舞台を私の事務所へ移すことにする。

事務所に着くと、田所はソファーにどっかりと座り込み、

資料の山をバサバサと机に広げた。

出したコーヒーを2杯立て続けに飲みながら

私にこの事件の概要を説明する。


「この事件は、外事としてもずっと追っていた案件だった。

ただ、ここで死人が出ちまった以上、どこかで誰かがけじめをつけないと

終わらないんだ。まぁ、これは警察というお役所の建前上の理論だ。

ただな、俺はこの議員が気にくわん。

日本への麻薬輸送に手を貸す議員など、死刑相当だと思ってる。

尻尾をなかなか出さないんだが、こいつのような売国奴は絶対に逮捕する。

それが警察官としての俺の務めだ。」



正義感に燃える警察官と汚名を晴らす元スパイの共同戦線。

まずは議員の動向をチェックすることから始めた。

田所と私は面が割れている危険性があったため、

私はすぐに堺に電話をし、張り込みの依頼をした。

依頼料は私のポケットマネーで500万を先払い。

堺はすぐに議員の張り込みを開始した。



私たちは、

密輸ルートと議員の関与の裏を取るために北海道へと向かった。




この事件の裏には議員だけでなく、

奥深いスパイの歴史も垣間見ることができるのだが・・・



北海道に渡った私たちは、麻薬密輸のブローカーを割り出し、

ブツの卸元の情報を得ることに成功した。

とはいえ、これは田所警部補のパー(警察手帳)効果によるものが大きい。

探偵は、その正体を明かすことなく調査するために、

調査が困難なときも多々あるが警察官であれば、

いざとなれば警察手帳が使える。

いやがおうにも、探偵の限界を感じ取った捜査だった。

今の日本ではやはり、犯罪調査に関してはこの

警察手帳の威光にかなうものはない。



ブツの卸元はロシア人だった。
日本の暴力団の手回しで、

札幌の全日空ホテルに潜伏していることを突き止めた私たちは、

すぐにホテルの部屋に乗り込んだ。厳密に言えば違法捜査であるが、

今回の捜査は麻薬密輸団全員の逮捕を目的としていない。

松尾への殺人容疑、ならびにこの麻薬密輸にかかわったとされる

某社会主義政党の議員を逮捕、もしくは非合法に追い詰めることを

目的としていたため、違法捜査であろうが関係ないし、

通常の捜査手順では協力を求めるはずの北海道警にも

一切連絡はしていない。



そもそも、田所は警察内では外事課と名乗っているだけで、

表向きの身分は司法警察員ではない。

手帳があっても身分なき警察官である。

決して表に出てこない警察官-特命を与えられ、潜入、工作、

そして非合法手段で問題を解決していく-そんな警察官たちもいるのだ。

彼らは外部との自由な連絡は禁止され、

プライバシーはほぼないといっていい。女性が欲しくなれば、

組織であてがうこともするような、

そんな組織が警察内にある。これは、本当の話だ。



一般的に言われているように、

刑事警察の捜査と公安警察の捜査方法、捜査方針は違う。

というか、各セクションによってやり方はそれぞれだといっても過言ではない。

警察は、一般人が考える「警察=犯罪があれば捜査し、犯人を逮捕する」

という考えをもっていない。

 

あくまでも行政警察、司法警察としての法や方針に基づいた

運用をされるだけである。

その結果として、犯人が逮捕されたり、

政治的理由で見送ったりするだけの話だ。

そして今回われわれが行っている捜査の場合は、

殺人犯や密輸犯の逮捕、というよりそのような

不法勢力の「排除」を目的としている。


ただその「排除」を行う理由は田所と私で違っていた。

田所はもちろん「任務」で行うだろうし、

私は「悪評を晴らす」ために行っている。


つづく。