さようなら、川北監督

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伊福部百年紀で10余年ぶりに再会したばかりです。
わずか11日後。
監督はご自身の誕生日に逝った。
享年72。若いと思う。

取材以上のつきあいはしなかったものの、ネットで近況を見かける度に相変わらずエネルギッシュだと常に感心していました。
ぼくはこの10年、冬眠みたいな感じだったので、10年、いやそれ以上前に会った時の印象でしかない。
監督、小さくなったなぁ。

いまここに居ますと新しい名刺を出すと、監督も釣られて財布をごそごそ。なかなか見つからない。もういろんな人と会って名刺が切れている。
あった、あった、と最後の一枚。

娘さんがそばに居た。
以前見た写真で子供だった人だが監督に寄り添うように一歩下がっていた。家族でコンサートへいらしたのだ。
監督と同じ輪郭をした年頃になった娘さんが微笑む。そっくりだなと思った。

かつて。おまえの本は昭和のゴジラだからなぁ。
おれの話なんか要るのかよ。
嫌味を言っているのか苦笑いされているのか。平成ゴジラのの取材ではずいぶんツンツンされた。
だから相性が悪いのかとさえ思っていた。

宵闇の道すがら、打ち上げ会場への移動する中に監督が居たので、挨拶しに行く。良い機会だ。今年はいろんな人と再会した。もう冬眠を終えたい。川北さんともいろいろこれから関わっていただけたら。

監督!ご無沙汰です!
おお。
監督、にっこり。
監督の人懐こい笑顔は百万ドルだ。

今年はアメリカからゴジラが来て、良い流れが出てきましたね。
しばらく離れていましたが、日本の特撮を語り継ぎたいので、来年イベントをやろうと思います。良かったら出てくれますか? 
うん、やろう、呼んでよ! 

2時間のコンサートで疲れ切っているのが伝わって来る。
いまこんな事やってんだよ、と教えて下さる。
短い会話。あいかわらず精力的だ。
打ち上げには出られないんですか?
今日は帰るよ。うん、また呼んでくれよ。

土気色の顔をされていた。
打ち上げで監督の知人に聞くと体を悪くして入退院されていたそうだ。
あの会話が永遠のお別れになってしまった。

あの日。川北さんはゴジラファンにお別れを言いに来たのだ。
たくさんのファンに囲まれた事だろう。
会場が一体になって総立ち、ア シ アナロイ アセケ サモアイ 巨大なる魔神を讃える歌を歌った。監督も楽しまれたに違いない。

残念でなりません。
せっかく再会出来たのに。
悔しいなぁ。悔しいです。
監督、ありがとうございました。
本当に、感謝です。ゴジラを、ありがとうございました。





ゴジラ東宝公式サイト
第二回 特技監督 川北紘一氏(前編)
http://godzilla.jp/interview/1005/

マイナビニュース
最後の特技監督・川北紘一が説く平成『ゴジラ』と特撮のこれから「CGは作った人のイメージ以上のことは起こりえない」
http://news.mynavi.jp/articles/2014/10/09/kawakitakouichi/
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