2008年07月20日 20時33分13秒

祖父の回想録

テーマ:家族

祖母の一周忌の食事会の帰り際、伯父が祖父の回想録を手渡してくれた。


この回想録は、生前の祖父が48年間勤務していた製薬会社から求められて70歳の時に書いたものらしい。


当然ながら、そこに書かれているのは時系列の仕事の履歴書。


大学の同級生の多くが官僚になるので自分もなんとなく同じように試験勉強していたのを、指導教授のすすめで製薬会社へ決めた経緯。


就職してすぐに台湾へ渡り農場を開拓したこと。


次に日本の占領下にあったジャバで農園を管理したこと。


敗戦後、滋賀県油日に農場を開拓し農場長を18年つとめたこと。


新規事業の植物薬品と動物薬品の子会社社長時代のこと。


抜粋だけすると、いわゆる「回想録」なのだが、時代の変化の激しさと、文章にユーモアがあり、一気に読んだ。


たとえば「これまで、もう駄目だ、と思ったことが3回ある」という部分。


どんな精神的に辛い局面に立った時、祖父が「もう駄目だ」と思ったのだろうと想像しながらページをめくる。



1回目は、台湾で農場拡大のための調査中に深い渓流に滑り落ちて激流に巻き込まれたとき。


2回目は、高雄から海軍占領下の海南島に向かう調査船が猛烈な台風に巻き込まれて艦長から覚悟を求められたとき。


3回目は、台湾から大阪への引揚げ船が敵潜水艦に追跡され緊急避難したとき。



と、ここまで書いて「私は根っからの山男で、泳ぎはからきしのカナヅチである」と告白している。


そういえば、祖父と泳ぎに出かけた記憶はない(祖父といっしょに出かけたことで一番覚えているのは、阪神甲子園球場に阪神巨人戦を見に連れて行ってもらった時のことだ)。


それと今回、回想録を読んで納得のいったことがある。


中学生の時に神奈川の家に祖父が大阪から出張でやってきた折、荒れ放題の我が家の庭を見て、炎天下の中、祖父と弟と僕の3人で草むしりをした。


10代の若者は30分も体力がもたなかったが、70歳近くの祖父はまったく疲れた様子を見せなかった。


回想録を読んで、よくわかった。


農場の開拓につぐ開拓を生業としてきた祖父にしてみれば、猫の額のような建売住宅の庭の草むしりなど、どうやっても疲れるはずのないものだったに違いない。


あの暑かった夏の日、「もうキレイだよ。雑草なんてもう残ってないよ」と、兄弟で祖父の背中に向かってささやき続けたが、本当に雑草がまったくなくなるまで、孫の進言が聞き入れられることがなかったのは言うまでもない。



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