ゴジラのルーツ

テーマ:
$ヤマダ・マサミ 主に仕事のブログ
$ヤマダ・マサミ 主に仕事のブログ
せっかく阿部和助のゴジラに着目したので、ゴジラのルーツを軽く探ってみました。軽く、というのがミソで、もっと深く掘り下げた話は「絶対ゴジラ主義」(角川書店/絶版)で。

ゴジラの形を決定していく人たちは、簡単に考えて次の陣容でしょう。
田中友幸プロデューサー、本多猪四郎監督、円谷英二特撮・監督(この時点で特技監督という呼称ではないので)、渡辺明特撮・デザイナー(美術監督の事を指す)、利光貞三特撮・造型技師(そういう呼称はなかったが)、それと宣伝部、さらに重役たち。
おそらく、ある程度の形を、主要メンバーでどんどん決めて、あとは造型に任せるしかなかったと思います。

次に、参考にした資料を考えます。
前年のハリウッドの「原子怪獣現る」のリドサウルス。
チェコの画家ブリアンの恐竜の絵。

ここから想像ですが、それぞれの経験、記憶、価値観の中から日本の風景の要素があったと思います。すなわち、
唐獅子(中国獅子)
狛犬
獅子面、獅子舞

なぜ、この辺が出て来るかと言いますと、これはぼくが気になっているからで、「絶対ゴジラ主義」にも書いたんですが、撮影が始まる前に数人の美術スタッフ(美大生が多かったそうです)が描いた絵コンテに、唐獅子に似たゴジラが居たからです。
もちろん、恐竜型のゴジラの中に、です。
意図していたかどうかは別です。ゴジラの明確な形が出来る前なので、イメージに過ぎませんが、それにしては堂々とした絵なのです。
キノコ雲をコンセプトにした和助さんの絵も、どこか、そんな感じです。
$ヤマダ・マサミ 主に仕事のブログ
$ヤマダ・マサミ 主に仕事のブログ
$ヤマダ・マサミ 主に仕事のブログ

日本へ入って来た唐(中国)獅子が狛犬になります。沖縄のシーサー(獅子さん、と言う方言)と同じ、日本の獅子(狛犬)は阿吽の表情で2匹、対になりました。
装飾に使われた唐獅子、神社の門番になった狛犬、神社に奉納された獅子面(神楽で使う)、祭に使われた獅子舞、どれもルーツは同じでしょう。
アフリカのライオンを狩るのがエジプトの王の力。それがヨーロッパで獅子の彫刻、装飾となり、その西洋獅子がシルクロードを通って、中国で唐獅子と呼ばれるものとなり、日本独自の形に昇華したのです。

日本の獅子は、架空の生き物のように自由なデザインになりました。なんせライオンを見ていないのですから、まさに怪獣です。
神話に八岐大蛇を創造し、江戸時代には地震を起こす地下の大鯰や、怪獣のような鯨を描いているくらいですから、日本人は想像力が豊かなんです。北斎の絵を見れば一目瞭然です。

そして、話を戻すと、和助ゴジラは、まさに人間の顔。
歯はキバでなく、平たく、柔和に見えて、瞳は奥目でうかがい知れない眼差しですが、あざけ嗤っている顔です。
おそらく、これは怖すぎるんです。
もうちょっとどうにかしてよ! という宣伝部員の声が聞こえそうです。
唐獅子ゴジラを描いた人は、日本的な生物という意味合いと、和助さんのゴジラを根底に据えて、あんな風にしたんでしょう。
利光さんの雛形ゴジラもすごい迫力で完成しましたが、唐獅子ゴジラもれっきとしたゴジラのルーツです。

そういえば、「ゴジラ」の劇中の起源は、水爆実験のあったビキニ環礁から大戸島までやってくる古代生物でした。
ゴジラは山根博士に言わせると、「海棲爬虫類から陸上獣類へ進化する過程の生き物」です。
大戸島では、時化の晩に若い娘を沖へ流してゴジラへ捧げていました。神楽を舞って、ゴジラの怒りを鎮めていました。
ゴジラは、生物であり、生物を越えて神に近い存在でもありました。
そこが面白いんです。
天狗の面をつけて神楽を舞う島民の描写に、やはり物語の深さを感じるわけです。
AD