今日は久々の全オフ。
朝目が覚めて「さて今日は何しようかな…」なんて思えることもボクには本当に幸せなこと。

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とりあえずテラスで景色を眺めながらお茶をする。
ようやくマニラでゆっくりする時間が取れそうだ。

「うーん、休みだからゆっくりするかぁ!」

と、さっそくトレーニングウェアに着替えてジムに行こうとしてる時点で休んでない。
まあ、これは日課、ルーティーンと言えばいいのだろうか。
毎日のトレーニングなど重く考えないことだ。そんな気持ちでは続かない。これは歯を磨くのとさほど大差がないことなのだから。そう感じれるようになれば毎日当たり前にやれる。

この4ヶ月、色んな国を飛び回っていたせいか、はたまた長時間の飛行機を何度も何度も乗っていたせいか、
なかなか風邪が治らずずっと体調を崩していた。

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先日のバリの空気が効いたのだろうか。やっと体調が回復して来た。そしてこのマニラの滞在中でファスティングをしてカラダを仕上げ、日本に帰ってからの映画の撮影に入ろうという流れだ。上手く行かせなければ。

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今月はバタバタしてた。
3日に日本に急遽帰ることにしたのもバンドメンバーの誕生日ライブということだった。彼を驚かせようと思いサプライズでステージに飛び込む。ステージ上で喜ぶ半泣きのメンバーの顔を見れて本当によかった。気がつけばそのメンバーとももうすぐ20年になる。

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4日は卒業式サプライズライブのためのリハーサル。
5日は早朝からその卒業式にお邪魔することになったのだが、振り返ってみると毎年こうやってやり続けて来て12年も経ってしまった。あっという間だ、本当に。

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まさか自分がここまで生きられるとも正直思っていなかった。
元来、カラダの弱かったボクは30才までを自分の人生の目標としていた。なんとかそこまでは生きようと思って生きていた。その歳に近づくにつれ死にたくないという恐怖は募っていったが、その歳の誕生日を迎えた瞬間にそれらの恐怖がスーッと消えていった不思議な感覚を今でも覚えている。

何と言えばいいのか…、どう表現していいかわからないが恐怖が完全に無くなった。あれほど死に対して恐怖していたのにも関わらず、「なんとかここまで来ることができた…」という安堵する気持ちと共に、ここからは余生なのだから、いつ死んでも悔いの無いように生きようという新たな気持ちが生まれた。

その日から目が覚めるたびに生きてることに感謝をするようになった。
【今日もまだ生きてる…】と目が覚める時に必ず思う。この話を以前仲間にした時に、彼らから大げさに考えすぎだの、そんなこと考えて生きてる奴はいないだのと言われたが、それはボクからすれば、健康なカラダを持って生まれてきた人間だから、或いは過去に病気でも事故でも死の恐怖を実感したことがないからなのだろう。

そんな風に生きられればそれはそれで幸せなのだろうが、病弱だったボクには縁遠い話だった。だが、そんな風に考えるボク自身を、ボクは今でもダメだとは思っていない。今、こうやってトレーニングをするのも体調を管理するのも今では死ぬのが怖いからではなく、死ぬ瞬間まで全力で無茶をしていたいと思っているからだ。

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この日本の滞在中に仲間の一人が亡くなった。
彼には悪い癖があった。彼の暴飲暴食を何度も目の当たりにし再三忠告をした。「本当にそのままだと死ぬぞ」と何度も忠告をしたが、彼は「ですよねぇ〜」といつもの如く治す気配がなかった。もちろん各々の人生だ。自分の価値観を誰かに押し付けるのは余計なお世話なのだろうが、それでも仲間だったからこそその言葉をいつも投げかけていた。そして突然、早朝に連絡が入って亡くなったことを告げられた。

なんとも言えない気持ちだ。
終わりは突然訪れる。それは誰しもが持っている業であり、大切な人を失うことは必ず何度も経験することだ。亡くなったことは悲しいことではあるが残された者には考えなければならないことがたくさんある。
誰かを失って考えなければならない大切なこととは、自らの最期の瞬間をどうありたいかという姿勢、そしてその瞬間をしっかりイメージできたのであればそこにたどり着くまでにどうやって生きるべきなのか?、そしてそのための行動だろう。

【姿勢】とはいわば【覚悟】、日々の積み重なるもの。

人生は突然何が起こるかわからないからこそ、その瞬間瞬間における自分の姿勢・覚悟とも言えるものをしっかり持たなければならない。

【覚悟なき人生に、悔いなき人生なし】ということなのだろう。

後悔などなるべく少ないほうがいい。どうせなら笑って生きた方がいい。愚痴をこぼすより感謝の言葉を漏らす方がいい。誰かを責める言葉より誰かを救える言葉がいい。敵を増やして死ぬことより、死んでも最期には笑顔で見送ってくれる仲間が多い方がいい。

ボクの歳で人生を語るのはまだ早いのかも知れないが、今のところボクが理解していることは、人生には確固たる【覚悟】と【姿勢】が必要であるということだ。
それは今回東北を訪れた時にも同じことを感じた。

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3月11日、地震で亡くなった方達の魂に手を合わせに東北を訪れた。
この日もかなり寒かったが当日のことをよく知っている現地の仲間が「あの日はもっと寒かったよ…」と言葉を漏らす。復興がずいぶん進んでいる場所、まだ終わってない場所のばらつきはあるものの、以前に比べ随分と綺麗になっていた。
あの頃を思い出す。あの時は自分にできることを無我夢中でやった。一人でも助けられるならと動いていた。多くの仲間が賛同し行動を共にしてくれた。心ない一部の人間にいわれのないことで攻撃もされたがやることは全てやった。とにかく必死だった。そして何度も自分の小ささを感じさせられた日々だった。

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訪れた場所場所で手を合わせる。
人には忘れたいことと忘れちゃいけないことが共にある。ただハッキリと言えることは、あの日に起きたことを過去の記録にしちゃいけないということ。ここから多くを学び未来に繋げる行動をすることがこの震災で亡くなった人たちに対し、今を生きるボクらが出来ること、やらなければならないことのはずだ。

そして、
今この瞬間を生きていることに感謝できるようになれば、もっと自分のやれることを本気でやるようになる。難しいことじゃない。些細な喜びを心から喜び合える仲間にだって出会えるはずだ。
帰りの新幹線で疲れて眠るメンバーの顔に何故か安心させられた。

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その翌日から日本を離れKL、ジャカルタ、バリ、そしてやっとマニラに着いた。
時間ができるとこうやって色んな出来事がバ〜ッと頭の中に蘇る。
だから、忙しくしていたいのか…。いや、こういう時間もきっと大切なこと。

こんな風に考えられるようになったのはボクが歳を取ったからか…。もしそうであれば、歳を重ねることも意外と悪くはない。これが世の中で俗にいう落ち着くというやつなのだろうか…。アグレッシブなボクにはちょうどいいのかもしれない。

うーん、
久し振りにこうやって書き始めたらまた止まらなくなって来たので今日はこの辺で。

みんなが少しでもステキな笑顔で今日という日を過ごせることを心から願っています。
ステキな笑顔でいられますように。

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GACKT