2012年01月23日 16時36分07秒
garekinotaikoの投稿
吐くほどに眠る~1週間が経ちました
テーマ:吐くほどに眠る
つい先程、出演者の女優さんから「ピザ食べにいかない?」って稽古場への一斉送信メールが来て、
こういうのってものすごく嬉しいんだな。
その作品が終ってからも、何かしらその作品にまつわる事柄が続いていることを感じることが幸せでしょうがありません。
ガレキの太鼓 第6回公演 『吐くほどに眠る』、無事終演しました。はや一週間も前でございます。
多くの方にご来場いただけたこと、改めて心から感謝致します。
尊敬出来るメンバーで作り上げられたことも、心から幸せに思います。
再演ということで、何故「再演したのか」とよく聞かれました。
当日パンフレットにも書きました。
まあ、要は見てほしいって思ったからですよ。それ以上でもそれ以下でもありません。
何で見てほしいって思ったかなんてそれは、すいません口にはしませんよう。よう。
私でも、これからもこの作品やります故。
終りになんてしない。ずっとずっとこの作品やり続ける。
生きることについてものすごく考えた。
ずっとずっと生きることを考えながら作っていた。
ナオちゃんは、すごく全うに生きてる子だと思うんだ。
ああ、書きたいことはいくらでもあったのに、
実際に言葉にするとなんかダサく感じちゃうな。
作品が終わったあとになんか色々その種明かしをしたりしなかったり、みたいのやってみようと思ったんだけどやはり私には向かないらしい。あわわ。
だから、やっぱりあんまり喋らない!
なんか、質問ください。そしたら答えます。
って、アイドル気取りー!きゃー!!
今こうやってブログに自分の思いみたいのを吐露するのを躊躇する私に育ったのには理由があって、
私が演劇をやっていることも、
私がお酒が好きなのも、
旅が好きなのも、
もっと小さく言えば 緑色が好きなのも 野菜ジュースが好きなのも 目が細い男性に惹かれるのも
人に手を上げられるのが嫌いじゃないのも 結婚願望が少ないのも 携帯電話が嫌いなのも
全部全部私が生きてきた道のりに答えがある。
思うこと感じること発すること、全て全て答えがある。
そんなことばっか考えてた。
誰かと話してても、その人の考え方全てに理由を探ってた。
人間は、本当に今までの人生の蓄積なんだなって痛感する。
そんなことばっかり考えて生活してて、
みんなみんな本当にちっぽけで、イコール素直なんだななんて思って。
そんな感じ。
そんなこの作品。
ああ、実務的なことに関しては反省は一杯ある。
特に対役者に対して、もっとこういう言葉で伝えれば良かったんじゃないかとか、
もっと距離を取って接するべきだったんじゃないかとか、
そういう反省は有難く受け止めて、次に生かしていこう。
次からはもっと、一人になることを恐れずにいこうと思うよ。
さてさて、なんていうか、ねえ。
あ、ネット社会ですから、ネット上の色んな感想とか読ませてもらいました。
すごく嬉しかった。ありがとう。
ただ、なんか色々我が物顔で分析してた方は、ことごとく外れていましたので、はい。
てかさ、なんで自分の無知を他人の説明不足みたいに言えるんだろう。
すいません、少しムカついたので。
「あそこが弱い」とか言われても、いやいや、そこに関するあなたのアンテナの感度鈍すぎだろ、みたいな。
勿論そこをしっかり伝えられなかった私の実力不足は認めるけど、
それをさぞ「私は粗を見つけてやった」みたいに偉そうに言うなよ。君の感度が鈍いんだぜ?っていう。
ああ、もうホントネット上で偉そうな人って気持ち悪い。
なんでさ、っつっても私ネット文化あんまり知らないからアレなんだけど、
ネットでイキイキしてる人ってなんであんなもう身の程知らずってか、何とか自分が優位に立とうとするの?
とか思ったり。
まあ、いいや。
色々と感想を寄せてくれた方は、本当にありがとうございます。
ああ、こういう人が一人でも居るなら作品作って良かったなって思うし、
これからも演劇続けていこうって思ったりした。ありがとう。
私はこれからも作品を作っていくわけで、
それこそ今回も本番前や本番中は「こんなキツイこと一生やりたくない」って思うんだけど、
もう今は早くまた新しい作品に会えることが楽しみで仕方ない。
特に衣裳を着替えて行く手法を、もっと進化させたいと思ってる。
あ。
今回の作品の印象で、「配役がコロコロ変わる」ということを第一に挙げてくださる方が多くて、
実際それは演出的なすごく大きな大きな部分なんだけど、
実は自分として「これやってやった」って思ってるのは、配役が変わることより
“演者がずっと舞台空間に居続けること”なんだな。
同じ舞台空間に居続けて、観客の目線の先にも、何も演じていない人が居る。
しかもその何も演じていない人はついさっきまで今他の人が演じていた役を演じていて・・・
それ、すげー面白いと思うのよね。
吐くほどに眠る の演出的特徴の第一は、これに尽きると思います。
私達は「こだま」と呼んでいたんだけど、この演じていない者たち(正確に言うと演じているんだけど)の存在が、この作品を方向付けていたと思います。
次は、のぞき見公演だ。
ナオちゃんのお話は、ひとまずおしまいです。
またいつかナオちゃんは登場しますが、ナオちゃんのお話はおしまいです。
いつまでもナオちゃんの話したいな。
いつまでも 吐くほどに眠る の話したいな。
でも、お別れの時間らしい。
座組みのみんなー!お疲れ!
いらっしゃった皆様、今後ともよろしくお願いします。
自分、お疲れ。
ありがと。
こういうのってものすごく嬉しいんだな。
その作品が終ってからも、何かしらその作品にまつわる事柄が続いていることを感じることが幸せでしょうがありません。
ガレキの太鼓 第6回公演 『吐くほどに眠る』、無事終演しました。はや一週間も前でございます。
多くの方にご来場いただけたこと、改めて心から感謝致します。
尊敬出来るメンバーで作り上げられたことも、心から幸せに思います。
再演ということで、何故「再演したのか」とよく聞かれました。
当日パンフレットにも書きました。
まあ、要は見てほしいって思ったからですよ。それ以上でもそれ以下でもありません。
何で見てほしいって思ったかなんてそれは、すいません口にはしませんよう。よう。
私でも、これからもこの作品やります故。
終りになんてしない。ずっとずっとこの作品やり続ける。
生きることについてものすごく考えた。
ずっとずっと生きることを考えながら作っていた。
ナオちゃんは、すごく全うに生きてる子だと思うんだ。
ああ、書きたいことはいくらでもあったのに、
実際に言葉にするとなんかダサく感じちゃうな。
作品が終わったあとになんか色々その種明かしをしたりしなかったり、みたいのやってみようと思ったんだけどやはり私には向かないらしい。あわわ。
だから、やっぱりあんまり喋らない!
なんか、質問ください。そしたら答えます。
って、アイドル気取りー!きゃー!!
今こうやってブログに自分の思いみたいのを吐露するのを躊躇する私に育ったのには理由があって、
私が演劇をやっていることも、
私がお酒が好きなのも、
旅が好きなのも、
もっと小さく言えば 緑色が好きなのも 野菜ジュースが好きなのも 目が細い男性に惹かれるのも
人に手を上げられるのが嫌いじゃないのも 結婚願望が少ないのも 携帯電話が嫌いなのも
全部全部私が生きてきた道のりに答えがある。
思うこと感じること発すること、全て全て答えがある。
そんなことばっか考えてた。
誰かと話してても、その人の考え方全てに理由を探ってた。
人間は、本当に今までの人生の蓄積なんだなって痛感する。
そんなことばっかり考えて生活してて、
みんなみんな本当にちっぽけで、イコール素直なんだななんて思って。
そんな感じ。
そんなこの作品。
ああ、実務的なことに関しては反省は一杯ある。
特に対役者に対して、もっとこういう言葉で伝えれば良かったんじゃないかとか、
もっと距離を取って接するべきだったんじゃないかとか、
そういう反省は有難く受け止めて、次に生かしていこう。
次からはもっと、一人になることを恐れずにいこうと思うよ。
さてさて、なんていうか、ねえ。
あ、ネット社会ですから、ネット上の色んな感想とか読ませてもらいました。
すごく嬉しかった。ありがとう。
ただ、なんか色々我が物顔で分析してた方は、ことごとく外れていましたので、はい。
てかさ、なんで自分の無知を他人の説明不足みたいに言えるんだろう。
すいません、少しムカついたので。
「あそこが弱い」とか言われても、いやいや、そこに関するあなたのアンテナの感度鈍すぎだろ、みたいな。
勿論そこをしっかり伝えられなかった私の実力不足は認めるけど、
それをさぞ「私は粗を見つけてやった」みたいに偉そうに言うなよ。君の感度が鈍いんだぜ?っていう。
ああ、もうホントネット上で偉そうな人って気持ち悪い。
なんでさ、っつっても私ネット文化あんまり知らないからアレなんだけど、
ネットでイキイキしてる人ってなんであんなもう身の程知らずってか、何とか自分が優位に立とうとするの?
とか思ったり。
まあ、いいや。
色々と感想を寄せてくれた方は、本当にありがとうございます。
ああ、こういう人が一人でも居るなら作品作って良かったなって思うし、
これからも演劇続けていこうって思ったりした。ありがとう。
私はこれからも作品を作っていくわけで、
それこそ今回も本番前や本番中は「こんなキツイこと一生やりたくない」って思うんだけど、
もう今は早くまた新しい作品に会えることが楽しみで仕方ない。
特に衣裳を着替えて行く手法を、もっと進化させたいと思ってる。
あ。
今回の作品の印象で、「配役がコロコロ変わる」ということを第一に挙げてくださる方が多くて、
実際それは演出的なすごく大きな大きな部分なんだけど、
実は自分として「これやってやった」って思ってるのは、配役が変わることより
“演者がずっと舞台空間に居続けること”なんだな。
同じ舞台空間に居続けて、観客の目線の先にも、何も演じていない人が居る。
しかもその何も演じていない人はついさっきまで今他の人が演じていた役を演じていて・・・
それ、すげー面白いと思うのよね。
吐くほどに眠る の演出的特徴の第一は、これに尽きると思います。
私達は「こだま」と呼んでいたんだけど、この演じていない者たち(正確に言うと演じているんだけど)の存在が、この作品を方向付けていたと思います。
次は、のぞき見公演だ。
ナオちゃんのお話は、ひとまずおしまいです。
またいつかナオちゃんは登場しますが、ナオちゃんのお話はおしまいです。
いつまでもナオちゃんの話したいな。
いつまでも 吐くほどに眠る の話したいな。
でも、お別れの時間らしい。
座組みのみんなー!お疲れ!
いらっしゃった皆様、今後ともよろしくお願いします。
自分、お疲れ。
ありがと。
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