北海道で働く女社長の夫の蝦夷日記

国際政治から映画・音楽・地元の温泉やラーメン紹介まで。難しい話は分かりやすく、がモットーです。


加計学園問題を一回くらいは書いておきます。

と申しますか、「問題」と付けること自体、ばかばかしい話なんですけれど。「森友」以上に。

先日、前・文科省事務次官が「総理の意向文書」が確かに存在した、と記者会見したニュースが報じられましたね。

 

5月26日付 読売新聞 より」

 

この前川喜平という前事務次官は昨年文科省が天下りを組織的に斡旋していた事件で、首謀者にもかかわらず「しぶしぶ」引責辞任した人間。審議官時代には朝鮮学校無償化を推進しています。

また、「女性の貧困問題調査」などと称して「楽しそうなところ」にもしょっちゅう出入りしており、当時の上長にあたる官房副長官から厳しく注意も受けたそうじゃないですか。その弁明内容も、ホテルから二人で出て来た不倫現場を押さえられた際の黄金定番「誤解だ、休憩で入ったけれどヤッていない」と同じような低レベル。誰が信じるって。日本の教育行政のTOP役人がこれではねぇ。ふ~ぅ。

この人は結局、自身の行為の因果応報を受けたに過ぎないのに、逆恨みに近い形で政府への意趣返しをやっている印象を受けますね。

最低レベルの役人、という評価で問題ないでしょう。少しでも早くクビになって日本の為には良かった。

 

上記の文書などはどこの官庁にも腐るほどあるはずですよ。

よく選挙演説で現職が地元に「新幹線を誘致した」とか「高速道路を造った」とか、自分の実績をPRするのをよく聞きますよね。地元民の声を受けて官庁に陳情していた訳ですが、当然、役所側は少なくとも陳情処理の為のメモ書き程度は残します。恐らく前川という人が言っているのはその事でしょう。

 

ところで、その「総理の意向文書」があったところで、何か国会で騒いだり、連日ニュースのTOP扱いになるような大問題でもあるのですか?

 

引用記事は→こちら

尚、引用記事には続きがあるので、ご覧になる方はリンク先を参照して下さい(内容は民進党・高井議員の国会で「今治市に獣医学部を新設して欲しい」という請願に対する、当時の政府及び役所側の答弁)。

 

梅之助の率直な驚きは、50年間も日本に獣医学部が新設されていなかった事。日本獣医師会の「獣医は足りている。新設の必要なし」は、完全な業界団体の既得権益保持の為の言葉ですね。

そして玉木雄一郎(もう彼にも「議員」と肩書を付ける気がなくなった)は、日本獣医師連盟から献金を受けており、身内もゴリゴリの業界関係者。つまり玉木自身がコネの絡んだ完全な既得権益擁護者に他なりません。

これでは安倍総理を「友人が理事長を務める加計学園に云々・・・」なんて批判出来ないでしょうに。もはやサービスの自由競争を阻む、かつての小泉元首相の言う所の「抵抗勢力」という訳です。

何でもかんでも規制緩和というのには梅之助も反対だけれど(この点では、梅之助も安倍総理の内政に関して少し批判したい部分もある)、この獣医師界の「50年間に渡る閉鎖性」は明らかに異常です。

 

さて、安倍総理の「意向」が事実だとしましょうか。

総理はそのリーダーシップで、ガチガチの規制に風穴を開けたのですね。

しかも民進党議員の願いにも同時に応えています。

 

何の問題があるのですか?

 

 

5月19日のフジテレビ「ユアタイム」では、ゲストで俳優の別所哲也氏が「この文書が実存しているとして、どこに違法性をお感じになりますか?」と質問すると、出演していた玉木は一瞬言葉に詰まった後に訳の分からない言い訳を続け、見かねた別所氏が再度「違法性の有無」を確認したところ、「違法性はない」と返答する始末。

続けて女性アナウンサーから、この問題はどういうシナリオと考えているか?という趣旨の質問にも、完全にしどろもどろで要領を得ない回答。梅之助も聞いていて全く分かりませんでした。

この玉木という男、本当にバカなのではないだろうか?

 

 

辛坊治郎氏に至っては、5月20日ニッポン放送のラジオ番組「辛坊治郎ズームそこまで言うか!」で、「どこが問題なのかサッパリ分からない。俺が安倍総理なら、こんなに素晴らしい事したんだからお前ら褒めろ、というくらいの話だと思うけど」とまで言っています。

 

民進党は蓮舫執行部になってから加速度的に劣化していますね。政権担当能力はもちろん、法案作成どころか理解能力もなし。出来るのは総理のストーカー。玉木などはいい例でしょう。

民進党はちゃんと国民の方を見てください。このままでは党として存在価値は全くないどころか、国家にとって著しいマイナスです。これで国税を受けているのだから言葉もありません。

共産党は政党助成金を貰っていないので、その政策もここではどうのこうの言わないけれど、民進党には一言いいたい。

税金返せ!

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昨年の秋、アニメ映画「君の名は。」が世間を席捲した頃、もう一つのアニメ映画が一部の人達から注目を集めていました。

それが今作、「聲(こえ)の形」。

どんな内容なんだろうと作品概要を当時見てみると、テーマがちょっとシリアスで重めの青春譚。もういい齢なので、その手の作品を観るために劇場まで足を運ぶ、という事にはなりませんでしたが、レンタル開始時期になれば手に取ってみてもいいかな、と考えていました。

で、先日視聴してみましたよ。

 

 

監督は京都アニメーション所属の山田尚子氏。過去にはTVアニメのヒット作「けいおん!」を手掛けています。また原作は大今良時という女性漫画家の同名作品で、宝島社の2015年版「このマンガがすごい!・オトコ編」で第一位を取った話題作みたいですね。

テーマは、コミュニケーション不全によってすれ違い傷ついた少年少女たちの、主人公を中心とした自己再生の物語で、「伝える」事の大切さと難しさを描いた作品です。

 

 

主人公・石田将也はガキ大将だった小学生の頃、先天性聴覚障害を持つ転校生の少女・西宮硝子を、ちょっとした興味本位からからかい始めます。当初は硝子に対し好意的に接していたクラスメイト達も、その波長の合わなさから次第に彼女を敬遠しだし、遂に硝子はいじめを受ける存在へと・・・

ところがある日、一連の事態が表面化した際に将也だけが一人責めを負わされ、一転、彼が周囲からいじめを受ける側になって孤立し、硝子はやがて転校していきます。

誰にも心を開けなくなった将也は以来、自分の存在を否定したまま中学・高校へと進学。そして彼は高3になって、これまでの人生のけじめを付ける為、ある行動を開始するのですが・・・

 

 

原作漫画が話題作だったので、この映画を観た人はその読者も多かった事でしょう。そういう人からすると、映画版は物足りなく感ずる部分もあったようです。原作の長さを2時間の映画にする為にはポイントを絞らなければならず、そのため周辺人物の描写がかなりマイルドになっているみたいですね。

それでも梅之助のように原作を知らない立場からすると、この「聲の形」という作品は映画版だけでも視聴者の感情を引っ搔き回してくれる興味深いものでした。

登場人物の設定が同世代の「君の名は。」が壮大なファンタジーならば、「聲の形」は日常のリアル路線。子供から青年期に至る間の、繊細かつ残酷ですらある感情が描かれています。

 

 

主人公の小学生時と高校生時の性格描写が「罪の意識」を持ったとはいえ、あまりにも差がありすぎて、そこは少し違和感を感じましたが、彼の不器用ながらの贖罪路程にはついつい感情移入をして観てしまいましたね。恋愛感情をあまりクローズアップさせなかったのも、この作品が持つ本質的なテーマから考えると、かえって良かったと思います。

 

ただね、自分の事を書くのはなんだけれど・・・

梅之助は小学生の頃、自閉症の同級生と一緒の登下校を遠回りをしながら長年続けました(彼の登下校時の安全の為)。

だから非のない障碍者を「波長が合わない」という理由だけで虐める精神は、小学生と言えど梅之助の感覚では全く理解出来ないし、理解する気も起きません。

それゆえ、この映画の小学生時代の描写はヘドが出る思いでした。まあ、そこはあくまでも個人的感想。

 

 

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ローカルネタですが、いつか書こうと思っていた記事です。

昨年の11月、JR北海道は「自社だけでは維持できない路線」を公表しました。

 

引用記事は→こちら

 

JR民営化後、特に他JR各社よりも人口密度が低いうえに長大な路線を保持しており、冬の期間の経費も掛かるJR北海道がこうなってしまうのは目に見えていました。

国鉄分割民営化時、国もドル箱新幹線や首都圏、京阪神の大都市圏を持たない3島JR各社(四国、九州、北海道)が、鉄路の赤字を補填できるようにと経営安定化基金を配分し、当初はバブル時の年率7.3%という高い利回りで何とかなってはいました。

しかしそんな高金利時代の制度設計がいつまでも通用するはずはなく、バブル崩壊後の長く続く低金利でその運用益は半減、次第にJR北海道は行き詰っていきます。経費節減のためのリストラ、採用抑制、外部委託などの合理化を進めますが、その歪みは老朽設備の改修遅れや車両事故などへと結果的に繋がってしまいました。北国特有の保線技術等の継承も、社員の世代間分布がいびつな為にうまくいっておらず、技術力保持問題も深刻です。

下の3つの図は北海道の路線図の推移となります。

 

 

1964年当時の北海道における国鉄路線網(「乗りものニュース」編集部作成)。

 

2016年10月現在の北海道におけるJR路線網。このほか津軽海峡の南、青森県内の在来線中小国駅、新幹線新青森駅までもJR北海道の路線(「乗りものニュース」編集部作成)。

 

「単独で維持困難な線区」とされる13線区すべてが廃止された場合の、北海道におけるJR路線網。このほか青森県内の在来線中小国駅、新幹線新青森駅までもJR北海道の路線(「乗りものニュース」編集部作成)。

 

もし民間企業による自由競争・利益追求原理のままに放置しておくと、北海道の鉄路は3番目の図のような状態になってしまいかねません。最近になって名指しされた10路線13区間の沿線自治体と、JR北海道との間で話し合いが持たれるようになったニュースも聞きますが、仮に上下分離方式を導入しても過疎に苦しむ自治体や北海道に財源支出の余裕があるとは思えません。

 

こういう問題に対しては色々な国民の意見がある事は承知しています。

道民の中にさえ「高規格道路や一般道が整備された現在、札幌圏以外の経済効率の悪い鉄路は廃止してしまえ」という意見も存在するし、今まで鉄路を大して利用してこなかったのに、JRがこういう方針を打ち出すと急に声を上げだす自治体の姿勢にも「何だかなぁ~」と思ってしまう人がいるのも理解します。実際、札幌ー旭川間に並行するような札沼線などはバス転換してもさほど問題はないでしょう。

梅之助は基本的にはバス路線転換容認派です。

しかし名寄ー稚内間、旭川ー網走間、釧路ー根室間といった、海岸都市へ至る長大な幹線鉄路までなくしてしまうのには大きな疑問を持っています。

 

実感はないかもしれませんが、北海道は事実上、得体のしれない国と国境を接している地域です。

例えば、もし北海道の南北が逆さまで更に尖閣諸島あたりに存在したとしたら、中共が支配する大陸方面に向かって、南端に延びる稚内への鉄路を「赤字だ」という理由で簡単に廃止するでしょうか?西方に延びる根室や網走への鉄路を廃止するでしょうか?

現在、中共ほどロシアは安全保障上の脅威にはなっていないものの、かつて旧ソ連は終戦時に留萌と釧路を結ぶラインの東北海道を獲得しようと試みた史実があります。今日の世界情勢は1945年当時よりも法による秩序で動いていますが、動乱期には何が起きるか分かりません。民族の資質というものはそう簡単には変わらないですからね。

 

江戸時代にあっても蝦夷地・箱館(函館)方面は松前藩が存在し、経済活動は盛んに行われていました。それでも幕府は間宮林蔵、近藤重蔵、最上徳内、伊能忠敬らを、和人のほとんど住んでいない蝦夷地の東端、北端、千島・樺太の果てにまで探検に行かせています。いくら箱館のある南西部が栄えていても、地続きの何処かにロシアが一大拠点を築いてしまえば箱館などひとたまりもないからです。

こういった歴史的事実と先人の目的意識を、現在もう一度考えてみるべきではないでしょうか?

国による国民に対する最高の福祉は「国防」です。

そして「国防」に少しでも関わる案件は民間企業にだけ任せていい訳はありません。

 

梅之助はこのJR北海道問題を考える時に、特に梅之助が指摘した路線について「鉄路の有無がどう国防に影響を与えるか」を現役自衛官に意見を聞いてみたい思いです。軍事のプロが「鉄路がなくても影響がない」というのなら、JR北海道が仮に「廃止したい」とした場合、強い反対はしません。ただし少しでも「あった方が役に立つ」というのなら国の責任で鉄路は残すべきと考えます。

そして後者の場合、上下分離方式にして国が路線の維持等を行えばいいと思っています。

また、稚内や根室は今後の日ロによるシベリア開発、北方領土共同経済活動という要素も残っているのでね。どう転ぶかは分からんけど。

 

現在の日本が国の手を離れた鉄道に関して、整備新幹線を除くその全てを鉄道事業者に丸投げにする一方、EU諸国では鉄道路線も公共インフラとする考えが主流で、ドイツなどではガソリン税なども道路だけではなく鉄道に配分する施策を行っています。

日本もその財源などは、膨大な道路予算の一部を回す事を考えるべきでしょう。

 

こんな事をつらつらと考えていると、お金持ちだからって豊洲移転問題などで共産党や隠れ民進と手を組んで、無駄に税金を垂れ流す小池都知事の「自分ファースト」さに腹が立ってきたよ。都の税金だから梅之助がどうのこうの言える立場ではないけれど。

都知事選では好意的に思っていたのになぁ~。間違いだったのかなぁ。

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昨日の5月20日(土)、「たきかわ菜の花まつり」からの帰り道。

車は国道12号線を旭川方面へ、時刻は12:00台。

こんな昼間にこの辺りを走るのは滅多にありません。大抵は札幌方面に出かけた帰りの夜だからなぁ。

そこで神居古潭(カムイ・コタン:「神の住む場所」の意)に寄ってみる事にしました。

 

 

アイヌにとっては特別な地ですが、生活様式が窺える史跡・展示がある訳でもなく、秋の紅葉の方が人気の土地です。その分、今時期の人影はまばら。駐車場に車が数台停まっていましたが、持ち主らしき人たちの姿を見かける事はありませんでした。きっと山菜取りで山の中だな。

駐車場には南山商店という昔からのお店が現在も営業していて、秋にはここで多くの果物が販売されています。

 

 

石狩川に架かる白い神居大橋(1938年建造)を渡ります。一度に百人以上渡ってはならない橋です。

左は橋上からの深川方面、右は旭川方面の川の様子。

上川盆地を悠々と流れて来た石狩川の川幅がここに来て狭くなります。その分、この付近の川の深さは約70mにもなるのだとか。流れも急になり、明治期に道路が建設されるまでアイヌや和人を苦しめた水上交通の難所でした。

 

 

橋を渡ると九条武子の歌碑があります。

梅之助はこの人を知らなかったのですが、大正期の歌人・教育家・社会活動家だそうで、歌碑には「たきつ波ましろう白う岩にちる神居古潭のくもれる真昼」とあるそうです。華族に嫁ぎながらも世のために尽くした偉い人だったようですね。

 

 

旧神居古潭駅舎です。1901(明治34)年に簡易停車場として開業。

しかしこの付近は険しいルートであり、1932(昭和7)年には付近で岩盤が崩落して走行中の貨物蒸気機関車を直撃。2名の機関士が殉職、石狩川に転落した機関車は川の底に沈んだままと聞いています。70mの深さですからねぇ。

そういった事情ゆえに、1969年の電化・複線化の際にルート変更されて神居古潭駅は廃駅に。現在残る旧駅舎は廃駅当時の姿を復元したものだそうで、明治期の西洋建築意匠導入時の特徴をよく残しているそうです。

 

 

いや~、旧駅舎の方まで来たのは約20年ぶり位だなぁ。

今では鉄路の代わりにサイクリングロードが整備され、旧駅舎は休憩所としても利用されています。

 

さて、旧駅舎から深川方面に視線を向けると、蒸気機関車が3つも展示してありますよ。

 

 

上から「29638」1913(昭和2)年、「C57 201」1947(昭和22)年、「D51 6」1936(昭和11)年、という形式と製造年。梅之助が子供の頃からここにあって、小学校の社会科見学の際に機関車を背に写真を撮った記憶があります。

 

 

深川方面へと続くサイクリングロード。

かつて使われていたトンネルも補修されて自転車用に使用されています。ネットではこのトンネルが心霊スポットだという話が数多く掲載されており、事実、梅之助も10代の頃に夜に探索でやって来た事があります。

しかし実際はどうなんでしょうねぇ。もうそういう事に興味をそそられる齢でもありません。生きてきた年月よりも残された時間の方が確実に短いのだから。そういえば、機関車の写真を撮っている時にトンネルの方から歩いて来た若い女性と一人すれ違いました。もっとも、彼女はハイキング姿でしたが。

 

この付近には他に縄文時代の竪穴住居跡やストーンサークルなどの遺跡が点在していますが、どこをどう行ったらいいのか分かりません。

それよりも、太古の昔にどうしてしてこんな所に人が・・・という想いの方を強く抱きながら、約3~40分位過ごして神居古潭を後にしました。

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5月20、21日は滝川市の江部乙地区で「たきかわ菜の花まつり」が開かれています。

そこで本日の午前中、オープニングを目がけて行ってみる事にしました。オープニングに合わせたのは別に深い意味がある訳ではなく、単に渋滞を避けてきちんと駐車場に車を停める事が出来るようにという、ただそれだけの理由です。

 

滝川市で菜の花の作付けが行われるようになったのは比較的新しく、平成に入って間もなくの頃。道の公的機関が試験栽培を行った事からのようです。そこから次第に栽培農家が増加し、今年の滝川市の「菜の花」作付面積は157haで日本一なんだとか。

栽培された菜の花からは、主に菜種油が生産されています。

 

 

お祭りは今年で18回目。メイン会場は丸加高原伝習館(左画像、滝川市江部乙町3949-14)の周辺。因みに右画像の赤い屋根は伝習館前から見た松尾めん羊牧場。

ただし、会場に来てみるとここからは菜の花畑は全く見えないんですよねぇ(到着する途上で、あちらこちらの菜の花畑を見る事は出来ます)。

元々、菜の花は連作障害が起きやすく、それを避けるために毎年作付けられる畑も変わるそうです。その年ごとの畑の位置は観光協会などが公表する「菜の花マップ」を参考にするといいですね。

 

 

オープニングの10:00頃には到着しました。会場でもらったパンフレットによると、ここは「特設グルメ会場」となっていて、飲食店の出店が充実しています。特に目を引いたのはジンギスカン関連のお店。ここ滝川市は「味付けジンギスカン」発祥の地ですからね。

 

 

菜の花で飾ったハート形手作りモニュメントが見えます。プログラムの最初は滝川市民グループによる和太鼓演奏。若い人が多い感じです。

 

プログラムの合間で、司会スタッフの人が飲食店で使用するチケットの購入をアナウンスで勧めています。「ジンギスDON」3個引き換え+600円分金券+抽選券+各種割引券(滝川市内の商業施設のみ)付きで1500円だというので、ひと綴り購入してみました。「ジンギスDON」3個+600円分だけでもお得な感じです。

 

 

ジンギスカンのお店は5店出店していたので、このチケットで少なくとも3店は食べ比べられます。

最初に2つ、有名店「松尾ジンギスカン」と江部乙の国道沿いで見かける「小林ジンギスカン」をチョイス。ご飯の上に野菜とお肉がのっていて、これを嫁と二人で。

う~ん、双方とも美味しいけど、味の違いをハッキリ言えるほどは分からんぞぉ・・・

この二つを食べ終えた後は、3つ目として「アイマトン」のジンギスカンを引き換えてきました。これも美味しかったのだけれど、違いをどう言っていいのかやっぱり分かりませんでしたぁ。

 

 

祭り役員及び来賓挨拶などのオープニングセレモニーの後は、ご当地アイドルだという小学生から中学生くらいのグループがステージに上ります。

さあ、食べるものも食べて、使用できる金券も使い切ったところで伝習館会場を後にする事にしました。約1時間半くらいの滞在です。

 

 

そのまま、丸加高原展望台に来てみました。特設グルメ会場が眼下に見えますが、ここからも菜の花畑はそう多くは見えません。その代わりに暑寒別の山々が遠望できました。

 

では祭りのパンフレットに掲載された「菜の花マップ」を見ながら畑を巡ってみましょう。

以下の菜の花畑は、あくまでも観光農園の畑ではない私有地ですので住所の明記は控えます。

 

 

こういった菜の花畑をゆっくり眺めながら旭川市に向けて帰途につきます。時折、リンゴの白い花が咲いているのも見かけました。

 

北海道も桜が終わるとチューリップ、芝桜、菜の花と次々と花が咲き出して、やがて百花繚乱の時期に入っていきます。

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