福盛貴弘の脳炎日記

脳炎日記です。
2012年に脳炎になってからの入院や病院通い、日常生活で起きたことを素朴に書き記しています。
まずは、予告編2編をご覧ください。
脳の病気には程度差があると思いますが、一見普通に見える人が後遺症に苛まされているさまを
ご笑覧ください。


テーマ:
初めて携帯持ったのいつ? ブログネタ:初めて携帯持ったのいつ? 参加中

持ったことぐらいはある。
ツアコンやってた頃に、会社から貸し出しで持っていったので。

自身で買って持ったことはない。
いまだに必要を感じない。

携帯時代になってから、世の中せわしない。
それがなければ、仕事も生活もできないといったように。

まあ、めんどくさいものである。
あんな小さなものを扱うと目が疲れてしょうがないんで。

だから、公衆電話か家電。
全ての駅は公衆電話を設置してもらいたい。




ドラマの再放送がやっていた。
普段ならいない時間だが、夏休みなので見てみた。

放送当時には見てなかった。
今考えると、その方がよかったのかもしれない。

ドラマは、オーバーな演出や、感動を持っていることは気になる。
ノンフィクションならかまわないが、ドキュメンタリー系だと気になる。

それでも、病人あるあるはある。
その症状は私にもあったということがしばしば。

病名が違えど、表面的に似た症状はある。
そのつらさは人によって違うので、容易に共感はできない。




入院中、公衆電話で電話をかけられるようになったのは、2012年4月。
倒れてから2か月以上たってからだったと思う。

口が上手く動かないだけではない。
ボタンが上手く押せないとかけられない。

そして、対人恐怖症になっているので、見えない人と話すのは怖い。
でも、ある程度知っている人には大丈夫であった。

それでも久しぶりの公衆電話は緊張した。
しばらくはうちのんにしかかけられなかった。

公衆電話が掛けられなくなるシーンでふと思った。
それを失うことを自覚するのと、それに戻ることを自覚するの違いに。





同じことをやるのでも、方向が違えば、感じ方が違う。
だから、病気はややこしい。

まだ戻らない能力はある。
ある程度のあきらめもついている。

案外、そんな能力などなくてもよかったのかもしれない。
そう思う時もある。

その方が、もう一度失うことがないので。
失う怖さは目が覚めて生きているからこそ感じることである。

意識が混乱しているから、感情を制御できない。
悲しみの向こう側に微笑みがあったのかどうかは定かではない。





「私は生きている」
ノートや手紙にそう書きつづっていた頃がよみがえった。

読んでいる方からすれば、よく分からないかもしれない。
書いている方からすれば、そう書くしかないのである。

今考えても、携帯がなかったのはよかったと思っている。
安易に外界とつながらなかったから。

見舞に来た人と直接しゃべる。
そうして生きている姿を直接見せる。

見せられないから見せられる。
この方向も逆方向だと、感じ方は全く異なるんだろう。




症状は重くても軽くても、共通のあるあるはある。
せめて、それを笑いとばしたいのが、このブログの趣旨。

こんをつめずに生きていく。
それができれば、脳は楽になるんだが。

世の中、せわしなさすぎる。
ゆったりたっぷりのんびり生きていきたいものである。

あっ、別にホテル三日月の宣伝をしてるわけじゃないんで。
今のところ行く予定はないんで。

でも、木更津にいる卒業生に勧められている。
一応、温泉ブログだから、前向きに善処することにする。







→ 「福盛です。」もご参照ください。








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