ウルトラマンのオモチャの頃

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66年に怪獣のソフビ(ソフトビニール人形)が登場するまで、マーチャンダイジング(商品化権利)の観念は、あまりなかったようです。
64年にテレビで始まった「鉄腕アトム」でさえ相当数の商品が出ていましたが、売れたのは、「ウルトラQ」「ウルトラマン」の怪獣ソフビで、桁違い、社会現象になりました。
怪獣以前は、ダントツで、グリコです。キャラメルやチョコのおまけです。
玩具やグッズより安く、たくさんのグッズが手に入ります。「鉄人28号」のシールや塩ビの小さな模型を集めたものです。
「鉄人28号」を放送した<グリコ劇場>の枠は、「遊星少年パピィ」「遊星仮面」「ロボタン」と続いて、ぜんぶグリコの商品が出ました。
同じように、森永が「鉄腕アトム」や「宇宙少年ソラン」「狼少年ケン」をおまけに使いました。
丸美屋のふりかけの「エイトマン」や「スーパージェッター」のシールも記憶にあります。
しかし圧倒的な存在感は怪獣ソフビでした。
儲かったのはオモチャ屋さんです。350円の人形が月産100万個。いくらですか、年間。
その頃の「ウルトラQ」「ウルトラマン」版権の窓口はTBSだったり、毎日放送だったり、円谷プロだったり、はっきりしなかったようです。
大阪に本社がある武田薬品がスポンサーだったので、大阪ロケもやりました。大阪のシスコは、東京の窓口を使っていないと思います。
東京では、TBSへ話を持って行く場合が多かったようで、そのまま依頼されて、TBSビデオサービスが絵を描いて、どのメーカーも同じ意匠のウルトラマンの絵が使われます。
シスコの絵のタッチが大きく違うのは、大阪の絵描きが描いたからでしょう。
TBSビデオサービスの河島治之の絵も素晴らしいが、シスコの絵も味があって好きでした。
あと、ショウワノートの表紙を書いた梶田達二の絵も大好きです。

マルサンは、東宝で先にゴジラのプラモデルを出しているので、局へ話を持って行かないで円谷プロへ直に契約を持って行ったと推測しています。
版権窓口のねじれが生まれて、やがて、増田屋などの版権表示は、TBSの刻印を潰す結果になりました(初期は、マルCがTBSでした)。
やがて、マルCは円谷プロに統一されます。
マルサンが先見の明があったのは、スタンダードサイズの怪獣ソフビを独占出来た事でしょう。増田屋の方が先に商品を出しているのに、手踊りよりも足のある怪獣ソフビの方が子供の遊び勝手が多かったのです。
ウルトラマンがブームになったのか、怪獣玩具がブームになったのか、それくらい、商品が売れました。

写真は、シスコのパッケージ。それと応募券を集めてもらえた科特隊の流星バッヂ。同じ型の商品が駄菓子屋で売っていました。
それも大らかな話ですよね。シスコの方はメッキです。しかも、裏の留め金は金属です。
マルサンとシスコは子供の憧れでした。
$ヤマダ・マサミのブログ
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