1981年4月6日~1983年9月12日、毎週月曜21時00分~21時54分に放送。
よくある家庭をベースにしたセットで、前番組の人気コーナーであった『母ちゃんと子供の会話』と「三段落ち」を組み合わせたような、父親役の欽ちゃんに息子の「フツオ」「ヨシオ」「ワルオ」との会話で笑いをとった。会話は視聴者からの投稿がベースであった。
当時、萩本はフジで「欽ちゃんの9時テレビ!!」(1980年10月13日~1981年 月曜夜9時放送)というバラエティ番組の司会を担当していたが、視聴率的にも不振であったことから番組の降板を申し出ていたところであった。しかし局の編成担当者は「元々、フジの月曜夜9時は、開局以来20年間不振の枠なので数字のことは気にせずに。それよりも月9枠は、向こう10年は欽ちゃんに任せたから」と、萩本にとっては何物にも変え難い信頼の言葉を得ていたこともあって、一瞬のひらめきから「スグにでも番組化できる」と自信を持った萩本と、1981年の春改編にも間に合うかというフジの具体的思惑が一致したことから番組は開始された。
フツオ(普通の子) … 長江健次 キャラクターは、どこにでもいる普通の高校生。
ヨシオ(良い子) … 山口良一 キャラクターは、メガネに青の学ラン。
ワルオ(悪い子) … 西山浩司 キャラクターは、リーゼント頭の不良少年。
三人の息子役は一般オーディションで選出された。オーディションが終了した時点では、普通の子に山口良一、良い子に西山浩司が選ばれており、悪い子は該当者無しで、長江健次はオーディションに落選していた。悪い子の配役が決まらず困っていたスタッフがオーディション会場に居残っている長江を見つけて、配役を変えて試したところしっくりきたため、上記の配役に決定した、というエピソードがある。
フツオ、ヨシオ、ワルオの3人がイモ欽トリオを結成、『ハイスクールララバイ』(フォーライフ・レコード)でレコードデビュー、大ヒットする。当時、レコードの歌詞カードに記載されていたプロフィールで、山口良一の生年月日が、他の二人より年上だったことから『不明』とされていた。
フツオ役は途中から、後藤正に交代、のちに、フッくん(沢村雅彦)、ツッくん(大野豊)、オッくん(境田晃一)の3人になった。(後にオッくんのみに)
良い妻、悪い妻、普通の妻では、「よしこ」「わるこ」「ふつこ」の三役を中原理恵が演じた。だが、当時中原が不倫騒動を起こし、萩本欽一が激怒したため途中降板した。
後に新キャラクターとして、OL3人組が登場、『よせなべトリオ』としてデビュー。歌番組に出演することもあったが、松居抜きのときが多かった(松居はデビュー当時中学生で、18歳未満の者の21時以降の就業を禁じた、労働基準法の従来規定に抵触していたため)。
フツ山(普通のOL) … 松居直美
ヨシ山(良いOL) … 生田悦子
ワル山(悪いOL) … 小柳みゆき(現・小柳友貴美) トレードマークは、黒縁のメガネにパーマ。
番組の後半は萩本が白衣姿の博士、レギュラーメンバーが門下生に扮して、テーマ自由の「良い、悪い、普通」を発表する「萩本博士の研究レポート発表会」のコーナーが放送された。 また、萩本と車だん吉が名作映画の一場面を再現して笑いをとるコントが随時挿入された。
この時期「欽ドン!」と「欽ちゃんのどこまでやるの!?」(テレビ朝日系)、さらに「欽ちゃんの週刊欽曜日」(TBSテレビ系)とヒット番組をかかえ、その合計数字から欽ちゃんは「視聴率100%男」の異名を取った。
(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より)
この番組は一世風靡しましたね。![]()
毎週楽しみに見てました。今から思えば思いっきりべたな番組だったんですが、そこが子供にはわかり易くてよかったです。![]()


