北海道で働く女社長の夫の蝦夷日記

国際政治から映画・音楽・地元の温泉やラーメン紹介まで。難しい話は分かりやすく、がモットーです。


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先日、昨年の5月と6月にそれぞれ前編・後編が公開された映画「64」を通して観てみました。

今回はその感想でも。

 

 

原作はミステリー作家・横山秀夫氏の同名小説「64」。とても有名な作家さんですけれど、梅之助は彼の作品を読んだ事はまだないんですよね。

映画の監督は瀬々敬久氏で、他の作品に「感染列島」などがあります。「感染列島」は観た事がありますが、それ以外は梅之助にはちょっと馴染みの薄い監督さんです。

主演は佐藤浩市さん。その他共演者も有名な役者さんがズラリと顔を揃えています。

 

 

「64(ロクヨン)」とは1月1日から7日までの7日間しかなかった昭和64年の事。

因みに昭和元年も12月25日から31日までの7日間しかありませんでした。不思議な偶然です。

 

 

某県警・捜査一課所属の主人公の三上義信(演:佐藤浩市)は、昭和64年初頭に起きた少女誘拐殺人事件の捜査に携わるも、直後に新元号「平成」と改元された世間の流れの中にあって捜査は進展せず、事実上事件は迷宮入りしてしまいます。

14年後、時効間近の昭和64年少女誘拐事件(ロクヨン事件)に関して警察庁長官が視察に訪れる事が決まり、県警は警務部広報官へと異動し、マスコミ・記者クラブ対応等の業務に従事していた三上に、その事前準備を命じます。

14年前の被害者の父親(演:永瀬正敏)や現在も継続捜査を続けている専従班メンバー及び当時捜査に携わった元同僚らに接触する中、ある何かが隠蔽され、そこに様々な個人、組織の思惑が錯綜している事を知って、やり切れない疑念を抱く三上。

そんな時にロクヨン事件を模倣したと思われる誘拐事件が発生し、過去の事件と共に事態は大きく動き出して・・・

 

 

何だか色々なテーマというか要素が詰まった映画でした。

二つの誘拐事件の展開とその結末はもちろん、警察内部の警務部と刑事部の組織的対立、警察広報と新聞記者クラブの関係、そして被害者親子や三上自身の親子関係など、ちょっとお腹がいっぱいになるくらい。

 

 

ただこの作品、前後編の合計4時間にする必要があったのかはちょっと疑問。

しかも映画上のデフォルメかもしれませんが、記者クラブのクズっぷり(特に前編)には呆れました。ヘドが出るような人種に描かれていましたね。ロクヨン事件とは関係のない事で延々と記者クラブと広報側とのやり取りがありましたが、そこを中心にもう少し削ぎ落として3時間くらいの映画1本にした方が全体的にすっきりするような気がします。ウザイ部分は観たくもないし。

まさか、実際の記者クラブもあれに近い状態だとは言わないよね。

 

 

ロクヨン事件の犯人判明の経緯は結構泣かせましたが、(以下ネタバレの為、ご覧になる方はカーソルを反転させてください)被害者の父親が記憶にある電話の犯人の声を頼りに、電話帳掲載のすべてに14年間無言電話を片っ端からかけて、出た相手の声で犯人を特定する、というのはリアリティからちょっと無理があります。

しかし、そこまでやり切る「子を思う父親」を永瀬さんはとても好演していました。

 

県警・警務部と刑事部の組織対立というのも興味深い描写でした。

警務部のTOPは中央からのキャリア指定席で、刑事部の方は地元の生え抜きというのも、なるほどねぇと思わされました。これではそれなりに対立はあるでしょうね。現実もそれに近い実態があるのでしょう。

 

前後編を通して見ればそれなりに重厚な作品だとは感じますが、やはり上にも書いたように不要な部分も多く感じます。

何だか一つの作品をあえて二つに分け、それで持って興行的収益を狙ったように思えてなりません。

 

 

 

 

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1959年に制作された、監督・ウィリアム・ワイラー、主演・チャールトン・ヘストンの名作「ベン・ハー」がリメイクされたと知ったのは今年の2月頃。

昨年米国で公開され、日本でも今年公開の予定だったらしいのですが、本場での興行がコケてしまったせいか、結局日本公開は見送られてDVDリリースに至ったようです。

まあ、不朽の名作のリメイクというのはなかなか大変ですよね。梅之助ですら詳細までは覚えていないものの、1959年版は2~3度観ているくらいですから。

この2016年版の監督はティムール・ベクマンベトフ、主演はジャック・ヒューストン。あんまり知らないなぁ。ただし脚本には「それでも夜は明ける」で「アカデミー脚色賞」(アカデミー賞はオリジナルの脚本の場合は「脚本賞」、小説や舞台など原作がある場合は「脚色賞」になる)を受賞したジョン・リドリーが参加しています。

 

 

1959年版は上映時間が210分を超える大作だったのに対し、今作は140分と通常サイズ。それゆえ大まかなストーリー展開は同じですが、設定を若干変更するなどして簡素化されています。

一番大きな設定変更は、主人公ベン・ハーと幼馴染から恩讐へと変わったメッサラの関係性。この部分の結末は1959年版と明確な差異を設けており、ここら辺が今作のリメイクテーマだったみたいです。

 

 

なるほどそう考えると、ベン・ハーとその家族が罪人へと陥れられた事件でも、メッサラは1959年版ほど悪くは描かれていません。むしろベン・ハーの方が逆恨みに近い気さえ・・・

 

 

ナザレのイエスはがっつり顔を出していますね。そこそこ雰囲気出ていると思いました。確か1959年版では顔を陰に隠すなどして、表情は映されていなかった記憶があります。

 

 

CGを駆使したであろう戦車競走のシーンはそれなりに見応えがありましたよ。

しかしスリルや迫力は、CGなどなかった往年の作品の方が一枚上でしたね。

 

名作のリメイク版ですからどうしても比較される分、辛い評価となって損をしてしまいがちですが、前作抜きに単体で見た場合、そんなに評価の低い作品ではないと思います。

元々、映画「ベン・ハー」には原作小説があって、作者はルー・ウォーレスという米国人。彼には著述家の他に、政治家・軍人・弁護士という顔があり、本原作は1880年に「ベン・ハー (Ben-Hur : A Tale of the Christ)」と題して発表されています。当時米国でベストセラーになった為に幾度か映像化され、1959年の映画も実は1925年にサイレント映画として公開されたもののリメイクという側面がありました。

「長ったらしいのはイヤ!そんな200分以上なんて見ていられない」という人には、こちらでも案外いいかもしれません。

 

 

 

 

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また時代劇映画を二つ紹介。

まずは2014年公開の「柘榴坂の仇討」。

主演は中井貴一さんで、監督は若松節朗という人。若松氏はテレビドラマ演出家としてのキャリアが長く、映画監督としては「ホワイトアウト」「沈まぬ太陽」など。

原作があって、浅田次郎氏の短編集「五郎治殿御始末」の中に収録されている作品です。

 

 

時の大老・井伊直弼が暗殺された桜田門外の変。この時、主君・直弼を守り切ることが出来なかった御駕篭回りの近習に志村金吾という彦根藩士がいました。藩は金吾に打ち首の処罰を考えるものの、その責任を取って彼の両親が自害した事を考慮し、その代わりに逃げている下手人たちを討ち取り、その首を主君の墓前に供えるよう命じます。しかし下手人の捜索ははかどらず、金吾は切腹を申し出るも許されませんでした。

やがて世は移り変わり、幕府や彦根藩、そして武士そのものが消滅した明治の時代に入っても金吾は下手人を追い続けるのですが、遂に明治6年に新政府は「仇討禁止令」を布告する事になり・・・

 

 

個人的には結構、興味深い設定です。

時代に翻弄されながらも、武士としての矜持を持ち続ける主人公・志村金吾を中井貴一さんが好演。ビジュアル的には時代劇に合いそうにない阿部寛さんも、金吾が追う仇敵 ・佐橋十兵衛を好演しています。元宝塚の真飛聖さん、この映画で初めて知りました。この人もなかなかいいじゃないですか。

 

さてこの作品、メインの時代設定が明治の初めなので、いわゆる時代劇の忠義物映画とは少し印象が違います。新しい価値観の世を迎えるにあたって、愚直すぎるほどのケジメのつけ方を己に課した男たち(十兵衛含めて)の自己再生の物語と言った方がいいでしょう。その意味ではヒューマンストーリーっぽいところもあって、安心して観られる時代劇でした。原作が浅田次郎氏だからなぁ。

 

 

ただしツッコミどころはあります。

上でも指摘したように、この映画の本質はヒューマンストーリー(近代の価値観)に忠義物語(近世の価値観)という衣を着せて進行させている為、細かなところで齟齬が生じています。本来この二つの価値観は相容れないのですから。

どういうところかと言うと、物語の結末としての落とし所はいいのですが、そこに至るまでの金吾の心境の推移(「仇討」後の身の処し方など)が分かりづらく、視聴者にはやや行き当たりばったりに感じるところですかね。

例えば、追っている十兵衛の情報を提供してくれそうな旧幕時代の評定所御留役の元に赴く前、金吾は妻に「暖かくなったら彦根に戻ってみるか」などと語りかけています。ただこれ、忠義物語の観点で考えると「はぁ?何甘いこと言っているの?本懐を果たしたならば、少なくとも主人公は切腹意識していなきゃならんでしょ?」です。でなきゃ明治の世にあって、色々と揶揄されながらも「丁髷・刀」の侍姿で生き続けている主人公の信念と、整合性がつきません。

梅之助は原作小説を読んでおらず、これが原作に起因する事なのかどうかは分からないので、あくまで映画のみの評価として指摘しておこうと思います。

 

ストーリーの本筋ではありませんが、印象に残った場面を一つ。

ある怪我をした元武士が金貸し一党から強引な取り立てにあい、それを見かねた金吾が「人の世の情け、少し猶予をいただけないか」と仲裁に入るも、金吾の侍身なりを見た金貸しらがバカにして、更に挑発してくる場面がありました。そこに周囲で船頭や鍛冶屋といった一般の仕事をしていた者たちが、次々と旧時代の武士身分を明かしながら金吾に助太刀を申し出るシーン。

「侍は消えてしまった訳ではない。姿かたちは変われど、このようにどこにでもいる」と言った金吾の友人(演:高嶋政宏さん)のセリフはグッドでした。

また、井伊直弼が割といい人物として描かれていたのも個人的には良かったと思います。演じた「鬼平犯科帳」で有名な中村吉右衛門さんが、松本幸四郎さんの弟だとは知らなかったよ。

 

 

次に2010年公開の「最後の忠臣蔵」。

主演は役所広司さん、監督は杉田成道氏。フジテレビの人で「北の国から」シリーズのディレクターを務めた人だそうです。

この映画も原作があって、池宮彰一郎氏の「最後の忠臣蔵」。この原作も梅之助は未読なので、あくまでも映画のみの感想です。

 

 

吉良上野介を討ち取った際、大石内蔵助から「この出来事を後世に伝え、浪士たちの遺族を助けるよう」命を受け、浪士たちから脱盟した寺坂吉右衛門(演:佐藤浩市)。16年かかって最後の遺族を探し出した後、吉右衛門は討ち入り直前に逐電した瀬尾孫左衛門(演:役所広司)と再会します。商人となり、人里離れた場所に若い娘と住む孫左衛門にも、16年前の逃亡にはある理由がありました・・・

 

 

主な役者さんたちの演技は上手で何もいう事はありません。特に若い娘・可音の桜庭ななみさんの確かな演技には驚きましたね。梅之助、この女優さんを知りませんでした。

 

ストーリーの起伏が小さくて、事実が明かされる前に孫左衛門の逃亡理由や可音との関係もある程度は推測できます。しかしこの映画、平坦さの中であっても孫左衛門と可音の何気ない日常のやり取りが結構重要だったりするのです。可音が孫左衛門に想いを寄せているのは、すぐ視聴者にも分かる事ですが、一方の孫左衛門は・・・

映画の全体的なイメージは同じ役所さんが主演を務め、以前記事にもした「蜩ノ記」と似てるかな。でも「蜩ノ記」の結末には納得感があったものの、こちらの方は「何もそこまで・・・」という感想が個人的には否めませんでした。

「蜩ノ記」以上に、外国人には理解できないだろうなぁ。

 

以下、結末に関するネタバレ。読まれる方はカーソルで空白部分を反転させてください。

大石内蔵助の娘・可音の輿入れを見届けた後、切腹した孫左衛門。観ていて「誰か止めてくれ(実際、ゆう(演:安田成美)という孫左衛門・可音の二人を見守ってきた女性が止めようとしましたが)!」と思いましたよ。

16年前に主君・大石内蔵助と共に運命を共にしたかったはずの孫左衛門。可音の輿入れという使命を果たした今、内蔵助の元へ、という忠義も分からなくはありませんが、一方で可音を見守り続けるという忠義もあるはずです。

しかも孫左衛門の切腹の動機はどうもそれだけではないらしく、映画ではあからさまな描写はないものの、原作では孫左衛門の方がハッキリと可音に対する想いを宿してしまった描写があるらしいのです。

原作と映画が同じ視点だとは限りませんが、それを踏まえて再度この作品を観てみると、何か感ずる部分があるかもしれません。表面上は可音の想いの表れとして、人形浄瑠璃の「曽根崎心中」が度々出てくる意味を併せて考えてみるのもいいですね。

まあ、梅之助は二度観はしませんけれど。

もし、切腹の動機にそれも加わっているのならば、何とも人間臭い切なさ、悲しさが伝わってきて、再度書きますが「何もそこまで・・・」という感想を持たざるを得ないのです。

 

因みに、寺坂吉右衛門も瀬尾孫左衛門も実在の人物。ただし、どのような理由で中途離脱したのかは史実としては分かっていません。特に瀬尾孫左衛門の離脱後の消息は不明です。

 

一般レビューを見ていると、この「最後の忠臣蔵」はかなり評価が高いですね。個人的には「蜩ノ記」から感じる「凛とした空気感」の方が好きだな。

 

 

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最近観た時代劇物の映画を二つ。

まず「武士の献立」。

2013年公開で、監督は「釣りバカ日誌」シリーズ後期の作品を手掛けた朝原雄三氏。

主演は上戸彩さんと高良健吾さん。

 

 

「武士の家計簿」に続く江戸時代・加賀藩の異色の武士を描いた作品です。「武士の家計簿」がそろばん侍ならば、こちらは包丁侍。

実際、この作品の包丁侍であった舟木伝内・安信の親子は実在の人物で、舟木家は明治の世まで加賀藩の料理人として仕えたそうです。

しかしこの映画の主人公は息子・安信の嫁で、加賀藩主側室の奥女中として料理の才能をふるっていた上戸さん演じるバツイチ年上女房・春。長男が急死し急遽舟木家を継ぐものの、さっぱり家業のお勤めに身が入らない次男・安信に、その才能を見込まれて嫁いだ春が料理の才を伝えていくと同時に、夫婦として次第に心を通わせていく様子が、史実の「加賀藩お家騒動」と絡めて描かれていきます。

 
 
包丁侍というユニークな題材の割には全体的にシリアス。ストーリーも想像していたより面白かったです。この時代にあっても、手の込んだ和食というものが高いレベルで完成していた事に驚かされました。
ただし、料理そのものにも強い焦点が当てられている「みをつくし料理帖」のような作品ではなく、どちらかと言うとこの映画は「夫婦の絆」がテーマになっていて、そこは意見が分かれるところ。まあ梅之助はストーリー重視派なので、これはこれでOKです。そしてラストもほっこりとした気持ちで終われます。周囲の人間は「お家騒動」の関係もあって、結構不幸になっているんだけれどね。
難点は上戸さんの演技が少々現代的に感じた点かな。出自が町娘で気が強いという設定のせいもありましょうが、それでも上戸さんは時代劇にあまり合わない気がします。
それと、ラストからエンドロールに流れる主題歌。あれって、全然マッチしていませんよ。
 
 
続いて「蜩ノ記(ひぐらしのき)」。
2014年公開で、監督は黒澤明の下で長く助手を務めた小泉堯史氏。
主演は役所広司さん。岡田准一さんも「永遠の0」の次の作品として出演しています。先日、芸能界を引退した堀北真希さんも出演していますが、映画としてはこれが今のところラスト作品かも。
葉室麟氏の直木賞受賞作「蜩ノ記」が原作小説になります。原作は九州の藩という設定ですが、映画は東北方面が舞台となっているようで、四季の移ろいが印象的です。
 
 
城内で同僚と刃傷沙汰を起こした檀野庄三郎(演:岡田准一)は、その罰として藩内僻地に住む戸田秋谷(演:役所広司)という男の監視を命じられます。秋谷は7年前に藩主側室と不義密通事件を起こし、10年後の切腹とそれまでに藩史家譜の編纂を命じられていました。
切腹まであと3年、庄三郎は秋谷と共に生活する事を通して彼の高潔な人柄に触れ、次第に切腹の原因となった事件に疑問を抱き始めます。しかし事件に関して一切を語らず、一種の諦観を持って日々を送る秋谷。そこで庄三郎は何とかして彼を救おうと、独自調査に動き出すものの・・・
 
 
ストーリーはとても地味なんですが、江戸期に理念となった武士道が体現化したかのような、とても味わいの深い時代劇映画です。もちろん武士という一部の割合ではあるけれど、こういう精神性を歴史の中で通過させて来た日本人の精神美について、素直に凄いとしか言いようがありません。
しかし、日本人以外は理解できないだろうなぁ。
主演の役所広司さん、いつもながら抜群の安定感が光っています。
 
 
「運悪くトラブル処理を受け入れざるを得なかった」というよりも、むしろこの件を通して「自身の信ずる忠義を示した」と言える秋谷。そんな彼自身しか知らない真実が明らかになった時、切ないけれど視聴者は陰鬱な感情とは明らかに違う思いが湧いてきます。
唯一の難点は、もう一人の側室の出自の疑惑を庄三郎らが調べる際、セリフ回しだけではすぐに理解しづらいところ。どういう意味か確認の為、その部分を何度か繰り返して観ましたよ。
とは言うものの、素晴らしい名作だと思いました。
 
最近は時代劇映画の方が観ていて心地よく感じます。安心感もあります。
現代劇の邦画なんて、それがエンタメ物ならともかく、文学性・芸術性を志向するものであればあるほど、訳の分からない作品になっている事が多いと感じるのは梅之助だけでしょうかね?
昔は幕末動乱物以外は侍映画なんて見向きもしなかったのに、齢を取ったもんだなぁ。
 
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最近レンタルで観た洋画を2本ほど。

先ずは「ゴーストバスターズ」で、2016年8月日本公開。1984年のヒット作「ゴーストバスターズ」のリブート版になります。84年版の記憶は殆どうろ覚えですが、マシュマロマンの登場だけは強烈で本当に笑わせてくれました。今作ではどうでしょうか。

 

 

バスターズが全員女性になっていましたね。

これが成功しているかどうかは微妙なところです。主人公格のエリンが、勤めていた大学を過去の著書のおかげでクビになってしまうのは、いい導入だと思いました。

しかしその後の展開は可もなく不可もなくといったところ。さほど面白くないジョークのやり取りが多く、くどい印象すらあります。

84年版のマシュマロマンは、登場の経緯と意外性が視聴者を大爆笑させたのですが、今作ではただ前作へのオマージュという意味合いで出てくるだけなので、特に何かを感じ入る事もなかったですね。そういう点でヒット作のリブート、リメイクは大きなハンデがあります。

中盤のコンサートシーンでオジー・オズボーンが出ていたのには、ロックファンならにやり、といったところでしょうか。

 

 

梅之助は吹き替え版で観たのですが、メインの2人は友近さん、渡辺直美さんのタレント2人。そつなくこなしていましたが、動きのあるシーンでの渡辺さんの声当ては、やはり見劣りがしました。

 

コメディの次は大変シリアスな作品。

2016年9月日本公開の「ハドソン川の奇跡」。監督クリント・イーストウッド、主演トム・ハンクス。

2009年に起きた、ニューヨーク・ハドソン川に不時着水しながらも155人全員が助かった飛行機事故の実話を映画化したもので、原題は「Sully(機長チェスリー・サレンバーガーの愛称)」。

いやぁ~この出来事、日本国内じゃなかったせいもあるけれど、あんまり覚えていないなぁ。むしろ、1982年のワシントン・ポトマック川への飛行機墜落事故の方が記憶があったりします。

 

 

さて、このハドソン川への不時着水、犠牲者を出さずに成功させた事で、機長は一躍、時のヒーローになりますが、彼を待ち受けていたのは「本当に機長の当時の判断は正しかったのか?」という国家運輸安全委員会による厳しい取り調べでした。

作品は、その取り調べによって自問自答したり悪夢でうなされる機長の様子からスタートします。トム・ハンクスの抑えた演技が印象的でした。きっと、実際の機長がそういう人なんでしょうね。

そして映画は、機長自身が自分の判断への確信と疑念で揺れる姿と、事故当日の回想が交差しながら進んでいきます。梅之助は当初、そのまま時系列順に描いてもいいのではないかと思いましたが、人物像に焦点を当てた監督の意図を考えると、これでよかったのだと後で思い至りました。事故の概要自体は、米国人なら多くの人が記憶に残っているでしょうからね。

 

 

実話ベースゆえにストーリー上、大きく脚色する事は出来ないので、約1時間30分という長さは程よいと思います。

それにしても、両エンジン同時のバードストライクによる停止って恐ろしいですね。

実際のサレンバーガー機長は米国空軍士官学校を首席で卒業し、加えて名門大学でも修士号を取得した逸材で、空軍は大尉で退役しています。

運輸安全委員会とのやり取りと推移はネタバレになるので触れませんが、大惨事を避け得たのは彼の冷静な判断があってこそだという事が実感させられます。

 

 
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