ウルトラマンの顔

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66年の放映前の5月、「少年マガジン」の表紙を飾ったウルトラマンは、なんとも怖い顔をしていました。
怪獣ネロンガを相手にした宇宙の怪人。顔は怒っているんだか笑っているんだか、不思議な表情。
その頃、まだ「ウルトラQ」が放映中でした。
「ウルトラQ」と「ウルトラマン」が同じ製作会社によるものなんて、幼稚園には分かりません。
ただなんとなく同じ世界観にあるようで(世界観なんて言葉も分かるはずもないが)、きっと怖いと信じ込んでいました。
ぼくは恐がりです。
そのくせ、恐い物に惹かれます。
まず「ウルトラQ」が怖かった。怖くて、ちゃんと見ていられない。
8つ下の妹が出来るまで一人っ子だったぼくは、両親が階下で中華屋を経営しているので稼ぎ時である夜はほとんど一人で過ごさねばならなくて、可哀相に思った両親はさまざまな本や玩具を買い与えてくれたのでした。
怖い番組「ウルトラQ」はだんだん正視出来なくなってきて、途中からカーテンに丸まって隙間から見ます。
「悪魔ッ子」の時は、麻疹で寝ていて、うなされながら布団の中から見ています。
よくそんな記憶があるものだ。いえいえ、5歳くらいの記憶はけっこうあるんですよ。
東京オリンピックの時に商店街でやった盆踊り大会も覚えているし、品川公会堂でやったお遊戯会で近所の女の子とシェーのポーズで写真を撮った事も覚えています。
こと怪獣は、人形や図鑑を買ってもらえるので記憶が鮮明でした。
ウルトラマンは、放映前に人形をもっていました。そうなると番組が待ち遠しい。
人形は、写真の怖い顔と違って、微笑んだお地蔵さんのようでした。
放映が始まって見慣れてしまうとたしかにウルトラマンの顔は怖くない。
実際、途中から、樹脂製の顔に変わります。
最後の方では、笑みを浮かべた顔になるんです。
2度目の怪獣ブームの時は小学校も高学年。
すっかり情報通になったぼくは、ウルトラマンの初期のラテックスの顔を「変な顔」だったと怪獣博士ぶりを自慢します。
その興味の幅は、仮面ライダーの覗き穴へ移行するんですが、またそれは別の話。
それから5年後、高校生になると、怪獣の同人誌を始めます。
もう、ダメな将来へまっしぐらでした。
その頃、なんと「ウルトラQ」「ウルトラマン」の再放送をフジテレビが始めました。
必死に目に焼き付けて録音します。家庭用ビデオデッキが出始めた時期で、上映会で知り合った仲間が録画したものを見せてもらうのも楽しみでした。
ウルトラマンの顔が変わるのはいつからだろうとチェックをして、79年に出した同人誌で、3つの顔を明確にしました。
すなわち、Aタイプ(1~13話まで)、Bタイプ(14話~29話まで)、Cタイプ(30~39話まで)という区分け。
なんでそんな風にしたかと言うと大きな意味はない。前期、中期、後期でも良かったんです。
その頃、熱帯魚を飼っていて、学名の末に<U-1>などと付く事があって格好良かった。アンノウン(よく知られていない)の略です。
学がないので、横文字が面白かったんですね。
ライター師匠の安井さんが後に商業誌にその区分けを書いて世に広まりました。
そんなわけで、マニアの間では、ウルトラマンといえば、どのタイプの顔(や体)が好きかとの話題が出ます。
ぼくは3つとも好きなんですが。
どうして型が違うのか、成田さんに聞いたら、知りませんと言う(笑)。
と言うか、反対に、どう違うんですか?と逆に聞かれる始末。
そこで、唇の幅や頬のあたり、目の角度や大きさや、鶏冠と耳の角度・・・などと僭越ながら教示するんですが(笑)。
割とスタッフには気にならない事なんです。

<ウルトラマン神変>をイメージして作った顔は、Bタイプを基調に、AとCを採り入れています。でも折衷ということでなく、優しい顔、格好良い顔、形の面白さを感じさせる顔を目指したら、そうまとまって来たのです。
模型的には中途半端なんですが、好きに作るとこうなったという感じです。


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