北海道で働く女社長の夫の蝦夷日記

国際政治から映画・音楽・地元の温泉やラーメン紹介まで。難しい話は分かりやすく、がモットーです。


テーマ:

1970年代を代表する10ccの「I'm Not In Love」。

オリジナルは1975年リリースのアルバム「オリジナル・サウンドトラック」に収録されています。「オリジナル・サウンドトラック」と言っても別に映画のサントラ盤ではなく、「架空の映画のサントラですよ」という、彼らの遊び心から名付けられているだけなので、普通のオリジナルアルバムです。

そういえば彼らのアルバムを2つ、ライブビデオを1つ若い頃は持っていたなぁ。

 

 

「I'm Not In Love」は大変有名な曲なので多くのミュージシャンがカバーしたり、CM曲にも何回か起用されているので、殆どの人が一度は耳にした事があると思います。

そこで今回はYoutube上にある多くのカバーVerを集めてみる事にしました。

 

左がオリジナルで、右が1995年アルバム「ミラー・ミラー」収録のAcoustic Session '95Ver。

この2つが本家となります。

以下はカバー。

 

左はインスト。多分、打ち込み?だとしたら大変上手です。右はプリテンダーズのカバー。

以降は知らない人たちばかりです。

 

 

この曲はカバーが多く、他に幾つもありましたが、「これいいなぁ~」と思ったのを取り上げてみました。いろんな人のカバーを聴いてみて、この曲のカバーの場合、女性が少し気怠く歌っているのが個人的に好みなんだと気付きましたね。

因みにカフェラテ画像のボサノバっぽく歌っている人は寺前未来さんというシンガーです。

好きな曲を様々なVerでまとめて聴くのもいいですね。

 

 

 

ミラー・ミラー ミラー・ミラー
2,621円
Amazon

 

 

【関連記事】

昔のCMから名曲を振り返ろう②~「I'm not in love」(2013/12/21)

AD
いいね!した人  |  コメント(2)  |  リブログ(0)

テーマ:

今回の記事は Ayasa さん同様、「美人すぎるヴァイオリニスト」と呼ばれている岡部磨知さん。

Ayasa さんの動画などを観たり調べたりしている過程で知りました。

 

youtube 「UNIVERSAL MUSIC JAPAN 公式チャンネル」動画より

 

岡部磨知オフィシャルブログ「Blog Machi's Violin & Life」より

 

美人というよりも可愛い感じの人ですね。

まあ、それでも当初はブログ記事にするつもりもなかったのですが、いや~あ、下の動画を観て参ってしまいましたわ。

 

youtube 「doctorpresident チャンネル」動画より

 

何という子栗鼠のような可愛らしさ!これは反則です。

2009年という事ですから、ヴァイオリニストとしてはまだまだ無名の頃ですね。この動画を撮影し作成した人は一般の方だと思いますが、本当にGJだと思います。

 

岡部さんは音楽大学を卒業した後、オーケストラなどのクラシックの道に進むことはせず、色々なミュージシャンのライブやレコーディングのセッションミュージシャンとして、ヴァイオリンの腕を磨いて来たそうです。梅之助も中学生の頃はギター弾きだったので、将来はセッションミュージシャンになりたいなぁ、なんて思っていた時期もあったのが懐かしい思い出です。

彼女の全国的な認知は2013年頃からで、やはりTVで取り上げられる事が多くなってからですね。TVをあまり観ない梅之助は、今の今まで知りませんでしたけど。

翌年には「Yahoo!検索大賞2014 検索急上昇No.1ヴァイオリニスト」に選出されています。

 

Ayasa さんツイッターより 文化放送のラジオ番組にて

 

今年1月、岡部さんがパーソナリティを務めるラジオ番組「楽器楽園~ガキパラ~」で、Ayasa さんがゲスト出演していますね。男性は同番組で同じくパーソナリティを務める、俳優及びサックス奏者でもある武田真治さん。って、シンディーいいな~、楽しそう。

岡部さんと Ayasa さんは同じ音大で学んだので、先輩後輩の関係になります。岡部さんの方が年下にすら見えますが、実はAyasa さんよりも5~6歳は年長との事。

 

 

何年も前からエレキバイオリンは欲しいと思っていましたが、お気に入りのヴァイオリニストが2人出来たので、益々弾いてみたくなった今日この頃です。つーか、その前に早くギターの方を先に買えよ!

やっぱ、音楽は聴くだけではなく、下手でいいから楽器を演奏した方が楽しいです。

 

 

Neo Nostalgia(DVD付) Neo Nostalgia(DVD付)
3,564円
Amazon

 

 

【関連記事】

ロックヴァイオリニスト Ayasa の格好よさがヤバすぎる(2017/03/04)

AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:

この頃ちょっとハマっています。

女性ヴァイオリニストに。

その中でもまず一押しなのはロックヴァイオリニストとして活躍してきた Ayasa さん。最近は「美人すぎるヴァイオリニスト」と呼ばれているようです。

 

NAVER 『「美人過ぎるバイオリニストAYASA」は美しいだけではなかった?!』 より

 

もともとヴァイオリニストの女性には美しい方が多いので、「美しすぎる」事はあまり気にしないのですが、何といってもロックヴァイオリニストとしてのビジュアルがとてもサマになっています。特にライブ中のドヤ笑顔がお気に入り。

梅之助は中年のオッサンですが、カッコいいと思う人は若かろうが、女性だろうが称賛しますよ。

 

ヴァイオリンはクラシックのイメージが強い楽器です。

しかし洋楽では以前からロックにも取り入れられて来ました。個人的に好きだったキングクリムゾンにもデビッド・クロスがいたし、UKにもエディ・ジョブソンがいたので、梅之助にとってヴァイオリンとロックの組み合わせは全く違和感はないんですよね。

 

Ayasa さんですが、2011年に Sword of the Far East というロックバンドに参加。このバンドはヴァイオリンをヴォーカルの位置に見立てたインストゥルメンタルバンドで、中心メンバーは浜崎あゆみさんへの楽曲提供で有名なD・A・I こと長尾大氏。

ここでロックヴァイオリニストとしてのビジュアル的見せ方を、彼女は色々と勉強したそうです。

 

youtube 「Sword of the Far East 公式チャンネル」動画より

 

2015年、ヴァイオリニストとしての成長を求めて、Sword of the Far East を脱退。

ソロとして活動以降はソロアルバムの発表やライブ活動、初音ミクのコスプレをしてアニソン演奏の動画をUPしたりと、幅広く活動中。下の画像のTVCMで知った人も多いでしょうね。因みに彼女がまだ高校生だった2008年にもTVCMに出ていますよ。

 

2016年 ドコモXperia CM より

 

最近彼女を知ったばかりなので、どちらかと言うとまだ Sword 時代の「ロッカーAyasa」の動画を好んで見ているところです。

下の動画は2012年の演奏で、弦楽クラシックの定番「G線上のアリア」。前半のオーソドックスなスタイルから、後半のロックアレンジへと移っていくのがとてもカッコイイ!

この動画の演奏スタイルは、Sword 時代の彼女にしてはまだおとなしい方です。

 

 

ソロになってからはより幅広い曲調に取り組んでいて、ビジュアルも演奏スタイルも Sword 時代に比べてロック系一辺倒ではなくなっているみたいです。ロックヴァイオリニストとだけで括ってしまうのは、もはや彼女には失礼かもしれません。

 

余談ですが、Sword 関連の動画を見ていると、CHIHIROさんというヴァイオリニストを見かける事があると思います。容姿のパッと見はAyasa さんと似た感じの美人タイプ、演奏スタイルも似ている為に混乱するかもしれませんが、彼女はAyasa さんの前のSword のヴァイオリニストで、CHIHIROさんの頃のバンド名は「Sword Far East」。of the がないので、Sword of the Far East の前身と考えていいでしょう。

 

一回、ライブ観てみたいなぁ。

 

 

BEST I(通常盤) BEST I(通常盤)
3,000円
Amazon

 

 

【関連記事】

ヴァイオリニスト岡部磨知の可愛さが反則すぎる(2017/03/05)

AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:

気付きませんでした。

1月31日にキング・クリムゾンやUK、そしてエイジアに在籍したジョン・ウェットンが亡くなっていました。
67歳、ガンだったそうです。昨年12月のグレッグ・レイクの訃報に続く悲しみです。
梅之助にとって、この人こそが洋楽への伝導者でした。寂しい意味で感無量。
心よりご冥福をお祈りいたします。
 
(上左)2006年頃 Wikipedia より
(上右)キング・クリムゾン時代
(下左)ジョン・ウェットン公式HPより 2009年エイジア・モスクワ公演
(下右)同上
 
梅之助が10代の中頃、彼が中心となったエイジアの1stアルバムをリアルタイムで聴いたのが洋楽の始まりでした。エイジアの曲調は決してプログレとは言い難かったけれど、ポップで良質なハードロックは洋楽入門には最適でした。その後、エイジアメンバーの音楽的系譜を辿る事を通して、プログレリスナーの道へと迷い込んでしまったのが懐かしい思い出です。こういうパターンの人、意外と多いと思います。
ジョン・ウェットンといえばエイジアでの活躍が語られることが多いですが、特筆すべきはキング・クリムゾンでのアルバム「Red」製作時の功績を梅之助は忘れる事が出来ません。当時、やる気をなくしていたロバート・フリップを宥めすかして、以前関わったメンバーをゲストに呼んでアルバム完成までこぎつけたのは彼の尽力が大きいそうです。ヘタすれば、あの名曲「starless」は誕生しなかったのですからね。同曲における少しハスキーなVoとラスト近くの攻撃的なベース・リフは終生、梅之助の心に残るでしょう。
 
多くの、特にプログレ界隈のミュージシャンから追悼の声が寄せられています→「amass」サイト。
特にオリジナル・エイジアメンバーだったジェフリー・ダウンズとカール・パーマーのものは日本語訳にもなっているので、掲載サイトを紹介しておきます。
ジェフリー・ダウンズ →こちら「NMEジャパン」
カール・パーマー →こちら「NMEジャパン」
そしてキング・クリムゾンのリーダー、ロバート・フリップからの追悼は直接紹介しておきましょう。
 
「ジョンは…、とても安らかに、痛みもなく亡くなった。それは有難いと思う。12年間ジョンのマネージャーを務めたMartin Darvillとも話した。ジョンは5時25分に旅立った。
ジョンとは、1965年ボーンマス・カレッジで、2人の10代の学生、地元のギグ仲間として出会ったのが始まりで、約42年間、友達だった。
JWは僕にとって、彼の時代を代表するベーシストで、インターナショナル・クラスのプレイヤーだった。ジョンはその後、シンガー、ソングライターとしてトップに躍り出て、エイジアのデビュー・アルバムは1982年世界で最も売れたアルバムとなった。僕らは良き友人であり続け、1992年ジョンがLAに住んでいるときに一緒に仕事をしたり、2000年代ジョンがボーンマスに戻ったときは、より頻繁に会ってコーヒーとケーキを楽しんだ。
この10年の間、勇敢で立派な姿勢でアルコール依存症に立ち向かい、それについて正直に話すJWは僕のヒーローになった。あまり良くない時期および良い時期にジョンのもとを訪れ、僕らはそれまでの30年間以上に親しくなった。彼の会話は素晴らしく明白で、正直でポジティブで、励みとなるものだった。そして、リサ(ウェットンの奥さん)。彼女に声援を! 僕の友人を幸せな男にしてくれて、ありがとう」
 
上記追悼の文章は「BARKS  JAPAN MUSIC NETWORK」より。
それにしても、このリンク先の写真で、フリップと一緒に写っているの本当にウェットンなの?
信じられないくらい痩せてしまってたんだね・・・
 
追悼の思いを込めて、プログレのエッセンスと、エイジアのポップさが組み合わさったUK時代の曲から好きだった二つを紹介。
多くの名曲をありがとう、ジョン・ウェットン。
 
 
 
 
 
【関連記事】
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:

昨年末からお正月にかけて、プログレッシブロックの雄、ピンク・フロイドの曲を多く聴いていました。ここ数年はほとんど耳にしていなかったのですが、何せ17~8歳頃からのファンでしたので何かのきっかけがあれば、ずずっとのめり込んでしまいます。

その期間、特によく聴いていたのは「Atom Heart Mother (邦題:原子心母)」。

 

1970年 アルバム「Atom Heart Mother」用広告看板 (サイト「dangerousminds」より)

 

1970年に発表されたこのアルバムは、ピンク・フロイド初の全英1位を獲得。

特に当時のLPレコードA面すべてを使用したアルバムタイトル曲は、ロックとクラシック、ジャズを融合させたような大作でした。

懐かしいなぁ。

 

ついでにYoutubeを見てみると、この曲をカバーしているユニークなバンドや、ピンク・フロイドのトリビュートバンドを発見したので紹介しておきます。

 

 

こちらは「切腹ズ(THE HARAKIRIS:ハラキリズ)」による「Atom Heart Mother」。風変わりなバンド名の由来は「外国人に覚えてもらいやすい日本語の一つ」だからだそうです。ジャズっぽいユニットのバンドで、ライブハウス活動をよくされているようです。

 

 

こちらはピンク・フロイドのトリビュートバンド「原始神母」による「Atom Heart Mother」。定期的にツアーライブも行っているプロの超本格派です。バンドリーダーでギターの木暮武彦氏は、梅之助らの世代では懐かしい「レベッカ」の初代リーダー兼ギターだった人だそうですよ。

1988年3月、当時横浜に住んでいた梅之助は、代々木オリンピックプールでピンク・フロイド日本来日公演を観ました。この時は既にそれまでのバンドの中心人物ロジャー・ウォータース(vo、b)は脱退しており、その後2008年にはリチャード・ライト(key)も亡くなっています。

ピンク・フロイドを観る事が不可能な今、サウンドエッセンスを忠実に再現するこの本格的な日本人によるトリビュートバンド、是非観てみたいと思いますね。

札幌あたりに来ないかなぁ。

 

Atom Heart Mother Atom Heart Mother
 
Amazon

 

 

【関連記事】

悪役レスラーのおかげで(?)一躍有名に(2014/02/19)

フィギュアスケートとプログレ(2013/10/22)

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

AD

ブログをはじめる

たくさんの芸能人・有名人が
書いているAmebaブログを
無料で簡単にはじめることができます。

公式トップブロガーへ応募

多くの方にご紹介したいブログを
執筆する方を「公式トップブロガー」
として認定しております。

芸能人・有名人ブログを開設

Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
ご希望される著名人の方/事務所様を
随時募集しております。