ホーチミン市の夜

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ベトナムの写真をアップしていきます、と言っておいて全然していませんでしたね。ごめんなさい。

ホーチミン市はフランス統治時代の面影がよく残っている街で、この写真のような立派な建物がたくさんありました。インドで大活躍した三脚を今回も持って行ったのですが、この夜はホテルに忘れてしまって綺麗な夜景を撮ることができませんでした。

この街に来てまず驚くのがバイクの多さです。
とっても、とっても多くの人がノーヘルでバイクに乗っています。それが朝から晩まで絶えることがありません。しかも信号もあってないようなもので、歩行者が道を渡ることはとっても大変です(特に外国人)。横断歩道で待っていても誰も止まってくれません。次々とやってくるバイクの中に勇気をだして入っていかないといつまでたっても道を渡れないのです。

一度僕たちは夕方のラッシュ時にそんな調子でバイクの流れの中に半ば無理矢理入っていきました。一応数台のバイクがスピードを緩めて僕たちを渡らしてくれようとしました。しかしその後ろのバイクがスピードを出しすぎていて「キーッ!」っと激しいブレーキ音をたてて前のバイク(どちらも二人乗り)にぶつかってしまい、4人が道にぶっ倒れました。僕たちはヒェーとびっくりしていまい、またもといた路肩に戻ってしまいました。倒れた人たちは特に怪我もないようで、僕たちに何も言わずに走り去っていきました。

ちょっとあれは僕たちも無理しすぎたかなと反省しています。

こちらではバイクの二人乗りは大丈夫で三人乗り、四人乗りは禁止されているらしいのです。ただ、家族での三、四人乗りは除いて。その理由は家族で乗っているのを取り締まったらかわいそうだからです。
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フォ~

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ベトナムへ行って僕が一番食べたかったもの、それがフォーです。

1日目はフォーを食べることが出来ず、2日目は朝から食べる気満々でした。ホテルを出て最初に行ったのが、すぐ前にあるベトナム戦争資料館でした。そこにはベトナム戦争時代にアメリカ軍が残していった飛行機や戦車、大砲、爆弾が置かれていました。

最初の建物に入ると、従軍写真家が撮ったベトナム戦争の真実がありました。アメリカ軍兵がベトナム人に虐待をしている写真や、攻め入る瞬間などいっぱいでした。それぞれの写真には撮影者の名前が書いてあるのですが、その中に数人の日本人を見つけたのはちょっと驚きました。そんな人がいたなんて全然知りませんでした。そして、Robert Capaの写真も。あの有名な最後の一枚もありました。

他の建物には枯葉剤"Agent Orange"に関するものがありました。そしてそこで一番強烈だったのは、枯葉剤によって奇形となってしまった赤ん坊のホルマリン漬けです。戦争の酷さがそこにありました。

約2時間ほどの資料館での滞在の後、フォー食べれるか?と思いましたが全然食べれる気分でした。どうやら僕の食欲は相当だったみたいです。

とりあえず目に付いた"Pho"と書かれた看板のある店へ。店といっても通りの一角に屋根とちょっとした囲いをつけただけの所で、とても衛生的とは言えません。でも、おもいっきりローカルなフォーを食べたいと思って行きました。ベトナム語しか話せない兄ちゃんになんとかフォーボー(牛肉のフォー)を頼みました。鳥はインフルエンザが怖かったので頼まなかったです。

暫くして持ってこられたフォーは写真にもあるように、少し赤みがかった肉の塊が乗っていて、隅々から赤い汁が出ていました。えっ、こんなのあり!?と戸惑っていたら、兄ちゃんが食べ方を教えてくれました。とりあえず混ぜるらしいです。すると赤い肉の色が変わっていき、いかにも煮えた肉になりました。そして皿の上の草を適当にちぎって入れて、香辛料も好みで入れて食べます。

ウマー!



結局ベトナムでは3回ほどフォーを食べましたが、ここが一番うまかったです。他のフォーはきれい過ぎるというか、整いすぎるというか・・・。またこの店に行きたいです。
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暫くブログの更新していませんで失礼しました・・・。

実はベトナムへ行ってました。
ちなみに上の写真はホテルの前にいた突っ込みどころ満載の「超偽ミニー」とそれを見つけてすごい笑顔の僕です。

3泊4日で成田発、台北乗り継ぎの旅行です。
行ったのはS庄さんとMY子ちゃんとその友達です。約6時間かけて着いたホーチミン市はとても暑く、摂氏33度との事でした。急に夏になりました。

ベトナム料理を食べたり、建物を見たり、ベトナム料理を食べたり、昼寝をしたり、ベトナム戦争資料館へ行ったり、おみやげを買ったり、ベトナム料理を食べたりしていました。

一番印象に残っていることは、人がみんないい人だったということです。言葉が全然通じなくても、みんな笑顔を見せてくれる。レストランの兄ちゃんだったり、お土産屋さんのおばちゃんだったり、タクシーの兄ちゃんだったり、みんなとてもよい笑顔をしていた。そんなときは言葉が通じなくても心が通じた気持ちになる。
インドとは大違いでした。

また少しづつ写真をアップしていきます。
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