ふうとも『諏訪の木陰から』

お散歩のひとこま。


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みなさん、おはようございます。
そして、ご無沙汰しております。

「たまプレ!」の連載に
ひと区切りをつけてから一か月半、
何をぼやぼやしていたのか、ですって?

引っ越しの準備をしていました。

住まいがある諏訪2丁目住宅の、建て替えにともなうものです。

計画では、この6月から2年半後、
2013年の暮れのころに、
建て替わった新たなマンションに、戻ってくる予定です。

【5月10日(火)13時ころ つつじに見送られて、転居が進みます】
【5月10日(火)13時ころ つつじに見送られて、転居が進みます】

ということで、
ゴールデン・ウィーク以降、
諏訪2丁目住宅は、ちょっとした引っ越しラッシュでした。

諏訪2丁目住宅は、全部で640世帯を抱える地域です。

こんな地域で、
住民の引っ越しが、短期間に集中すると
何が起きるのか。

日々、いたるところで
トラックを目にすることになります。

でも、
同じ階段の住民が、
同じ日に引っ越しをして、
目も当てられないような状況にはなりません。

そうならないために、あらかじめ調整されているからです。

引っ越しの希望日を集めて、
もし、同じ階段で希望日が重なった場合には、ずらすわけですね。

こうして、満開のつつじに見送られて、
住民たちは次々と、仮住まい先に転居して行きます。

ベランダに干される洗濯物が、
夜にともる部屋の明かりが、
日に日に少なくなってゆくのです。

【5月6日(火)10時ころ 満開のつつじと、洗濯物が少なくなったベランダ】
【5月6日(火)10時ころ 満開のつつじと、洗濯物が少なくなったベランダ】

諏訪2丁目住宅は、
今年、築41年目を迎えました。

入居が始まったのは、
1971年(昭和36年)のことです。

ひとびとが首都圏に集まり続けた時代に、
その受け皿となる、大規模なベッド・タウンとして開発された
多摩ニュータウン。

その多摩ニュータウンにおいて、最初に入居が始まったのが、
われらが諏訪2丁目住宅なのです。

それから40年後、
今回の建て替え計画が、いよいよはじまります。

こんな大規模な分譲住宅の建て替えは、
日本国内において、前例がないようです。

そりゃ、そうですよね。

国の急激な成長と、その成長を支えることで、
都市が果たす役割がかわる中、
はじめて作り上げられたのが、日本のニュータウンであり、
その先駆けとなる分譲住宅なんですから。

いわば、
日本が急速に成長していた時代の課題を先取りして建てられ、
じわじわと成熟していく時代の課題を先取りして、建て替えに挑むのです。

【6月6日(月)9時30分ころ 粗大ごみは、通常のスペースでは間に合わず、芝生の上に】
【6月6日(月)9時30分ころ 粗大ごみは、通常のスペースでは間に合わず、芝生の上に】

そして、
今年、2011年は、
われわれ日本に生きる者にとって、
特別な一年になるはずです(関連コラム1)。

3月11日の大震災、それにともなう、津波、
そして、福島の原子力発電所の事故という、
複合的な災害によって。

この中で、
ひたひたと、実感したことがありますよね。

ひととひとの、つながりの大切さ。
住まいを支える、近所のみなさんとの助け合いのありがたさ。
もっと広げて、地域の共同体の充実の重さ。

まさに、諏訪2丁目住宅に、備わっていたものでした。

いまや団地内を
うっそうと覆う森のように、
建設時に一度、裸にした状態から、
時間をかけて、手間をかけて、築き上げられてきたのです。

自分たちで管理し、
毎月のように、芝を刈って、ともに汗を流し(関連コラム2)、
正月には、どんと焼きで、ともに無事を祈り(関連コラム3)、
夏には、盆踊りや夏祭りで、ともに暑さを愉しんで、
じっくりと、地道に、培ってきたからこそ、できたものだと感じます。

だいたい、地域のつながり、というと、
女性、とくに、主婦の皆さんに
偏りがちな向きがありますよね。

諏訪2丁目住宅にあるのは、
文字通りの、老若男女のつながりです。

なんだか、地をはっていて、
「ネットワーク」とは、書きたくありませんね。

【6月6日(月)9時30分ころ 芝生の上のスペースに置かれたたんすが、こじんまりとみえるほど木が茂っています】
【6月6日(月)9時30分ころ 芝生の上のスペースに置かれたたんすが、こじんまりと
 みえるほど木が茂っています】


諏訪2丁目住宅の入居者は、
最初は、30歳代の入居者が多かったようです。

急激な成長を支える働き手のみなさんです。
お正月になれば、親元へと帰るのです。

それから40年がたちました。

郷里へ帰っていたはずの人々が、
その娘さんや息子さんを、迎え入れる人々に変わっていました。

いつの間にか、
帰っていく街から、戻ってくる街へと、
諏訪2丁目住宅は、変わっていたのです。

そして、空き家が出れば、
さまざまな世代の入居者が、新たに加わって、
世代が変わって行きます。

こうして、
芝を刈り、神輿を担ぎ、どんとを焼くひとが
少しずつ変わりながら、
世代が入り混じったつながりが、できあがったわけです。

たぶん、
この密接なつながりなくして、
建て替えの計画の推進と、
いまの引っ越し時の、
この規模にしては、奇跡といえるほどの混乱の少なさは、
ありえなかったでしょう。

【6月6日(月)9時30分ころ たんぽぽが、伸びきっています。草刈りをしなかったからです】
【6月6日(月)9時30分ころ たんぽぽが、伸びきっています。草刈りをしなかったからです】

今年は、結局、
草刈りはすべて中止となりました。

転居が進んで、
住人が集まれる状況では、ありませんから。

そうこうしているうちに、
見慣れないお花畑が出現しました。

たんぽぽが、青い空に向かって、伸びきっているのです。
諏訪2丁目住宅では、とても珍しい光景です。

いつもは、短く刈ってしまいますからね。

【6月12日(日)15時30分ころ 建設当時のまま使っていたり、思いっきりカスタマイズしていたり、思い思いに部屋を使っています】
【6月12日(日)15時30分ころ 建設当時のまま使っていたり、思いっきり
 カスタマイズしていたり、思い思いに部屋を使っています】


引っ越す前の日の、
諏訪2丁目住宅のわが家を。

サイドボードとテーブル周り、レースのカーテンなど、
多くのものは、わたしの前のオーナーさんから受け継いだものです。

かなり
カスタマイズされた部屋だと思います。

みなさん、思い思いに住んできた例として、ご参考までに。

【6月4日(土)16時30分ころ 夕日を浴びれば、外壁が赤く染まります】
【6月4日(土)16時30分ころ 夕日を浴びれば、外壁が赤く染まります】

さあ、
そろそろ、お別れですね。

多摩を離れて、
だけど、多摩を忘れず、過ごしてゆきます。

ほら、
夕日を浴びれば、外壁が赤く染まるのです。


【この稿は、「たまプレ!」の連載『諏訪の木陰から』に、2011年6月16日(木)付けで掲載された内容の転載です】
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