逃亡者

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オウムの高橋容疑者が連行されるときの、下を向いた顔でちらっと上目遣いして辺りを伺う一瞬の顔に、あの「逃亡者」のリチャード・キンブルを思い出してしまいました。
犠牲者が出ているのに、不謹慎な話でゴメンなさい。
ぼくは法を破るつもりはないから逃げる事は有り得ないと脳天気に思んですが、冤罪は誰にでも可能性がないわけじゃありません。
小児科医だったキンブルは、正体を隠して彷徨います。時にドブネズミのように逃げ惑う。人を信じる事が出来ない逃亡生活。
周囲を見張る神経質な目つきの反面、隠しようのないインテリジェンスを感じさせます。子どもへ向けた優しい眼差しも同じ人間のもの。
冤罪事件だから当然、本質としては、殺人と縁のない医師の、崇高な精神も描かれました。
警察から逃れる卑屈さと相対するのは、無実を証すための真犯人捜しに見られる強靱な気力。とても、複雑な人物でした。

高橋容疑者はキンブルと同じじゃありません。犯人そのものですから。
キンブルが、逃げる先々で困った人を助け、そして用心深く逃げる。その救いのない後ろ姿が、子ども心に怖かったものでした。出口の見えない恐怖ですよ。
実は悪夢を見る事があるんです。何物からか、逃げる(笑)。
何から? かは、分からない。権力なのか、宇宙人なのか、殺人者なのか、さっぱり分からないが、逃げるんです。
夢の中ですから、SF的なものです。例えば、こんな感じ。

高度成長期。ぼくが生まれた頃、中延という町の商店街にある懐かしい中華屋の前。そこが我が家でした。入ってみるとまだ工事中。つまり、両親がここへ越して来て商売を始める直前。
現在のぼくより年下である当時の両親は、今のぼくが行って、この姿を見て、理解してくれるだろうか?
工事をしている人に聞くと、親たちは、母の実家の方にいるらしい。都立大学と自由が丘にある柿の木坂です。
そこで田園都市線に乗ります(現在の大井町線)。

次の場面で、戦時中の母の実家の前に着きます。
どうして戦時中かと言うと、親を捜しているぼくは、不審な男たちと目が合って逃げるんです。連中は、憲兵ですよ。こりゃ、マズイ。
現在の格好をしている人間を、戦時下の憲兵が見過ごすはずはない。
何故か場所はいきなり五反田なんですが。ともかく、逃げる。
逃げて、逃げて、やっと元の母の実家へ辿り着く。ぼくは行った事がありません。
いや正確には覚えがない。
母がぼくを身ごもった頃、祖父が部下に社判を使われ、責任をとって屋敷を処分して、中延へ移って、養子に入った父が始める中華屋で、ぼくの1歳からの20年は始まるのでした。
つまり、1歳の頃まで、柿の木坂に居たのですが、家の感じはまったく記憶にない。
それなのに、夢の中で、屋敷の前に来た時、あ、ここだ!と思うんです。

そして、両親よりも、祖父に逢いたい。そう思うと矢も盾もたまらない。
ぼくはおじいちゃんッ子でしたから、もう、そわそわです。
玄関に出て来たのは、なんと、幼少期の母ですよ。
おさげの女の子。一目見て、母だと分かる。
これはたまげます。
一応、上げてもらうんですが、肝心の祖父は居ない。
子どもの母に説明なんて通じません。
で、憲兵がここまで捜しに来るわけです。屋敷の2階へ上がって、どこからか脱出出来るはずだと出口を捜す。そこまで。
やな夢でしたが、子ども時代の母に逢えたのだから、良しとしましょうか(笑)。

出来れば、逃げる人生なんてなりたくありません。現実では、身が保たないと思うんです。$ヤマダ・マサミのブログ
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