• 24 Jun
    • 手術日決定

      本日は外来デー。 手術日程を告げられました。 7月4日です。 アメリカでは独立記念日ですね。 ま、関係ありませんが。 日程が決まったこともあってか 今日は、採血、心電図、肺活量、CTと検査も盛りだくさん。 中でも気になるのはCTの結果ですがもちろん今日は出ません。 けれど、採血のデータにはほっとさせられました。 以前から抗がん剤のダメージを指摘されていた私の肝臓。 治療中断し、回復期間中のデータでは ガンマGT(基準値9~109)の変遷は 5月24日 444 5月31日 202 6月24日 77 炎症を表すCRP(基準値0.0~0.3)は 5月24日 6.8 5月31日 0.8 6月24日 0.1 この炎症の値、私を苛んできた痛みの原因じゃないかと疑っておりまして それが下がったというのはまことにめでたい。 なかなかいい感じで回復しているようです。 MRIでは腫瘍の退縮が確認できましたが CTや内視鏡でもいい結果が出れば 理想に近い形で手術に臨めます。 去年8月以来1年に渡って続けてきた抗がん剤と放射線。 快適な1年だったとはとても言えません。 殊に放射線は地獄の日々でした。 けれどそれも終わり。 すべては7月4日、この日のために。 成功するのかしないのか。 それを知るのは神様だけです。 今はあれこれ考えるても意味はなく、 粛々と受け入れるだけです。 成功するとイメージすることが大事だ。 近頃仕入れた情報はすべてこう言ってます。 それはそうなんでしょう。 プラセボ効果だって立派な効果。 これで一気に完治なら がんにかかったこともいい経験だったねと笑える日が来るかもしれない。 そう思っていればいいんでしょうね。 ↓何か感じたらぽちっとね にほんブログ村

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    • 車が欲しい

      最近はストイックな生活とか 老後のことを考えたぎりぎりの生活とか あまり考えないようになりました。 人には人の事情がありますから 無論その考え方は人それぞれ。 私は、独身者ですので生への執着や家族との絆、しがらみなども希薄です。 だからこそ、欲しいのが生き甲斐! なんですが、今からなかなか見つかるものでもありません。 特に治療中で、治療後の道が完治なのか再発なのか まるで分かりません。 医師に聞いても決して言わない部分ですが 私の体に起きている状況、現代のがん医療データなどを 私なりに総合的に判断すると50%50%だと見ています。 医師に正直に言わせると甘い数字だと言われるでしょう。 けれど、そう思いたい。 どっちに転ぶか分からない人生。 確立はフィフティフィフティ。 いいじゃないですか。 なかなかドラマチックな人生ベースですよ。 その中で何をするのか。 実は大きな目標があるのですが 実現不可能に近いので今は公表しません。 興味を惹かれるものすべてに思い切り惹かれたい。 言わば、快を求めるということですね。 がん患者にとってこうした生活姿勢がいいのには 信頼できるエビデンスがそろっていますから 正しい、方向だろうと思います。 さて、現在の私の興味。 車なんですよ。マツダロードスターです。 先日試乗に行ってきました。 最高! いいね、この車。 2シーターのオープンカー、 荷物はほとんど積めないに等しい。 本来の機能を果たせないアソビ車なんですが 欲しい。楽しいですよ。 これで運転して全国を回ってみたい。 そんな夢を一つ持ちました。 けれど東京都民にとって車を持つこと自体が贅沢行為ですからね。 おまけにそんな経済力は私にはありません。 その上に役に立たない車となれば 思いつきで手に入れる訳にもいきません。 でも、欲しい。 中古でいいから欲しい。 こんな感じで 欲しいものあれこれ考えて、未来生活を想像することは とてもいいことなんですよ。 ワクワクする気持ちががんをやっつける。 と、ストレス研究者の間では言われておったりしますなあ。 中古なら買えるかも。 中古でもワクワクするのかな。 今週末、また見に行ってこようと思ってます。 ↓何か感じたらぽちっとね にほんブログ村

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  • 19 Jun
    • キラーストレス(NHKスペシャルから)

      昨日と今日、2回に分けて放送された NHKスペシャル「キラーストレス」 大変興味深く観ました。 ストレスが蓄積していくと人の限界を越え やがて命をも奪うキラーストレスになってしまうということ。 (キラーストレスという言葉自体は番組の造語である気がしましたがよくわかりません。) なぜそうなるのか、 その対策はあるのかが 番組主旨でした。 ざっくりまとめると 人はストレスを感じると まず脳内の扁桃体が反応します。 すると副腎からストレスホルモンが分泌され 心臓の鼓動を早めたり、血管を締め付けることで 血圧を高めます。 こうしたストレス反応は狩猟時代 人が生きていく上で必要なことでした。 その頃は、危険が迫るなど必要な時にのみストレス反応が起き 危険が去ると元の状態に戻っていました。 ところが現代社会の中では 人はストレス源にやむことことなく 晒されるようになりました。 ストレス反応が 絶え間なく繰り返されることによって 体内に蓄積されていきます。 こうして過剰になったストレスが がんの免疫力を削ぎ落としたり 動脈出血を起こしたりと 致命的なダメージを引き起こすのです。 これが番組の問題提起でした。 私はがん患者ですので こうしたことをがんと結びつけて考えます。 がんを体内に持っているということ自体 ストレス源です。 命の危機に晒されているという意識からくるストレスは強烈です。 さらに、長くつらい治療。 私の場合で言えば直近の抗がん剤と放射線治療から来た痛みが そうでした。 突然やってくる痛み。 当初はトイレで雄叫びを上げる位しか 対処法がなく、なんとか収まるまで一ヶ月半かかりました。 その時のストレスはあまりに強烈で 脳が破裂するかと思った程です。 番組内でも触れていましたが これに拍車をかけるのが、記憶力と想像力。 つまり、痛みが去った後でもその記憶でストレスは去ってくれない訳です。 また次に痛みが来るだろうと考えるとそれがまたストレスになります。 痛み自体はあったりなかったりしても ストレスは持続する状態です。 結果、ストレスが蓄積され 免疫力低下を招くという悪循環。 がん患者のストレスとはこういう物だと思います。 こうしたことにどうすればいいのか。 番組の後半ではその対処法に主眼が置かれていました。 紹介された方法は3つ 1)運動 2)コーピング 3)マインドフルネス 中でも 2)のコーピング。 これは面白いと思いました。 自分が落ち着けること、ストレスから解放されることを 自身の経験から100個書き出しましょう、というのです。 木に触れてみる 猫の肉球に触る 化粧にこだわる 本格カレーを作る 空を見上げる ・・・・・・・・ どんなしょぼいことでも構いません。 質より量なんだそうです。 何かストレスを受けた時、 書かれたリストを見て そのストレスを少しでも解消してあげる。 とにかく溜めない、蓄積しない。 受けたストレスはその場で解消。 また、ストレス解消を意識しながらすることが有効何だそうです。 ストレス反応の大元は脳内の扁桃体という部位です。 この部位が肥大しているとストレス反応も大きくなります。 ところが、コーピーングを意識する習慣をつけることで この扁桃体が縮小するというのです。 う~ん、本当だとしたらすごい。 私も早速トライしてみようと思いました。 最初に思いついたのが晩酌。 いやー、アルコールはダメでしょう。 今、断酒してるってのに。 という訳で簡単そうで難しいコーピングですが やってみる価値はありそうですよ。 ↓何か感じたらぽちっとね にほんブログ村

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  • 18 Jun
    • 3年ぶりのカルビ

      3年前がんの罹患が発覚してから 肉を断ってきました。 無論付き合いということもありますから 完全菜食主義者になった訳ではありません。 けれども、焼き肉パーティーなど 肉~!という機会は遠慮してきました。 ここで、現在の私の状況を簡単に。 昨年7月に再発発覚して以来、再再発防止と縮小手術のために 1年間かけて術前補助化学療法を受けて来ました。 その結果、65キロあった体重が57キロまで減少。 これがどういうことかもう少し具体的に 説明すると まず外見でやせ振りが分かります。 久しぶりに会った知人が間違いなく言う台詞が 「やせた?」 この言葉、何度聞いたことか。 さらには筋力、持久力の低下。 65キロ時代は駅の階段の2段上りが習慣でした。 日頃の運動不足を意識していたからです。 それが今は最後まで昇りきることができません。 それどころか、歩くのさえつらい日があります。 5月半ばに術前治療は終えましたが それを機に一応出社しています。 朝はまだ大丈夫なのですが 夕方頃になると疲れがものすごい。 大体5時頃には無断早退するのが日課になってしまいました。 しかも電車帰宅がつらい。 今月に入って2度タクシー帰宅をしています。 私は放射線治療をしていますから 手術後の回復が悪いとされています。 体力が低下したままの手術は回復が遅いこともさることながら 合併症のリスクを高めます。 私はこれが怖い。 初発の手術でひどい目に会っているので あの時以上のことが起きるのはさけたい。 という訳で現在は体重回復に努めております。 そのため、あれほど避けていた肉も解禁しました。 そして昨日の会議終わりでそのままランチ。 焼肉店に入りました。 頼んだのはカルビ重。 3年ぶりのカルビ肉です。 やっぱりうまいな。 美味しいと食欲も進みます。 57キロに落ちた体重、現在59キロにまで回復。 とにかく絶食に耐えられる体にしておかなければならない。 あと2週間でどこまで回復できるか。 勝負! 美味しいものもりもり食べて 階段も駆け上がろう。 ↓何か感じたらぽちっとね にほんブログ村

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  • 15 Jun
    • がん予防とがん治療

      食事療法関連本にに必ずと言って良いほど 出てくるデータがあります。 デザイナーズフーズ・ピラミッド 出典:アメリカ国立癌研究所 上位にランクされている食品ほど抗がん作用が強いという表です。 でもね、何かおかしいと思いませんか。 これが発表されたのは1990年。 今から26年前のことです。 そのデータが、現在の最先端と言われる食事療法研究本に 何の更新されることもなく重要な資料として使われている。 一方、薬剤の方はどうでしょうか。 これまでの抗がん剤に対し、がんに関係する分子を標的賭するため 副作用の少なさで注目された分子標的薬。 イレッサ(肺がん)の承認は2002年。 ゼヴァリン(悪性リンパ腫)は2008年。 アービタックス(大腸がん)は2008年。 アバスチン(大腸がん・乳がんなど)は2013年 免疫療法の分野から夢の特効薬と注目を浴びた 免疫ブレーキポイント阻害剤オプジーボ。 メラノーマに承認されたのが2014年 翌15年には肺がんにも承認されました。 ※以上日本における承認年度 ここに挙げた例はもちろん一部に過ぎず、さらに 承認を待つ薬剤群が厚生労働省の前で列を作っているのが現状です。 体を作るのは無論食事です。 一方、即効性を伴ってがんを治すのは薬剤です。 大雑把な言い方をすれば がん予防は食事の習慣、 がんの治療は薬剤、 ということになります。 しかし、その研究規模の差は 比較にならないほど開いてしまっています。 それは冒頭で述べた事実にも現れています。 デザイナーズフーズ・ピラミッド 26年も前の研究が 今もなお最も信頼されるデータとして採用されている。 しかもこれには前段があります。 ジョージ・マクガばん上院議員。 1972年にニクソンと大統領戦を争った大物政治家です。 その彼がこう言っています。 「政治家になって最大の過ちを犯してしまったよ」 彼の言う過ちとは、大統領戦出馬のことではありません。 アメリカ人の食生活に警鐘を鳴らしたことです。 当時心臓疾患による死亡者数の多さに頭を痛めていたアメリカ政府は マクガバンを中心に、 被験者3000人を調査し、 2年間かけて5000ページにわたる「レポート」を作り上げたのです。 そこには最も理想的な食事は、 日本人が元禄以前に食べていた食事であると明記されました。 そして、アメリカに蔓延する 病気の原因を肉と乳製品であると断言したのです。 これが世に言う「マクガバンレポートで」あり、 後のデザイナーズフーズの原型ともなったものです。 レポートの発表により何が起きたのか。 全米の畜産業界の強烈な怒りを買ったのです。 大統領候補にまで上り詰めたマクガバンは、 業界の圧力で政治家生命を失いました。 それが彼をして 「最大の過ちを犯してしまった」 と言わしめたわけです。 人間の健康がビジネスによって左右される。 それでもアメリカはまだいいと思います。 デザイナーズフーズの構築まで進むことができたのですから。 日本は、今もそのデータを拝借するばかり。 国レベルでの本格的な研究に取り組んだことなど一度もありません。 がん予防のための食事とはどうあるべきか。 がんに罹患してしまったらどう治すべきか。 この二つのバランスがとれてこそ本来の治療が可能になるはずです。 しかしその実態は、バランスどころか10対ゼロの比率に等しい。 もちろん巨大なビジネスが絡んでいるのが最大の理由でしょう。 だからこそ、政府の主導が必要です。 26年前、アメリカ政府が国の健康危機を打開するため行った政策。 それが今の日本に必要とされているのだと思います。 薬学ニュースは華々しく報道されます。 しかし夢の特効薬と言われた 分子標的薬も免疫ブレーキポイント阻害剤も 当初の期待に比べれば 暗礁に乗り上げているのが実情でしょう。 今注力すべきは何なのか。 がん治療は総力戦です。 一つの手法だけで治癒など望めないことは 昔から分かっていたことです。 だからこそバランスのとれた治療法を必要なのです。 そのためにはどうすべきか。 ビジネス主導であったがために 混乱の域に入ってしまった研究システム。 これを見直すことです。 その意味ではがん対策基本法に多いに期待しています。 これを、あと一歩、二歩、いや三歩進めれば 現代日本版のデザイナーズフーズが構築できるはずです。 現在の薬剤開発にかける費用と設備を使えば 26年前のアメリカなどより遥かに制度が高く 効力がある物が。 エビデンスがないに等しい、仮説岳に頼った現在の栄養学では あまりに心もとない。 さらに、巨額の費用をかけて世に出た薬剤達の 効力もこれまた心もとない。 繰り返しますが重要なのはバランスです。 がんのような複雑怪奇な病に たった一つの薬剤だけで対抗しようとすること事態に無理がある。 専門家の先生方、政府のお偉いさん がん撲滅は日本を救う道でもあるのですよ。 どうか本気で取り組んでいただきたい。 一がん患者の願いです。 ↓何か感じたらぽちっとね にほんブログ村

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  • 14 Jun
    • 医師を信頼するということ

      今日外来に行ってきました。 元々予定にはなかったのですが 痛み止めが減ってきたのと 先週受けたMRIの結果を聞きたかったからです。 この、予定外の外来、 僕はよく行きます。 特に現在の病院に転院してからしょっちゅうです。 (現在の病院は2院めです) 予約なしでも受け付けてくれるんですが 一応、目的を話しておきたいので 前日に電話をするのが習慣になっています。 先生につながればラッキー。 不在であっても看護師の判断で受け付けてくれます。 しかも、どうぞいらしてください、というような 優しい言葉で。 サービス業とは、職業のカテゴリーではなく 実はこうした個別の人間が生み出すものなんだな などと考えてしまいました。 何はともあれ、検査結果を一刻も早く聞くため 朝一番で診察室に飛び込みました。 結果は 「縮小してますよ。」 夢に見る程待ち焦れていた言葉でした。 冷静を装ってはいましたが内心では パリのオペラ座でスポットライトに浮かんだような 万来の拍手を浴びているような そんな気分でしたよ。 もちろん、実際は狭い診察室におじさんが二人いるだけです。 けれど私は確かにオペラ座のセンターに立ち 私の耳は割れんばかりの拍手を聞いていたんです。 それでも、医師は医師。 くぎを刺すのを忘れません。 「退縮しているけれど理想というところまでは残念ながら届いていない。 でも間違いなくいい方向だと思います。」 残る検査は、24日のCTと来月1日の内視鏡です。 その結果で術式が決定し すぐに手術入院なると思います。 ストーマのことを考えると相変わらず凹みますが それでも、この一年間やってきた術前補助化学療法に効果があると わかれば、喜びの感情の方が遥かに強いですね。 話は痛みの問題に移りました。 お尻の痛み、一時期に比べればずいぶん引きました。 それでもまだ痛み止めは手放せません。 痛みは人間を狂わせます。 判断や感情が正常さとは明らかにずれる。 それがわかるんです。 次第に自分の感じていること自体が信じられなくなってくる。 怖いことだと思いました。 近年の緩和医療の発展は 極めて正しい医療の進むべき方向だと思います。 たとえそれが原因で平均寿命が短くなったとしても 緩和医療は人が人であり続けるための 非常に重要な医療分野だと信じます。 閑話休題 医師は、痛みの源を探るため触診してくれました。 さすがにこれは痛かった。 そりゃそうです。 一番痛いとこがどこかを探るのが目的ですから。 医師曰く 「痛みの出所は肛門というよりもっと奥にありますね。 これじゃいくら軟膏を塗っても効かない訳だ。」 ここで私は告白しました。 「今まで黙ってましたが、実は肛門科クリニックに行ってみてもらったんです。」 痛むところがおかしいと言われたこと。 痔の痛みではないこと。 従って肛門科の範疇ではない。 やるべきことは現在の病院にみて最善策を考えてもらうこと。 主治医の考えはこうです。 痛みが肛門だろうと直腸だろうと手術で切除すれば 痛み自体は根治する訳ですから、とにかく痛み止めでしのぐことを考えましょう。 抗がん剤も放射線も今はやっていない訳ですから、良くなっていくはずです。 その通りでした。 放射線が終わってから一ヶ月近く経ちますが ここ一週間ほど劇的に痛みが軽減したんです。 がんの罹患が分かって3年近くになります。 合併症もありましたから ずいぶんといろんな医師と出会いました。 医師も人間ですからいろんな考え方があります。 さらに患者との接し方にも その人の人となりが出ます。 医療は非常に高度な専門職です。 その医師の腕がいいのかどうかなど 素人の患者には分かりません。 けれど、人間性は分かります。 がん治療は長く険しい道です。 その道ともに歩む医療者に 信頼を寄せることができるかどうか、 それはこれ以上無いと言ってもいいほど 重要な問題だと思います。 初発時、私はステージⅡでした。 再発率は10%程度。 その時の主治医は「治しましょうね」と言ってくれました。 けれど、その後に起きた強烈な排便障害。 そして再発。 しかもその再発は、スケジュールに組まれた検査で発見された訳ではなく 自分の体変調を感じたため 念のため診て欲しいとこちらからお願いして見つかったものです。 そうしたことが重なると、 その主治医をどうしたら信頼できるかが分からなくなります。 だから、私はセカンドオピニオンに回りました。 その中でもっとも信頼のおけそうな先生にその場で決めました。 先ほど、腫瘍の退縮が分かった時、 オペラ座の舞台でスポットライトを浴びたようだと書きましたが あながち嘘とも言い切れません。 実際それほど舞い上がったんです。 けれどもし、信頼を置いていない医師だったら そんな気持ちにもなれなかったでしょう。 私のブログのオフ会仲間は 全員が現在進行形のがん闘病者です。 話を聞いていて悲しくなるのは、医師への不信感です。 そしてこの悩みが一番大きい。 無理もないんです。 不信感を抱きながらの治療ほどつらいものありません。 私はそんな仲間たちに声を大にしていいたい。 患者としてなすべき最大のこと、 それはすべてを任せられる医師と出会うことだと。 私にとって今回の放射線は 生まれて以来最悪の痛みでした。 もし、医療スタッフに不信感を持っていたなら 途中でギブアップしていたかもしれません。 やり抜けた一番の原因は 医師の言葉をとにかく信じたからです。 疑念を抱くことをしなかったからです。 治療は今後も長く続くでしょう。 何しろ敵はがんですよ。油断は禁物です。 それでも、不安より安心感の方が大きいのは 現在の医療チームを信頼しているからにほかなりません。 医師を信頼すること。 体を預ける人を信頼すること。 いい治療を受ける為に患者が学ぶべきことを 私はまさに今体験しているのかもしれません。 ↓何か感じたらぽちっとね にほんブログ村

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  • 11 Jun
    • 余命宣告とは何を意味するのか

      余命宣告。 時と場合にもよりますが患者やその家族からは 概ね評判が悪いようです。 人の寿命を人が決められるのか これがその理由ですが、 私たちは社会の中に生きています。 寿命の目処がつけば様々な 手続き関係に着手する手はずも付きやすい。 心情的に命の宣告という言葉を嫌う人でも 実際にはその恩恵を受けているわけです。 また若干特殊な例になりますが 生命保険には「リビングウィル」という特約が付いているものがあります。 これは患者が生前に生命保険をもらえるというもので そのためには医師による余命6ヶ月の診断書が必要になります。 医師の余命診断書とは社会的な効力さえ持つものなのですよ。 さてこの余命宣告なるもの。 実際にどの程度信用できるものなのでしょうか。 あまり信用できないところが実はいいところで これが絶対だということになったら大問題です。 そこそこに参考になる。 それぐらいがちょうどいい。 以下はあるがん種の余命グラフです。 ダヴィッド・S・シュレベール「がんに効く生活」より 生存期間中央値とは、半分の患者さんが亡くなるまでの期間のことです。 しかしながら、グラフを見れば一目瞭然ですがその形は左右対称ではありません。 全くと言っていいほどありません。 中央値より早く亡くなる人もいれば、数は少なくなるものの 何年、時には何十年も生きる人もいます。 それも確実に。 余命という言葉がわかりやすくあまりに浸透したために 患者も医師もこの言葉を使いますが 医療関係者同士ではほぼ、中央値という言葉を使います。 指針にならないからです。 余命宣告という言葉があまりに独り歩きをしてしまいました。 しかし、それは宣告ではなくあくまで情報です。 治療とは医療の結果ではありません。 患者と医療のタッグにによってもたらされるものです。 もたらされたものは余命6ヶ月が数十年に及ぶという 結果も現実にあるわけです。 余命宣告。 社会的に非常に機能する言葉です。 しかし、それが実際の命と必ずしもリンクしないこと。 患者である我々はそのことをしっかりと知るべきだと思います。 この世の中に乾杯! ↓何か感じたらぽちっとね にほんブログ村

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  • 10 Jun
    • 今日の外来、意外なとこからいい話

      化学放射線医療が終わって3週間。 通常なら体調も戻っていい頃です。 ところが私は回復基調にはあるものの未だに明日の体調が読めません。 安易な約束ができないんですね。 今日は外来。 朝起きるとまず、痛みがないかを確認するんですが 今日は、無い。 倦怠感は・・・OK 熱は・・・・・平熱 朝一番の体調は良しと判断しました。 身支度を整えて、病院まで。 通常は電車を含めドアトゥードアで40分程度なんですが 家から駅に向う途中でわかりました。 体調がどんどん悪化していることに。 特に便コントロールが辛い。 歩くと腸の蠕動運動が良くなりますから 便通が良くなるんですが、 直腸の無い私には良くなった便通を受け止める力が無い。 下半身に精一杯の力を込めるんですがそれでもダメで なんとか駅にたどり着きトイレに駆け込んだんですが 漏れてましたね。 こうした時は行動力が矮小化されます。 できればベッドにいたい。 しかし、外来を休むなんてことは 自分の首を絞めるに等しく何としてでも行きたかった。 結局、電車を諦めタクシーで横になりながら病院にたどり着きました。 問診があったのですが、しゃべるのが辛くきちんとした説明もできなかったと思います。 これはダメですね。 患者が自分の状況を医師に正確に伝えられ無いのは致命的とも言っていい。 言いたいことは山ほどあったのに10分の一も伝えられませんでした。 体調の悪さは心も衰えさせるんですね。 そして、この日はそのままMRI検査。 待っているのが辛いので、ベッドを貸してもらいました。 言われるまま、なすがままの状態で何が起きたのか今日のことだというのに ほとんど記憶に残っていません。 その後、会計し薬を処方してもらいました。 助かったのは、やはりオキノーム。 麻薬系のこの薬はよく効く上に即効性があります。 いつもより多めに5包飲んでしまいましたが 元気が出ました。 それでも、万が一を考えて帰りもタクシー。 その頃は運転手と会話ができる程に回復してました。 聞けば69歳。 年金は月16万円で月に3日働いているそうです。 そういう条件なら病気も怖くないかもな、なんて思っていたら その運転手さん立派な病気持ちでした。 糖尿病と狭心症です。 糖尿病は朝晩2回自分でインスリン注射を打ちます。 心臓には3本の冠動脈の内2本をステントで広げており 血液をサラサラにするために8種類の薬を飲んでいるそうです。 狭心症の大敵は何と言っても脂肪。 薬だけで解決する問題ではありません。 大切なのは普段の食生活。 運転手さん一人ぐらいなんですね。 「自炊ですか?」 と聞いたら 夕食を作ってくれる人を月3万円で頼んでいるそうなんです。 目からウロコでした。 その方法があったか。 自炊か外食かしか頭になかった私。 その話を聞いた途端にこの運転手さんが尊敬の対象になりました。 その後いろいろ話を聞きましたが 参考になりましたねえ。 夕食で多めに作って残りを朝食用に回すとか 予算内でメニューを工夫するとか 食療でダメなものが決まっているので 限られた食材でいかに美味しいものを作るかとか 聞いているだけで、最悪だった体調が良くなっていくのを感じました。 麻薬に頼っている場合じゃないよなあ、 この先長いし。 いろいろと考えさせられたタクシーの帰路でした。 この世の中に乾杯! ↓何か感じたらぽちっとね にほんブログ村

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  • 07 Jun
    • 痛みの原因ついに分からず

      一ヶ月間苦しみ続けた痛み。ただ黙って耐えていただけではありませんでした。 トイレにこもっては絶叫。 これは効果があり、麻薬系の痛み止めがワンサカ処方されました。 もちろん痛み止めなど対症療法過ぎず、治療できてるわけではないことぐらい百も承知。 とはいえ、病院では原因が分からんのですよ。 原因が分からなければ手の施しようも無し。手の内にある対症療法で凌ぐのみ。 そりゃあそうでしょう。 でも患者の立場としたならば原因が分からない痛みは恐怖以外の何物でもない。 治らなくてもいい。 さらに言えば、治さなくてもいい。 原因が知りたいのです。 そこで素人の浅はかさ。 ネット検索で調べまくりました。 行き着いた結論が痔。それもいぼ痔。この症状が最も近い。 その時から私は勝手に痛みの原因を痔だと決めつけていました。 医療者側から「そうだ」との一言も聞いたこともないにも関わらずです。 何しろ医療者側の言葉は「分からない」だけでしたから。これ、不安を助長させますよね。 そもそも、病院が総合病院にも関わらず肛門科が無かったのが誤算でした。 そこで私は、隙を見て近くの肛門科クリニックを受診。一通り、こちらの説明を終えた後の主治医の言葉は 「診る気がしない」 一瞬、カチンときました。それはそうでしょう。 痛みで破壊寸前の患者に対して、その言葉ですか。 もっとも人工肛門手術を控えた患者に痔の治療をすることの無意味さをその先生は伝えたかったのかもしれませんが。 それでも、せめて原因だけでも知りたかったなあ。 で、その痛みがな~んとか落ち着いてきた今日この頃またまた行ってきました。 今度はやや遠くの肛門科へ。 例によって説明をひとくさり。さらにあまりに痛すぎる痛みの原因を知りたい旨を切々と訴えました。 それを聞いた先生、難しい顔をしながらも肛門の触診をしてくれました。 先「痛いのはここですか?」私「いえ、そこは特に」先「では、ここは?」私「かなり痛いです。先「ここは?」私「うぉーそこだ!痛い!」 触診を終えた先生。診断を下してくれました。 先「痔ではありませんね」私「え!?痔じゃない?」先「痔なら肛門部が痛むはずです。ところがあなたの場合もっと奥の直腸部に痛みが起きている。直腸には神経はないので痛むはずがない」私「直腸の腫瘍が肛門の神経を圧迫している可能性は?」先「ありえない。そんな症例はない。」私「では、腫瘍が直腸周辺の神経を圧迫していると?」先「それはあり得る。けれどもそれは痔とは別物だ。」私「では結論は?」先「結論はねえ・・・・・原因不明。」 私は今回の痛みの一件で随分と周りの医療者に相談をしてきました。というより巻き込んで来たというのに等しい。 T病院の医療チーム、肛門クリニックのドクター。 私の中でこそずっと謎だったのですが今思い起こせば実は答えはとっくに見えていたのかもしれません。 「原因不明」 さらに肛門科クリニックの先生からはとうとうと説教を食らいました。 「今、それを究明する意味がどこにある?」 私の1年に渡る術前化学放射線療法。その全ては手術成功のためにありました。 大きな手術ですからトラブルはつきものです。 肛門痛、かぶれ、ただれなどなどけれどそれらは数あるマイナートラブルの中の一つに過ぎない。 病院にはとうの昔にわかっていた。肛門科クリニックのドクターにもわかっていた。わかっていなかったのは私だけ。 もちろんはっきりと病院から説明されたわけでもありません。病院は決して断言をしないものです。 けれども、私の体に起きた数々のピースを合わせれば素人の私と言えどもそのくらいのことは理解できて然るべきでしょう。 私の目は、曇っていました。 痛い!けれど原因不明。でも、それでいい。耐えしのげればそれでいい。 私を囲む医療関係者。そして私。あらゆる関係者達が目指すのは痛みの原因などではなくがんの完治なのですよ。    

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  • 06 Jun
    • がんに勝つ心

      先日以来 嘘のように痛みが軽くなってますが 今日も、ほとんど出ませんでした。 とはいえ、その恐怖は未だ心の奥底にへばりついています。 取れないんですねえ。 チクリとでもしようものなら 全身の血管が収縮します。 筋肉は硬直し、眼球はかっと見開いたまま。 気がつけば息も止まっている。 無意識にこの態勢を取っている。 つまり、これが僕が痛みを受け止める時の臨戦態勢でした。 この数日は何事も起こらないわけですが それでも体の反応ははっきりと残っています。 体がそうなら 精神はもっとだろうと思います。 「このままじゃ精神が破壊される。」 痛みに耐えかねた私が 医師に訴えた言葉ですが あながち、うそじゃありません。 それどころか真実かもしれない。 破壊された精神のまま手術に臨めますか? 手術とは 希望と絶望とを持った合わせ鏡なのですよ。 あまりに両極端な合わせ鏡。 その両方をあなたは 破壊された心で 正視することができますか? あなたをあなたらしめるもの。 それは健全でこれまでの 人生のすべてをかけて 作り上げたあなた自身でしかない。 がんは体を破壊します。 浸潤し、飛び火もします。 目に見えるほど大きくなってしまった がんという病に対して 残念ながら我々の体は 対抗する手段を持ってはいない。 現代医療は助けてくれるかもしれない。 けれど壊れた心となるとそれも無理だ。 どんなに抵抗力がついた体でも どんなに強力な医療がバックにあっても 心が破壊されていては絶対勝てない。 それががんという病です。 がん患者の分かれ目は メンタリティーにあります。 痛みが原因なら取ればいい。 家庭問題があるなら解決すべきなんだ。 仕事ならきちんと整理をするべきだ。 恋愛なら・・・・これはどしどしすべきですね。 心の傷の元。 それを一つでも多く減らす。 手術へ臨むとは そういうことではないでしょうか。 この世の中に乾杯! ↓何か感じたらぽちっとね にほんブログ村

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  • 05 Jun
    • 目指せ65キロ!

      一年に渡る抗がん剤治療と1ヶ月半の放射線治療。 この二つは確実に私から体力を奪いました。 端シンボリックなのが体重の変化。 元々の私は身長173センチ、体重65キロでした。 体重は6ヶ月間の抗がん剤治療で63キロになり そこに放射線照射が加わると、下痢と強烈な肛門痛に見舞われたおかげで 現在57キロです。 57キロ・・・・。 これで来るべき手術に耐えられるのか。 ちなみに3年半前、直腸癌の根治手術を受けた時は 術前が65キロ。 2週間後の退院時は59キロでした。 手術のために6キロ分を費やしたことになります。 それをそのまま今回に当てはめると 現在57キロですから、 マイナス6キロで51キロ。 中学以来の未体験ゾーンです。 しかもその時はせいぜい160センチに も届きませんでしたから。 私は本能に問いかけます。 「51キロで闘えるのか?」 本能が答えます。 「無理・・・・だと思う。」 そりゃあそうでしょう。 と思うどころじゃなくて、絶対無理だよ。 うまくいったとしても多分合併症の オンパレードに苛まれることは明白だ。 体力、気力 とにかく回復させなければならない。 本番まであと1ヶ月。 目指せ、65キロ! この世の中に乾杯! ↓何か感じたらぽちっとね にほんブログ村

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    • 痛みの1ヶ月から抜け出した!

      ファーストラインのレジメンFOLFOX+アバスチンが効かず セカンドラインのFOLFIRI+アービタックスに変えたのが 去年の12月29日でした。 セカンドライン開始から3ヶ月後の検査で 腫瘍の退縮が確認されたことから 放射線照射を加え 現在は、こうした術前科学放射線療法を全て終了し 回復を待って手術に備える日々を送っています。 大誤算だったのが肛門痛。 「来るよ」 と医師からは言われていたものの その痛さたるや想像をはるかに超えたものでした。 精神が破壊されるんじゃないかという程の痛み。 病院側には訴え続けましたが 医師の示した対策は、痛み止め剤の強化と絶食でした。 科学放射線療法が終わり、回復期間に入れば消え去るものだという 目論見があったからです。 そのせいか 私の痛みに真剣に取り合おうとはしてくれなかったなあ。 でもねえ、実際のところこの痛み、限界を越えていたんですよ。 しかも、いつどこで襲ってくるかがわからなない。 下手に外出などできません。 一度痛みが来れば10~15分ぐらいは動けなくなります。 口もきけず歩くこともできない。 街中で歩行中にこれが起きれば最悪ですね。 歩道で、おかしな格好のままじっと動かない人がいる。 そんなの見かけたら変な人だと思いません? 私がそうだったんです。 一体原因は何なのか。 病院側に聞いても明確な答えはありません。 私の痛みは主目的からすれば末端の部類でしかないからです。 そこで、私はネット検索で散々調べました。 出た結論は 「痔」 そこで肛門科クリニックを訪ねました。 病状及び、がんの手術を控えていることを説明したところ 医師の答えは 「それなら、今の病院と相談したほうがいい。 ここで治療しても手術をすれば同じこと。結局この治療は無駄になる。 診察すら無駄だと思う。」 がっくりですが。 筋が通った答えではあります。 けれどもですよ。 この痛みには原因があるはずだし その原因がおかしなところにあるとしたらそれは怖いことです。 そこで昨日、別のクリニックで同じ診察を受けました。 医師の答えは 「現在の病院の手法で手術に臨むべきだ。違う治療を下手に行うと 最も大事なはずの手術に悪影響を与えるかもしれない。」 結局、最初のクリニックと基本的に同意見です。 ただし、診察してくれただけ良心的だったと思います。 医療者の皆さんの言っていることは 確かに筋は通っている。 理論的に非の打ち所が無いほど正しい。 けれど 誰一人として、この痛みのことをわかっちゃいない。 私がまさにこの瞬間、味わっている痛みがどういうものであるか、 理解してくれる医療者はいないんだということを 思い知らされました。 と、文句ばかりを書きなぐっている私ですが 嬉しいこともあったんです。 先週の木曜日、 いつもの痛みが、ほぼ丸1日きませんでした。 ここ一ヶ月程なかったことです。 たまたまか? とにかく苦しめられましたからね。 簡単には安心しません。 いぶかりながらも翌日過ごしたところ やはり、痛みがひいている。 そして、今日、 今のところ一度も痛みを感じません。 苦しみ抜いてきた1ヶ月、 突然、解放されたわけです。 体が痛まないということが どれほど素晴らしいことか 身に沁みて感じました。 同時に、人のこと、世の中のことが 感じられるようになりました。 それまでは自分のケアだけでいっぱいだったのが 余裕ができたんでしょうね。 病院側のいう通り、これから私は回復に向かうと思います。 それはすなわち人の心を取り戻すということと 同義語であろうと考えます。 私はこの1ヶ月間を忘れたくありません。 自分がどんどん人でなくなっていこうとしていた1ヶ月間。 その運命の力に抗ってきた自分。 ブログにつけてきたことはその意味でも重要だったと思っています。 とにかく、今は最高にハッピーです。 この世の中に乾杯! ↓何か感じたらぽちっとね にほんブログ村

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  • 03 Jun
    • ブログがばれた?

      がんの公表の問題。 がん患者にとって大きな課題だと思います。 私の場合は初発時は誰にも言いませんでした。 ステージⅡでしたから、抗がん剤をすることもなく 2週間の手術入院だけで治療完了だったからです。 問題は再発後。 抗がん剤、放射線、手術。 三大治療の全てを受けます。 こうなると、一人で抱え込むなどというのはとても無理で 特に会社にはどうしても報告する必要がありました。 一度言ってしまうと、一気に心が晴れるのに気付きました。 よほど鬱憤が溜まっていたんでしょうね。 その勢いで、親しい友人には次々にがんのことを告げました。 楽になった、 話し相手が増えた、 そうした点で正解だったと思ってます。 ただ、このブログに関しては別です。 個人情報満載のブログです。 なのでこれだけは誰にも言ってこなかったんですが 昨日知人から電話がありました。 知「◯◯さんブログやってません?」 私「ブログ?まあね。」 知「読んでみると、思い当たることが次々に出てくるんだ。」 私「ああ、そうなんだ」 知「だから、絶対そうだと思ってね。」 私「否定はしないよ。」 知「あの時がんにかかってたなんて全然知らなかったし、こんな気持ちでいることも知らなかった」 私「誰にも言ってなかったからね。いう意味ないじゃん。相手を怖がすかもしれないし 第一仕事に支障があるからさ。」 知「ううん、それはその通り。」 私「でもよくわかったね」 以下、発見した経緯と、関わっている健康食品を送ってくれると言うことで電話を切りました。」 いやあ、驚きましたね。 世の中膨大な数のブログが存在します。 しかもブログをしてること自体誰にも知らせてません。 その中から私のものを発見するとはね。 わかるんですね~。 匿名とはいえ、うかつに個人情報や他人の批判など書けないなとも思いました。 まかといって今までのスタイルを変えるというのも悔しいですし、 そもそも自分の考えを整理することを目的としたブログです。 それはいつの間にか私の闘病を支える大きな存在となっています。 ばれたからといって今後、多少批判記事には慎重になるかもしれませんが 基本姿勢を変えるつもりは毛頭ありません。 むしろ私の記事は直腸癌ということから下の話に偏りがちで それを読んでくださる読者の方には感謝と同時に同情の気持ちが強いんですよ。 グロいですからね。普通なら不快感でとても読めないと思います。 この私ですら読み返す気にならないほどです。 改めて言います。 読んでくださる読者の方々 本当に感謝です。 がん患者の皆様、同じ悩みを持ってらっしゃる皆様には 気持ちを共有させていただきたいと心の底から思います。 同時に、皆様のブログを拝読し、 いつかは自分もこうなるのだろう。 この方はまだ小さなところで不安で怯えているままになっているな。 等々 医療者ではなく 同じがん患者の立場から考えさせられ、 時にはそのコメントもさせていただいております。 今回、がん患者ではない知人に知られてしまいましたが それは氷山の一角かもしれません。 でも構わないと思いました。 むしろ自分の媒体を持つということは素晴らしいことだな と考えさせられるいい機会ともなりましたよ。 ↓何か感じたらぽちっとね にほんブログ村

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  • 28 May
    • 桃尻娘ではなくて・・・

      桃尻娘。 この名前に覚えがある人は多いと思います。 私が若かりしし頃、一世を風靡した橋本治氏のベストセラーです。 実はこの小説を読んだことはなく、内容も知らないんですが タイトルのインパクトは圧倒的で 名前だけはふと思い出したりします。 ではなぜ今、思い出しているのか。 肛門痛に悩まされた私は、ここ2週間ほど 自分のお尻をカメラに収めてきました。 25回の放射線照射を受けた私のお尻は 肛門周囲の皮膚がペロリとめくれています。 めくれた部分は白く、所々血液が透けたように赤くなっています。 その中央に肛門君が鎮座しています。 詳しい説明はこの辺までとしますが 写真に映るその様相はまるで猿です。 その写真にタイトルをつけてみました。 猿尻男。 言うまでもなく桃尻娘からの連想です。 けれどその実態は完全なる対極とも言えるものです。 桃尻娘が甘いユーモアに満ちているとするなら 猿尻男は醜く悲惨で直視できません。 しかも桃尻娘はフィクションですが 猿尻男はノンフィクションなのですよ。 痛くて切ないノンフィクション。 桃尻娘というタイトルに衝撃を受けていたあの頃、 まさか自分が猿尻男になるなど夢想だにしませんでした。 う~む、あの頃がひたすら懐かしい。 そして今日も、しっかりと痛い。 これが現実というやつなんだなあ。 ↓何か感じたらぽちっとね にほんブログ村

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  • 24 May
    • 急きょ外来入れました

      次の外来予定日は6月3日でした。 ところがここ2~3日また肛門痛がぶり返し始め、 レスキューのオキノームでなんとか騙しながら凌いできたものの その数も少なくなり、また効力そのものも弱まってきた気がします。 そこで病院にTELしたところ 「主治医の外来は火・金の週二日です。急ぎでしたら、火曜の11時までに来てください」 そのこと。 そんなわけで行ってきました、 涙目で腰砕けの格好で病院に。 昼間に行くここの病院のロビーは本当に驚きます。 その混み具合が半端ない。 立錐の余地もない様なスペースの中で 車椅子や杖をついた人々が当たり前の様に行き交います。 その姿を見て異常と思わない人がいるのが不思議です。 昔の都市型病院とはこういうものだったのでしょうね。 ともあれ、受付を済ませて、恐怖のトイレも済ませ 採血も済ませて、先生を待つのみとなりました。 ベッドに寝たままスマホを触りながら待っていたのですが 待つこと2時間。 長いなあ、と痺れを切らし始めたちょうどその時 先生がやってきました。 医「やあ、◯◯さん、やっぱり痛みますか?」 私「痛いんですよ、レスキュー飲みまくってごまかしてきたんですが それも次の外来まで持ちそうにないんです」 医「もう一度入院しますか?」 私「え!?入院ですか?」 これには正直驚きました。 私「入院すれば良くはなるんですか?」 医「緊急時に対応ができますから、有利なんです。」 私「外来で乗り切るのは無理があると?」 医「外来でできれば問題ないんです。けれど◯◯さんの場合 いろんなことが一度に起きてますから、病院で観察し続けたほうが 何かと有利であることは間違いありません。」 私「考える余地はあるんでしょうか?」 医「もちろん。とりあえず、オキシコンチンもオキノームの増やしましょう。 それで様子を見ながら考えても遅くはないと思います。」 オキシコンチンにしろオキノームにしろ 鎮痛剤は100%対処療法です。 それによって治るものは何一つありません。 それでも医師は入院してしっかりと診たほうが良くなるという。 日本の病院、殊に都市型病院の勤務医は忙しすぎます。 折角、涙目に腰砕けの格好でヨタヨタと這うように 来院したのに話をしてくれたのはわずかに5分。 入院のメリットの詳しい話も聞きたかったし そもそも、どこまでこの痛みが問題とされるのかも知りたかった。 それを知る由もなく、増量された鎮痛剤の処方箋をもらった だけで病院をあとにしました。 それでも「入院」というのは大きなヒントです。 今度の大手術、失敗するわけにはいきません。 そのために役立つなら入院だろうとすべきものはすべきです。 けれど現状ではまだその決め手がない。 とりあえずは、また電話相談から始めるとしますか。 ↓何か感じたらぽちっとね にほんブログ村

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  • 23 May
    • 鎮痛剤を飲んで出た関東オフ会

      オフ会も重ねること3回目となりました。 1回目が去年の12月ですから 半年間に3回のペースで開催されてきたということになります。 いいペースですね。 幹事のやる気が要因の大きなひとつであることは 間違いありません。 さすがに心配になって 「張り切りすぎじゃない?」 と声ををかけたところ 「目標が見えていたほうがエネルギーが湧くんでね。」 という返事。 一理ある。 というわけで今回は大々的な告知をしなかったにも関わらず 過去最高の25名が集まってくれました。 私は最期まで居られませんでしたが 今回も大いに盛り上がり大成功に終わったようです。 良かった。良かった。 さてこうした集まりを開催するにあたって 必ずぶつかる問題があります。 お分かりですよね。 メンバーの多くが治癒中、 または闘病中であることです。 となると、◯月◯日の体調がどうなっているかが読めません。 よってキャンセルする場合、その多くがドタキャンになる場合が多い。 何を隠そう、 私もそのリスクを抱えた一人でした。 その直前まで 抗がん剤と放射線照射のため 5週間ほど入院しておりました。 副作用が原因かどうかは今も分かりませんが 毎日、強烈な肛門痛に襲われていました。 痛みはMAXまで行きましたから ロキソニンなどのは諦め、早々に麻薬系に切り替えました。 投与量もMAX近くまで持って行きました。 ただし、条件はあります。 投与後少なくとも一時間は間隔を設けること。 量に制限はありませんが かわりに顕著なのが副作用です。 強烈な睡魔が襲ってくるんですね。 まぶたが鉄のように重い。 その睡眠の間に確実に夢を見るんです。 これが実にリアルな夢で 冷めた後も 現実と夢の境目が分かりません。 どこまでが夢でどこから現実に切り替わったのか。 まるでわからない。 現実に抱えている仕事の夢だとすると 笑い話では済みません。 カバンの中には資料満載ですし 今まさに夢に出た進行中のプロクジェクトの流れが詳細に書いてある。 しかも頭の考え方は違う方向にリセットされているから アラまで見えてしまう。 かくして麻薬で思いついてしまったメモを プロジェクト用紙に書き込み会社によく送っておりました。 その後の評判は聞いてないので結果こそこそ知りませんが 少なくとも普通では考えつかないような 画期的なメモではあったと思まいます。 話をオフ会に戻さなければならない。 こうした場合、退院して間もない私にとっての 最大の恐怖は言うまでもなく痛みの襲来です。 病院もそれをわかってくれており、 レスキューのオキノームを次回外来分に加え たっぷりと処方してくれました。 服用のコツは 「痛みが来る前に飲む」 これに尽きます。 私は忠実に実行したのです。 一持間ごとに決めた量を確実に・・・・。 そのうち、おかしなことに気がついたんですね。 時間の感覚がおかしいんです。 デ・ジャブが頻繁に起きる。 隣の人が話しかけてきました。 私は答えました 「それ先ほどおっしゃいましたよね。 隣人は 「そんなはずはありません、私あなたと話すのは今回が初めてですよ。 それだけではないんです。 さっき2時だったはずなのに、今1時になっている 時間の逆行? こうした超常現象めいた話は私の体調とも大いに関係していることだろうとも 思います。 私は医療用麻薬を一時間毎に摂取し、絶食生活はかれこれ一週間を超え 放射線照射副作用のピークはまさに今です。 アービタックスによる皮膚障害は今も治らず 社会生活を送るには不便であることこの上ない。 けれど、この関東オフ会。 這ってでも出る価値はあると改めて思いました。 みんな優しい。 僕の貧弱な表現力でもみんな分かってくれる。 「肛門が痛い」 と言っただけで 「泣きそうになる程痛いんでしょ。我慢なんて絶対無理よね。」 「ワセリンがいいわよ。感想が一番良くないから。 「肛門だって保湿に努めればチャーンと守られるんだから。」 こんなことで盛り上がるんですね、 当事者にとっては何てことのないトピックでも ことらにとっては生死を分ける程の問題なんです。 一生懸命にアイデアを出してくれることころ、嬉しかったなあ。 ただ、せっかくいろいろ出してもらった玉の様なのアイデア軍も 麻薬でたるんで頭では出入りができませんでした。 絶食で体に力が入らなかったこともあり 二次会でお別れしました。 銀座の歩行者天国のど真ん中 参加者全員拍手できたのは感激しましたよ。 幹事のたかさんに言わせると次は2ヶ月後なんだとか。 早すぎるよねえ、どうう考えてもさ。

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  • 20 May
    • 流動食研究

      私の母は最後にはものが食べられませんでした。 無理に食べようとすれば誤嚥性肺炎を ほぼ確実に起こすような状況でした。 誤嚥性肺炎=死です。 では私の場合はどうなのか。 医師からは2週間の絶食を指示されました。 抗がん剤と放射線で痛めつけられた お尻を回復させるためです。 特に肛門から来る強烈な痛みは 通便や通ガスが引き金になっています。 痛みが来なければその間に回復も見込めるし 少なくとも悪化は食い止められるはずです。 エレンタールは栄養学的にも良く練られたもので 1日2パックで必要量を満たします。 とはいえ、人工的に作られた合成食品であることは 間違いありません。 いつまでもこれだけで命をつなぎとめるのも如何なものかと。 食の楽しみという観点からすれば「ゼロ」です。 悲しいよ、とことんね。 それでもね、 昔の人はいいことを言いました。 「千里の道も一歩から」 若い頃は「あったり前じゃん!」 なんて歯牙にもかけなかったけど この年になるといろんな意味で心に染み入ります。 がん治療は千里の道なんだな。 今目の前に立ちはだかる敵は肛門痛。 まずはこいつをやっつけよう。 絶食とは確かにいい作戦だ。 愛してやまない焼肉とスッポン鍋。 それは後にとっておきます。 その時は美味しいだろうなあ。 たまには贅沢な時間を作んないとね。 次回の外来は6月3日。 嵐のような質問を準備してますよ、先生。 よろしくね。 ↓何か感じたらぽちっとね にほんブログ村

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  • 19 May
    • 出社しました。やる事なくても心は熱いよ。

      しばらく休んでいた会社。 今日は久々の出勤となりました。 大企業であれば服務規定もかっちりとしており 有給や病欠もいろいろなやりくりで なんとかするんでしょうね。 けれど私のところは従業員60名程度の小さな会社。 その上、私は社歴2年にも満たない新参者。 上には媚をへつらい 若い奴には威張りまくる あたかもドラマにでも出てきそうな、いやな奴。 一応会社には服務規定もあることはあるけれど 事実上経営者の心一つでいかようにも変わります。 私の場合は体調と相談して 体調不良の場合は 在宅勤務扱いとなりました。 なんだソレって感じですか?。 早い話が「休み放題。」 「休んだ」=「在宅勤務で企画を練っていた」 ということになるんです。 「休みます」とは言いません。 「フレッシュなアタマでいいアイデアを出したい」と言うんです。 それで万事OK。 結果を見せろなんて野暮な事は先方も言いませんから。 こうした労使間のウェットな関係はほとんどの場合 参考にはならないと思います。 がんと就労の問題は社会の問題としてよく取り上げられますが 私は例外中の例外だと思います。 私は入社当時54歳でした。 ハローワークなどの基準からすれば。 それだけで戦力外通告です。 無論私も十分自覚しておりました。 けれど私には手に職があった。 テレビ番組制作です。 現在の会社は健康食品メーカー。 コールセンターや配送、値段設定などマーケティング世界でこそ 私はずぶの素人ですのでその部分に関しては私は入っていけません。 けれどこの会社ではマーケティング戦略だけでなく通販番組制作まで 自社制作でやっていたんですね。 そこで自分の出番となったわけです。 最初、これまでの作品をいろいろと見せてもらいました。 感想は う~ん ひどい・・・。 視聴者無視。企業の論理だけで作っている。 一見優しい口調で語りかけてはいるものの 言っていることは 「は~い、だからこの栄養素摂らなきゃいけないんですよ~。 わかりますよね~♪ わかるか!そんなもん。 だれが興味を持って観るんだよ! こんなものを作っておきながら 幹部スタッフの言葉は 「うちは商品はいいんだけどね~。 売れないんだよな~。」 当たり前じゃん。 誰も見てないんだから。 自分たちが満足する番組作ったってだめなのよ。 視聴者が満足しないと。 そこで僕はどうしたか。 人間ドキュメンタリーにしました。 主人公の人生を浮き彫りにし、 健康被害がその人生をどう狂わせていったのかを ストーリーにしました。 昔日テレで日曜の朝に「波乱万丈」という番組をやっていましたが あれをイメージすると分かりやすいと思います。 番組は必死に主役にフォーカスします。 ファーストカットでその人物に興味を持ってもらえるか それが勝負。 長い人生が築いた壮絶な過去 しかし、カメラが映し出すのはかつての健康を取り戻そうとする 鬼のような形相。 その形相に去来する彼の人生に対する思いとは何んだったのか? そうしたストーリーをオムニバス形式で繋げました。 最後は登場人物たちの これ以上にないと思われるような 素晴らしい笑顔締めくくったわけです。 この通販番組、あたりましたよ。 その勢いがあれば今頃会社の役員くらいにはなっていたと 思います。 でも、がんが再発したんじゃね。 無理ってものか。 いいんですけどね。 元々が風来坊なので、 役職に収まるなんざあ 症に合わねえや。 ま、私にもそんな背景があっての 今回の出社でした。 「大丈夫ですか」 「やせましたよね」 「夏からが本番なのでそれまで体鍛えておいてくださいね」 声のかけ方のというのもいろいろですなあ。 でもね 以前も書きましたが私は強烈に思います。 人間の存在意義とは何なのか。 どこかの誰かの役に立っている。 この実感が持ち続けられる限り 少なくとも私はまだ生きる事が出来る。 生きるとは時間の消費にあらず。 人の気持ちをあげたり下げたりする活動の事。 そのために使うのは 血であり肉なのですよ。 ↓何か感じたらぽちっとね にほんブログ村

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  • 18 May
    • ついに退院!

      本日ようやく退院しました。 そもそも、入院が4月4日ですから 1か月半の入院生活を送ったことになります。 それほど重篤だった? いえいえ 抗がん剤投与と放射線照射をしてたのが主な日課です。 では何故1か月半? それは私も聞きたい。 そもそもの入院計画では10日程度でした。 目的は 抗がん剤と放射線照射による 重篤な副作用が出ないかを観察するためです。 ですからそれが確認できた段階で 外来に移行するのが普通のパターンです。 ところが私の場合 一週間目あたりから強い下痢症状が現れました。 もともと抗がん剤(イリノテカン)による 下痢症状は抱えていたのですが 腸管粘膜のダメージを受けた部分に 照射が加わって悪化してしまったようです。 完全に水様便でした。 私と同じ排便障害をお持ちの方は 分かると思いますが 私たちには水様便を 肛門力で堰き止める力はありません。 これがくると最悪の状態、 つまり垂れ流しとなります。 当然この状態で社会復帰はできません。 とにかく下痢を落ち着かせよう。 イリノテカンの減薬と 下痢止め薬が処方されました。 ところが、症状は一進一退。 改善の兆候が見えません。 結局日がな一日私の肛門は 下痢便が毒のように 通過していったということになります。 その結果どうなったか。 下痢便の刺激の強さは 経験者ならご存知だろうと思います。 油断しているとあっという間に ただれ、痛みを引き起こします。 しかも水様便ですからどんな隙間にも 入り込んでいきますから厄介です。 私の場合も痛みでした。 それもこの世のものとは思えないほどの強烈な痛み。 悪魔が取引をするために 人間の弱点を研究して作り出した様な 到底我慢できない痛み。 こいつが襲ってきたわけです。 私は何度も何度も病院には訴え続けました。 けれど原因が分かりません。 病院も首を傾げるばかり。 そもそも病院側のスタンスは、 放射線と抗がん剤が終われば自然に治るという大前提を取っています。 それ以上の処置はよほどのことがない限り 行いません。 しかし事態はそんな悠長を言ってられないほど切迫していました。 今すぐにこの痛みを取りたい。 自分で原因をネット検索しました。 検索の答えは裂肛(切れ痔)。 度重なる下痢便の通過で 慢性的に悪化ししまったのでしょう。 藁をもすがる思いで 肛門科のドアを叩きました。 出てきた院長の言葉は、 「ストーマ手術を控えていますね。」 「だとしたら適応外です。今の病院に相談するのが一番いい」 無駄骨でした。 病院に戻った私はすでに我慢の限界を超えていました。 あまりの痛さに雄叫びをあげていたのです。 トイレに駆け込んで あらん限りの声を絞り切りました。 呼吸困難になって このまま死にたいとさえ思いました。 30分も叫び続け、 声も枯れ果てた頃 看護師と医師たちがどやどやとやってきたと思います。 「大丈夫ですか」 「・・・・・」 (もう声が出なくなっていました。顔は涙でぐちゃぐちゃです) そのまま、抱きかかえられるように病棟のベッドに寝かされました。 その日初めてレスキューのオキノームをもらいました。 これが効いたんですねえ。 地獄の一丁目を彷徨っていたはずなのに いきなり銀座一丁目に来ていたような感覚。 睡眠導入剤ももらいました。 そしてその日は入院後初めて 朝まで一度も起きることなく 眠ることができました。 朝、外科部長達の回診の時間。 自分の窮状を切々と訴えました。 自己診断で「切れ痔」だと決めつけていましたから これを治さない限り、私に幸せはこないだろうとのことも (もっともこの考えは後々大きく変わるんですが) 先生の答えはこうでした。 「絶食してみましょう」 1)絶食して排便を止めお尻を休ませる。 2)その間に軟膏や座薬で患部の改善を図る 3)痛みはオキノームなどの麻薬系の鎮痛剤で止める。 これが先生が立ててくれた作戦です。 さすがプロ! 完璧です。 これが奏功すれば確実に治るはずだ。 以来絶食生活 (経管栄養補給剤のエレンタールだけは摂取しています。) が始まりました。 不思議にお腹が空きません。 もともと病院食が好きではなかった 私にとって病院食をすする同室の患者さんを 羨ましいとも思えませんでした。 むしろそこから解放してくれたことに 感謝したくらいです。 まずは肛門ケア。 清潔に保つと同時に温めてマッサージをしました。 これは、痔のことを調べて得た知識です。 できれば風呂桶にお湯を張って 肛門をつけそのままマッサージするのがよろしい。 気持ちいいことこの上ありません。 次に、軟膏。 第一軟膏はステロイド塗布剤なので特に炎症がひどいところに 薄くピンポイントで。 第二軟膏は言わば保湿剤、 量は気にせず大量に塗りたくります。 最後に座薬。 最初はドキドキしましたよ。 こんなものが本当に入るのか。 入ってもすぐに、 ポン!と出ちゃうんじゃないかなんてね。 でも実際は、じわりじわりと入ってくれました。 最後に駄目押しで 指でもう一度押し切るのがコツのようです。 そうすると肛門が完全に閉じますので 座薬は出てくることができません。 肛門が座薬をパクリと食べちゃうような感覚があるんです。 肛門の神秘ですね。 そんなことをやっているうちに 抗がん剤も終わり 放射線照射も終わりました。 最後に吐血のようなものが見られたので 胃カメラを飲んだんですが その結果はまた来週。 とにもかくにも予定の術前治療は全て終了! 退院できました。 送り出してくれた看護師さんが 面倒見のいい人で 「あれは忘れてない?これは?」 細かいチェックするんです。 すると見つかったりするんですね。 「あの薬がない!申し訳ないあと30分だけ待ってて」 こうしたやり取りの中病院をあとにできたのは 夕方近くになってからのこと。 会社には明日から出社の旨連絡しました。 痛みコントロール・・・・OK! 肛門痛コントロール・・・これは肛門が絶対に頑張ってくれるはず! 栄養コントロール・・・・今は肛門休暇のため絶食中だけれども 長くて5日くらいかな、体力増強プログラムに切り替えます。 これで7月の手術に臨みます! 目指しているのは完治です! ↓何か感じたらぽちっとね にほんブログ村

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    • 胃カメラ

      黒い吐瀉物が大量でたことから 安全を考え胃カメラ検査をしました。 3年ぶりの胃カメラです。 以前やった時は医師が優秀だったのか苦しかった記憶がありません。 一緒にモニターを見ながら 「ここにびらんがありますね、一応生検を取りましょう」 そんな会話をする余裕もありました。 けれど実際はそんな甘いものではありませんね。 まず一度目の麻酔液を喉の奥に溜めます。 10分~15分ぐらいで飲み込んで 第2液を喉に溜めて時間を見計らってまた飲みます。 もうこの時点でフラフラ。 まともに喋ることもできません。 寝台の上に横臥して、喉に向けて麻酔をスプレー。 その後に輪っかの形をしたマウスピースをして 胃カメラ挿入となるわけですな。 つまり麻酔すること計3回。 大腸検査に比べると下剤も不要で消化管が短い分、 苦しさも少ないですね。 私はど近眼なので今回はメガネを外していたため 細かいところまでは見られませんでしたが 大きな病変は素人目にはありませんでした。 医師に言わせると やはり胃が荒れているとのこと。 びらんもあるため、一箇所生検を取りました。 結果は1週間後です。 検査終了後は1時間安静、絶飲絶食はまだ続きます。 その時間を使ってこのブログを書いていますが、 喉が渇いて仕方がない。 ここではっと気がついた。 大事なことを聞き忘れてました。 またまた迂闊だった~! 絶対聞こうと思っていたこの質問。 「今晩ビール飲んでもいいですか?」 ↓何か感じたらぽちっとね にほんブログ村

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プロフィール

いきてる

性別:
男性
自己紹介:
1960年生まれ 2013年8月直腸がん発覚 人生終わったかと思いましたが ステージⅡで経過観...

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