DEAR MY G-LOVERS

ボクのイマの声は
GACKTブロマガに載せてるから、
全てを読みたい人はブロマガでチェックしてくれ。

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※この記事はGACKTブロマガ
"編集後記"のコーナーから抜粋したものです。

 

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墓に手を合わせながら考えた。
ソロになって17年、
同じく彼が逝って17年。
また一つ歳を重ねることとなった。

あっという間だ。

 

この長いLASTVISUALIVEツアーも、
7月2日、3日に行われた、
さいたまスーパーアリーナ2DAYSで
日本公演の幕を無事に閉じた。

 

ボクGACKTの誕生日を
両日とも祝ってくれたオマエに
多くのLOVERSのみんなに
心から感謝の気持ちを届けたい。
そして、
参加はできなくても
たくさんの想いを送ってくれた
LOVERSのみんなにも
同じく感謝の気持ちを届けたい。

 


本当にありがとう。

 

気がつけばあっという間。
一つ歳上だった彼が、
今では随分と年下となった。

 

『早いもんだ、もう17年か・・・。
 今年で43になったよ』

 

彼の前で言葉が漏れた。

 

20代の中頃は、
【誕生日なんて別にもう何の意味も持たない・・・】
そんな風に思っていた。

 

 


ところが、
30代中頃から歳を重ねることの意味と
その大切さが少しずつ心に響くようになった。
海外ではよく、
「歳はただのナンバー」
なんてことを言われるが、
ボクはそうは思わない。
その年数をここまで走り続けてきた
自分の歴史を語る大切な数字だ。

 

本気で人生を走ってるヤツなら、
けっしてただの数字なんてことは
思わないはずだ。

今回の最終公演を迎える前に、
ホールツアーのラストを飾ったのは
故郷沖縄の二公演だった。
その沖縄公演の数日前に現地入りをして、
30人のメンバー、ダンサー、スタッフと共に
三時間炎天下の中、
一族の墓掃除をすることとなった。

 

久し振りに帰って来たこともあり、
まずは掃除をしてしっかりと心を正して
ライブをしようということになった。

 

そして、
メンバーやダンサーは
それを手伝ってくれるということで
彼らもまた沖縄に数日前から入ることになった。

 

実際に掃除が始まってからの三時間、
汗だくになりながら
必死になってる自分に少し笑えた。

 

こんな風に必死に掃除をすることも普段はない。
ところが、
細かい汚れまで必死に落とそうとしている自分が
とても可笑しかった。

 


そのこともあってか、
全員きっちりと気持ちを整理させた上で
最高のライブを故郷沖縄で行うことが出来た。
それほど、
この沖縄でライブをやることは
ボク自身にとっても、
大きな意味を持っていた。

 


前回、
7年前にビジュアライブで
沖縄に帰って来たとき、
カラダを壊していた祖母が
支えられながらライブに足を運んだ。

 

そして、
ライブが終わった後、

『ガクのファンが見ているのに、
 かっこわるいところは見せられない!』

と、
一人で歩いて会場を出て行った。
なんともプライドの高い祖母だった。
ボクはそんな祖母が大好きだった。

 

 


そして、
今回のライブも祖母に見せてやりたかった。
たくさんのエネルギーを届けたかった。

 

だが、
今回のツアーまで祖母のカラダは持たなかった。
去年、
105歳で逝ってしまったが、

 

『きっと会場のどこかで見ていたよ・・・。
 喜んでるよ、きっと』

 

と、さりげない姉の言葉に涙が出た。

 


墓を掃除し終わった後、
年々、
先祖に手を合わせる意味が
深くなってきていることに気づく。

 

不思議な気分だった。

 

 


最後に手を合わせながら
なにか想いを伝えようとしたが、
不思議なことに何の言葉も頭の中に浮かんでこない。

 

むしろ、
ポッカリと穴が空いたような・・・、
『無心とはこんな感じなのか・・・』
と思うほど、
何も浮かんでこないまま
ただずっと手を合わせていた。

 


何かの言葉を投げかけるわけでもなく、
ただただ、
無心に手を合わせている感覚が
不思議な感じだった。

 

その後、
全員が手を合わせるのを後ろから見ながら

 

『ボクはいつまでやれるのだろうか・・・』

 

と頭をよぎった。

 

全員が手を合わせた後に、
挨拶を求められたが上手に言葉に出来ずに
空を見上げると、
【ファミリー】
という言葉が何故かふと落ちてきた。

 

 

 

【ファミリー】

 

ただ、
過酷なツアーを一緒に過ごしたから
ファミリーになったわけじゃない。
必死に汗を流し、
時には血を流し、
目的達成のために自分を捧げ、
同じ目指すところを見て共に走る。

 


言葉で言うと、
簡単なように聞こえるが
それを毎日繰り返し持続していくこと、
その気持ちを高めて行くことは
実に難しい。

 

ボクの右腕でもありウチで最長老のマサジーが
以前、言った言葉を今でも強く憶えている。

 

2011年の震災直後、
被災地の様子がまだ全然把握できていない、
放射能の影響なども
まったくワカラない中で、
物資を被災地に運ぶのを
彼が買って出たときのことだ。

『若、オレはさ。
 これで本当に若のファミリーになれる気がするんだよ。
 家族とファミリーは違う。
 家族ってのは同じ血を引く者。
 ファミリーってのは愛する者のために
 自分の血を流せる者。
 じゃ、行ってくるよ・・・。
 若の想いを届けてくる』

 

あの恐ろしい震災発生直後、
不眠不休で動いていた中での出来事だ。

状況は違えど、
ギリギリの状態で
共にいつも過ごしていた仲間が
今、ファミリーとなった。

 


そして、
無事にツアーが終わった。

 

無事とは言えないかも知れないが
ギリギリでここまで来た。
カラダもなんとか持ってくれた。
最後は気力だけでやっていた。

 

疲労がピークを超えたせいか、
他の原因が絡んでいたのか、
肌にも内蔵にも、
ドンドンダメージが現れるようになった。
だが、
泣き言など言ってる暇はなかった。
とにかく、
あと数本なんだ…と、
気力を振り絞って向き合っていた。
そして終わりを迎えたとき、
力尽きて倒れていた。

 


以前から自分に決めていることがある。
【途中でできなくなったら、即引退】

 

ステージに上がるってことは、
ボクにとってそれだけ覚悟がいること。
だからこそ、
トレーニングも自己管理も
何もかも真剣に向き合わないと
このカラダじゃすぐにダメになってしまう。

 

ボクは元々、
カラダが強いわけじゃない。
幼少の頃は、
病院にいる方が多かった。

昔は、
「なぜ自分だけ
これほどカラダが弱いのか?」
と親を恨んだりもした。

 

今はむしろ、
このカラダの弱さに
感謝することさえある。
弱いからこそ、
わかることがたくさんある。

 

このカラダだから
やらなければならないことを
しっかりやろうと毎日向き合える。
いい加減な生活をすれば、
すぐにダメになってしまう。

ボクは、
自分自身の心の弱さを知っている。

 

19歳までは自分の行動力のなさも、
色んな失敗もすべて
努力しないことも何もかも
自分のカラダが弱いことを
言い訳にしていた。

 

今は違う。
カラダが弱いからこそ、
弱い者の気持ちが理解できる。
弱いからこそ、
努力しなければならないことを
切実に痛感し、
それを継続できる。
食生活もしっかりと管理しなければ
すぐにダメになってしまう。
自分の好きなものだけ
食べるような生活習慣じゃ、
あっという間にダメになる。

 


恐らく、
カラダの強い人達は
ここまで自分のカラダと
向き合うことはしないだろう。

 

ある一定期間、
何かをやめることはあっても
こんな20年以上も食事制限などしないだろうし、
好きなものを好きなように食べ、
太れば少し痩せて…ぐらいの感じだろう。

 

ボクも、
もしカラダが強ければ
きっとそうしていただろうし
それが自然なことだと思うわけだ。

 


昔、
ボクの友人の何気ない言葉を
今でも覚えている。

 

朝食代わりに取っている、
大量のビタミンとミネラルのサプリ、
そしてスロージューサーで作ったジュースを
飲んでいるこの姿を見た友人が
笑いながらボクに向かって言った。

 

「あははは、ウサギの餌か?」

 

別に傷つけようと
言ったわけじゃないんだろう。

 


だが、
自分でもそんな自分の姿を
本当にウサギのようだな…と
情けなく感じたことがあった。

 

今でも、
トレーニング前に訪れる仲間が
ボクのそんな朝食を見ると必ず言う。

 

「たったそれだけですか?」

 

そう、これだけだ。
これでボクのカラダは
食事を取りすぎず、
常に足らない枯渇な状況で23年やってきた。

制限しているものは今でも多い。
それがおかしいとは自分で思っていない。
最近では、
ボクの食生活のもう少し楽なスタイルが、
【シリコンバレーダイエット】などと言われ、
最先端の食生活だと言われるようになっている。

 

ボクからすれば、
人間は常に何かが足らない状況ぐらいが
ちょうどいいと思っている。

 

それは食事だけじゃなく、
自分の欲求に対する意欲を継続するのもそうだ。
満たされてしまうと、
途端に向上欲はなくなる。
いい加減になる。

 


だから、
これでいい。
このカラダでいい。
ボクはボクの生き方でいい。

 

30歳を超えた辺りから
そう思えるようになり始めて、
43歳を迎えた今、
去年よりも今の自分を褒めてやれる。

 

少しずつ嫌いじゃなくなって
向き合って生きてきた。
そして、
そんな自分を多くの仲間、
ファミリーが祝ってくれる。

ボクにとって、
これほど幸せなことはない。

 

誕生日を迎えた翌日に、
彼の墓に手を合わせながら
また言葉が漏れる。

 

「もう17年か…」

 

“Success is not a destination, 
  but the road that you're on. 
  Being successful means that you're working hard 
  and walking your walk every day. 
  You can only live your dream by working hard towards it. 
  That's living your dream.”

 

もう少し頑張るよ。
やらなきゃいけないことが
まだあるから。

 


GACKT

 

 

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