H24.9月の作業日程

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以下の予定になっていますので、飛び入り歓迎! ご参加ください。事務所は、御殿場市茱萸(グミ)沢635-10 (御殿場西高グランドの南隣) です。

   電話=0550-89-6890
      

9月 2日(日) 午前9:00~ 事務所前発~

採集地調査 (種子・苗挿枝)、畑除草


9月23日(日) 午前9:00~ 事務所前発~

        苗木採集、仮植 (犬エンジュ・ヤマハンノキ・

                 アカマツ等)


9月30日(日) 午前9:00~事務所前発~

        苗木採集、仮植 (犬エンジュ・ヤマハンノキ・

アカマツ等)



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挿し木の成長と新たな種圃

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 春に植えた挿し木の状態を調査に行く。

 今日は「富士山みどりの会」の発起人である渡辺健二氏も一緒だ。試験的に蒔いた種からは芽生えが確認できたが、渡辺氏はこれでは駄目だ。と一言。まだまだ挑戦しなければならない。
富士山みどりの会

 挿し木の方は種類によりバラつきはあるが、まあまあと言うところである。

富士山みどりの会

 その後数箇所の新たな種圃を視察した。いろいろな人のご好意で使用できることに感謝しながら、水の確保やトラクターの必要などについて会員からチェックが入ったのは言うまでもないが、地道に行こう。 
富士山みどりの会

 目標達成は、300年先である。

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三島の源兵衛川(Genpeigawa)

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 東海道新幹線三島駅の南口から、市街地に向かって5分ほど歩くと、源兵衛川(げんぺえがわ)という川に出会う。5月にはゲンジボタルが飛ぶことで知られている。

「富士の白雪朝日に溶けて 三島女郎衆の 化粧水」と『農兵節』に唄われるように、市街地を流れる川はすべて湧き水である。

しかし、昭和30年代から40年代中頃にかけての高度経済成長期に、三島から北地域にかけて、揚水型の企業が多数進出したことにより、「水の都」と言われた三島のまちから、冬場に湧水が消える事態になって久しい。

昨年の冬は、地下水位がプラスであったためか、今夏は湧水の上昇が早く、市立公園楽寿園の小浜池の湧き水も多い。流れ出す源兵衛川の水量も豊かで、普通なら水辺の散歩が出来る飛び石も冠水している。
富士山みどりの会
楽寿園小浜池(鴨が着水)

富士山みどりの会

冠水している水の散歩道
 私たちの長期的な植樹への取組が、富士山の下流域に好影響を与えることを期待している。

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富士山砂漠雪代防止の緑化

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H240304 岳麓新聞 日曜さろん より ②

渡辺健二 富士山植物研究家

過日、御殿場市の山津波(雪代)について寄稿したが、これは御殿場市のみでなく、小山町を含めた富士山東南麓全域の問題であることを冒頭で加えておく。

雪代被害の現状を初めて見たのは昭和20年代後半で、仁杉国有林の大木の多数の被害と新しい沢の出現した現場だった。この時までは富士山の植物分布調査のみであったが、巨大なエネルギーを持つ雪代の被害に驚くとともに、将来は森林のみならず、人里への危険性を予感し、調査対象に加えた。この雪代は記録されていない程度であるが、被害は甚大で、防止したのは森林だった。森林上部の雪代通過地帯の砂礫(されき)荒撫地を観察し、防止策はこの地域を森林化する以外に方法は無いと考えた。

以来10年間ほどに100回以上も現地の植生やその遷移の精密な調査を行った。砂礫地のみならず、周辺森林の分布調査を併行し、これも数十回に及んだ。その中で、昭和33年、桧丸尾の自生桧(ヒノキ)伐採計画を見て、保存運動を展開して研究林として伐採を免れた。

これは、太宰治の日本初のナショナルトラスト活動が鎌倉で開始されるより8年も前であった。

種々の調査検討の結果、この富士山宝氷噴火による砂礫荒撫地の植樹に最も適した樹木としてバッコヤナギを選んだ。その理由は、砂礫地に点在する中小の草の生える小丘はバッコヤナギが必ず生えており、最も数が多いのと、付近の林に多産し最大の利点として挿し木が容易で大量生産が可能な点である。砂礫地の柳は、100年以上経ていても、樹高はわずか30から40cmに過ぎず、それは強風による砂嵐で樹皮がはがれ枯れるゆえである。その対策は密植(坪当たり数本)で防げる。

これまで2つの団体がボランティアで植樹しているが、年1万本余に過ぎず大量植樹する必要がある。

実験は成功しているので、年間10万本以上を永年継続植樹しなければならない。

 自然環境から他産地植物は不可で、地元で現地産の種子、幼苗、挿し木などによる育苗が不可欠である。

農家に委託生産し、買い上げ労賃を支払って植樹するのである。これは農産振興、休耕地活用、雇用創出となり、富士山の環境保全のみならず、地域の活性化ともなる。このためにほ市町、県、国の助成を要し、推進組織として「富士山みどりの会」が設立され、NPO法人化に進んでいる。

子孫のため、地域の災害防止のため、全市町民の協力を仰ぎ、全国民に輪を広げてほしい。

御殿場も津波が危険  

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H240219 岳麓新聞「日曜さろん」より

渡辺健二(富士山植物研究家)

御殿場の町に津波などと言うと、寝言と笑われるであろう。小説の「日本沈没」や東日本大震災の大津波被書からの妄想と言う人もあるかと思う。しかし、これは現実の問題として専門研究者が指摘しでいるのである。ただし、海からの津波ではなく、山津波、すなわち「雪代(ゆきしろ=スラッシュ雪崩)」のことである。研究者は地元往民がこの危険性について、余りにも無関心と嘆いており代弁としたい。

東海地震や富士山噴火の対策については関心が高く、種々の対策が進められているが、雪代被害についてはほとんど無策状態である。津波の大被害も「想定外」と言われたが、過去の災害を忘れ無視した反省が行われた。

富士山の雪代についても、過去の痕跡を探ってみる必要がある。最近では、平成7年太郎坊付近の大雪代は史上最大言われ、昭和56年砂沢から板妻の現在の国道469号に達し、同47年に御殿場口登山道駐車場を直撃、死者24人を出し、須走口でも新5合目の駐車場付近と、後に馬返し下の小富沢がある。昭和2年の砂沢雪代は神場に達し、海抜は御殿場駅と同じである。江戸時代には現在の山梨県富士吉田市の門前町を全滅させたのみならず、さらに下流の村落、田畑を壊滅する被害が幾度か起こっている。

現在は地球温暖化が一層進み、富士山頂の永久凍土も減じ、異常気象による多雪や急激な寒期の暖雨と予想され、雪代の危険性は一層高まってきている。山頂付近には幾筋もの深い谷が現れ、ここが雪代の起点となると、従来の2300㍍からと違い、量も多くなり加速して過去以上の災害が予測される。記録されている雪代は、道路や駐車場、放送施設、送電線、山小屋などに被害を及ぼした大型のもののみで、毎年、数多く起きている小雪代は記録もなく認識されていない。山麓森林内の幾筋もの雪代によって生じた沢には、それぞれ何か所かの堰堤(えんてい)が設置されているが、小雪代で砂礫(されき)により溝杯となり、今後の発生の際は段差があるので加速の可能性が高まってきている。

昨年、一昨年の豪雨の際、河川が増水し避難した個所があるが、雪代ならさらに危険である。御殿場市内や小山町はこうした危険地帯の調査検討を行う必要があると提旨したい。 雪代被害防止対策の最良の手段は、発生地や通過地の緑化であり、これについては次の機会に譲り、地域の認識を深める一助としたい。