NOTRE MUSIQUE

Elle est retrouvee.
Quoi? - L'Eternitee.
C'est la mer alleee
Avec le soleil.


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3121プリンスの前作"Musicology"以来約2年ぶりの新作。
今回は新たにユニヴァーサル・モータウンと契約し移籍後初のアルバムとなった。プリンスはこれまでにもワーナーとの確執以後はアリスタやコロンビアといったメジャーレーベルと契約しているが、どちらもわずか1作のみのリリース、作品の質に合わせてメジャーレーベルでリリースするか、自己のNPGでリリースするかを使い分けている節がある。これまでのメジャーレーベルでリリースされたのが"Rave Un2 The Joy Fantastic"と前作の"Musicology"といったプリンスのアルバムの中ではセールス趣向の強いアルバムだったのに対して、NPGリリースの作品は前々作のインストの"n・e・w・s"をはじめとするプリンスのアーティスティックでエゴスティックな音楽志向を強く感じさせる作品である。そしてメジャーのユニヴァーサルからのリリースとなった本作であるが、結論からしてセールス志向の強い作品はメジャーで、という定義を裏付けるかのごとく対外的な作品であるといえる。前作の"Musicology"で久々に自らのアーティストエゴと流行のコンテンポラリーな要素を結実させ、これまでのクオリティを下げずに大衆的な作品となりセールス面でも成功したプリンスであるが、本作でもそのアーティストエゴと大衆性の融合と同胞という方向性は変わっていないが、サウンドの持つエネルギーはさらに強靭で硬質なものへと変貌を遂げている。前作でかつての80年時代の黄金時代のテンションとポップ性を取り戻したプリンスであるが、本作での具体的なサウンドの変化は、かつてのプリンスが持っていた上面は軽快でありながらも芯の重いファンクネスを現代にリアルに再現した(取り戻した)点にあると言えるだろう。(具体的には"Parade""Lovesexy"や"Black Album"のサウンドを連想していただけると解かり易いであろう)
アルバムに収録された曲のヴァリエの豊富さは相変わらずといったところであるが、久々の起用となったかつてのNew Power Generationのリズム隊であるマイケルB(ds)とソニー・トンプソン(b)参加のアルバムタイトル曲"3121"に始まり、先行シングルにもなったオリエンタルで官能的な"Te Amo Corazon"、かつてのプリンスサウンドの代名詞とも言える密室型ファンクの進化系のような"Black Sweat"、新たにプリンスが調教(教育)中のテイマー(Tamar)と美しく絡み合う"Incense And Candles"と"Beautiful Loved And Blessed"、パープルレインや1999、そして最近DVD化された"Sign O The Times"を思わせるひたすらポップな"Fury"、シンプルなタイトルとはうってかわりピアノを中心にドラマチックに盛り上がるミディアムバラードの"The Dance"そしてラストはこれまたプリンスの大得意とするファンキーチューン"Get On The Boat"で幕を閉じる。基本的に前述のマイケルBとソニー・トンプソンの参加のアルバムタイトル曲とラストのJoshua Dunham(b)、Coleman Dunham(ds)参加のラスト以外はすべてのバックトラックはプリンス自身によるもので、今やお馴染みとなったメイシオとキャンディ・ダルファーの二人は全編に渡って参加している。因みにタイトルの"3121"とはプリンスの現住所の数字でもあり、先行シングルの発売日の12月13日を逆さにした数字もあるらしいが真意は不明。ミスティフィカシオンな要素を盛り込むのが好きなプリンスらしいタイトルである。
プリンスの黄金時代である80年代の彼自身のシャウトはバブル経済最盛期の日本人の金塗れの狂喜を象徴しシンクロしている。やがて日本経済のバブルが弾け、プリンスは改名騒動を起こし結婚と離婚を経験する。そして奇しくも日本経済が上向いてきたとされる昨今、プリンスも本来のファンクネスを取り戻した。このアルバムで聴かれるプリンスのサウンドには何の迷いもない。かつて天才であるが故にひとり独走状態で登りつめ、飽和状態となってしまったプリンスのサウンドはここにきてより強靭な存在感と、より確信性を獲得した。普遍であるが故に不変である。本Blogで前作"Musicology"のレビューでは快作と表現したが、本作は文句なしの傑作であると言って良いだろう。
前作及びその後のツアーでセールス的にも大成功を収めたプリンスが、今度はユニヴァーサル・モータウンという今をときめく旬のコンテンポラリーなブラックミュージックを世に送り出しているレーベルから本気で新作をリリースをしてきた。リリースする作品すべてクオリティが高く、活動期間も長く常に精力的という現代のデュークエリントンとも言うべきプリンスが完全復活した。(といっても決して落ちていた時期があったという訳でもないが、この盛り上がり方と充実度は復活という表現が許されるほどであろう) 村上春樹氏はデューク・エリントンに対して敬愛を込めて、これだけ巨大な人にこれだけ長く活躍されるとやっかいだ、と述べていたが、プリンスほどの能力と経験のあるアーティストが、次々に優秀なアーティストが生まれる情報過多の現代においてこれほどコンスタントに素晴らしい作品をリリースするという事実にも全く同じ表現と賛辞が送られて然るべきであろう。確かに恐ろしくやっかいなことではあるが、昔ながらのファンとしては、これほど喜ばしいことはない。

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みなさま、ご無沙汰しております。
プリンスの新作の素晴らしさに興奮して、約2ヶ月半ぶりの更新となりました。

今後も不定期ながらも更新していければと思っています。
よろしくお願いいたします。
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Prince去年2004年にリリースされたプリンスの最新作。
前作の"n・e・w・s"では初のインストアルバムで、プリンス流のジャジーなファンクを披露し、改めてそのインストルメンタル全般に渡る才能を見せ付けたプリンスであるが、再びポップな路線に復帰したのが本作である。駄作なしで多作の天才、現代のデューク・エリントンともいえるプリンスではあるが、その才能が全開だったのはやはり80年代ということになるだろう。パープル・レインなどの一連の大ヒット作などはバブル経済期の日本でも大量消費され、プリンスの金切り声のようなシャウトはあの頃の飽和状態の高度資本主義をシンボライズしていたとさえいえる。
そんなプリンスも改名騒動を起こした90年代を経過し、プライベートでは結婚と離婚を経験する。その結果リリースされたのが前作のインストアルバムで、コンテンポラリーなネプチューンズらがヒットチャートで堂々と革新的かつ実験的な音楽を展開させる一方で天才プリンスの発表した音楽はひとり多重録音とはいえ、ただのプリンス自身の生身の演奏であった。そうしたプリンスの活動は時代の流れの逆をいくものであり、時代を象徴し、常にブラックミュージックシーンに衝撃を与え続けたプリンスの姿はもうそこにはなかった。
そしてリリースされたのが本作で、本作にはかつての黄金時代のプリンスが持っていた、ファンク、ゴスペル、ブルース、ロック、ジャズ、美しい泣きのバラード、スモーキーロビンソン直系のファルセットボイス、ジミヘン直系の激情的なギターソロ、プログレ風の複雑な展開を見せる大曲等、すべてが存在している。これはプリンスの現在のミュージック・シーンへの挑戦である。メイシオのサックスをフューチャーし、ファンキーなタイトル曲"Musicology"、誰が聞いてもすぐにわかるプリンスのシンセサウンドが美しい"Life 'o' The Party"、シルク&ヴェルヴェッツなファルセットと低音ボイスを駆使したプリンス流の歌唱を聴かせるバラードの"Call My Name"、縦ノリビートが懐かしささえ感じる"Cinnamon Girl"、スライ・ストーン風であり元祖ミネアポリスサウンドでもある"Dear Mr. Manなど、各曲のクオリティは非常に高い。リリース前にはすべてのレコードレーベルから同時発売するという案を打診しているなんて発表し相変わらずのお騒がせ振りを発揮。(結局Columbiaからリリース) "Musicology"というタイトルからも音楽に対するプリミティブで肯定的な欲求とプリンスの自信と本気度が伝わってくる。全体的にこれまで断片的に披露してきたプリンスの音楽的なエレメンツが集約されたサウンドであり、80年代の黄金時代を彷彿させるサウンドであるが、以前の"Emancipation"や"Rave Un2 The JOY Fantastic"と根本的に違うのは、それがあくまでもプリンスが計算的に意図的にやっているという点である。つまりプリンスは意識的に過去の栄光を自分の中でリバイバルさせて、過去の自分を演じている。天才ゆえにやろうと思えばどこまでも時代の先を行くことができる能力を持っていながら、現代のミュージックシーンの水準に合わせ、ど真ん中にストライクを投げてきた。結果として本作は大ヒット、Musicologyツアーは年間を通して観客動員数が全米No.1を記録している。
プリンスはこの作品で意識的にプリンスらしさを取り戻し、再び時代に向き合った。次作ではまたどんなサウンドを聴かせてくれるのかまだまだプリンスからは目が離せない。本作は現代の音楽に求められる大衆性、音楽的に豊潤なクオリティー、プリンス自身のアーティスティックなエゴのすべてがバランスよく結実し、早くも2000年代を代表する名盤となった。プリンスにとっても久々の改作である。
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Chuck Brownチャック・ブラウン率いるSoul Seachersの1986年の地元ワシントンDCでのライブを収録したライブ盤。
80年代後期から90年代のブラック・ミュージックシーンを語る上で外せない"Godfather of GO GO"の異名を持つチャック・ブラウンではあるが、その活動歴は60年代まで遡る。"GO-GO"と呼ばれるハネた思いビートにチョッパーベースという特徴的なリズムで同じくワシントンDCのトラブル・ファンクらとともに一世を風靡したとは言わないまでもブラックミュージックの中で一定の人気を獲得した。ブルースやジャズからの影響を随所に散りばめたその強烈なグルーブサウンドの特徴はこの"It Don't Mean A Thing (If It Don't Have The Go Go Swing)"という曲とともに始まるライブ盤を聴くと明快で、GO-GOとはこうあるべきだという教科書的なアルバムともいえる。特にスティービーの"Boogie On Raggae Woman"(クレジットは"Boogie On GO-GO Woman")やスライの"Family Affair"、デューク・エリントンのTake The A-Train"(クレジットは"Take The GO-GO Train")のGO-GO化させたヒップなアレンジは完成度が高い。
"GO-GO"自体は1978年にトラブル・ファンクが結成されたのが始まりといわれており、トラブル・ファンクのメンバーたち来日時のインタビューで77年頃に自分達がGO-GOを始めた公言している。実際に70年代のトラブル・ファンクのライブ盤では既にGO-GOのスタイルが完全に出来上がっている。しかし、このチャック・ブラウンはさらに1966年に最初のGO-GOバンドを組み、ワシントンDCでは70年代始めにはGO-GOシーンが出来上がったと公言しており、実際にこの当時のチャックのアルバムには既にGO-GOの要素がかなり感じられる曲もあるが、GO-GOというスタイルが出来上がっていたとは言いがたい。結局、誰が始めたかというのはハッキリしないが、このチャック・ブラウンがGO-GOというスタイルではファンクのJBやジョージ・クリントンのようにGO-GOというスタイルでは唯一無二の支持を集めているのは事実である。そしてこのGO-GOは、かつてジョージ・クリントンが"chocolate City"と表現したワシントンDCの隠れたブラックパワーによって生み出されたスタイルゆえに、極めて地元ワシントンDCとの地域的な結びつきが強く、GO-GOの人気は結果的に極致的な人気に留まってしまった。
現在この"GO-GO"という音楽はブラック・ミュージックの中では取り分け特別視されることもなく、ポピュラーな存在となり他のあまたの音楽に取り込まれている。そのためあえて、特定の音楽を指す言葉としては使われなくなってしまっているが、HopHopを包括しその後の90年代の様々なグルーブミュージックに多大な影響を与えた。
なお、このSoul Seachersのドラマーであったリッキー・ウェルマンは、当時ポップにエレクトリック化していくマイルス・デイビスのバンドに引き抜かれた。彼のパワフルでタイトなリズムは、所詮ジャズドラマーのためついていけなくなったアル・フォスターの後任として帝王の死まで最期のドラマーとしてリズムを支えた。
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D'angeloディアンジェロの2000年リリースのセカンドアルバムで、今日現在の最新アルバムにあたる。
ディアンジェロのデビューは1995年、デビュー作の"Brown Suger"で当時HipHopの盛り上がりと反比例して衰弱の一途を辿っていたリアルソウルシーンに、新たなネオソウルと呼ばれるスタイルを確立した。ディアンジェロはプリンスから強い影響を受けたと公言しているが、彼の音楽には過去のカーティス・メイフィールド、スティービー・ワンダー、ダニー・ハザウェイといった70年代ニューソウルの影響が色濃く表れている。フェンダーローズとワウのかかった暗いギタ-のトーンに始まり、内省的な歌詞や黒人としての意識高揚を含むメッセージ性など70年代のニューソウル全盛期を彷彿させる内容が多い。
もちろん上記の黒人としての社会的なメッセージや黒人社会のリアルな描写などは、ネオソウルといった新しい音楽に限定されるものではなく、HipHop含めたブラックミュージック全般に存在するものである。特に80年代から90年代初頭にかけてのGang Starら西海岸のラッパーたちの痛烈で批判的なラップスタイルは、かつてのカーティスやマービンたちが歌ったメッセージ性とも共通している。そうしたHipHop一辺倒だったブラックミュージックシーンに、そのメッセージだけでなく表現形態としてのソウルミュージックを復古させようという動きが現れ、それはまさにこのディアンジェロの誕生が契機となった。
サウンド的にはかつてのニューソウルやフリーソウルの流れを汲み、ファンク、ジャズ、ラテン、ロックなどの要素を含みキーボードを主体としたメローな曲調が印象的で、ライブなどではEW&Fのカバーなども自己のスタイルで実に見事に演奏している。泥くさくどこを切ってもソウル臭のしているサウンドに、カーティスばりの甘いファルセットでしっとりと歌い上げ、極上のグルーブを作り上げている。ただし、ディアンジェロの曲にはかつてのニューソウルのアーティストたちが作り上げたようなキャッキーなメロディーが存在しない。マービンやスティービー・ワンダーの作った一連のヒット作はジャンルを超えて様々なアーティストに愛されるほど美しく、一度聴くと忘れられないほどの印象的なメロディーが存在するが、このディアンジェロをはじめネオソウルと呼ばれるアーティストたちの音楽にはそんなメロディーは存在しない。彼らのソウルミュージックにあるのは、メッセージ性と過去のブラックミュージックに敬意を払ったサウンドをルーズでジャジーな要素を加えることにより脱構築させた独特なダークな雰囲気である。メロディアスな旋律こそ存在しないが、そのブラックネスがたち込めた雰囲気だけでソウルミュージックを形成していくという手法こそが、HipHop世代を通りこした新しいソウルミュージックと呼ばれる所以でもある。
このセカンドアルバムではデビュー時のジャジーでダークなソウルミュージックにさらに磨きをかけ、タイトルにもあるようにVoodooの要素を強化させ、ファンクやジャズだけではなくアフロキューバンやラテンといった要素も強め、意識的にアフロミュージックに傾斜させている。彼のサウンドの極めてヘビーでダークな雰囲気は他のネオソウルのアーティストとは一線を画した存在で、70年代ディスコブームに堕落していくソウルミュージックの延長として聴いてしまうと相当に痛い目を見るサウンドと言える。それは一度はまると抜け出すことができなくなり中毒性の高い音楽でもあり、そしてその中毒とも言うべく極黒で官能的なサウンドとアフロポリリズムの饗宴の果てには癒しが待っている。
既に発売から5年が経過するが、未だにこれを超えるソウルサウンドは現れない。最近ディアンジェロについてはあまり話題を聞かなくなってしまったが、これを超える新作を期待したい。
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DJ ShadowDJ Shadowの2002年のアルバム。
今やDJたちのバイブルにもなったデビューアルバム"Endtroducing"の6年後にリリースされたセカンドアルバム。
DJ Shadowことジョシュ・デイヴィスは高校時代よりヒップホップDJたちのターンテーブル/ミキサー・セット・アップに興味を持ち、4トラックでブレイクビーツを作リ始め、大学時代には自身のレーベル"Solesides"を設立し、オリジナル・トラックを発表するに至る。その後、91年ミックス・テープ"Reconstructed from the Ground up"をリリース、93年17分尺の"Entropy"をプレス、アンダーグラウンド・ヒップホップDJ界でその名声と実力は知れ渡るようになり、Mo'Waxのジェームズ・ラヴェルの目にとまり、96年に"Endtroducing"で衝撃的なデビューを果たす。その想像力溢れたサウンドはヒップホップを越えてポップシーン全体にも大きな影響を与え、ジェームズ・ラヴェルとのプロジェクトの他、UNKLEへの参加やJurassic 5のCut Chemistとのコラボレーションなど活動の範囲を広げていく。本作はそういった経験を経てリリースされたアルバムである。
前作とまったく異なるアプローチではあるが、ビートの魔術師は健在で、そのサンプリングの質の高さは前作にもひけをとらない内容で、ただ轟音でダンスビートをサンプリングするだけではなく、そこには精神性の高さと貪欲な音楽な姿勢が表れている。
サウンド自体は80年代から使い古されてきたブレイクビーツをベースとしたもはや古典的ともいえるものであるが、彼の想像力の豊かな感性で合成されるそのサウンドは、生の演奏をも超越した意思を感じさせる。デビューアルバムほどの鮮烈なインパクトこそかけるものの、タイトル通りプライベートな音楽性を露出させたそのダンスビーは、そこに含まれる音楽の造詣と知識がストレートに反映され、そのサウンドの総合的な破壊力はデビューアルバム以上に増長している。
1996年にデビューし、本作がリリースされた2002年から既に3年が経過しているが彼ほどターンテーブルを自らの声として自在に操り、個性的なサウンドでシーンを躍らせる力を持ったアーティストは現れていない。
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EW&F1977年のEarth Wind & Fire(EW&F)のアルバムで、邦題は"太陽神"。
日本でも発売当時このアルバムに収録の"Fantasy(宇宙のファンタジー)"が大ヒットし、ディスコブームの一翼を担ったアルバムである。当時日本では空前の大ディスコブームの真っ最中で、そこでかかるダンスミュージックはブラックミュージックでもキラキラと派手でポップな音楽が主流だった。このEW&Fの大げさで仰々しい宇宙的なコンセプトとファンクビートはまさにこのブームにピッタリと合致し、このアルバムはEW&Fの数多いアルバムの中でも異例のヒットを記録した。
実際アルバムを通して聴くと、そういったノリノリのダンスチューンは意外と少なく、モーリスの不朽のラブソング"Be Ever Wonderful"やフィリップ・ベイリーのバラード"I'll Write A Song For You"など聴き応えのあるスローな曲も多い。実際にアメリカなどでは"Fantasy"などはそれほど評価をされていないらしい。またこの前作の"Spitits"製作時にモーリスのよき相棒でありEW&Fのプロデュースも手がけていたチャールズ・ステップニーが亡くなり、モーリスはその傷を癒すためにこのアルバム製作前にブラジルに旅行に出かけ、その旅行を契機にブラジル音楽のエッセンスをEW&Fのフレイバーに加え、新たなサウンドも模索している。
EW&Fをはじめこの時代のファンクバンドにとって宇宙というのは重要なキーワードで、多くのバンドが自らのサウンドのスケールを表現するため宇宙的、神秘的なテーマを内包させようとしている。これには60年代後半から70年代初旬にかけて盛り上がったブラックパワーとそれに付随して台頭したニューソウルのクオリティーが頂点を極めて「Black is beautiful」というプロテスト的な潮流がひと段落し、新たな方向へと進むという歴史的な経緯によるものでもある。同じ宇宙でも、ジョージ・クリントン率いるP-Funkの連中が、B級アメコミ風の宇宙戦争をテーマに独自の感性でとことん下品にユニークで壮大なストーリーを展開させたのと対照的に、このEW&Fはピラミッドの神秘的なパワーをテーマに大真面目に宇宙の神秘に向き合うようになる。ある意味、新興宗教のようでもあり、そのピラミッドを引用したステージでのパフォーマンスは真面目にやればやるほどかえって滑稽なものでもあったが、EW&Fというバンドの方向性とシーンへのイメージを決定づけるには十分なものであったといえる。またこの時期のジャケットは長岡秀星氏によるもので、EW&Fの神秘的なイメージをシンボライズさせ、増長させた。P-Funk,EW&Fともに手法は異なるが、いずれにしろ黒人コミュニティーに祝祭的な雰囲気をシニカルに盛り込むことで娯楽としてのパフォーマンスを強化させたという点では一致している。
もともとJazzからスタートし、その後混沌とした純粋なFunkミュージックを演奏してきたEW&Fではあるが、このアルバムでハネない16ビートにブラスとコーラスを強化させた自らのサウンドを確立した。このアルバムの次作からは、David Fosterを招き80年代に向けて大きなイメージチェンジを図り、音楽性は高くなっていくが結果的にこれを超えるアルバムを作ることは出来なかった。本作とその前の"Spirit"がEW&Fの頂点であり、最高傑作である。
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Curtis MayfieldCurtis Mayfieldの1975年のアルバム。
サウンド的にはこれまでの、ワウを効かせたギターのカッティングをベースにしたパーカッシブなバックトラックにカーティスの甘いファルセットボイスがのるというスタイルはそのままだが、歌詞の内容はより深みを持って来ている。ここでカーティスが歌っているのはストリートギャングの悲しい末路や、不況に苦しむ人々の生活など当時のアメリカの裏社会の現実である。その詞の辛辣な内容のせいか、基本的なサウンドスタイルこそ変わらないが、"SuperFly"や"Curtis"などと比べるとストリングスやホーンの使用を最低限にとどめ、ポップ性にかけるほど地味なものとなっている。不況、失業、貧困、差別などハーレムの路地裏にはびこる問題をテーマに、その貧しい生活の中に愛を絡めながらどこか醒めた視点でシビアに歌いあげるカーティスのボーカルを引き立たせるためのサウンドは極めて音数を抑えた"間"を重んじたわびさびの世界にも通じる精神性の高さを感じさせる。
本作は70年代に入り、公民権運動は行き詰まり、ブラックパワーの台頭と抑圧、泥沼化していくベトナム戦争といったアメリカの一般市民を取り巻く不安定な状況を自らのソウルに託してきたカーティスのサウンドの完成形でもある。サウンド的な華やかさとは無縁のアルバムゆえに、セールス的には振るわなかったアルバムであるがその地味なサウンドの中の唯一のラブソング"So In Love"はヒットし、このアルバムに花を添えるとともに全体の構成にアクセントを付けている。
その後のカーティスのサウンドは社会的なメッセージは薄れ、徐々ラブソングを中心としたものに変わっていく。このアルバムの"So In Love"はそうしたカーティスの方向転換の前兆だったのかもしれない。80年になると活動は一気にトーンダウンし、90年にリハーサル中の照明落下による事故で半身不随になってしまう。そんな状況の中、何度も復帰の噂が現れたは消えていくが、1999年12月ついに死去した。
カーティスの代表作というとつい最近DVD化した"Super Fly"が候補に上がることが多い。確かにセールス的にも成功したし、サントラとは思えないほど完成度の高いアルバムであるが、これだけの人々と社会に対する愛を歌ってきた人徳者カーティスの代表作がジャンキー映画のサントラというのはあまりに悲しい。カーティスサウンドに内包する社会的なメッセージ、その裏にある溢れんばかりの愛情が余すところなく表現されたという点で、個人的には本作こそがカーティスのベストアルバムだと思う。ポップ性とは無縁のサウンドであるが、このアルバムに漂う緊張感、絶望感、辛辣感、そしてそれらを覆いつくすかのようなカーティスの歌の限りなく優しい響きはまさに稀代の名作と呼べる内容である。
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Bootsy CollinsBootsy Collinsの1980年のアルバム。
Bootsyの5枚目のソロアルバムにあたり、前4作がBootsy's Rubber Band名義だったのに対し、このアルバムから個人名義に変わっている。サウンドの方向性はパワーアップはしているものの、基本的には以前のバンド名義のものと変わらないBootys流のファンクである。BootysがJBのバンドを去りP-Funkに合流したのが1972年のFunkadelicの"America Eats It's Young"からで、合流してからはベースの手腕もさることながら、作曲、プロデュースにまで携わりクリントンのパートナーとして活躍するようになる。その後、BootsyはRubber Bandとしての活動をメインに行い、本家のP-Funkとはつかず離れずの関係になる。このアルバムのリリースされた80年はPerliamentとFunkadelicというP-Funkの双璧をなす二つのバンドが失速した時期でもあり、クリントンは権利関係のトラブルから裁判所通いを強いられ、本家の活動は中断してしまう。そんな状況の中、Rubber Bandは地道にソロ活動を続け、このアルバムでもそのサウンドは絶好調で、その音楽的完成度は頂点に達したといえる。
スラング用語とヒップでクールなリズムの交錯したその豪快なサウンドは、もはや他の黒人アーティストには太刀打ちできないほど強靭なパワーを感じさせる。この粘着性のあるイヤらしさと徹底的な下品さ、アルバムの随所に散りばめられたユーモラスなサービス精神こそがP-Funkの醍醐味である。このアルバムはクリントンとブーツィーの共同プロデュースで、二人の共同作業が最も充実していた頃の作品ということになる。
その後、ブーツィーはクリントンの失速とは別にビル・ラズウェルとの関係を深めていく。彼のプロデュースや企画のもと80年代のダンスビートに傾斜していくのであるが、それは同時に、P-Funkの持つオリジナリティやクリエイティブな感覚とを鈍化させ、クオリティはどん底まで落ちてしまった。ラズウェルと組んだことの背景には、クリントンと違って金銭面での管理が行き届いているという事実もあったようだが、結果としてクリントン同様にBootsyのサウンドに対する冴えた感覚も次第に衰えていき、その復活にはHip Hop世代が台頭する90年台まで待たなければならなかった。そしてその反省からBootsyをはじめとするP-Funkのメンバーにはクリントンの存在がなくてはならないことにも気付いたのである。金銭管理は今でもP-Funk一派の大きな課題のようだが、ファンクの魂まで換金することはできない。
よく言われる話であるが、ブーツィーのベースはチューニングの音にもグルーブがある。このアルバムはそんなグルーブの塊であるブーツィー弾き出す一音一音が、クリントンという唯一無二のパートナーによって構築された完成度の高いアルバムであり、P-Funkとはこうあるべきだという指針にもなりえるアルバムである。
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Donny HathawayDonny Hathawayの1972年の名ライブ盤。
Donny Hathawayは1970年にアトランティックからレコードデビュー、翌年のロバータ・フラックとのデュエット"You've Got A Friend "がヒットし彼の存在は広く知られるようになる。このライブは前半4曲がロサンゼルス、後半4曲がニューヨークと2箇所でのライブを録音したものである。当初、71年8月28日29日にロスののトラバドールで2回に渡って行われたライブから編集する予定が、これだけでは満足せず、前半の4曲をチョイスし、同じ年の10月27日から29日にNYのビター・エンドで行った7回のステージの模様を録音し後半4曲を収録している。
前半のLAでのライヴではオリジナルと並ぶ完成度を誇るMarvin Gayeの"What's Goin' On"、そこからなだれ込むダニーのエレピのアドリブが素晴らしい"The Ghetto"が圧巻。そしてキャロル・キングの"You've Got A Friend"でのダニーに合わせて歌う観客の大合唱は暗いライブステージでありながら、教会のゴスペルのステージのように後光が差している。バックバンドの演奏では特にジャズとソウルの両方に精通したフィル・アップチャーチの職人的で見事なギターがダニーのゴスペルフィーリングに合致し、全体の演奏をまとめている。後半のNYでのライヴでは前半の"You've Got A Friend"に呼応する"We're Still Friends"で盛り上げ、ジョンレノンの切ない名曲"Jealous Guy"のカバーも絶品、ラストのオリジナル曲"Everything Is Everything"で占めくくる。後半のギタリストはコーネル・デュプリーで、随所に彼らしいブルージーなギターを聴くことができる。
2つのライブを繋ぎ合わせたライブであるが、構成上ひとつのライブとしてまとまっており、演奏者の技術の高さもさることながら、演奏者と観客が一体となったその場の熱いヴァイブと濃密な空気がレコードを通じて迫ってくる。ダニーの音楽に対する真摯な姿勢と観客に対する優しい愛情が痛いほど伝わってくる。このライブ盤を初めて聴いてから10年以上が経過するが、今でも聴くたびに鳥肌が立つくらいの感動に襲われる。
その後ダニーは、スタジオアルバム"愛と平和を求めて"をリリースし、彼のサウンドはこのアルバムで完成する。ニューソウルと呼ばれた新しいソウルミュージックの流れの中で、黒人としての自らのアイデンティティを問いかけると同時に、幼少の頃に学んだクラシックという非黒人的な音楽をソウルやゴスペルといった自身のルーツに取り込みながら新しいブラックミュージックの発展に大きく貢献した。そして彼自身はこのアルバムを最後に精神を病み、1979年ホテルから投身自殺することにより自らの命を絶ってしまった。振り返ってみると彼の実質的な活動期間はわずか3年ほどである。その期間に4枚のアルバムを残し、ロバータフラックとの活動や他のアーティストのプロデュースなど充実した仕事を残した。彼のこの短い充実した活動は公民権運動以後、ブラックパワーの盛り上がる70年代前半というブラックミュージックにとって最も重要な数年間と重なり、同時期のアーティストをはじめその後のアーティストに大きな影響を与えた。このアルバムは彼の残した代表作であり、70年代ソウルの貴重な遺産である。そして33歳という若さで死んだ才気溢れるミュージシャンの記録としてはあまりに素晴らしく、それ故に悲しい記録でもある。
このライブに関しては去年2004年に未発表テイクを収録した"These Songs For You Live"というアルバムがリリースされたのは記憶に新しい。
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Rihanna今日現在、世界で大ヒット中のRihannaのデビューアルバム。
RihannaはDef Jamの重役がたまたま旅行中に発掘し、すぐに就任したばかりのCEOのJayZに連絡。その才能を見抜いたJayZは自ら契約書にサインしたことで話題になった弱冠17歳のアーティスト。彼女自身はBeyonceやAlicia KeysといったかなりメジャーのR&Bアーティストから影響を受けたと公言。彼女はカリブ海バルバドス出身で、カリビアンの血をひいており、このアルバムはカリビアンの影響とHipHopを上手く消化させたR&Bとして良質のアルバムに仕上がっている。カリブの人々にとって、ジャマイカはメジャーな存在であり、レゲエのアーティストは彼らの中では大スターなのだそうだ。Rihannaのような若い世代はメディアを通して幼少の頃からレゲエに慣れ親しんでおり、自らのルーツのひとつに加えていてもなんの不思議もない。そうした無意識の中で親しんできた音楽こそ、彼女にとっての"Music Of The Sun"なのだろう。
ダンスホール・レゲエをベースにしたワンコードチューンの先行シングル"Pon De Replay"がフロアだけでなく、全米シングルチャート席捲し、彼女の名前は全世界に広がった。アルバムはCarl SturkenとEvan Rogersが手がけたレゲエの"Here I Go Again"、"If It's Lovin That You Want"、JayZのフックも登場する"That La La La"に唯一のカバーであるDawn Pennの名曲"You Don't Love Me(No,No,No)"とアッパーな曲に加えて、正統派R&Bバラードの"The Last Time"やヒップホップまでバラエティに富んだ内容で、17歳の女の子でありながら、あらゆるタイプのナンバーを歌いこなしている。ビルボード HOT100では、デビュー曲にして最高位2位を取得。2005年に復活したマライア・キャリーの大ヒット曲「We Belong Together」の通算14週1位という大記録の前に、惜しくも1位は取得できなかったものの、その後もセールスを伸ばしこのデビューアルバムは大ベストセラーとなった。
彼女のヒットにはHipHop一辺倒のレーベルであったDef Jamのダンスホールレゲエのブームに上手くのせた戦略的な要因も大きいが、彼女の歌は一過性のブームとして終わることのない実力を感じる。会議室で生まれたのではなく、パルパドスの自然を浴びながら育った彼女の天然の感性である。アメリカのR&B界ではもはや必須とも言えるビジュアル的な魅力も申し分なく、プロモーションヴィデオでは10代とは思えないセクシーで貫禄のあるパフォーマンスを披露している。ポストビヨンセとしてDestiny's Child解散後のR&B界の新しいDivaとなる日も近いかもしれない。日本のFMや街頭などでも現在米国に少し遅れて"Pon De Replay"がヘビーローテーション中、この1曲でまだ夏を引きずっている。
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