現在この国を動かしている代表的なシステムというのは
法治主義
民主主義
資本主義
自由主義
合理主義
といえます。
私はこれを否定するものではありません。
ただ、当たり前のようにこれらの因習を
何の疑いもなしに私たちが”常識”
もしくは”正しいこと”として受け入れてしまっており、
思考・思想がその枠に閉じ込められてしまっていることは
問題であると懸念しています。
当たり前のように受け入れている
これらのシステムを我々はどの程度
理解しているのでしょうか?
法治主義
民主主義
資本主義
自由主義
合理主義
といったシステムはそれが制度である限り
常に不完全なものだと理解しなければなりません。
また同時に他のどのような制度を新しく設けたとしても
それもまた不完全なシステムに過ぎないでしょう。
政治・経済を動かすこれらのシステムは
これより古いものよりは改善されたものではあるでしょうが、
最大多数の最大幸福を実現するために
有効な作用をすると同時に
副作用を発症させることもあるのです。
また、時間の経過によって制度疲労を起こし、
腐食・腐敗もあらわになってきます。
昨今の政治・経済・社会の状況は
そのことを如実に明らかにしています。
システムという権威の下にぶら下がり、
権威の下の利権を維持しよう、保守しようという
システム本来の目的を忘れ、利権維持の都合を優先させ、
体制を確立し、徒党を組んで大衆に押し付けるような勢力組織が
錆のように、癌細胞のように拡がっていくのです。
これらのシステムは長い人類文明の歴史のなかの
直近のたった150年程度しか権威としての実証がない
制度・システムに過ぎません。
政治・経済・社会のシステムというものは
引き継ぐこともできるものですが、
新しく創造していくこともできるものなのです。
150年ほど前の”人”たちが持っていた
知識や情報というものは今に比べれば
相当限られたものに過ぎなかったでしょう。
そのときの”人”たちが社会を動かすシステムを
確立できたのですから、
こんなにたくさんの情報を得た我々の時代であるならば、
いろいろな改善策や、全く新しい可能性を
創造することができるはずではないでしょうか?
そのためには、
固定観念を捨て、ゼロベースで人間の幸福を中心に
社会を動かすシステムを想像する思考や思想を
持つべきであると思います。
150年前の”人”たちがそれをなしえたのは、
何もはじめから優れた人たちだったからではないでしょう。
それ以前の社会を動かし支えていたシステム
封建・王政・階級・差別など
といったものが時間の経過により疲弊・腐敗し
それに疑問を持った”人”たちが
社会システムを変革する必要に気づき、
立ち上がり、築きあげていったのです。
今、まさに現代の”人”一人ひとりが
疑問を持ち、思考・思想し、
主体的に社会に参加して、
次代を拓いていく”必要”に迫られている時機なのだと
私は確信しています。