2010年02月04日(木)

日本神話を見直す ~水野祐

テーマ:読書感想文
日本神話というと、日本では良くも悪くも様々な使われ方をしてきました。特に明治において、権力の象徴として必要以上に崇められ、そして終戦とともに急転直下、それまで日本人の心の中で大切にされてきた考え方などもすべてひっくるめて忌み嫌われ排斥される対象となってしまいました。そして今でも声高に日本神話について語りだすと、右寄りの人だと怪訝な目で見られてしまうことだろうと思います。
しかしそれでいいのでしょうか。日本神話には日本人のルーツがそこに潜んでいます。これは神話という道具の性質を考えれば世界共通、明らかです。その国の創成期、一体人々が何を考え、どういう生活をし、どういう信仰をして、何を価値基準として行動していたか・・・といったまさに我々のルーツ、原点がそこに眠っています。つまり自分自身、もしくは日本人、もしくは東洋(アジア)等に対し、それらの本質は何なのか?それらは一体何者なのか?それらが歴史とともに築き上げてきた文化とは?それを作り上げる独自の方法とは?こんなことを考えていくとどうしても過去に遡らざるを得ず、私もその思いに駆られてこういった本に辿り着いていきました。

また、神話とは日本だと古事記、日本書紀をまず思い浮かべてしまいますが、実はこれらはあくまで「体系神話」と呼ばれるもので、当然のことながらそれ以前から存在する「口承時代の神話」が基になっており、それらの遊離神話と呼ばれる、生活に根差した生きた神話が文字の発展とともに文書化されたものが体系神話になります。この事実から、私たちのルーツを考えていくためには神話などを見ていくとともに「言語や文字の起源」についても併せてみていく必要がありそうです。

さて、ではそもそも神話とは何でしょうか。松村武雄さんによると以下のように書かれています。

神話とは、非開化的な心意を持つ民衆が、おのれと共生関係を有すと思惟した超自然的存在態の状態・行動、またはそれらの存在態の意思活動に基づくものとしての自然界・人文界の諸事象を叙述し、または説明する民族発生的な、神聖的もしくは俗性的説話である。

[ 松村武雄 『神話学原論』 ]

なお、よく神話として引き合いに出される古事記(『』)と日本書紀(『』)の違いについて水野祐さんは以下のように違いをまとめてくれています。

民族発生的遊離神話をたくみに改変して、天皇氏の神話を体系的にまとめた『記』、国家的立場で日本神話を体系的にまとめた『紀』

[ 水野祐 『日本神話を見直す』 ]

そして神話を見ていくと、日本は古代から東南アジアや朝鮮半島と密接な関係にあり、かつ航海術もそれなりに発達していたことがはっきりと導き出されます。そうした外部との交流の中から多様な文化や習慣を取り入れ、それを日本流の方法によって「日本文化」に昇華していく日本的な方法が既に古代から脈々と受け継がれてきているという事実に、私はとても歴史のダイナミクスを感じてしまいました。


また若干話は変わりますが、日本神話を学ぶ副次的なメリットとして、漫画や小説などでよく神話的な設定が使われることがあるので、神話に関して少しでも知識があるとより面白く読めるという点です。
例えば手塚治虫さんの「火の鳥」という漫画を読んだことがある人もいるかもしれませんが、まさにこの漫画の中には神話的な設定が多数出てきます。また最近の漫画でいくと「 ナルト 」でも神話中の神様の名前が頻繁に使われています。宮崎駿映画でも神話の設定はくどいくらいに出てきているのが見て取れるでしょう。
もちろん神社に参拝している人は神話に少なからず触れているということです。

このように実は現代においても神話の影響は少なからず人々と共存しており、無意識に触れているといえる状態にあります。グローバル社会だからこそ、自分たちの国のこと、自分のルーツには深い関心を持って生きていくことが結局はグローバル社会における自らの立ち位置を確立する一つの方法なのではないでしょうか。


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