2004-10-11 01:26:13

次に触ったコンピューター(と朴先生の思い出)

テーマ:私のIT遍歴
                 ↑↑↑↑↑
              私にとって最初のパソコン

中学生になり、塾に通い始めた。すると「朴(パク)先生」というちょっと日本人らしからぬ数学の先生に習うことになった。

朴先生の授業は一風変わっていて、普通に習うこと以外に、かなり高度な話をしてくる。例えばこんな質問。

 「1を0で割ったらいくつになる?

曰く、

 「1を1で割れば1。1を0.5で割れば2。1を0.1で割れば10・・・。と、どんどん0に近い数で割っていくと、答えはどんどん大きくなる。つまり、0で割ると答えは無限大になるんだ。」

と。しかし続けてこんなことを言う。

 「じゃ、1をマイナス1で割ったら? マイナス1だね。マイナス0.5で割ったら答えはマイナス2だね。。。となると、マイナスの値で0に近い数で割ると、今度は答えがマイナス無限大?

うーん、確かにそうだなぁ。一体どうなるんだ???

という感じで哲学的な話をぶつけてくる先生で、直感的にただならぬ頭の良さを感じた。

で、ひょんな事からその先生の家に遊びに行くことになった。友人と二人、自転車で30分、長い登り坂を上っていくと先生の家があった。一軒家だ。家の中には書斎があり、そこにはよく分からない画面付の機械があった。

朴先生はその機械をいじり始めると、画面にスペースインベーダーやボウリングゲームが登場した。私たちは夢中になってイジらせてもらった。

どうやらその機械はプログラムというもので動作が決まっていて、それをいじると動作が変わるということで、先生は我々にそれを実演してみせた。私たちは宙を浮いているような気分であった。

つまりそれが、私が見た初めてのパーソナルコンピュータであった。おぼろげに「Tなんとか80」という型番が記憶に残った。

先ほどネットで探してみたら、そのパソコンが現れた。「TRS-80」というらしい。23年ぶりに遭遇したそいつは、今見ても完全にパソコンである。

値段は$600程度。かなり安い。アメリカのTandy Radio Shack社製品だそうだ。スペックはメモリが4KBCPUは1.77MHz(GHzではない!!)8ビットだそうだ。

何と言ってもBASIC言語が搭載されている点が特筆すべきである。パソコン黎明期の話題にBASICは欠かせない。

今思うに、最初に触ったコンピューターからは随分進化していた。

なお、朴先生はその後で親が経営してる朝鮮料理屋さんに私たちを連れてってくれ、ご馳走してくれた。食事をしながら、私は何気なく「先生はどこ出身ですか?」と尋ねところ、ちょっと陰のある表情で「北朝鮮だよ。韓国の北にあるんだ」と答えた。

今も残るおぼろげな記憶によれば、「日本人じゃないから学校の先生にはなれないんだよ」というようなことも言っていた気がする(そういう制度だったんでしょうか?)。私は何となく、訊いてはいけない事を質問してしまった気がした。

今思えば、理由は推察できる。多分在日朝鮮人2世なのだろう。1981年の田舎町ではそういった類の話題は影を含んでいたのかもしれない。当時の私たちにはよく分からないことだった。

しかし朴先生の言葉の行間には、「君達の時代はそんなことを気にする必要はないんだぞ」と普遍的な真理が含まれていた気がした。

ちなみにその時一緒にいた友人とは、中学時代共にパソコンに没頭することになる。

(その後の進化は別の記事に続く・・・)
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2004-10-03 03:34:28

最初に触ったコンピューター

テーマ:私のIT遍歴
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           そうそう、この丸いキーボード!

パソコンブームは NEC PC-8001 あたりから爆発的になったのだが、私の場合、最初に触ったコンピューターはもっと古かった。

約30年前(1975年頃)、地元に青少年向けの科学センターなる建物があった。プラネタリウムあり未来都市の模型あり、そして今では当たり前になりつつTV電話が置いてあるような、子供の夢を膨らませる施設だ。

その中に「コンピューター室」という部屋があった。行くと必ず白衣を来た博士みたいな人がいて、さながら "Back To The Future" のドク。そして壁一面にコンピュータから出力された絵文字の化け物。モナリザなどの絵画や人の顔が「*」「#」「@」といった記号・文字で出来ていて、1m×1mぐらいの大きさで貼り付けてある。今で言うオタクの部屋なのかも。

そして子供の憧れ、「コンピューター」なる機械が中央に鎮座している。人気なかなか触れなかったのだが、時々こいつを触ることができた(見た目は今のPCのようなものでなく、どちらかというとタイプライターのお化けのような感じ)。

といって、当時小学1~2年生の私に何が出来るわけでもなく、壁に貼っている「2+3の計算をするには」といった模範入力方法を真似て、一つ一つ恐る恐る打ち込んでいたのだ。

今の皆さんには想像できないだろうが、当時のその機械は「2+3」の計算をする場合、電卓のように「2+3」と入力するのではない。

 「A」「↓」「2」「B」「↓」「2」「A」「B」「+」「=」

といった風(だったかな?)に、よく分からないルールで入力するのだ(まぁ、今思えば変数に数値を代入し、それを演算するというオーソドックスな方法なのだが・・・)。

他にも「生年月日を入力するとその日の曜日や今日までの日数が計算できる」といったよくありがちな計算もあったりして、訳も分からず夢中に入力していた。部屋に来ていた中学生ぐらいのお兄さん達はもっと難しい計算をさせていたようだ。

そして今のPCと決定的に違うのは、「スクリーンがない」ということ。出力は全てプリンター。ギーチギーチと出力するラインプリンターだ。最近そういえばすっかり見なくなったな。

おぼろげに「Olivetti」というロゴマークを記憶しているので、ネットでいろいろ検索したが、どうやら「Performa 652」という機種らしい。リンクしたこのサイトによれば、CPUは4ビット、メモリーは4~32KBと、今のPCの10万分の1ぐらい?のスペックだ。

そんなものが恐ろしい化け物に見えた当時に私にとって、今のこの「パソコン」「インターネット」「ブログ」などというものは想像するべくもない

(その後の進化は別の記事に続く・・・)
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