…というタイトルの本が最近の愛読書になってまして、めっちゃ面白い(笑)

 

内容は、菊池省三が小学校教員時代にしていた実践とその成果をルポルタージュや解説という形でまとめたものですが、やはり実際の教育実践を綴ったものはどんな媒体であれ興味深いです。「自分が教員になったらこうしたい」とか、「こういうやり方で成長させたい」とかいう想像がより具体的になって、非常にワクワクさせられます。

 

自分の経験から、「自分が教員になったらこうしたい」というものがある程度明確になっているつもりなので、正直大学なんて早く卒業したくてたまらないわけですよ。早く実践に移りたい。

 

前にも書きましたが、自分は教員が粗悪で退屈な授業をし、生徒はただ黙って座ってるだけで何も頭を使わないという、空虚で価値のない時間を作り出している現状に気味の悪さを感じていました。すべてとは全く言いませんが、小学校から高校まで朝からお経を聞かされているようなものです。そんなんじゃ自分の能力や適性と向き合うことも出来ないし、知的好奇心も湧きません。そりゃ自主性に富んだ人間には育ちませんし、何が出来るかよくわからないから安定したお役所仕事に就きたいとか、社会に出たくない人も増えるに決まっています。

 

そういうこともありまして、自分がもし教員になったらやりたいことがこれだけあります。

 

①自身の内面や能力と向き合わせることで、自分の個性に気づかせる

今の学校教育では自己と向き合う機会がかなり少ない気がします。やることといえばテストのための勉強と話を静かに聞くことばかりですから。そうではなく、グループワークや発表の機会をうんと増やして、知識だけならぬ「経験知」的なものを培ってほしいと思います。

 

②能力を出来る限り具体的に、そして幅広く伸ばす訓練をする

これは特に音楽でやってみたいと思ってるのですが、音感やリズム感だったりを訓練したり、もう少し高度なことを課してみたいです。上手く生徒をノセて、楽しみながらゆっくりやれば意外と乗り超えてくれそうな気がします。

なぜそう考えたかというと、小学校の音楽の授業を思い出して、それを受け続けたことでなんか成長したという実感がまるでなかったからです。小学校も中学年くらいになれば、合唱曲の歌詞とか楽譜を覚えて歌うなんてことは大して難しくないわけです。それを何年生になっても気を付けの姿勢で何時間もやらされても、張り合い無いし音楽嫌いになるし良いことないですよね。だからこそ、もっと高度なことをやったり、具体的に基礎力を磨いたりとやりがいを感じる実践がしたいわけです。班ごとに演奏形態や曲を決めて、パフォーマンス大会をやっても面白いかもしれません。

 

③知的好奇心を刺激する

これは他の項目にも通じるし、かなり大事なことだと思います。授業で考えさせる発問をしたり、新しい分野や物事に積極的に触れさせたり、実生活と結び付けたり、とにかくワクワクさせ、頭を使うことにプラスのイメージを持たせたいと考えています。

そのために考えてるのは、教室の棚に面白そうな本をいっぱい置くこと。本は物語でも専門的な本でもなんでもいいと思います。それによって興味を持った子は読むだろうし、そこから本を読む習慣や新しい世界を知る快感など得られるものは大きいでしょう。ただ、置いとくだけじゃ大して手に取られないでしょうから、それだけでなく朝の会や授業中にちょくちょく紹介したりすることで、手に取る子は何倍にも増えると考えます。

娯楽である漫画を教室に置くのは難しいかもしれませんが、英語版のドラゴンボールくらいなら置いても許されそうな気がしてます(笑)

あとは、定期的にナゾナゾ大会とかクイズとかしてみたいですね(笑)みんなで出し合ったり、司会も生徒にやらせたりして(笑)

 

④アウトプットの能力を高める

自分が考える大人の条件として、自己主張、表現がしっかりできることや、そのための自信を持っていることが大事だと考えます。なので、作文や発表、話す力はしっかり鍛えたいと思っています。これは、①の自分の内面と向き合うことにも密接に関係しているので、しっかりやりたいです。自分の意見は自分の内面からしか出てきませんから。

あとは、言葉をしっかり使えるようになることで、

 

⑤堅苦しさのない教室を作る

これも意欲的に学習するうえで結構バカにならない要素だと思います。もちろん適度な緊張感だったりお堅い雰囲気に慣れることは大事ですが、現状の学校はやることも雰囲気も堅苦しすぎる気がします。前に触れたように、音楽は気を付けの姿勢で斉唱、授業は座学、ましてや教室が刑務所みたいな雰囲気では、意欲的に取り組むには良い環境とは言えません。
社会に出る準備として必要という意見もあるかもしれませんが、もはや準備にも何にもならない、ただ退屈で疲れるだけの教育がたくさん行われていないでしょうか。

題材も実践も、意外ともっとソフトなもので良い気がします。大事なことはそこから学びを深めることですから。

これは賛否両論あるかもしれませんが、自分はあまりスーツを着ないようにしたいです(笑)

 

⑥静かに座ってぼ-っとしているのではなく、頭を使わせる

これは③とか④とか実践してれば勝手に達成されそうですが、わざわざ書いたのは、座学なんかだと、頭全く使わなくても乗り切れちゃうからです。それは何の訓練にも成長にもならず、そればかりか教員もその問題性に気づかないもんだから「エラい!」と言われ放置されてしまいます。そういう子が一人でも活発とはいかないまでも、意欲的に何かに取り組むようになることで教室中の雰囲気がガラッと変わり、学び高めあう場として機能し始めるのではないかと踏んでいます。

 

など、やりたいことが山積みになっています(笑)こんなもん実現出来たら苦労はしないって感じですけどね。これを守れたらまぁ~良いクラスが出来上がるでしょう(笑)

 

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あまりにも文がかけねぇので…

テーマ:

これからは「言いたいことを先に明確にしてからその理由を話す」ように心がけようと思います。

 

最近またブログ書き始めましたが、何が言いたいか分からなくなってまとまらなくてオジャンになることが非常に多い(笑)

これからは簡潔に明確に論理的にコンパクトに述べようと思います。

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文に起こすときの思考

テーマ:

どんなに面白い話を講義でいっぱいされても、いざ感想を書こうというときに思い出せないことが多いですね。パッと浮かびません。

 

試しにノートに取りながら授業を受けてみると、何にワクワクしたかいつでも見返せるし、自分の理論と関連づけて考えることが出来てとても面白かったです。これはアウトプットする際に「〇〇という理由で○○だった」という構造で考えざるをえないところに起因している気がします。人に理解させるには文の内容に妥当性が必要で、それなりに論理的な理由を書くことを求められます。だから、自分の中でそれなりにうまく結びつきそうなことを書くわけで、その過程で「自分は文に起こすとこう考えるんだ」という発見もまた面白かったですね。

 

 

裏声が発達してきた気がします

テーマ:

有名な裏声の筋肉を鍛えるトレを初めて二か月、毎日やってたわけでもないですが最近いきなり裏声に力が付いてきた感じがあります。

 

最初は何年も鍛えてこなかったうえ、声も大して出さない生活をしていた状態から始まりましたから、ほぼゼロに近かったでしょう。

 

一週間やったら声がほとんど枯れなくなりました。今までは一曲で喉が疲弊しきっていましたから。

 

三週間やったらミックスボイスを一時的に習得しました。リラックスしながら叫ぶ感覚でしたね。

 

そこからサボりまくって数週間、カラオケ行ったら見事に戻ってました。

 

改めてちょくちょくやるようにしたら最近裏声が急に太くなったように感じました。

 

歌いやすくなったかと聞かれると、なんか裏返りやすくなりました。地声の強化が足りないとすぐに裏声優位になるのかもしれません。ただ、地声も前より響きがよくなった感じがします。これからどうなるやら

今日だけで錯乱たように投稿しています。

 

学校教育について一時期非常に思うところがあったことを今日とあることをきっかけに思い出しました。

 

大学受験のために自習したことをきっかけに、学校で普段受けていた授業がどれだけ「意味の薄いものだったか」を痛感し、じゃあ意味のある授業は何なのか死ぬほど考えていました。そこから派生して、テストで点を取れるようになる授業、授業以外での向学心を高める働きかけ、教育によって生徒にどうなってほしいか、など色々考えました。それが、今の無駄に分析的な思考の始まりだったように思います。

 

〇成績ほぼ最下位からの受験

 地元の微妙な公立高校に進学し、気のゆるみと部活のストレス、周りへのパフォーマンスみたいな意図もあって全く勉強しない時期がしばらくありました。

三年生になって、なんとなく人生が退屈に感じていたことと、家族と過ごす居心地の悪さや人間関係に疲れ、地元を離れた国立大学に進学しようときめたのですが、四月の時点でほぼ最下位で、どの教科も最初の知識はほぼゼロでした。

 先生もなんだか頼りなくて、授業を受けてもイマイチ伸びる感じがしなかったので、そこから自習に頼りまくる受験勉強生活が始まりました。

 

〇自習によって気づいたこと

元がゼロですから、やり方を模索しながらも結構伸びるもんで、英語なんかは自分の中では最も伸びが顕著でした。

 とても衝撃的だったのは、人生で初めて英語の短文暗唱を試してみたときのことです。それまでは単語を一個一個訳してタラタラ読むしかなく、単語をマスターしたはずなのに時間が足りず読み切れませんでした。それが、暗唱を1~2週間くらいやったあと、急に簡単な英文が訳さず読めるようになっていたのです。あれはめちゃくちゃ驚いたとともに、「学校の授業じゃ間違いなく到達できないレベルだ」とも思いました。学校の「先生が訳して先生が読解していく」授業スタイルでは毎時間なにひとつ訓練されないんですよね。そこから学校への反発がバカほど強まりました(笑)

 そこからさまざまな教科で隙あらば内職してるうちに、結構全体的にまんべんなく伸び、センター試験の本番も八割近く取ることが出来ました。自分的には成功と言っていいでしょう。

 周りの友人も結果は様々でしたが、ひとつ引っかかったことがあり、内職した友人たちは軒並み高得点だったのに対し、授業を真面目に受けてた組は本当に一人も大した点が取れないでいました。このことを不思議に思い、「出来ない人がなぜ出来ないのか」を理屈っぽく考え続ける日々が始まりました。

 

〇テスト勉強の本質

 色んな教科について考えるうちに、結論として「まず教科の全体像を把握したり、教科の性質を分析して、理解していない部分をひたすら埋めていく」のがテスト勉強の本質だろうと考えました。

 英語でいえば、「センターレベルだと学ぶ内容がリーディングとリスニングに分けられ、知識分野は単語と文法がある」と分かればそれぞれを訓練すれば誰でも100点取れるわけです。

 

〇自律した学習者を育てるために

 何をすればいいかは大まかに分かったところで、それを授業だけで賄うのは時間的に不可能です。そうなると生徒の自学が不可欠になるわけですが、じゃあ例えば英語に関して自律した学習者にするにはどうしたらいいのでしょうか?

 自分の考えをまとめると

 

①「英語って実は面白いんじゃね?」と思わせる

②英語を勉強し始めるきっかけをいくつも置く

③「正しい(マシな?)」学習法を授業内でなるべく論理的に紹介

 

などでしょうか。これらはすべて連関しあっていると思います。面白いと思えば勉強し始めるだろうし、学習法を知ればやってみようとおもうでしょう。

 具体的には、授業の中でマメ知識や面白話を言う、授業者が英語を楽しんでいることを見せる、訳読法以外のアクティブな実践を増やす、授業内容外の英語に触れさせる。などですかね。

 

〇学校が果たすべき普遍的な役目

 ここまでテスト勉強の「本質」、授業者がすべきことを自分なりに綴りましたが、ひとつ自分を苦しめた疑問として「そこまですべきか?」ということがありました。教員側が至れり尽くせりで生徒に訴えかけるのも教育的にどうなのかというのと、テストで点を取るのがそこまで大事かということに非常に悩まされました。そこで今度は、「学校がいつの時代もほぼ間違いなく果たすべき役目」について考えました。

 

 生徒の進路がどうであろうとテストの形式がどう変わろうとほぼ変わらないであろう不変の真理を探った結果、生徒を大人に近づけること」という非常にシンプルな答えになりました。

 自分の考える大人とは、

 

①経済的、精神的に自立していること

②無用な争いを生まず、落ち着いていること

③自己表現がしっかりできること

 

などです。特に自己表現については昔から感じているところであり、考えを持ってはっきり主張が出来ることは社会に出て組織に属したり、自分を守るうえでもかなり重要だと思っています。嫌なことが嫌と言える、自分の意志を発揮できることが自信を持つ意味でもかなりプラスに働くことはあまり疑いの余地もないように感じます。

 そして、このあたりの能力を鍛えるには、従来の受け身の座学では何年間やっても大したものにはならないと考えます。何より、受け身でインプットを増やすためだけの授業だと、やろうと思えば頭を使わずにやりすごせてしまいます。日頃から色んな形でのアウトプット(スピーチ、作文、話し合い)やグループ活動の機会を増やすことで、普段は使わない部分の頭を存分に働かせざるをえず、程よい緊張感の中で人間的にも成長できることでしょう。


まぁ実際はかなり工夫して授業している先生も多いことを実感しています。自分なんか経験もないままなので、とりあえず教育っぽい何かしらに近々触れてみたいと思います。

 

話し合い苦手…その2

テーマ:

なんで前回そんなこと書いたって、以前紹介した元小学校教員(今の肩書きは知らない)の菊池省三さんが授業風景を撮影したDVDなるものが売ってたもんだからつい買っちまいまして。観たら小6の子どもたちがディベートしてるんですよ?肯定側も否定側もしっかり主張し、残りのひとは全員内容を記録してるし、ずっとなんか話し合ってるという…しがない公立校のレベルじゃなかったです。「あぁ、あれは慶應の付属小の授業だよ」とYahoo知恵袋で言われたら何の疑問もなくお礼のコインをたくさんあげてしまいそうな光景がそこには広がっていました。

 

自分もただの訓練不足なんでしょうか。あのときの状態であのディベートに放り込まれたら生きていけなかったような気さえします。ってか菊池先生が担任だったら自分は生きてこれた気がしません(笑)それほどに成長するイメージが湧きませんから。

 

自分、好きなこと、興味が湧いたことは結構分析的に見たくなる人(分析結果を発表する日は来ない)なので、好きなジャンルの音楽だったりエンターテイメントだったり学校教育だったりの考えは一応それなりに獲得することが出来ました。それと普段の話し合いの場面を比べて思ったのは、普段の話し合いって、その先にある理想が無いんです。「文化祭の出し物はこうあるべき」とか、「この活動はこういう風にやりたい」とか。好きな音楽があると、面白くない音楽に対して「ここはこうであってほしい」とか思うので、それが自然と意見に形を変えるんでしょうね。

 

自分の経験から思うに、人は成長するのに言葉の運用能力が不可欠なのかもしれません。言葉が無いと自分のことを客観的に把握できないので、正しい方向に軌道修正できません。

自分の悩みや問題点が何なのかすら曖昧で、とにかく謎のイライラや悲しみをやり過ごすだけになってしまいます。

どっかで聞いたことがあるのですが、言語能力が低いと自分の悩みが適切に解消できず、ストレスがたまりやすいそうです。

 

こう書いて考えると、自分はアウトプット能力を磨いて、教育業界に進むのが一番伸び伸びできるかもしれません。少なくとも、他の業界に進んだら下の中くらいの結果にしかならなそうです(笑)

話し合い苦手…

テーマ:

昔から不思議だったんですが、どうして皆あんなに意見を持っていて発表出来るんでしょうか。

うちのとある組織の後輩は、一度もやったことないはずの企画でさえ、細かいことに気が付き「これはどうする?」「ここはこうしよう」なんて話がポンポン出てきます。

自分なんて、何回か経験してることでもほとんど気が付きませんし、議論の進め方も未だに知りません。
 
過去に、話し合いが出来な過ぎて苦い経験をしました。
小学校まで話し合いや協力しての作業をろくにやった覚えが無く、笑いを取ることかゲームのことくらいしか考えていませんでした。そんな状態で中学に上がったら、最初の国語の授業で詩を読んで班での話し合い…
何一つ喋れません。それっぽいことを言ってやり過ごそうとするもボロが出て、しかも同じ班の女子が気の強い秀才だったもんだから、その日からかなり下に見られ、かなり嫌われましたね。
振り返って思うことは、「そもそも詩なんて読んだところで何も思わねぇ!感想もクソもねぇ!」ってことです。まず第一に「どうでもよすぎた」んでしょうね。ゲームのことしか考えられませんから、意見なんてありません。
そして、授業に対する考え方も全くなかったですね。強いていえば座って我慢してる時間くらいに思っていました。だから、まさかいきなりこんなアクティブなことをやらされるなんて…
あと、言葉を持っているようで持ってませんでした。人を笑わせたり、その場にハマるフレーズはあっても、自分の思うことを発信するための言葉や文章作成能力は持ってなかったのです。そんなもんなくても小学校は卒業できましたから(笑)

意見も言葉も持たずに話し合いなんてできませんよね。今は脳が落ち着きましたから多少はそれっぽいことはできますけど、それでも話し合い能力は全然ないです。
 
趣旨からはズレますが、作文もかなり苦手ですね。書きたいことも無ければどう書けばいいかも分かりません。なんでこんなにアウトプットが出来ないんでしょうか(笑)

菊池学級の動画を観て…

テーマ:

先日、youtubeでドキュメンタリーを観ていたら、小学校教員「菊池省三」の実践を取り上げた番組に遭遇。この方は荒れた学級を再生させる手腕が注目されていて、ちょっと前に退職してしまったが、今は講演会などで全国を飛び回っているそうだ。

 

その実践は従来の講義形式の授業、つまり「教師が一方的に教えこむ」授業ではなく、「生徒対教師」、もしくは「生徒対他の生徒」で行われる対話的な学びを重んじている。最近になってよく耳にするようになったアクティブラーニングを先駆けて行っていたのである。

 

自分も講義形式の授業に問題を感じ、良い授業とは何か考えていた時期があっただけに、この実践内容に非常に興味が湧いた。この方、本も多数執筆されているので、先日書店にて探してみたところ、なんと授業の様子を収めたDVD(しかも解説の本付き)が出版されていた。それが今回のタイトルの「動画」にあたるものである。

 

動画を観て思わず「戦慄」してしまった。

彼の教育を受けた生徒数名が講演会にゲストで来てインタビューされている映像があるのだが、その語り口や声、内容、態度、全てがあまりにもしっかりし過ぎていた。

聞かれるとすぐに話しはじめ、聞きやすく整理された内容を聞きやすく届け、ときにユーモアすら交える。

子どもらしいあどけなさを残しながらも、その辺の大人よりも数段大人びたその姿に不気味さすら覚え、「何かしらの危ない教育をしているのでは」とすら勘ぐってしまった。解説や他の書籍も読んでみたところ、様々な独創的な実践がしっかりとねらいを持って行われており、そのすべてが「生徒を伸ばす」ことに繋がっていた。

 

子どもだって訓練のやりようによってはここまで伸びるということが証明された。しかももともと「荒れた」学級だったというのだから驚きである。自分としては、この教育を受けた生徒たちは中学に上がってからどんな風に育っていったのかも気になる。。。
 

筋トレしました

テーマ:
筋トレしました。
 
腕立て伏せ 20×3セット
足上げ腹筋 30回
上腕二頭筋のヤツ(ダンベル5キロ) 20×3セット
背筋 30回
 
腕立ては特に死ぬかと思いました。まだ20代前半なのにもう体がろくに動かないことが情けなくなってきます(笑)
 
どうでもいいけど、これから作曲の理論を勉強しようと思います。