陽光を受けて玄関のステンドグラスが綺麗に映えています。

 

 

正面玄関を入ったところには、昭和初期の華族様が着ていそうなドレス衣装が飾られていました。

右側に2Fへと続く階段があります。階段踊り場のガラスは西日を美しく見せる為に、銅の入ったガラスが使用されているとの事。

 

 

左側に進むと、アーチ型の居間が現れます。写真にはありませんが、天井のシャンデリアはクリスタル製だそうです。

 

 

こちらは2Fの様子。

高級和食のお店として使われているので、旧邸宅の全ての部屋を見て回る事は当然、出来ません。

 

 

外に出て、中庭に回ってみました。先ほどのアーチ型の居間の外観が特徴的です。

多くの人が思い思いのアングルで写真を撮影していました。

 

 

敷地の外に出て、中庭の木々を撮影。紅葉が綺麗です。

梅之助も一眼レフを持っていたならば(数年前に飛行機の中に忘れてしまった)、コンテストに応募したのにな。貧乏なので、未だに購入出来ていないや。

まあ、スマホのカメラで取りあえず満足してしまっている今の自分がいるんだけれどね。。。

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2012年から大規模な改修耐震補強工事が行われていた「中原悌二郎記念 旭川市彫刻美術館」(旭川市春光5条7丁目)が、今月8日にリニューアルオープンしました。その記念として15日までの入館料が無料(通常は大人300円)という事で、本日の午前中出かけて参りました。

天気も良くて、きれいな写真が撮れそうだったしね。

 

 

この建物は旧陸軍第7師団の将校たちの社交場として、1902(明治35)年に旭川偕行社として建設されました。皇太子時代の大正天皇や昭和天皇の来旭の際にも行在所として使われています。

終戦直後は進駐軍が接収して使用していましたが、1949年に旭川市に移管され、周辺学校の仮校舎や郷土博物館として使用されてきました。

1989年に国の重要文化財の指定を受け、現在の彫刻美術館としては1994年に開館。

古い建物ですから工事も長くかかりました。きちんと塗装も塗り直して、まぶしい白さです。

 

 

2・26事件を描いた故・高倉健さんと吉永小百合さん出演の映画「動乱」でも、決起将校たちの本拠としてロケに使用されています。

こういうレトロな建物が凄く好きなんですよねぇ~。

しかし由緒と風格のあるこの建物も1968年の郷土博物館への転用前は、周囲は草ぼうぼう、割れた窓ガラスがあちこちと、かなり荒廃していたそうです。解体されずによかったよ。

 

 

正直、中の彫刻はあまり興味がないのですが、来た以上は入ってみましょう。

 

 

(左)は入口を入って左手側にのびる廊下。(右)は右手側にあった企画展示室の一つ。

 

 

階段折り返しの踊り場から2Fを眺めます。重厚な階段です。

 

 

2Fの旧旭川偕行社資料室。左側に置かれているのは鬼瓦。

 

 

2Fの常設展示室の様子。

この美術館の「冠」でもある中原悌二郎の作品を中心に、彼に影響を与えたロダン、彼から影響を受けた彫刻家や中原悌二郎賞受賞者の作品などが展示されています。

 

 

上画像の二つは中原悌二郎の作品。

彼は大正期の日本を代表する彫刻家で、釧路市で生まれ、今で言う中学校時代を旭川で過ごしています。代表作は「若きカフカス人」(1919(大正8)年)。

この美術館では現存する悌二郎の作品12点全てを所蔵・展示しています。

 

ただしここでお断り。

ブロンズ像などの彫刻は木彫り彫刻とは違って、「型」から鋳造作業を経て作品化されます。つまりオリジナルの「型」さえあればいくつも作品化が可能で、いわば「版画」と同じようなもの。それゆえ上で紹介した悌二郎の代表作「若きカフカス人」も何体か存在し、国内の他の美術館にも収蔵されています。

ロダンの「考える人」がいくつか存在し、日本にもある事と同様ですね。

 

 

さて、彫刻美術館の横には、これまたレトロな小さな塔のようなものが建っています。

これは「旧竹村病院六角堂」で、1901(明治34)年に博愛堂竹村医院が新しい病院を市内4条12丁目に建設した際、病院玄関に建てられたのがこの建物で、市民からは六角堂の名で親しまれました。1968年に同病院が解体された際、惜しまれてここに移築されています。

これ、もっと近くで見るとモダンな味わいがあるんですよ。

もっとアップの写真、撮っておけばよかった。

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10月1日(日)、ホンダ鷹栖テストコース見学会に向かう途中、チラッとだけ立ち寄った所があります。

1886(明治19)年に建てられた「上川郡農作試験所事務所棟」(旭川市神居1条1丁目1-30)で、現存する建物としては旭川市及び上川地方最古のものになります。

1966年、旭川市有形文化財指定。

 

 

北海道の内陸部開発の為に囚人を使って岩見沢から忠別太(ちゅうべつぶと:現在のこの建物の一帯)まで道路が切り開かれ、同時に農業試作の目的でこの建物と倉庫、試験用畑が建築・造成されました。

当時の旭川及び上川地方には和人が全くと言っていいほどおらず、この試験所は開拓の為の重要施設でした。

 

 

視察などでこの地方を訪れる人々の宿泊所、道路改修を担当する樺戸監獄署の上川派出所事務所、仮設の上川二等測候所や忠別電話局などが続々と建物内に併置され、1889(明治22)年には忠別太駅逓第一美英舎として駅逓(人馬車継立兼休泊所)の機能を果たすようになります。

この建物はまさに上川地方開拓初期の農業試作、道路開削、気象確認、人と物流の中心拠点でした。

やがて市街地整備の進展、旭川までの鉄道の開通(1898(明治31)年)などで、1903(明治36)年に駅逓は廃止され、公的な使命を終えます。

 

 

中の様子です。

特に何かを展示している訳ではなく、市の教育委員会が作成したパンフレットと来場者記入名簿だけが置いてありました。

 

さて。テストコース見学会の帰りも寄り道。

旭川市忠和地区市街地の外れ、閉鎖された東海大学旭川キャンパスの麓にある水神龍王神社(旭川市神居町忠和223-1)にやって来ました。小さな神社という事もあって、今まで訪れた事はありません。

 

 

上画像の鳥居の左側奥にコンクリート管が二つ見えます。

 

 

近づいてみると「市史伝説  底無沼之跡」と記された石柱がありました。

 

 

丘陵側には傾いた祠のようなものがあり(画像左側)、画像右には「立岩四国八十八ヶ所霊場」とある石柱もありました。

祠のようなものは稲荷神社のようで、手入れする人もいなくなったのか朽ち果てつつあります。

 

 

そして四国お遍路の札所を模したのであろう石仏が一帯に点在していました。

 

 

丘陵向かって左端の方には、「立岩」と呼ばれる縦長の大きな岩が屹立しています。

 

 

画像では分かりづらいですが赤っぽい色をした岩で、赤色チャートと呼ばれる堆積岩なんだそうです。

 

 

一方、底無し沼跡の奥の方に車が2~3台停まっていたので行ってみました。

すると大きな岩の壁が視界に「で~ん」と。同じく赤い岩で、「奥立岩」と呼ばれているそうです。

車の持ち主はロッククライミング愛好家の若者たちでした。よく見ると岩の下部に小さな洞窟があって、そこにも石仏が安置されています。ここは市内ロッククライマー達の有名な練習場になっているようで、きっとチャレンジ前にはきちんとお参りをしている事でしょう。

 

う~ん、巨大な岩、底無し沼、水神龍王神社、お稲荷さん、八十八の石仏・・・

ここは昔からの霊場なんでしょうね。現代の言葉で言えばパワースポットですが、不謹慎な動機で訪れると災いがありそうな場所でもあります。実際、丘陵の上の旧東海大学敷地内にはアイヌのチャシが残っており、底無し沼と立岩に関しては「底無し沼と妖刀」伝説、「悲恋の底無し沼」伝説が伝わっています。

この二つの伝説を直接文字にするとブログ記事も長くなりますので、伝説を紹介しているサイトのリンクを貼っておきます。

「底無し沼と妖刀」→こちら

「悲恋の底無し沼」→こちら

市が底無し沼をいつ頃埋め立てたのかは知りませんが、完全に埋めきった訳ではなく、コンクリート管の内側には沼の部分が残っているのだとか。沼の神様である龍神が出入りできるようにしたんでしょうね。

 

旭川にもこんないわくありげな場所があるなんて、今まで知りませんでした。

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一週間ほど前に、下のようなハガキが梅之助宛に届きました。

 

 

(株)本田技術研究所・鷹栖プルービンググラウンド(上川郡鷹栖町21線10号)のテストコース見学会の参加応募に当選した知らせでした。

この見学会、数年前までは「ホンダ鷹栖秋祭り」として一般参加が出来るイベントだったのですが、2~3年前から定員数が定められた事前応募の招待型見学会へと変わっています。

そこで本日、テストコース見学会に行って参りました。天候は昨日から打って変わってよい晴天。

 

 

江丹別方面から鷹栖町の奥の方にある当地へと向かいます。左手に柵がずっと続いて見えますが、その向こう側が企業秘密のテストコースになります。

 

 

来客者用駐車場にはNSXがズラリ。オーナーズクラブの方々なのでしょう。

 

 

当選ハガキを見せて受付を済ませ、社屋の指定された場所に進みます。

 

 

社員用食堂ホールのようでした。ここで事前説明を受けます。

見学会は2グループに分かれており、1組目は10:00開始、2組目は11:00開始。梅之助は2組目の参加当選です。この時に知ったのですが、今回の応募は約1400名、当選確率は約3.5倍だったのだとか。

これはラッキーでした。ホンダ側はこの見学会に大きな事前告知を打っていなかったので、てっきり応募者はさほど多くなく、倍率も高いものではないと思い込んでいたのです。

 

11:20頃、テストコースを回るバスに乗車。

テストコース内は撮影禁止です。もし守らない人間が現れれば、その時点で見学会は中止。数年前に不届き者がいて、実際テストコース見学会はその時点で中止になったそうです。

なので、当然テストコースでの写真はなし。

 

実は梅之助、秋祭り時代に2回ほど足を運んでいます。

1回目は子供が小学生の頃に親子3人で参加。その頃のテストコース見学会は秋祭りプログラムの一つとして整理券配布の先着順でした。バス5台くらいの分乗(今回も同じ)で、当時はバス1台につき1名が抽選でテストドライバーの横に同乗出来るというものもあったのですよ。その時、何と嫁が当選。高速周回コース35度(だったかな?)のバンクを時速200km以上のNSXに乗って、梅之助の目の前を嫁が駆け抜けて行ったのでありました(現在、見学者同乗は行われていない)。

2回目は2014年。この時は所用があった為、昼時の30分ほど会場をチラ見しただけでテストコース見学はしていませんが、一応ブログ記事にしているので、下【関連記事】をご参照ください。このコースの特徴などにも少しだけ触れています。

 

ワインディングコースと高速周回コースの2種類を見学し、所要時間は約1時間。楽しいものでした。

もし説明を受けなければ整備不良にしか見えない路面の凹凸も、米国・欧州など世界各地の路面を想定しての意図的な造形なのだそうで、その徹底ぶりはガードレールの輸入配置に至るまで。

途中、高速周回コースバンク部分ではバスを降りて、時速260km位で疾走する新型NSXやバイクなどを見学。見ていて興奮もするし、ホント見応えがありましたね。35度のバンク角度は分度器で見ると大したことないように感じますが、実際見てみるとまるで壁。成人男性でも登れない人が殆どらしく、登れるのは「SASUKE」に出場出来る人くらいだそうです。

 

ここのワインディングコースでの撮影と思われるシビック・タイプRオフィシャル動画

 

同じく鷹栖PGでの撮影と思われる新型NSXオフィシャル動画

 

上オフィシャル動画からのカット

 

バスに同乗した案内役の社員さんはコースの解説と、色々興味深い話をしてくれました。彼によると、たまに北海道警察がスピード違反者を取り締まる練習として、このコースを借りるのだそうです。

 

 

コース見学が終わると社員食堂に戻ってきて、食事が提供されました。

「カツカレーうどん」か「照り焼きハンバーグ定食」のいずれかをチョイスだったので、前者を選択。

栃木県の名産「レモン牛乳」も付いてきました。これ、かつて漫才コンビの「U字工事」がよくネタに取り入れてましたね。レモンの味なんか全然しなかったけれど、凄く美味しかった。

食事を終えると、屋外の展示コーナーを各自見学して自由解散です。2014年の時は一部の屋内に入る事が出来て、ホンダジェットのエンジン展示なども見られたのですが、今回はクローズド。

 

 

屋外では車両展示の他に、「NPO法人もりねっと北海道」という団体がコーナーを設けていて、薪割り体験コーナーや薪を使った石焼き芋、焙煎コーヒーの提供がありました。ごちそうさまです。

 

 

B・A・R ホンダ 006 というF1マシン。

2004年F1第9戦アメリカGPで、佐藤琢磨選手が日本人ドライバーとして14年ぶりの3位を獲得したマシンです。エンジンはV型10気筒3000cc 4バルブDOHC、最高出力は900PS以上/18500 rpm 。

 

 

2016年に正式登場した2代目NSX。値段は何と約2400万円。ひょぇ~。

3500cc V6DOHCターボでハイブリッドシステムを搭載し、出力はエンジン、モーターを合わせて581PS。

 

 

前方がつい先日より販売開始されたシビック・タイプR。320PSも出しますよ。後方はブルーカラーのNSX。

 

 

レース用バイク・ホンダRC211V。2006年のモデル。

エンジンは990cc V型5気筒4バルブDOHC。240PS以上の出力です。梅之助、バイクはよう分かりません。

 

 

昨年販売開始された水素燃料電池車・クラリティ。

 

一通り見て回ると、時刻は13:00過ぎ。会場は15:00まで開放されている予定でしたが、ポツポツ帰りだす人もいたので、梅之助もそれに合わせて会場を後にしました。

 

 

【関連記事】

第17回Honda秋祭りに行ってみた(2014/10/07)

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1967年7月1日に開園した旭川市立旭山動物園(旭川市東旭川町倉沼)は、今年で50周年を迎えました。

その記念で7月1~2日の土日、旭川市民は特別無料デイ。ならばちょっと足を運んでみようかなと思い、1日午前中に訪れてみる事にしました。

一時の異常なブームが落ち着いたとはいえ今も国内有数の来園者数がある動物園なので、GWウィークの頃は園に向かう主要道路は長い車の渋滞が出現。

その為、当日は裏道を通って早めに動物園東門に向かいました。・・・おや、思ったよりスムーズ。道路状況は通常と変わりません。よく観光地化が進むと地元民の足が遠のくとされていますが、そのせいでしょうか?それとも今日が市民無料だという事があまり知られていないのか?まあ、恐らくその両方でしょう。

 

 

ほぼ開園時間の9:30に到着。あら、東門の位置が少し移動して新しく立派になっている。3年前も仕事とプライベートで2度平日に来ているものの、その時は正門からうまく入れたので東門側のリニューアルは全く気付かなかったな。

 

 

受付で免許証を見せ、市民であることを確認してもらい無料券を頂きます。相変わらず外国人、特にアジア系の人達が多いです。

 

東門からだと、最初に入園者らを楽しませてくれるのはサルの仲間たちです。

 

 

常に声を出していたのは雲梯が超得意なテナガザル。見ていて飽きませんよー。

 

 

上の写真を見ると、テナガザルはこんな高い所(鉄塔の高さ14m)をせわしなく移動しているのがよく分かります。

 

 

こちらはオラウータン。親が寝ているので子供が一人どんどん高い所に上っていき、遊んでいました。

 

 

写真が見ずらくて分かるかな?(右)の写真は高さが17mの地点になります。

 

 

こちらはチンパンジー。もぐもぐタイム(食事)だったのでしょうか、集まってきていました。

 

この動物園にはその存在だけで集客が見込めるパンダやコアラもいなければ、ゾウやサイさえもその死亡後は補充されていません。

それでも今や北海道を代表する観光地の一つになったのは、全国に先駆けての「行動展示」という手法で、これまでどの動物園にもいたペンギンやアザラシなどが注目を浴び出しました。その根底には、「命を伝える」「命は平等」という職員達の強いポリシーがあります。だからこの動物園の園長は、

 

「よく『一番、人気のある動物はなんですか?』って聞かれるんですが、うちのスタッフは『一番なんてない』と思っています。命を扱っている側が『これがすごいよ』と言ってはいけない、と思っています」

 

と某インタビューで答えています(→参照:Yorimichi AIRDO 『「年間300万人の大ブームは本当に辛かった」 旭山動物園の園長がいま語る真実』)。

一番はそれぞれの来園者自身が決めればいい、という事なのです。

 

 

そんな園の姿勢が強く表れているな、と梅之助が思ったのは北海道産動物舎。例えば(上・左)のオジロワシ(ちょっと小さくて見えずらいですが)は多分、他の動物園ならば完全な「脇役」ですよね。しかしここでは、しっかりと彼らの本来の生活に合わせた環境が可能な範囲で提供されています。

こういう動物園が地元にある事を、旭川市民はもっと誇っていいと思いますよ。「全国的に人気」とか、「入園者数が~」といった数字や経済効果ばかり着目するのではなくてね。

因みに(上・右)はご存知、フクロウ。

 

さて、それでは梅之助が個人的に「これは!」と一番感じるのは。

 

 

オオカミたちです。

梅之助がオオカミゾーン近くの他の動物を見ていた時の事。丁度、50周年記念イベントがどこどこであります、という案内アナウンスが入った際、それに反応したののか、突然

「ウォ~~~~~~~ン」

という狼たちの遠吠えが始まりました。そのド迫力さに、すぐ来園客が殺到。

 

 

そして3分位でしょうか、遠吠えが終わると、スタスタスタ、コロン。

実はこの旭山動物園でオオカミを見るまで、梅之助はこの動物を意識した事はありませんでした。パッと見は犬を大きくしたような感じだし。

ところが間近かで見ると迫力が全然違います。上の写真ではあまり伝わらないかもしれませんが、凄みのある筋肉質な体格、鋭い目。これが緻密な集団行動をするのだから、初めてここで群れとしてのオオカミを見たときは感動すらしましたね。

 

 

(上)はホッキョクグマと寝ているヒグマ。(下)は寝ているヒョウとアムールトラ。

 

 

キリンとホロホロチョウが一緒に暮らしています。

 

 

キングペンギン。水中トンネルでもしっかり泳いでいましたね。

またペンギン館の屋内施設では、抱卵中のオスペンギンらの姿も見られました。全く動かないでそのお務めを果たしているので、天井からそれぞれの個体に「抱卵中」という文字の入った矢印が吊り下がっていましたよ。

 

 

園内で死亡した動物たちの慰霊碑。子供達がせっせと千羽鶴を折っていました。梅之助は鶴が折れないので、碑の前で手を合わせるだけに留めました。

 

 

クジャク。お見事!

 

 

サル達のゾーンに戻って来ました。

上はワオキツネザル。丁度、もぐもぐタイムだったので、飼育員の前に群がってきていました。与えていたのは、スライスしたバナナ、リンゴ、キュウリ。彼らは飼育員の手にあるエサを一旦口にくわえ、それから手に持ち替えて食べます。ただし、一度バナナやリンゴの甘みを知った個体は再びキュウリを貰おうとはしませんでした。

 

 

再びオラウータン舎。今度は親も一緒に梯子を渡っていました。

 

旭山動物園は動物の飼育種類、個体数も決して豊富な方ではありません。

引用サイトにも書いてあったのですが、年間200~300万人も来園者があった時は明らかにキャパをオーバーしており、動物達にもかなりのストレスがあったそうです。現在は年間160万人程度で推移しているとの事で、これくらいが丁度いいそうです。

かつて大ブームの最中に訪れ、一つの動物舎に入るにも長時間の行列を強いられた人は、今ならその動物達の魅力をじっくり堪能することが出来ると思いますよ。

 

 

 

 

【関連記事】

旭山動物園に行ってみた(2014/09/28)

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