アニー・リーボヴィッツ -レンズの向こうの人生-
テーマ:映画
原風景って重要だ。
アメリカ、いえ世界を代表する写真家アニー・リーボヴィッツの子供時代は
家族揃って車で大移動する日々だった。
車の窓枠を写真のフレームに見立て、それをずっと眺めているのだから
「アーティストになるのは当然」と彼女は言っている。
彼女の母親は、家族の映像を残すのが好きで
踊るのが好きで
時間さえあれば家族の映像を残し
イサドラ・ダンカンの様にステップを踏んでいた。
アニーは大地のような人だと思った。
撮影の合間に、
「すごく、きれい!」 「すばらしい!」
と連発し、モデルとなるセレブリティ達の気分を高揚させる。
がはは…と大声で笑う。
そして、「ごめん、感動しちゃった」と言って
カメラを床に置き目頭を押さえる。
どこにいても、誰といても
暫くすると、写真を撮っている事を相手に忘れさせてしまうほど
その場に溶け込んでしまうという彼女。
相手の心を開く前に、自分の心が開かれているのだ。
そんな彼女だから
撮られる側も、思わぬ表情、自分でも気付かなかった自分の心を
妊婦のヌード写真を撮った、デミ・ムーア。
射殺されてしまう数時間前に撮られた
ヨーコにしがみつきキスをする
裸のジョン・レノン。
あまりにも有名なこの2枚の写真。
何故、二人は裸になったんだろうとふと考えたら
名声と共に得た不都合を振り払い
ただ生きている、それだけの存在に
彼らの写真だけではなく
アニーの撮った人物達の写真からは
今まで生きてきた人生の
静かな“うねり”のようなものを感じてしまう。
アニーは、人との出会いにも恵まれている。
きっと、これも彼女の才能。
才能と性格に人が引き寄せられていくのだろう。
なかでも、批評家、小説家、映画監督として
アメリカの知性と呼ばれたスーザン・ソンタグとの出会いは特別。
まるで、万に一つの一点に集中し惹かれあった
奇跡のような出会いだ。
セレブリティを主な被写体としていたアニーが
スーザンと共に戦渦のサラエボに入り現状を撮影した事。
そして、享年71歳で病に倒れたスーザンの死までの記録を残す事。
写真家として
1人の人間として
アニーには、とても大きな意義を持った事だったと思う。
彼女の姿を残すために
今まで写真を撮ってきたのではないかと思わせるほどだ。
「彼女が亡くなり、私には仕事だけが残った。」
「死にゆくその日も写真を撮っていたい。なぜって、写真は永遠よ。」
映画の公式HP http://annie.gyao.jp/
映画の公式blog http://ameblo.jp/annie0216/
同じテーマの最新記事
- lost in translation 12月22日






