【朝日新聞の記事より】
15年前の夏に堺市で起きた腸管出血性大腸菌O-157による集団食中毒で、
当時重症となった女性2人とその家族が16日、
大阪で開かれた専門家による研究会で、今も消えない苦しみを語りました。
なお続く食中毒事件に、女性らは
「なんで被害を止められないのか。この痛み、苦しみを繰り返さないで」
と涙声で訴えました。
会社員の女性(27)は、当時小学6年生でした。
激しい血便と血尿で集中治療室で10日間過ごしました。
腎臓の検査で背中から針を入れられた激痛は今も忘れられない。
退院後も運動制限が続き、
「その夏は楽しい思い出は一つもなかった」。
いまも食中毒のニュースを聞くと、
「死んでしまうのか」とおののいた記憶がよみがえる。
外食先では調理場の様子が気になる。
「製造者、調理者は死に至ることがあるということを本当に心得て欲しい」
もう一人の女性(24)は小学3年生でした。
自分を苦しめた「敵」を知りたいと、大学で生物工学を専攻しました。
しかし、授業でO-157が取り上げられると、つらい記憶がフラッシュバックしました。
それを誰にも話せずに苦しみました。
いまも年1回、定期検査を受けます。
女性の母親は「医師に『大丈夫だ』と言われても一生心配。
娘たちの痛み、亡くなった方の気持ちを忘れず、研究を続けて欲しい」と訴えました。
私も数年前に食中毒になりましたが、本当に辛かった記憶があります。
ノロウィルスやロタウィルスになった時とは比にならない辛さでした。
15年前の被害者のお二人は、当時小学生だったことを考えますと、
体力的にも本当に大変だったと思います。
夏から秋にかけては、お祭りの出店で様々な食べ物が調理され販売されます。
作る側、食べる側、お互いに気をつけていただきたいと思います。
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