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東京は雪で動脈が大混乱になる。電車もホームを行きすぎてしまうし、車は相当に危険になります。歩いていても滑って転んで怪我を負う。
そんなだから雪は降らない方が助かります。
雪はやんでくれたようですが今度は溶けた雪で足下が大変な事になりそうです。凍らないだけ助かったのか、どうなんででしょうか?

雪といえば、父の田舎が新潟です。ほとんど行った事がありません。
母は養女で本家へ来たので東京育ちですが、直系を遡ると富山の方だと言います。両親ともに雪国の血なのに、ぼくは寒さにはさっぱりです。
本家はずっと東京で、江戸時代の中期くらいまで家系図があって、東麻布で米屋をやっていたそうです。祖父が若い頃、博打の形にして取られてしまって、菩提寺だけが麻布台にあります。
東京タワーまで歩いて3分の距離でいつも法事がありました。
そんなわけで子どもの頃見た怪獣映画で東京タワーが出ると興奮したものでした。

父が帰郷しないので、ぼくには新潟への思い出はあまりありません。
幼稚園から小学校へ入った頃なのか、真冬の新潟へ行った際、市内のプラモデル屋さんへ寄った記憶があります。積もった雪が2階までの高さで驚きました。
そのプラモデル屋さんで、マルサンのペギラのプラモデルが売っていました。
めざとい子どもだったので、東京にないものに敏感です。ペギラのプラモデルくらい東京でいくらでもあったんでしょうが、たぶん新製品だったのでしょう。ひどく驚いてねだったのです。
もちろん旅行先でプラモデルのしかも大きな箱の電動怪獣なんて買ってくれる親はいません。だいぶねばりました。
その時のペギラの迫力たるや。
なぜ印象的だったかというと、「ウルトラQ」が始まる直前の65年末に都内のデパートで「ウルトラQ」のフォノシートが発売されました。
その中にペギラの話があったんです。
放映前に南極の怪獣ドラマを楽しんだわけです。ぼくは恐がりだったので、ドラマの臨場感に圧倒され、プレーヤーの前に釘付けになりました。
それからテレビでドラマを見て、マルサンや増田屋のペギラの人形を買ってもらいます。
プラモデルは、完成させられないので、滅多に買ってもらえません。ゴジラと鉄人28号は、小学校時代に組み立てましたが動いた試しがありません。
ま、幼稚園の子どもならソフビが適当でしょうね。
そんな流れで、新潟で新製品のペギラのプラモの箱絵を見かけてドキドキしたのでした。
雪の思い出にふとそんな昔の光景が重なります。
画像は、マルサンのプラモデルの型を使った海外のプラモデル。マルサンの箱絵をそのまま流用しています。
あまり寒い雪の夜はなんだかペギラが来ているような気がした子どもでした。



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