双葉住宅のブログ

寝屋川市の小さな街の不動産屋日記


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 先日、死後の世界にいるかのような不思議な夢を見た。
私はただ宇宙空間を浮かんで漂っているだけだった。
既に亡くなっている親戚や友人、知人が自然に微笑んだ顔をして空間を漂っていた。
皆、互いに話もせず、黙って微笑みながら浮かんでいるだけで、
そこは音も風も何もない不思議な空間だった。
 
 平和で静かな実に落ち着いた雰囲気だった。私は夢の中で、
死後の世界はこんなだったら、死ぬのも悪くはない、怖くもないなどと思いながら、
安心してその雰囲気を楽しんでいた。
 
 目が覚めてから、何とも言えない落ち着いた爽やかな気分に浸っている自分に気がついた。

 

 それからは殆ど毎日、その時の夢の世界を思い出しては、
一種名状し難い瞬間を味わっては落ち着いたりするのである。
 
 今の世の中もこんな雰囲気だったら良いものをと思うけれど、
そんな世界になったら退屈で仕方がないかもしれない。
この混沌とした現世だから面白いのだろう。
人間は勝手なもので、現世であれこれ喘いでいると、
そんな死後の静かな世界に憧れるのだろう。
でも、死んだらそんな争いや憎しみのない世界が待っていると、
思うのも悪くはない。歳の所為かそんなことを考える。
 
 
 
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 本来の私は余り仕事は好きではないのだけど、これと言って特別の趣味もないので、或る程度仕方なく仕事をさせられている感じである。でも仕事をしてお金を稼がないと今のところ生活に支障を来たすので、やるべき仕事があると言うことは実のところ有り難いことなのである。しかしそんな時にでも話の上手なお方が来てくれたり、話や気が合うお方がやって来てくれ、他愛のない話をしているだけでも疲れが取れるから実に不思議である。そんな友人は滅多にいないのであるが、幸いなことに3~4人の親しい友人が私に付き合ってくれているので有り難いことである。そんな方が一人でも欠けたら私はどうなるのだろうかと考えるだけでも寂しく思うことがある。
 今日は一棟の収益マンションを事務員さんに検索して貰って下見に行ってきたが、値段の割には見劣りする物件ばかりだった。
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 今朝も寒かったので起床はゆっくりだった。昨夜は割合早くベッドに入ったのだが、いつもと違って直ぐには眠れなかった。朝食後も何だか僅かに元気がなかったので、寝屋川市の「湯快のゆ」という温泉にでも行って気分転換しようと思ったが、昼から温泉に入ったら風邪でも引いたら大変だと思って、温泉は取りやめてイオンに向けて車を走らせ、先ずはドトールで熱いコーヒーを飲んで、三階の未来屋という本屋でコミック交じりの「古事記」の本を買った。この間買った会社経営に関する本と広兼憲史著の「広兼流60歳からのてぶら人生」という本も持参していたので、まるで読書青年のような気分になって、三冊を代わるがわるページをめくった。その中の一冊を二時間ばかり読んでから広場に在る「花まるうどん」だったか、そこで天ぷらとうどんを頼んで昼食にした。
 
 この間プリウスの12か月点検の案内状がきていたのを思い出して大阪トヨペットに飛び入りしたら、予約客の車が沢山並んでいた。駆けつけてきたサービスマンが二時間以上待って貰わねばならないので…と言ったが、こっちは三冊の本を持っていたことでもあったので、何時間でも待ちますよと言って点検をお願いした。その間に一冊の本を読んでしまいコーヒーとリンゴジュースを頂くことが出来た。点検が終わるまでに読んでしまいたいとの気持ちだったので集中して読むことが出来た。ある程度時間を区切って本を読んだり仕事をするのはスピードを高め集中力を養う為に有効である。
 
 点検と僅かの修理(?)を終えてから時間があったので、30年前に住んでいた家と近くのスーパーを見て、直ぐ近くの神社にお詣りしてきた。結構有意義な休日になった。
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 永らくブログには見向きもせず、毎日フェイスブックばかりに興じている。フェイスブックは誰かが記事やコメントをアップしたものに自分の感想なりを気楽に面白可笑しく載せればいいのであるから気分転換になるし、或る程度冗談を交えてのやり取りになるので、割合気楽にやりとり出来るのである。
 ところがブログとなると相手がいないので、自分一人で考えて書かなければならないので、少しばかり大変である。一週間ほど前の1月29日に74歳の誕生日を迎え、老人会や家族に祝って貰ったが、あと9年間健康で働く目標を立てているので、74歳ごときで喜んでもおれないのである。去年多少の資料や裏付けを見せながら、2027年まで働くことを銀行に話したら、その話に乗ってくれそこそこ前向きな融資の付き合いをしてくれるようになった。幾つになっても前向きで夢を語りながら生きていると、その気概が相手に通じるのかもしれない。
 しかしこのところの寒さは朝起きにマイナスになる。若い頃から朝起きに弱い私なのに、最近は特に寒いので大変である。こんな事では2027年までもたないだろうから、やはり心身共に健康を目指さなければならないといつもながら痛感するのである。
 
 
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   定休日というので朝ゆっくり寝てたら電話で起こされた。うちの管理しているマンションの入居者が決まったので、その部屋のクリーニングを依頼していた業者からだった。いくら探しても水が出ないのでどうしたものかとの電話だったので、水道メーターが見つからなかったら玄関横の散水栓からバケツに水を汲んで部屋のクリーニングをかけてくれと話した。

 続いてお客さんからの電話で、年末に依頼されていた或る住宅設備がマンション用の特殊な仕様だったので、生憎受注生産の商品でしかも年末年始を挟んでいるので、完成取り付けは一月も半ば過ぎになるだろうと説明していたのだが、お客さんにとってみれば注文した以上は早くして欲しいのが人情なので、まだ入荷しないのか?今の時代に受注生産とは言えこんなに遅いのは解せないとの話だった。年末年始の休みを挟んでいるので遅くなることを説明して了解して頂いていたのであるが、これも致し方のない苦情の一つであろうと自分を納得させた。実はその商品は恐らく明日か明後日には入荷してくるのがほゞ分かっていたのだが、職人の都合もあるので実際に入荷してから確実なことをお客さんに連絡することにした。

 次は下請けのペンキ屋から仕事の報告と仕事に関する他の職人についての電話だった。そして同じような電話が左官屋からも入った。何の商品か忘れたが或る営業の電話や、損保会社の社員からの電話も昨日に続いて今日も入ったが、昨日の電話で水曜は休みなので明日にして欲しいと断った。

 

 そして、そしてだ、あるお方からの突然の電話で、或る女性の訃報の知らせがあり、本人の強い希望もあって、既に家族葬を済ませ告別式も済ませたとの話だった。私より一回りお若いその女性は誰からも慕われ頼りにされていて、私とのお付き合いはかれこれ30年近くになるのである。ある病気になって自宅で療養していたことは丁度一年前に本人から聞いていたのであるが、まさかこんなに早く急逝されるとは思わなかったので、驚いてしまって満足に言葉が出てこなかった。実はそのお方に一日で終わる或る小さな仕事を去年の暮れに聞いていて、その約束の日が明日だったのである。急遽下請けの業者に延期または中止の一報を入れた。思えば二か月ほど前にその女性から「社長、まだ死んでませんよ~、生きてますよ~!」といつもの明るい声で電話があったり、年末にも電話で前述の一日仕事をテキパキと要領よく注文してくれたのであった。それが彼女との最後の会話だったのである。あんなにお元気に電話してくれた、私は妹のように思っていたあの女性が、あれから一か月も経たないうちにお亡くなりになったとはとても信じられず、しばらくは呆然として悲嘆に暮れたものだった。

 

 
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 夕方の五時前だったか、事務所の近くに両翼付き屋根付きの賑やかな軽トラックが止まって、近所の人が軽トラの廻りに集まってきては食料品や調味料などを買い求めていた。近くのイオンがシャッターを降ろして一年半が経過して、極端に買い物に不自由になったので、こうした移動販売車は町の人、特に歳を取った老人や足の不自由な人にとっては実に有り難いのである。聞くところによれば、イオンの中の一軒のテナントが何か特別な理由でテナントを明け渡さないらしい。明け渡しを巡ってイオンとそのテナントが双方弁護士を立てて争っているらしい。そんな状況がもう一年半も続いていて、その間、イオンを利用していた市民特に老人や足の不自由な人は大きな不便をかこっている。皆個人的にはそれぞれ不便を訴えてはいるが、その声が団結しないので、大きな声にはならず事態を解決に向けて動かさないのである。イオンを取り巻く幾つかの自治会や市会議員などが、一致団結して市やイオンやテナントに声を大にして働き掛けなければならないと思うのだが、一向にその気配がないのは実に不思議なことである。

 

 
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 昨年の26日から、寝屋川市の事務所の出入り口に9日から仕事始めますと張り紙をしている。今年は箱根が終わって氏神さんと水無瀬神宮に初詣したら、去年から引きずっていた仕事が中途半端だったので、新年早々焦って仕事するのも落ち着かないと思ったので、4日から事務所に出かけていった。尤も朝はいつもより1時間も2時間も遅い出勤(?)だったが…。今日は知り合いのお客さんが田舎からお米を送ってきたのだと言っておすそ分けしてくれたり、町内のお方が年賀状をくれたので嬉しかったことと、去年だったかどこに頼んでも出来ないと断られた浴室の扉を直してくれたのがいまだに嬉しかったと言って、レジ袋に入った有田のミカンを持参してくれてハンカチで目頭を拭いていた。同じ通りの奥さんがお隣の裏の路地に水が溜まって困るのでどうしたらいいかと言って来られたので、行ってみると会所に腐った木材や金属類、ヘドロなどが一杯だったので、土嚢袋と軍手とブロック、短い材木を持参して行って綺麗に掃除をして上げた。その上、近々近くで工事をするので、忘れなければ余ったモルタルで水はけが良くなるように施工しといてあげようと思った。午後一番に身体が僅かに不自由になった左官屋さんが来られたので近くで予定している左官工事をお願いした。店を開けていたらいろんなお方が入ってきてくれるので退屈しない。ボケている暇がないので有り難い。

 

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 今朝は寝屋川市の萱島の駅の近くの土地のことで、隣接のお方に集まって頂いて土地境界の立ち合いをして頂いた。私をいれて7名のお方が集合してくれ土地家屋調査士の先生が要領よく、分かりやすいように皆さんに説明すると、全員のお方が納得してくれた。先生の人徳と綿密な事前調査が功を奏したのである。どちらも説得力があった。これを見た私は綿密な事前調査の大切さを大いに痛感したものである。午後からはご夫婦が重篤な病気と闘っている関東の友人に肉質での手紙を書いて投函した。差支えなければどんなことでも報告や相談をして欲しいと文末に添え書きした。出来るだけのことをさせて頂こうと腹を括ったら、私の気持ちも随分と落ち着いてきたので実に不思議だった。

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 今日も昨日の続きだが、運命の悪戯で互いに初対面のまま中野坂上の一軒家の二階の6畳の部屋で彼と同居することになった学生時代の私は彼にいろんな面でお世話になった。熊野弁の私と九州弁の彼とは言葉があまり通じず、初めの内は意志の疎通が上手く計れないので、ぎくしゃくした雰囲気だった。

  私は文学や学問とは縁遠い学生でほとんど遊びが専門だったし、彼は漱石や龍之介など文学書を愛読する青年で、しかも法曹を目指していた程の優秀な学生だった。しかしそれでもそんな二人はいつの間にか親しくなり、いつも彼の奢りで下宿の近くの縄のれんをくぐったり、卓球場で汗を流したり、たまには銭湯にも行ったり、都内の名所などを訪ねたりするほどの仲になっていた。そんな時期の夏休みに彼は熊野の私の家を訪ねてきてくれ、小さな商店をしていた私の家の商いの仕事を一か月近くに亘って手伝ってくれたことがあった。夜などは薄汚れた私の部屋で私の二人の妹や弟もも交えてトランプや花札遊びに興じたものだった。そんなありふれた日常的な事が、昨日のメールにはこの熊野時代が一番懐かしく楽しかったと書かかれていたのであるから私には理解し難いほど不思議だった。

 二年生になった私は大学の先輩に曳かれ、大学まで徒歩10分程の下宿の三畳の間にに引っ越して彼に別れを告げた。彼は神奈川県の某大学の法学部に入っていたので、確か横浜辺りに下宿していたと思うが、時々電車を乗り継いで私の下宿を訪ねてくれては夜遅くまで話し込んで帰っていった。そんな時は必ず私の為に上等の握り寿司の折詰を持参してくれたものだった。当時は電話もなかったので彼が訪ねてきても、私がいない時も度々あったが、それでも鍵も掛かっていない私の部屋で電気も付けずに一・二時間も待ってくれたり、折詰を机の上に置いてくれていたことも再々だった。彼はそんな寡黙で優秀なな学生だったのであるが、私はと言えば毎日と言っていいほど遊び呆けていて何の目標もないボンクラ人間だった。こんな述懐をしていると私は彼の為に何もしてあげていないことに今更ながら気が付き、自分の薄情さに気付いて恥じ入るのみである。

 

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 今朝も寒かったのでゆっくり起床して、朝食をとったり新聞を読んだり、昼近くまで家内とだべりながら過ごした。

昨日、関東に住む50年前からの親友から頂いた年賀状にメールアドレスが書かれていたので、そのメール宛に送信して互いにやり取りした。彼の昨日の年賀状の内容は、今年の目標は50年ぶりに私と会うことと、
私と彼の双方が知っているある女性に会うことの二つだとあった。私はその女性の住所や仕事の内容も知っていたので、私はいつでも会いに行くから飯でも食べて一緒に彼女の所に行こうと性急に誘ったが返事は少し重かったので不思議に思っていた。

 今朝、彼からメールが届いて驚いた。かれは或る重篤な病気になって通院していて、その上に彼の奥さんは難病に罹っているので、今のところ私に会ったり、彼女の所に一緒に行く心境でなく、年賀状にそう書いたのは飽くまで希望的な目標だとあった。

だけど二つの希望を一度に適えようと早速知らせてくれて凄く有り難いとも書いていて、50年以上前に熊野の私の家で一か月近く

過ごしたことが強烈に懐かしく思い出される、最高の思い出だと書かれていた。本来なら飛んで行って彼を見舞ったり慰めるところであるが、彼の事情もまだはっきりしないし、迷惑になってはいけないと思って、しばらくはメールで昔の楽しかったことなどを話し合って、気分を良くしてもらおうと考えた。そんな訳で私の気持ちはブルーになってしまって昨日からフェイスブックも見る気にならず、会社に行って書類関係の仕事に専念しようっとしたのであるが、彼のことが思い出されては考え込んだりしたものだった。

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