fusae ブログ

fusaeは“みんなの笑顔と元気のために”ずっと歌い続けます。
このブログでは日々の思いついた事や、感じた事を書いていきまーす!
ライブ、コンサート情報もお知らせします(^_^)

         2007年11月26日 店主 fusae

~fusaeイベント・インフォメーション2017~
音楽学校poco a poco、シナプサイズ、学校公演、ライブ・コンサート、
ラジオ、メディア掲載情報をお知らせいたします。
※シナプサイズ(R)は商標登録されています。 
     


Piano講演 栃木県女性団体連絡協議会設立30周年記念式典交流会

      日 時:2017年4月21日(金)13時~
      出 演:水野谷房恵
      内 容:トークショウ「女性の生き方」
      場 所:栃木県宇都宮市パルティホール
      ほ か:関係者のみのご来場となります



テーマ:

2017年3月11日、午前1時55分。

 

父がもう二度と動かないことを確認しました。

 

父を栃木に迎えてちょうど1ヶ月でした。

 

父には脳梗塞、髄膜炎など8種類もの病名がついていました。

 

私の「在宅で看取りたい」という思いを、母、ソーシャルワーカーに伝えました。

 

父にもそうしたいことを伝えると、ゆっくり、小さく、頷いていました。

 

けれども父は、病院で逝ってしまいました。

 

何度も何度も東京の病院とやりとりをして、

栃木で知り合った医療関係のかたがたに聞いたりして、

やっと納得するご縁をいただいた宇都宮の療養型の病院でした。

 

父は母と介護タクシーで100キロの道のりをやってきてくれました。

「お父さん、ほら、山が見えてきたよ」「もうすぐ、ふさえの所だよ」と話す母の声を聞きながら、父のふるさと・福島県に近い栃木にやってきました。

 

 

母からバトンタッチした私は、

 

「おとーちゃ−ん、来たよ〜音譜

私は結婚した時から両親を”お父ちゃん””お母ちゃん”と呼んでいます)

 

「どれどれ〜?」と言っては、それまでしたこともない父の身体をアチコチ触り、擦りました。

 

父の体温は34度台になっていました。

 

「パジャマとか洗濯してくるね〜パジャマ」と、親の洗濯物を洗える幸せを47歳で知りました。

(病院に洗濯機は無く、クリーニングシステムも無く、母は私の手を煩わせたくないようで「自宅で洗濯するの〜?もっと衣類買っておこうか?」と申し訳無さそうに言っておりました。親子なのにそうした気遣いをする小さくなった母を愛おしく思いました)

 

行くと必ず、父の18番『娘よ』を歌って聞かせました。

 

父と最期に会った日は、私からの問いかけにもまったく反応しませんでした。

 

「おとーちゃん、ごめん!仕事で今度来られるのは1週間後だぁ」と言った声は、その時もう届かなかったのかも知れません。

 

 

父娘のそうした1ヶ月。

 

母と妹たちに「おねーちゃん、よろしくね!!」と託され、

 

私はいそいそと病院へ通い、

「最期にやっと娘らしいことができたかもしれない」

「間に合った」と放蕩娘は思うのでありました。

 

 

 

父は最期、苦しむことなく逝きました。

 

あの状態で栃木まで来てくれ、放蕩娘に親孝行をさせるために1ヶ月も頑張ったのではないか?と奇跡に感じます。

 

満72歳、数えで73歳でした。

 

母や妹たちもすぐに駆けつけ、

 

葬儀ではピアノからスピーカーから、マイクから持ち込んで、ハチャメチャ音楽葬で見送りました。

 

3人の娘たち、2人の娘婿、6人の孫たちが、歌ったり、踊ったり、そして末期の水ならぬ末期のビール(父はビール好き)。

 

母はいつものようにあきれ顔でそれを見ておりました。

 

泣いたり、笑ったり、fusae家らしい葬儀でした。

 

父は女ばかり(母と娘三姉妹、6人中4人の孫が女)に囲まれて、さぞかし幸せだったことでしょう!!

 

 

 

会話ができなくなってからいっぱい話したね〜、お父ちゃん!

 

やっと本音でやさしい言葉もかけられたし、

 

「ありがとう」を何回も何回も言えたね。

 

おとーちゃんのお陰で、また家族が全員で集まったね〜

 

私たちを育ててくれてありがとう!!

 

ー99%の努力と1%の希みー(おとーちゃんの言葉)

 

99%努力して、なおも1%、希望を見ろ!って言ったおとーちゃんの言葉を胸に、家族みんなで助け合って、前を向いて生きていきたいと思いますにこにこ

 

おとーちゃん、ありがとね〜〜〜〜

 

さんざん迷惑かけまくりの父の人生の最後は、再び家族をひとつにしてくれました。

 

そんな父の葬儀が家族であたたかく執り行えたのも、日光にあるお寺とのご縁が結んでくれたものでした。次回へ続く。

 

クリーニング師だった父の”アイロンを握り続けた右手”と妹との握手。

 

 

ではまた!

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

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日光・こども食堂の原点http://ameblo.jp/fusae/entry-12164356174.html

 

2015年12月24日下野新聞掲載記事 子どもに温かい食事と居場所を 日光・今市http://www.shimotsuke.co.jp/category/life/welfare/medical/news/20151224/2183171

 

2016年5月21日東京新聞掲載記事 食で支える地域の「和」「訪れる人ほっとできる場所に」http://www.tokyo-np.co.jp/article/tochigi/list/201605/CK2016052102000175.html

 

自治会単位(主催)での子ども食堂開催を提案します!

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11日間駆け抜けた貧困T家族支援(全11回シリーズ)

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