北海道で働く女社長の夫の蝦夷日記

国際政治から映画・音楽・地元の温泉やラーメン紹介まで。難しい話は分かりやすく、がモットーです。


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最近、DeNA創業者・南場智子氏の著作「不格好経営」を読んでみました。
この本は2013年に上梓されたもので、当時から読んでみたいなぁと思っていたのですが、ズルズルと時間に流されて現在に至る、ってところです。
そしてこういう記事を書くのならば、昨年11月頃から大きな問題として顕在化した同社の不祥事にも触れなければなりません。実際、皮肉抜きでDeNAは不格好な状態になってしまいました。
 
元々、梅之助がDeNAという法人としての会社名を知ったのは横浜ベイスターズを買収した2011年頃なので、DeNAに対する認識はネット業界に疎い人たちと何ら変わらないでしょう。梅之助は携帯ゲーム含めてゲーム全般には興味ないので、「ああ、あのモバゲーとかいう携帯ゲームの会社ね」って感じ。
しかしその創業者が女性で、しかも梅之助よりも年配のチャーミングなおばさん(失礼)と知った時に、素直な驚きと違和感がありました。一般にモバイルゲームの企業家って、少なくとも梅之助よりは年少で現代風の男性というイメージがありましたからね。
加えてその頃、創業者はご主人の闘病看護に専念する為に非常勤の取締役に降りたという事実や、最初は「ビッターズ」というネットオークション黎明期の事業だった事を知ると、何となくこの経営者に対して興味と親近感を持つに至りました。ビッターズは実際に使用した事はなかったけれど、登録して何度も覗いていたのでね。
 
昨年12月7日 謝罪会見をするDeNA経営陣 (Sankei Biz より)
 
実は例の不祥事による記者会見の2日前に、南場氏は著書にも登場してくるご主人を亡くされたそうです。梅之助も3時間に及ぶ記者会見を後で見ましたが、個人的には本当にお気の毒というか痛々しい感じでした。
 
さて、不祥事の事は後半に触れる事とし、一旦は切り離して、純粋にこの本を読んだ感想を。
堅苦しい文章はなく、素直に南場氏の人柄や思いが伝わって来て大変読みやすかったです。
何よりも面白い。そしてユーザーのニーズが他業種よりも、あっという間の短期間で入れ変わってしまうネット業界の怖さと大変さも・・・
 
 
冒頭に筆者は
 
こうやって成功しました、と秘訣を語る本や話はすべて結果論に聞こえる。まったく同じことをして失敗する人がごまんといる現実をどう説明してくれるのか。
だから本書の執筆にあたっては、誰か遠い他人の仕事と思いたいほど恥ずかしい失敗の経験こそ詳細に綴ることにした。そちらのほうがビジネスマンにも、経営者にも、そして何かに悩んでいる人にも、役に立つ真実だと思ったからだ。
 
と書いています。
彼女は起業前にマッキンゼーという、出来の悪い梅之助にしたら「バケモノのように頭が切れて、バケモノのように仕事をする」コンサルティング会社の役員にまでなった人。その人が、これまたバケモノのように優秀な創業スタッフと共にいろいろな失敗をやらかす様子が書かれているもんだから、話はとてもスリリング。
時折、文章にウィットも忘れず、特に創業期は徹夜続きの膨大な仕事量と、予想外のミスとトラブル及び底を尽きそうな資金の為に、
 
M(著書では実名)はアパートを引き払い、住民票を会社に移した。IBM(出身)のエリートが「ホームレス」になった。
 
とあったのには梅之助も、くすっ。
そうしたスッタモンダの末、ようやく会社としての体制を整えた後に創業者が行き着いた結論は
 
コンサルタント時代は、クライアント企業の弱点やできていないところばかりが目についてしまい、大事なことに気づかなかった。普通に物事が回る会社、普通にサービスや商品を提供し続けられる会社というのが、いかに普通でない努力をしていることか。
 
というもの。なるほどねぇ。
梅之助も実は嫁が会社社長。まあ、パートさんが数名勤めているだけの小さな小さな会社、しかも雇われ社長なんだけれども、彼女もそういう気苦労と努力をしているのかな?
いや、彼女に限っては絶対に・・・していない。
 
DeNAは優秀な人材確保には妥協しないそうで、また「人と組織」の関係を球体のイメージで捉え、全員に「球の表面積」を担ってもらえるよう意識しているそうです。管理職かメンバーの1人かは、上下関係ではなく役割の違いで、自分が向き合っている仕事上の相手には1人1人がDeNAを代表して仕事を任せているのだとか。
この「人と組織」の考え方は特別、真新しい訳ではありませんが、同様の方針を立てていても、なかなか実践は出来ない企業が多い中で、DeNAはそれを確実に実行している様子がこの本の中からも読み取れます。「球の表面積」という分かりやすい例えがとてもgood。だから社員は成長するし、優秀な人材も集まりやすくなる。
また、経営者に限らず人間は選択した決断に対して、後で「あっちの方が良かったかなぁ」と振り返るよりも、選んだ方を正しい答えにする努力をするべき、という趣旨の文章も納得のいくポジティブさで印象深いです。
この本に書かれている事一つ一つは客観的に凄く共感できるし、違和感を感じる事もありませんでした。DeNAのような上昇志向の凄い会社(またそうでなければネット業界生き残れないのは事実)の中で、梅之助のようなタイプの人間はとてもじゃないけれど勤まらない、って事だけでね。
もし、冒頭に書いた不祥事がなければ、「ああ、いい本読んだ」という感想で終わってしまったでしょう。
 
素人ながら一つだけ気付きました。
キュレーション(まとめ)サイト部門の不祥事も、たまたま「仕事を任せる」方針が裏目に出て一部門が暴走したところに、加えて経営陣の当該事業部門への認識の甘さや、数字を意識するあまりリスク管理のグリップが効いていなかった、という誰でも到達できる表層的な原因の他に、本質的なものとして。
それは企業としてある意味最も大切な事、でも本書には殆ど書かれていなかった事。
 
ああ、一回にまとめるつもりでしたが、これも長くなったので続きは次回にします。
 
 
【関連記事】
DeNAが陥った「不格好経営」②~虚業と実業の狭間で(2017/02/07)
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先月1月31日から毎週土曜日にNHKでドラマ「限界集落株式会社」というのが放映されています(全5回)。
限界集落(過疎化などで人口の50%以上が65歳以上の高齢者の集落)での地域再生・農業ドラマなのですが、何気に見続けているとこれが結構面白く、放映4回目が終わったところで原作本も読んでみる事にしました。


(左)NHK土曜ドラマ「限界集落株式会社」HPより (右)第2回放送より

原作は2011年の作品。
本作品を実際読んでみると、TVドラマは人物設定やストーリー展開をかなり変更しており、どちらを先に目を通しても楽しめると思いました。


この小説は過疎、限界集落、農業問題といった現代日本の地方が抱えるテーマを前提に成り立っていますが、これらの課題を真正面から受け止めたというよりも、平易な文体と言葉遣いのラノベ感覚でエンターテイメント作品にまとめた、という類の作品です。
なのでグイグイ読み進めます。
ただ、梅之助も限界集落ってほどではないですが、実家が百姓家なのでこの本に書かれている問題やアイディアは、以前にも漠然と考えた事もあった為、さほど新鮮に感じる事はありませんでした。
これは地方が抱える問題と無関係な都会の人向けの入門本って感じです。つまり純粋にストーリー展開を楽しむ娯楽小説として捉えるべきですね。
シリアスな点を指摘すれば、登場人物がかなり類型的に描かれていたり(ドラマの方が人物描写は奥深い)、農業とは関係のないイレギュラーな出来事が過疎集落再生の原動力の一つとなってしまう事など、かなりご都合主義的な不満点はあります。
しかし冒頭の数行を読んだだけで、この小説がどういう性格のものか理解出来ると思うので、細かい点に目くじらを立てる意味はありません。
肩肘張らず読みましょう。割り切ればストーリーは結構面白いし、散発的に書かれている示唆には、なるほどと思ったりもします。

ドラマは次の土曜日が最終回。
原作とは完全にストーリー展開が違うので、どういう結末になるのか楽しみです。

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言わずと知れた売れっ子ミステリー作家・湊かなえ氏のデビュー作。松たかこさん主演で映画化もされましたね。何度かその映画の方をレンタルしようと思いましたが、やはり原作を読むまでは、と踏みとどまっていました。
そして今更ですが、数年前大変話題になったこの作品を読んでみる事に。

2008年度の週刊文春ミステリーベスト10で第1位、宝島社の「このミステリーがすごい!」第4位。
そして2009年には本屋大賞を受賞しています。これらの評価が示す通り、どんどん読み進めていきたくなるようなストーリーでした。
中学校の女性教師が担任クラスに対して、自分の子が死んだのはこのクラスの生徒に殺されたのだ、と告発する第一章「聖職者」から、章が進むごとに異なる関係者の視点で事件が描かれ、次第に事件の全貌が明らかになっていく構成はとても秀逸でした。
結末がちょっと意外で、その救いのなさに一般読者の中には「後味が悪い」と感ずる人もいるようですが、梅之助としては「因果応報」「自業自得」という因果律が貫かれていて良かったと思います。
ただ一つあまり好きでなかった点は、子供の稚拙で歪んだ動機が起こした事件を物語の核に据えている事。実在の事件を扱ったノンフィクションであるのならば、そういった心理世界を追求して描く意義もありでしょうが、純粋な娯楽ミステリーで犯人の殺人動機を専門的な心理学が必要となるような一般常識外の世界に置かれると、何だか読んでいる方は肩すかしをくらってしまった感じが残るのです。
もっとも、この作品においてはそんな動機であったからこそ、あのような結末を女性教師に選ばせるという、ストーリー上の必然性は感じられるのですが。

全体的にダークな世界が満ち溢れていて、好き嫌いが分かれる作品かもしれません。


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まず作品末尾の文章を。

南極大陸に、高木の岬と名づけられた岬がある。
イギリスの極地研究所から日本の極地研究所にそのことがつたえられたが、研究所では高木とはだれか、知る者はなかった。その岬を名づけた由来として、「日本帝国海軍の軍医総監であり、1882年、食餌の改善によって脚気の予防に初めて成功した人」という説明が付されていて、これによって高木とは高木兼寛であることがあきらかになった。
その地一帯には、世界的に著名な栄養学者、ビタミン研究にいちじるしい業績をあげた学者の名が岬につけられている。
むろん、日本人では兼寛の名のみが岬に命名されている。

その高木兼寛の物語です。

幕末、薩摩藩に大工の子として生まれた彼は医者を目指し、やがて倒幕に軍を進める藩の部隊に医者として従軍します。しかし彼が学んだ従来の医学では戦場での鉄砲傷の負傷兵に何ら有効な処置を講ずる事が出来なかった一方、より新しい西洋医学を身につけた別の医者が次々と負傷者を処置していく姿を見て衝撃を受けます。
やがて彼は臨床を重視する英国医学を学び海軍軍医総監として頭角を現していきますが、明治日本が国策として採用したのは病理研究を中心としたドイツ医学でした。英国流医学は海軍に残りましたが、陸軍と当時の東京帝国大学医学部はドイツ医学が主流となったのです。
そんな中、当時の日本人を悩ませていたのは脚気でした。特に軍隊における脚気の問題は重大で、高木はこれを臨床的観点からアプローチし、明確な脚気の病理は追求できずとも食生活を改善する事で海軍から脚気を撲滅することに成功します。しかし陸軍及び東京帝大のドイツ医学閥は高木のアプローチと成果を真っ向から否定して脚気細菌説に固執し、いたずらに犠牲者を増やすのみでした。。。。

この作品は高木
兼寛という人物の一生を描きながらも、日本の近代医学の成り立ちとその過程、様相が浮き彫りにされており、そういう点でも大変勉強になりました。日本医学の幕末・近代史ともいうべきものです。
なかでも興味深いのは、後に陸軍軍医総監となった森林太郎らドイツ医学閥との対立。
森林太郎は別名を森鴎外といいます。日本の近代小説で著名な彼の名がここで出てくるんですね。
詳しくは作品を読んでみて欲しいです。
因みに高木
兼寛は現在の東京慈恵医大の創設者であると同時に、日本初の看護学校の創設者でもありました。
医学に興味がある人は是非、一読を。

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本日午前中、ちょっとした事で医院に通院してきました。そこでは土曜日のせいなのか、医者の診察の評判がいい為なのかは知りませんが、驚くほど多くの患者が診察を待っていました。
そんな中で一人の母親が幼児に絵本童話を読み聞かせていました。そんな光景を微笑ましく思いながらも、やがて梅之助の診察が巡って来たので席を立ったのですが、後で「あの童話はどういう内容だったのだろう?」とふと思いました。ほんの一部分を断片的に聞いただけなので判断はつきませんが、きっと夢とか希望とかをちりばめたファンタジー&ハッピーエンドの童話だったのでしょう。思えば梅之助の子供が幼児の頃もそういう童話が周辺にあふれていたような気がします。

では梅之助自身が子供だった頃はどうだったか?親に絵本・童話を読んでもらったという記憶はありませんが、印象に残るものとして「アリとキリギリス」などのイソップ童話やグリム童話、日本の民話や昔話などが主流でしたね。
そこで最近のファンタジー童話と、古来からの童話・昔話を比べてみると、少々趣が違う事に気付かされます。
その違いを作家である故・倉橋由美子氏が著書「大人のための残酷童話」のあとがきで明快に述べています。著名なエッセイスト故・向井敏氏にも「文章読本」の中で名文章として絶賛されているので、少々長いですが引用してみます。


近頃の小説は面白くないという説があります。勿論反対の説もあるでしょうし、例外的に面白い小説もありますが、仮に概してつまらないという説を採ったとすれば、それはなぜだろうかという説明を要します。その説明の一つに、G・K・チェスタトンが提供してくれるものがあってなかなか強力なものですから紹介しますと、こういうことです。
「昔ながらのおとぎ話では、主人公はいつでも尋常一様な少年でびっくりさせるのは彼の出会う異常な事件のほうである。・・・・ところが現代の心理小説では、逆に主人公のほうが異様で異常なのだ。正常の中心が欠けているから正常が正常でなくなって、異常が正常になってしまっている。だから・・・・当然その小説は平板きわまりないものになる。・・・・現代の真面目くさったリアリズム小説が描くのは、そもそも気ちがいである男が、味気ない世の中でいったい何をするかということである」(福田恆存・安西徹雄訳 『正統とは何か』 )。

それではお伽噺(とぎばなし)はどうかと言えば、これもチェスタトンの言葉を借りるなら、お伽噺こそ完全に理屈に合ったもので、空想ではない、そしてお伽噺に比べれば、ほかの一切のものこそ空想的である、ということになります。これは正しい意見で、お伽噺の世界にはきちんとした法律があり、論理があります。この法律と論理の体系が魔法ですが、魔法は整然と論理的に超現実的な世界をつくりだします。だからお伽噺の超現実の世界は合理主義に満ちているのです。その文章は明確で曇りがなく、余計な心理描写も自然描写もなく、世界は整然と進行していきます。同情も感傷もこの帰結を左右することはできません。その意味でお伽噺の世界は残酷なものです。因果応報、勧善懲悪、あるいは自業自得の原理が支配しています。子供がお伽噺に惹かれるのも、この白日の光を浴びて進行していく残酷な世界の輪郭があくまでも明確で、精神に焼き鏝(ごて)を当てるような効果を発揮するからです。

しかしそういう古いお伽噺を子供が読むことはだんだん少なくなりました。代わって大人たちが子供に読ませたがるのは新作の童話、あるいは「児童文学」といういかがわしい読物で、これは主人公に子供が出てきたり動物が出てきたりはしますが、チェスタトンの言うリアリズム小説を、大人が子供を演じながら書いたもので、そこにはお伽噺とは正反対の世界があります。子供っぽい稚拙な文章でくどい描写が続き(ここのところはリアリズムです)、全体はとりとめなくもやもやした空想の産物になっていて、まるで長い悪夢さながらに退屈です。要するにこれは現代風のつまらない小説の児童版であるわけです。

なんと明快にその違いを述べている文章でしょうか。
実は向井敏「文章読本」を先に読んだ際にこのあとがきを目にし、そこで本作品を読んでみたいと思った経緯がありました。正直、本編の方はこのあとがきほど強烈に印象に残る事はなかったですが。

話は変わりますが、長崎・佐世保で猟奇的な殺人事件が女子高生の手によって行われてから約1カ月経ちます。事件発生以来、断片的に伝えられてくる報道によると被害者と加害者の間にはトラブルらしきものはなく、動機も「人を殺して、解体してみたかった」などというもの。佐世保では2004年にも小6の女子児童による殺人事件があり、「命の尊さ」を重視する教育を行なってきたそうで、関係者は相当ショックを受けているのだとか。今回の加害者は当然精神鑑定の必要がありますが、最近の特に未成年者による刹那的で思慮の浅い犯行に、我々大人たちは慄然とせざるを得ません。
年少の者から「どうして人を殺してはいけないの?」という疑問が平然と出る世の中。
どうも「因果応報」や「自業自得」といった、悪い事をすれば必ず自らにかえってくるという古来からの戒めが子供の頃からの「常識」として定着していないような最近の風潮に危機を感じます。お伽噺といわれる古来からの童話・民話・昔話は、恐らく年少者に善悪の価値観・倫理観を定着させる先人の知恵だったのでしょう。
では現代人はそれに代わるツールを見出しているのか?
たぶん答えは否です。
そう考えると、ファンタジーによる情操教育も結構ですが、それ以上に子供には幼少の頃から善悪・倫理教育を行なう必要があり、それにはお伽噺にある「因果応報」「自業自得」「勧善懲悪」の論理がうってつけである事を、倉橋由美子氏のあとがきが教えてくれているような気がします。

書評のつもりが作品にはほとんど触れず、まるで社会批評になってしまいました。

大人のための残酷童話 (新潮文庫)/倉橋 由美子
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