スペル星人

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まどろっこしいから書いちゃいますが、個人依頼で作っている宇宙人Sは、スペル星人です。
写真は載せません。厳密に言えば、顔は依頼主が作ったもので、実際、体もそうでした。顔を残して手を入れていき、最終的に顔のバランスに合わせて手足体を伸ばしたので、元型は作者に申し訳ないながら芯になってしまいました。
これは、先に頼まれたウインダムと同じ流れで、やはり作り手の解釈で、この方が良いとか、こう作らないといられないとか、個性や狙いがそれぞれにあるわけです。
任されたら、最後まで自分の解釈で作らないと仕事への礼を欠くことになりますから。

ぼくの場合、S字曲線は無視出来ません。人形は掌へ乗っかってしまうので、映像や写真の形を再現しただけでは印象が弱いんです。
デッサンの問題でもなく、人形としてしっくり来るかどうかが、まずあります。
せっかくの元型があっても、納得行く形を出すのに、盛って削って、手を入れてしまわないと先へ進みません。
だんだん自分の求めている形へはまってくると、仕上げが近づくわけです。
その分、時間がかかります。仕事へ時間をかけるのは身銭を削る事になります。納得行くかどうかの瀬戸際なので、簡単に終わらせられないのです。

しかしながら、結果として顔をいじっていませんから、全体として自分でやったという感じのしない不思議な感覚でもあります。かといって、もっともこだわって再現したつもりでもあります。
こういう仕事も、在りなんでしょうね。完成のお手伝いです。



スペル星人は、何度か作った事がありました。
70年代後半に、ポピーがウルトラマンを出した時に、改造してみました。
なんと、ラテックスを使ったんです。どうやったかよく覚えていません。力技です。ウレタンを張って肉厚を出して、ラテックスを塗りました。
その頃、ラテックスを覚えて、少し経ってから50センチくらいのゴジラなどを作り始めた頃、スペル星人の頭部だけそのサイズで作ってみました。卵くらいの大きさ。体は作っていません。
あろうことか、ポピー改造スペル星人の体へその頭をかぶせて、写真を撮った事がありました。80年頃です。
それからしばらくなくて、数年前、ある人の依頼でマルブルタイプで作りました。
今回で4回目です。

スペル星人の資料はあまりありません。
(1)高山良策さんのアトリエで造型スタッフが入ったもの
(2)東宝ビルトの裏で講談社が特写、権田記者が入ったもの
(3)撮影スナップで、スーツアクターの中村晴吉さんが入ったもの
主に、この3種類です。
撮影後のアトラクションのスペル星人はとうに崩れて、見本にはなりません。今回は考えない事にしました。

造型スナップは、なるほど、出来たてでシワもなくて、綺麗です。造型コンセプトがはっきり出ていて、丁寧な仕上がりでした。
白は少しにごった感じのスプレットサテンの色、そのままでしょう。
この塗料は現在生産していません。建築資材のようです。
ラテックスに混ぜて、高山さんは使っていました。
キングジョーなどのパール塗料も同じメーカーです。
ラテックスの地色が飴色なので、白を混ぜるとクリームみたいになるんでしょう。
その上に筆で丁寧に墨入れしたりハイライトや色の配置を画家の感性でぽんぽんとやっています。
講談社の「ウルトラセブン」の写真集に載っている、白いテペトの色遣いが、まさに高山さんの筆の色です。当時の絵画の個人作品はあんな感じでした。
ただそれは、映像には弱いとの判断で、現場で塗られてしまう事も多かったようです。

権田記者が入ったスペル星人はたるみがあって、手首の切り込みも広くて、全体にシワがあります。撮影の後なんだと思います。
いくらなんでも、撮影の前に、撮影の部外者を中へ入れはしないでしょうから。
そして、本命の撮影スナップ。さすが、指の先にも力が入って緊張感があります。
スーツアクターは、ブースカも演じた人なので、やや可愛らしさが動きにありますが、それでも悲劇の宇宙人なので、哀愁が漂います。
造型スナップと違うのは、腰の電飾でしょう。血管を表すビニールチューブが何本かあり、映像では血しぶきが吹いています。



ぼくは同人誌の頃は「遊星より愛をこめて」はだいぶ気にして特別扱いしていました。
だんだん歳を重ねると、やっぱり1人でも嫌がる人がいたら考えるべき要素はあると思うんです。
核兵器、放射能の問題だけでなく、ケロイドは、その経験のあるすべての人にとってイヤな表現ですよ。

ぼくも子供の頃に湯たんぽで出来た火傷が、足首にあります。ほとんど分かりません。自分で、ここだ!と思うわけです。
怪我で出来た小さな傷はたくさんあります。致命傷となる痕はありません。
なので、コンプレックスを感じる人の気持ちの100万分の1も分からないと思います。
しかし、イヤだなと思う人がいるとしたら、その人の気持ちを理解しようとする努力はあっても良いのです。

実相寺さんはエリートだから、引け目って感じた事のない人生だったんでしょうね。いや本音は分かりませんけどね。
外観の引け目はともかくとして、精神的なコンプレックスのある自分には、実相寺監督は眩しい存在でした。
スペル星人の話をした事はなかったんですが、著作「闇への憧れ」を書いた時代の監督は、怪獣の造型に失望していたので、「ウルトラマンダイナ」の頃に、改めて聞いてみたら、「若かったから」あの良さが分からなかったんだな、と述懐されていました。
ガマクジラもシーボーズも、メトロン星人も哀愁を帯びて、ちょっと滑稽で、可愛いところがあります。それが人気に繋がったと、監督は照れながら認めていました。

ぼくは子供の頃に大好きだったウルトラ怪獣を、当の監督が気に入らないと書いた、高校生の頃に読んだ「闇への憧れ」に、とても肩すかしを食らっていたので、やっと溜飲を下げた気がしました。
そう言う言い回しはいかにも対等なニュアンスなんですが、トンデモナイ。
コンプレックスの塊である自分が面と向かって、監督、どうなんですか!と詰め寄ったんだと思いますね。あれは、自分の想いをかけて、対決したんです。

そんなわけだから、スペル星人だって、巷間伝わる幻の欠番、悲劇の宇宙人、被害者、怨念めいたイメージよりも、実際、自分の星の仲間を救うために地球へ派遣された勇者の1人と思うところがありました。
人間体で集まっている風景は、おどろおどろしく気持ち悪いんですがね、百窓を割って出現したスペル星人の勝ち誇った態度はカッコイイんです。

ウルトラセブンがいなかったら?彼らは復讐が出来たでしょう。
悪いのは地球ですからね。大団円なわけがないです。

百窓は、国際放映のテレビ特撮の美術のバイトに行く時、目黒からバスに乗って成城学園へ行く途中で、バスの窓からいつも見ていました。
壊す前に写真を撮っておけば良かったですよね。
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