『大津波にも負けず頑張る母ちゃん!応援隊』元隊長のブログ

『応援隊』は解散しましたが、『応援隊』とその支援グループの活動の軌跡を残すとともに、引き続き、継続的に支援グループやその取り巻く地域の状況について、お伝えしていきます。


テーマ:

<『大津波にも負けず頑張る母ちゃん!応援隊』(活動終了)の紹介⇒こちら 

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平伊賀港から、更に、5分ほど南下すれば、三陸鉄道北リアス線『島越駅』

駅前広場側から見た、島越駅(左側の塔のある建物)と海水浴場につながる海岸(写真奥)。

かつての駅舎は、現在の駅舎より、100mほど南側の平場の海側にあり、入り口も海側に向いて設けられていました。

現在の駅舎は、嵩上げ盛土の高台に整備され、駅前の広場を挟んで、地域のコミュニテーセンターなどが整備されていました。

新駅のプラットホームから、南側(宮古方面)を望む。

津波により、駅舎の土台と階段の一部等を除き、駅舎、ホーム、高架線路の全て(上の写真のプラットホーム付近から奥のトンネルの手前付近まで)が、完全に流失していました。

写真中央のやや左側に青い三角屋根の構造物がありますが、かつての駅舎のシンボル(塔)です。あのあたりに、旧駅舎がありました。

 

拡大したのが、上の写真。

旧駅舎付近に、今年、2月に『島越ふれあい公園』がオープンしました。

 

青い三角屋根の旧駅舎シンボル塔の右側に見えるのが、宮沢賢治の詩碑。詩碑の左に旧駅舎の階段の一部が覗いています。画面中央に立つ3つの石碑は震災記念碑、その左手の少し高い(細い)柱が津波高表示塔。

 

宮澤賢治の詩碑

賢治の詩集『春と修羅 第二集』にある、「発動機船二」の一節が記されています。「発動機船一」の碑は前のブログ記事にある平伊賀港の本家旅館に、「発動機船三」の碑は田野畑駅に設置されています。(三つの碑の詳しい説明は田野畑村HPにあります⇒こちら)。

 

全壊流失した島越駅で唯一残った階段の一部

 

左から、「慰霊碑」、「東日本大震災津波記念碑」、「大津波追悼記念碑」。(平成29年3月吉日建立)

津波高表示塔。

津波が到達した高さ17.9mを示す塔。(写真に納まりきりませんでした。)

後ろの壁は、三陸鉄道の線路路盤。震災前は高架橋でしたが、ほぼ全てが壊滅しました。

 

 

丁度、2両編成の列車が来たので、パチリ。

 

【駅名<カルボナード・島越>の由来】(賢治詩碑の解説より抜粋)

カルボナードは宮沢賢治の童話

「グスコーブドリの伝記」の中の火山島の名前です。

主人公は燃えるような情熱と意欲を持った青年で

住民を守るために命をささげました。

その行動と勇気は田野畑村の先人そのものです

島越の「島」にちなんで火山の名前を愛称としました

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