風鱗花山

合言葉は『食う』『寝る』『遊ぶ』


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本物のドクターヘリ。
でもこの写真、どう見ても模型にしか見えない・・


建物バックにもう1枚。
これで本物らしくなったかな?


『ドクターヘリ』・・TVドラマにもなったから、言わずと知れた存在だけど
こうして間近で見るとやっぱり感動するね。
だってこのヘリの導入のおかげで今まで救うことができなかった命を
救うことができるようになったんだものね。
医学の進歩とともに救急救命の進歩も目覚ましいものがありますね~~

母の手術中、待合室にいたらヘリポートが慌ただしくなり・・
あっという間に救急現場に飛んでいきました。

遠目に見てても『その命、俺たちが救ってやる 』って言う
自信と気迫みたいなの、マジで感じたよ。

母の手術は・・・、無事終了しました。
心配していた症状もなかったため、1週間ほどで退院できる見込み。
たいした手術では無いとは言え、まずは一安心しました
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齢70と半ばを過ぎた母
大学病院での最終診察の結果、来週の手術が決まった・・・・

って、書くとちょいと大げさですな・・



 数年前から眼底出血と白内障による視力の低下に悩まされ続け
最近では右目がほとんど見えていない状態となっていた。

近所の眼科に通い治療を続けていたが改善が見られず、
大学病院での執刀となった。

 

担当医からの手術に関する説明と、入院手続きや同意書類を受け取った。
術後の経過が順調であれば1週間で退院とのこと。

自分が知る限り、今まで入院とか手術とかって、盲腸ぐらいしかない。
それも自分が小1の頃の話・・・

じっとしているより、動いているほうが好きな母だけに・・
1週間の入院はすごく不安である・・
目の手術も心配だが、そっちのほうがもっと気になる。

退院の日、迎えに行った自分の顔、まさか忘れてないよね・・

なんて冗談はさておき、
今は無事すべてのスケジュールが済むことを祈るばかりなり。

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一眼レフタイプのデジカメを買いました

最近はマイクロ一眼なるものが出回っており、
コンパクトなボディとそれに似合わない大きいレンズ・・
 


実は自分のものではなく、娘のもの・・・・
 

写真部なる芸術性の高い部活に入部してしまったが為に
このようなものが必要になり・・・・

マイクロ一眼って比較的軽いから女の子向けかも。

レッド、ホワイト、シルバー、ブラック、4色のボディカラーから選んだのは
ブラック・・、ん~~渋い

しっかし、俺だってコンパクトデジカメなのに・・・・

いいな~~

時々借りようかな

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先日のライブの時、本番まで時間があったので会場近くの街中を散策。
(年を取ると散歩がしたくなるんだよね~~)

で、不思議な店を発見
『ミート&ギター』
手作りハンバーガー、ギター買い取ります・・
なんだこれ
気になって店内へ・・・



こちら、入口から右側の内部。
所狭しとならんだギターやパーツ類、LPレコード・・
骨董的楽器屋さんという雰囲気。 
結構興味を引くものがありましたよ。
 

で、残念ながら写真は撮れなかったのですが、
上の写真から左側に目を向けると・・・
ショーウィンドウの中に並ぶ肉、ポテトサラダ、マカロニサラダ
メンチやコロッケなどの揚げ物類など、子供のころ目にした
お肉屋さんのたたずまいそのままの空間

何とも摩訶不思議なお店。
店主の音楽好きな趣味の空間と仕事の空間のコラボ。

揚げたてのメンチを食べながらレトロな楽器を眺める・・
どう表現してよいのかわからないけど、なんか楽しかった。

次はポテトサラダでも買いに行ってみようかな

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春を求めて車を走らせていたら、こんな案内を発見
 

数年前からこの周辺の発掘調査をしていたのは知ってたけど、
偶然にもこの日は発掘調査の説明会が開催されていたらしい。

子供のころからこの分野には興味を持っており・・、
(正直言って自分はいろんなジャンルに興味を持っているなとつくづく実感・)
案内誘導で立っていたおじさんに駐車場所を確認し車を停め現地へ。
 

受付場所には遺跡の説明看板が掲げられ、
 

出土した土器類が展示されていた。



土器に刻まれた文字・・ 
 

『上神主・茂原官衙遺跡』(かみこうぬし・もばら かんが いせき)
8年の発掘調査の結果、
飛鳥時代後期の7世紀後半から平安時代前期の9世紀にかけて
営まれた古代の役所(官衙)跡であることが明らかになったらしい。

平成15年8月に国史跡に指定され、遺跡の恒久的な保存に向けて
調査を進めているとのこと。

今年度の調査はあまり目玉的な発掘がなかったとのことだが・・
この遺跡の入口にあたる部分、門柱の跡であろう柱穴が見つかり
今回の説明会はその部分がメインとなっていた。
 

半分埋まったままの須恵器(すえき)
 


 この遺跡のすぐ脇を東山道だっただろうという道路跡が見つかっている。
 

京の都から陸奥の国(宮城・秋田方面)を結んだ当時の主要国道が
この地を通っていたと思うと、時代のロマンを感じさせてくれる。

今も残る道路跡。
 

当時、多くの人たちがここを往来していたのかな。
 
 
春を求めたドライブ、思わぬ歴史との出会いの時間となりました。

 

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