【私只今老い活中】 老いも生き活きエンジョイライフ

かなり面白く楽しく、そして相当自由に生きて来たが、残念ながら寄る年波である。このblogをいつか女房と懐かしむ事になるかも、あるいは私を気にしてくれている人が読んでくれるかも。などで掲載したものである。



動機は定かではないが、50才の時 なぜか老後を考えた。


おそらく副社長であった弟が主催した、スナック貸切での50才の誕生を祝う会がきっかけかも・・・。

何をどうするとかの具体性はないが、とにかく健康の維持を目的に、スポーツだけを早目にする事とし、年中室内外でもプレーが可能なテニスを選んだ。

60を過ぎてから始めたのでは、遅いのではと思ったからである。


やって来た70才の時、テニスのネットプレーで要求される俊敏な動作に陰りを感じ、さすがに年寄りになった事を意識したが、年相応であろう程度で思っていた。いや、そう思うとしたかも・・・。


だが、75才になったら『後期高齢者の皆さんへ』と言うハガキが来てガン見めだま 。更に翌週、『後期高齢者医療被保険者証』なるものが届いて、さすがに完全に年寄りになった事を認めざるを得ない状況だが、なにせ実感がない。


昨年あたりどうしたもんかと悩んだが、未だ(2016/4)答え出ず。

だが、毎日はエンジョイしているのだ。

週一会社・週三テニス。夕方には野菜と庭の手入れ・池の鯉、メダカ、カエルの餌くれ。夜はnetshopの対応などで結構忙しい。



このblogは各ページを上段と下段で二つのドキュメントで構成した。

上段は『今、その時々』を、下段は『過去から現在に至る経緯』を時系列で掲載したが、上段と下段はいつかは交わるはずだが生きている内に交差させ、余生のみを残したいものである。


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『そんな恰好でしなくてもいいでしょう・・・!!』

 

常務の言い訳にとっさに言い放った幸子の一言であった。

無理もない。

温泉で、のんびり、ほんのりの幸せ気分を過ごし、浴衣にタオルを首に巻き、長い廊下を地元の民謡を鼻歌まじりで、洋子との部屋に向かった。

 

洋子と楽しかった宴会の話しやら、仕事の愚痴やらで、話に華が咲くであろうなど、ほくそ笑みながらドアノブを回し、ドアを開けた。

そこには、夫とはあるが、人様のその最中の行為など見たこともないし、ましてや常務取締役と洋子がである。

 

『なにしてるんですか?!』

眼前の光景に幸子が口走った第一声であった。

絶句もあろう。バターンとドアを閉めて立ち去る人もいるかもしれない。

が、幸子は極めて冷静沈着な性格。

条件反射的に、とっさに出てしまった・・・と、のちに私に語ったのであった。

 

思えば、洋子は幸子よりやや早めに温泉を出、幸子は20分ほど後に部屋へ戻ったのだ。

事前に打合せがあったのか。偶然なのか。なぜ常務の部屋ではなかったのかなどは疑問のままである。

 

『なにしてるんですか?!』

動きを止め、振り返った常務が・・・

『打合せをしているんだ』

幸子が

『そんな恰好でしなくてもいいでしょう・・・!!』

と吠えるがごとく言い放ち、パターンとドアを閉め、小走りにロビーに向かった。

 

『大人の恋に口出すな』事件は、ここからスタートしたのだった。

いや、火種は少し前からかも・・・。

 

常務はコンピュータシステム開発部門を担当し、自身も優秀なシステムエンジニアであった。

30代前半で、同年代の奥さんとは、事件当時子供が生まれたばかりの、幸せそうな家庭であった。

当時、同部門は多忙を極め、プログラマーの募集をしていた。

応募して来たのが洋子であった。

洋子も常務と同年代で、建築会社のシステムエンジニアをしているご主人と二人暮らしであった。洋子は肉感的で、愛想も良く、人に好かれるタイプであった。

のちに判った事だが、ご主人の勤務先と当社とは、大口の取引先であった。

冷や汗ものであったのだ。

 

常務が、入社した洋子を私の部屋に紹介に来た。

一日も早く実務に慣れてもらいたい、との意味で常務に一言・・・。

『しばらく、ピッタリとくっついて指導しろ』と。

まさか、この一言が不倫騒動を誘引したとは思えないが、きっかけか・・・??。

 

入社後、幸子が温泉で遭遇した事件まで、二人の関係の噂はなかった。

が、洋子が入社2年目を迎えたころのある日・・・

『お宅に努めている洋子の父ですが、お宅の常務の事で相談したい』

との、突然の電話。

不倫問題など、まるで想像だにせず、恐る恐る面談した。

 

『お宅の常務と娘が、男女関係になっている』

『上司と部下の不始末。ご指導願いたい』

要旨は以上だが、事実関係を確認し、善処に協力する旨を伝えた。

 

早速常務を呼び出し、事実関係を確認した処、二人の関係を認めた。

解任

ソフト盗難未遂

アメリカ出張

奥さん入社式

実家乗り込み 大人の恋

残業と言ってホテル

 

 

 

 

 

 

 

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新年度がスタートした。

実質世帯交代をした新年度は、代表権を持つ副社長が戦略を立て、事業計画立案の指揮を取り、組織はほとんどガラガラポンで斬新である。

特筆は主要7人で構成した『MI-7』の新設である。

評価すべきはこのMI-7に事業として、創業50周年を記念しての社屋立替を中期目標とし、それに向けての短期売上げ計画を立てさせ、中長期経営計画の基礎の確立を模索している事にある。副社長が練りに練った作戦であろう。

人材からしても、成功すると思える。

 

副社長は長年コールセンター事業を担当後、2014年に部門長会議を主宰、議長を務め、その功績により、翌2015年に取締役副社長に就任、初代副社長同様に、会社運営にあたると同時に、トップセールスも怠りなく、大口受注に努めた。

この年から当社の年間スローガンを掲げ、当社の明確な方向を示し、意志の統一を図った。

ちなみに今年(2017年度)は『教養人たれ』とし、教養を身に付けることにより、思考力と感受性が高まり、質の高い決断を安定的に下せる事となると、キックオフミーティングの場で披露した。

2016年には代表権を持つ代表取締役副社長に就任し、実質社長を代理した。

同年、特筆すべきは、私の77才の祝いを、月岡温泉で盛大に祝ってくれ、記念に錦織 圭モデルのテニスラケットをプレゼントしてくれた事である。

 

そして2017年度は、創業者として歓喜感涙の前記戦略。異体同心を実証。

振り返れば、初代副社長は私の50才の誕生会をスナックを借り切り、盛大に祝ってくれたが、2代目は、初代を超える巨大なプレゼントであった。

 

 

が、その戦略は常務取締役の存在なくして、成功はあり得ないのだ。

財務、税務、会計のプロにして、相当こやかましい主婦でもある常務は、最後の最後は決して妥協はしない論拠と性格の持ち主であり、副社長をやや距離をおいて見守る事だろう。

最も、親子ほど年の差もあり、黙っていても姉さん女房を演じるであろう。

 

決算予想も良好であり、新年度計画も評価できる事からして、役員賞与を議題とした臨時取締役会を開催した。

当初副社長がインセンティブの提案をしていたが、取締役には似合わず、役員賞与の支給とした経緯がある。

支給比率は担当業務の責任、業務貢献度、仕事の軽重などからして、事業担当取締役が50%。財務担当取締役が30%。社長が20%とし合意した。

 

 

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(日記) 

 

 

ヒドジョウが、水中蛍光灯の上で、のんびりお昼寝?。

彼はここがお気に入りで、夕方5分ほど活発に遊泳後、このお気に入りで休憩し、隠れ家の砂場に潜って微動だにしない。

この60cmタイプの水槽には、メダカ、ヨシノボリ、水泡魚、タナゴ、くろドジョウ、それにタニシと貝も一緒だが、けんかはしないようである。が、仲良しの様を見た訳ではない。

くだんのヒドジョウは、夜行性で、昼は石貝の後ろで隠れたつもりで爆睡しているが、夕方ころから水槽中を泳ぎ回ぎ、ときどき水草や水温計、貝の住まいの砂箱。一番のお気に入りの岩の上でのんびりと過ごす。

それに引き換えくろドジョウは、終始泳ぎ回っていて、落ち着きがない。

 

本来この水槽には、メダカだけを鑑賞するつもりで20匹入れたが、なにしろ地味なのである。確かに可愛いのだが面白味がないのだ。

 

そこで、ヨシノボリとタナゴを入れたが、産卵に石貝を入れると良いとのアドバイスがあり、お仲間入り。

ヨシノボリは水草や水槽のガラスに鳥のように止まったり、底を歩いたりで、愛らしい顔つきと相まって、見ていて飽きないし、なんとなく不思議なのだ。

後刻池に飼育していた水泡魚とドジョウが体調不良のため、この水槽に避難させ、現在に至っている。

 

立冬も過ぎたこの時期、庭師がやって来て、剪定や冬囲いをしてもらっている。

今年は形の良いツゲの雪対策で、吊るか下から支えるかで討議。我が家自慢の庭木だが、西側に伸びた枝が問題で、雪の重みで折れるおそれがあるのだ。

結局はパイプ(単管)を棚上にして支える事とした。ここまでが庭師。

12月に入ったら、玄関前の枯山水風庭園(自治会長評価)と、中庭のコケ園の冬囲いの大仕事が待っている。

それに、初雪直前には、玄関前と正面階段及び裏階段。それに物置までや裏階段までの通路に、融雪プロテクターを張り巡らす。

正面階段は19段あり、まんべんなく雪を解かすには、なかなかの工夫が必要なのだ。

 

 

 

 

 

    (事務所開設 時系列8)

事務所もなく、実家を休憩場所としていて、まだ事務員員など必要としなかった。

が、しかし、一人でもやっていけたが、如何せん名刺に実家の電話番号を印刷してある。

たま~に電話が来ると母親が『今いない・帰って来たら電話をさせる・どちらさんですか?』の3点を聞く事としていた。

母は生涯を農業と子育ての苦労人で、いわゆるビジネス用語だの、ビジネス電話の応対の方法なと、判ろうはずもなく、教えて出来るお年でもない。

従って、知人と電話で世間話をしている普段着で良いと頼んだのだった。

 

お客さんにはネタバレしていて、『おばーちゃんに言っておいたよ』・・・などと協力的だった。

電話番は、一カ月たった5,000円のバイト代だったが、現金収入のない母は大いに喜んでくれた。もしかして母の慈愛かも。

 

ところが、母親の留守中に電話が来ると、父親が出ることがある。

本当は出たくないのだが、農協だの知人だったりもするし・・・。

ところがこのオヤジ、専業農家にして一国一城の主であり、家長にしてオーナー。なにしろ偉いのだ。怖いものなど密造酒の査察官以外いないのだ。

当然にしてビジネス用語などは海の彼方・・・すら怪しい。

愛想もくそもないのである。そして、打たれ弱く、電話相手が苦情を言ったりすると『俺は父親だが、事務員ではない。従ってあんたに叱られる筋合いはない』さらに、私との関わり、私の立場など、個人情報保護法もへったくれもない事を喋る。 

暇なもんだから、話は長く、そしてくどいのだそうだ。

お客さんには平身低頭していたが・・・。

そんな事もあり又取引先も増えた事もあり、実家の作業小屋を改装し、事務机と、バカ高い応接セットを購入。電話も入れ道路向かいの奥さんを事務員として、来て貰ったのである。

お向かいのおくさんは、一般事務員の経験はあるが、会計処理の技術はなく、経理は、毎日経理事務所指定の『日記帳』を付けていた。

この奥さんの

 

 

 

 

 

 

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まだ5時なのに街灯が自動点灯し、対向車線の車も前照灯を点けている・・・。

気が付けば晩秋。いや、テレビが今日は立冬と言っている。

引っ越して2度目の冬を迎える事となるが、家具や調度品も定着し、近所付き合いも浦島太郎状態から、日常化している。

庭造りも初年度としては上々の出来。来宅者の評価も上々・・・かな。

 

先月は畑作物の後始末と、ぶどう棚とバラ棚を整備し、来年に備えた。

来年にはぶどうが棚いっぱいにぶらさがり、苔庭はバラに覆われた門が歓迎するはず。

畑には秋野菜も考えたが、不慣れな事もあり中止。この秋は庭木を3本移動のみ。

だが、10/30朝、新聞を取るのに玄関を開けたら、目の前に『鷺』が一羽いるではないか。

背丈40cm、足は細長く、20cmはあろう尖ったクチバシ。全身これ灰色である。

一分ほどの睨みあい後、くだんの鷺はパタパタと音を立てて飛び去った。

鷺は川辺や田んぼで、遠くから何気に眺めた事はあっても、眼前にして飛び立つ様は、誠に迫力があり、多少の恐怖を覚えた。

実は最近近所の猫が、我が家の池の鯉を狙った事もあり、それが対策を試案していたが、

鷺が同様の犯罪に及ぶことは必定。

早速にもホームセンターから、防鳥網を買って来て、池全体を蒲鉾状に覆った。

が、鷺の習性が不明。念の為有刺鉄線を買って来て、防鳥網の上から張り巡らした。

 

下見に来たその鷺師、早速翌早朝来たらしい。すみっこから池に入ったらしく、コンクリートに足跡が残っていた。

あわてて鯉の数を数えたら、半分ほどいなくなっている。

犯人は鷺師に決まっている。わずかな隙間から池に入ったのだ。

あわくって寸分の隙間もないように、防鳥網と有刺鉄線を張り加えた。万全・全く安心。

 

翌朝から鷺の生態を観察する事とし、防犯カメラの位置の変更と、望遠レンズ装着のカメラを用意した。

早朝と午後2回確実に飛来するが、網を破くとか、下をくぐるとかはせず、ただただ池をジーって見つめているだけで、5分ほどすると、どこかへ飛んで行ってしまう。

2~3日すると全く来なくなった。

 

が、落ち着いて池を眺めたら、明らかに異様。

砦と言うか、ボロ小屋と言うか、全くみっともないのである。

それだけではない、女房が有刺鉄線に服とか袖をひっかけて激怒。

なによりも、餌をやるときにはなはだ不便。って言うか危険。

近々にも庭師がくる事もあり、有刺鉄線を撤去した。

 

そうこうしている内に初冠雪のニュース。池の水温が一桁となり、ヒーターを入れてやった。

そんな秋の終わりにして、初冬を迎えた。

来月には庭木の冬囲いや、消雪パイプの敷設をする事となる。

 

 

 

県警御用達(時系列7)

 

県警御用達の業者なら問題はない、信用できる・・・。普通はそうであろう。

 

さて、郵政省は宿直による加重労働と、費用負担が問題となっていた。

そこで将来郵便局の宿直を廃止し無人化を視野に、まずは威嚇防犯ベルの設置計画を立てた。

侵入すると道路側に設置したベルが鳴動し、侵入者を威嚇すると同時に、通行人や隣家に異常を知らせるという仕掛けである。

そんな訳で従前の業者と、利便性から地元の業者選定に、県警に相談した事で当社も入札に参加する事となった。

入札参加資格はなかったが、県警御用達が功を奏したのだ。

 

当時入札参加資格業者は5社であったが、郵政局は日常的に発生する障害対応には、利便性からして地元の業者が好ましいとの考えがあった。

幸いおよその予算を知る事が出来た。しかし確実に落札するには他社よりも安くする必要があるが、企業秘密を駆使して、なんとか落札出来たのだ。

が、まずは落札。売ってこそ次がある精神の小生。社員ゼロ、なのに施工は何とかなるダロー運転。

それでも県内は知合いの電気工事業者を目論んでいたが、県外はどうしよう・・・・。

落札当日の電車の中で、ダローを脳裏に、最近発売されたナショナルの電算機で原価計算を終了し外注費を試算。

県外は、同県の県警から優秀な工事業者を紹介してもらうと、勝手に思った。

翌日同県警の防犯課に電話し、『メンテナンスと仕事とお金は地元に』などと訴え、業者を集めてくれる事となり大成功。正しく『為せば成る』である。

以後20年のお付き合いとなった。

 

さー、県警御用達にして、官庁とも取引している当社は立派なのである。事務所もなく社員もゼロ。でも、実績は信用を裏付けてくれる。

やがて、400農協、政府米保管倉庫2000棟を擁する、県経済連から米倉庫に現場鳴動タイプの自動威嚇防犯ベルの設置を要請された。

  

しかし、機種選定には経済連の技術担当者と、毎週一回協議し改良を繰り返し、合格したのは6カ月後であった。約30回通ったのであった。

合格祝いに経済連の営業担当者が『おめでとう!。良く頑張ったね。だけどこのかつ丼を食べる事が条件だよ!!』と、にこやかに丼ぶりを差し出した。

有名な『とんかつ太郎』のかつ丼を事前に用意してくれたのである。慣例ではなく、特例であったのだ。それも、まだ11:00なのにである。

半分ほど食べたところで『すみません。次の仕事の時間が来たので・・・』と言って、小走りに去ったのであった。

感涙で胸がつっかいて食べられなかったのだ。

一生忘れられない出来事である。

 

なんと、TRUNP当確のニュース。

世界が変わる。

 

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春を愉しむために、2月中旬から庭造りを開始したのだ・・・などと楽し気に語っていた。

が、8月も下旬。ミンミン蝉の大合唱と、夜な夜な鈴虫の独唱会は初秋を匂わせ、間もなく

涼しくなる事を期待させる。

 

夕方6時に庭木にシャワーするが、特に苔庭にはたっぷりと水をやる。それと朝顔・ひまわりなどの夏を彩る植物にも丁寧に水をやる。

   

庭に隣接した小さな畑には胡瓜・トマト・茄子・西瓜・南瓜など、夏物野菜を栽培しているが、これらは収穫した後に水を根本と、葉っぱに上からシャワーする。

  

   

       

                (今年の果実)

 

それらの手入れや草むしりは水くれ後にするのだが、その際にお化け胡瓜や茄子を発見し、逞しさにビックリする。

水くれが過剰な為に胡瓜などは水っぽくなるが、熱いとやはり水の量が多くなる。

だが、収穫直後のミソ胡瓜は、ビールのお供に最高。至福×2。

これ約一時間。実に楽しい。いい老後を認識させる。

 

お次は池と三つの水槽のめんどうをみる。

池には真鯉・ヒゴイ・フナ・金魚・メダカ・ヨシノボリ・ハゼ・ドジョウ・カラス貝・二枚貝を一緒に飼っている。

  

餌は全て金魚の餌で勘弁してもらっているが、よく食べまるまるとしている。

アフリカヒメツメカエルの水槽には、解凍したミジンコを投げ込み、メダカ専用の水槽には5種類のメダカが棲んでいて、死んだメダカを探し出して、川に捨てる。

最後に川魚専用の水槽には沈殿性の餌をパラパラと入れてやる。

いずれにしても水温と水質には要注意で、気温が30度以上になると、井戸水を注ぎ込んでやる。かれらも喜んで注ぎ口に集まってくる。

人間も、草木もそして魚たちも同じように暑さを感じているのだ。

これに約30分。

 

夕方の1時間30分は愉しいから楽しいか、多少めんどくさい・・・かな。

春を愉しむために開始した、2月中旬からの作業は、夏の自然をまるっきり忘却の感あり。

秋には来年に向けての大改修を予定している。

 

リオのオリンピックも終わり、間もなく当社の年度末。

    

    

    

    

                   (我が家を彩る季節の便り)

   

 

警察と販促 (時系列7)

 

案の定交通課は、踏切の警報機の違反担当であり、防犯警報機の事は知らなかった。

一言で言えば、県警は防犯の啓蒙はしていても、機械的、科学的な侵入盗の防止法は知っていなかったのである。

 

そこで、県警の防犯課長会議・町内の防犯模擬訓練・町内の防犯連絡所・自治会・職域防犯会議・県警警察展へのデモ参加。

『くらしと警察』等の警察発刊紙誌・回覧板などでの広報。

更に、県内各署の朝礼時や、各署の防犯課、捜査課への定期訪問などで、科学防犯の仕組みと効果を認識させる事に努めた。

  

(住民にシステムの説明)  (警察の模擬訓練)

当然社員などはまだ居ない。私一人である。

昼間は顧客訪問、夕食後に『ガリ版』で、説明書や回覧板を作るのであった。妻は面白がって手伝ってくれた。

テレビ見ながら、ダベリながらのながら作業で楽しかった。

 

さて販促である。

警察は物売りはしない。だが防犯協会は民間であり、その活動の一つに犯罪防止の啓蒙活動である。

そして、都合の良いことには、各警察の防犯課の部屋に事務局があり、局員は警察定年者の天下り先でもあった。

 

なにしろ売らなければ女房に給料が払えない。本物の髪亭にはなれない性格。

そこで考え方として、県警本部を商社、県内の33の警察署を代理店、町内会を小売店と位置付けて、それぞれにバックマージンを提示した。

予算化されている役所である。マージンは文具や、飲み会に化けた。

その内警察署間の普及競争が始まった。隣や同規模の普及率が気になるのだ。

 

              (警察展覧会に出展)

さて、普通警察は怖いのである、しかし私は恐ろしい力を持つ商社に思えて来た。

やがて、郵政局と経済連から『県警御用達の業者』として入札参加資格を頂戴した。

おもしろくなって来た。とてもじゃないが電話番くらいおかないといけない。

母や父が活躍するのだ。

 

 

 

 

 

 

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社員主催の喜寿の祝いを、月岡温泉で祝ってもらった。6月23日(木)・24日(金)の一泊二日である。


副社長の発議で部門長会議で決定したとの事である。

振り返れば50才の折に、初代副社長の発議で、スナックを借り切って誕生会をしてもらった。費用は会社負担であった。記念品にカラオケテープセットが用意され、花束をもらった。


今回の誕生会は『23日の3時半までに会社に来るように・・・』のみを告げられ、会場や参加人員等はナイショとの事であった。

又、休日ではなく木金の理由は、旅館代が安いからとの事であった。

記念品として錦織圭最新モデルのテニスラケットと、特大の花束が用意されていた。




ちなみに会費制であったとの事である。

実に27年ぶりである。

その間古希を含め、会社幹部の発議での誕生会はなかったのである。

正しく当社の体質を如実に物語っている。


世帯交代も進み、平均年齢も下がって来た。社内の雰囲気は爽やかにして明るく、27年前に似ている。

嬉しい限りであり、誠に気分良し。





  

起業試行錯誤 (時系列6)

 

結論は脱サラ。何をどこでなどは全くなく、サラリーマン視点から起業する者として世の中を見ることとし、車を市内中心部へと走らした。

普通こういう行動を『無茶・無謀』という・・・。が、日頃行動の方が早く、ネタを見

つけては試行と錯誤をする性格であり、私的には日頃に過ぎない。

 

十字路の交差点が赤信号となり、デパートの最上階からの『防犯運動週刊』とのバカでかい垂れ幕が目に入った。

それはその日初めて私の脳を刺激したフレーズであった。

 


垂れ幕は犯罪を防ぐための啓蒙に過ぎず、科学的に回避する為の匂いがしない。警察は犯罪の防止にどんな科学的手法を用意しているのか。

思い起こせば首都圏では、防犯警報機が販売されている。

 

名刺も、カタログも、提案書もコネなどもあろうはずもないが、まずは県警本部に行って見ることとした。

県警は県庁にあり、案内板の前に立った。実に多くの部署があり組織の大きさには驚いたが、その中に『防犯少年課』という部署があった。

『防犯=警報』の図式が浮かび、アポなしではあるが訪問することとした。

『為せば成る・・・』のである。こういう時は『無茶・無謀』などの熟語は浮かんですらこないのだ。我ながら不思議な人物と思う。

 

大扉をノックしたがなんら反応がない。おそるおそる中に入ったみた。

バカでかい部屋はシーンとしていて、さすが県警と思った。

一番奥で座っている人が部門長であろうと見当をつけて、ずかずかと向かった。誰も声もかけず、止める者もいない。

まさか一般人が入ってくるとは思わないのだ。好き好んで県警本部にくる奴はいないのだ。

これは読みどおりの展開であった。

 

『警報器の事でお伺いしたのですが・・・』



突然見知らぬ男が机の前に立ったものだから、書類に目をとおしていた防犯少年部長がギクッとして私を見上げた。

が、さすが返事は早い『警報器の事なら、交通課だが・・・』

『係長、交通課へ案内してくれ』

 

どこのどいつかも判らないのに、こういう流れになってしまったのだ。

 

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間もなく77度目の誕生日。創業して48年。これだけの時間空間には珍事・奇譚が山盛り。

庭に咲く花々を眺めながら、思いつくまま列記。



     (菜の花が開くと春を実感。雪の心配もなくなりホッとする)


★銀行の窓口で売上げ100万円の札束8個を、ありったけのポケットにねじ込んだが入りきらない。

見かねた行員・・・『この袋をお使いください』

『800万くらいポッケに入るだろう』で出かけたが、意外に入らないんだなー。



★見た事もないその札束8個を、事務所中央のテーブルに積んで『オーイ、触ってみろ・・・』


★初めて来社したお役人。田んぼに囲まれたわが社を『環境が良いですねー』と感想。それしか言いようがなかったのだ。すみません。


★職安に初めての募集、ようやく応募して頂いた当時珍しい茶髪の通称『赤毛のアン』君、電線を埋める穴掘り作業でギブアップ。オシッコに行ったまま戻らず、そのままトンズラ。退職。                                       

       (満開のハナミズキと菜の花)


★天然女史⇒『何してんの!?』

      上司⇒『打ち合わせしているんだ

  天然女史⇒『そんなかっこうで打ち合わせしなくたっていいでしょう!?

そんなかっこうとは・・・

  書庫で同僚の某女と上司が『くんず、ほぐれつ』の最中。とっさに出た双方の第一声。


★その上司、不倫相手が実家で家族会議の最中に割って入り、『大人の恋の邪魔するな!!』に、ダンナと両親アングリ。


★『助けてー!!』・・・と飛び込んできた18才新卒女子社員。左手を見知らぬ男に引っ張られ、右手で必死にドアノブを握る。

別れた彼氏が会社に乗り込んだのだ。


★10年後にスーパーでその新卒とバッタリ。うしろに赤ちゃんを抱っこしたストーカーがペコリm(__)m。


★さんざん貢いだが、結婚したのは隣の席の同僚⇒事件を警戒

★さんざん口説いていたが、祝・結婚退社の社内報⇒自殺を警戒


★彼氏が手紙の返事をくれない。マジ顔でくどくどと訴える短卒2年目。

 『待ちでなく、土日に会いに行ったらどうか』とアドバイス。

 月曜の朝9時⇒『電車に乗り遅れました。今日会社休みます』。判ってやる。

 


               (夜のゆりと紫陽花)
     

★某社の取締役会で提案説明。取締役全員が大手を採択。が、社長のこの一言・・・『私は、人を選んだのだ』の一言で当社に決定。


★技術担当者に言われるがままに修正。毎週一回。6カ月後に合格。

  技術者『これでOK、あとは営業次第』
  営業『技術担当がOKなら、何も言うことはない

     『取引コードは番号はこれだ

     『但し、昼飯を食っていかないと、取引は中止だよ


まだ11時半なのに。有名なかつ丼屋のどんぶりが用意されていた。

今も涙したが、涙でしょっぱいかつ丼を半分食べるのが精いっぱいだった。


★『これ、好きなように使いなさい』と言って、通帳と印鑑を渡してくれた。

 翌月返済したが、後にも先にも借金はこれ一回。妻の母に感涙。

    
 


               (きゅりとカボチャの花)



★千曲川べりを走っているので・・・

『小諸なる古城のほとり雲白く遊子悲しむ』と口すさんだら、

あんにゃ『うるさい!!』と一括。強行軍でつかれていたんだよね。


★マコが私の机の上に、風呂敷一杯の『月刊 旅館・ホテル』を無言で置いた。

今後ホテル経営を目指すのかなーと思ったが、数年後ホテル管理システムの開発と販売をしていた。デジタル化を実感させられた。大したもんだと思った。


★倉庫の整理をしてとても綺麗になったと報告に来た『土偶みたいなのは、捨てやすいように粉々にして、表に置いておきました』 ・・・で慌てて倉庫へ。

芸大の先生。一体400万。





 

 

 


 



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『春爛漫』(日記5)   


やって来た春爛漫。

この春を愉しむために、2月中旬から庭造りを開始したのだ。

春を迎えてからの作業では、真に春を愉しめない・・・との理屈ではあったが、

単にセッカチに過ぎないからが正解であろう。


造園はややイメージ通りに仕上がった。


             庭回遊路


           池庭                    護摩堂石庭


             苔庭


まず、両隣の古老が褒め称え、知人に『プロの技』と見学を勧めていた。

また、出入りの業者もしばし視線を向け一言添えた。


だからして庭は完成し、春を愉しめばいいのだ。

が、このセッカチ、数々の手直しを思いついたり、真夏が気になったりで、なかなか創作活動が終わりそうにない。


庭石や草木の位置替え。朝顔など初夏を彩る植物の植え付け。

枯れた場合の補充用コケ5種の採取と仮植・・・など。


   


だが、コケ採取に山に入る道すがら、いくつかの沢が気になった。

うっそうとした木々に覆われた沢は、木漏れ日程度で薄暗い。

覗き込むと、そんな環境を好むシダ類やコケが生えているのだ。

さらによく見ると、朽ち果てた枝や岩石に、コケが繁殖しシダなどが棲みつき、正しく自然界が創出したミニ庭園である。


もとより、自然界と闘おうなど思いもしないが、それら作品をわが庭園に取り込む価値ありと思い立ち、コケや見た事も山野草が棲家とした倒木片と岩石数個を持ち帰り、三タイプの庭にそれぞれを配置した処、人と自然が見事にマッチング、見栄えが増した。


   

      目目目目目【庭写真集】目目目目目


  

  


  





 

 『で、脱サラ 』(時系列) 


義父が『婿と婿養子の違い』の講義をしてくれたが、相続権などまるで興味もなく、権利を得ようとも思わなかった。

お年頃かそもそも私は『男』であったのだった。


美容師と結婚し、婿養子になったばかりに周囲がうるさくなってきた。

『髪結いの亭主』だの『ヒモ』などと陰口を言われ、極めつけは『婿なんだから』と『婿のクセして』がとても興味深く聞こえ、町内ではそのよう過ごした方が、住み心地良かった。


にしても私はメーカーのサラリーマン。やがて県外への転勤命令が来た。

当然受託。妻に『来月転勤するから、パーマ屋は向こうで開業しな・・・』

普通にこう言った。当たり前に言った。サラリーマンに転勤はつきものなのだから何の躊躇もなく報告したのであった。


『ハーアッ 』 ・・・これが妻の第一声である。

声のトーンは超低音から、語尾はソプラノ歌手より甲高かった。

そして、それぞれの立場と収入の格差について、諭しながら語ったのであった。

私には長年培った美容院の看板がある事。

固定顧客も多くいる事。

収入が多い事。

『あなたにはそれらに勝る事が一個でもあるかっ

語尾は高く冷静であった。かな・・・。


完全におっしゃる通り 。全てにおいて叶わない。ギブアップである

体中に電気が駆け巡り、己の無知、未熟さを瞬時に悟らせられた。

そして、会社は退職する事とした。この決断は早かった。

私の身の処し方などの議論は全くしなかった。


ありていに言えば『髪亭』であろうが、男はそれを許すはずはない。

退職してからゆっくり考える事した。


だが、男に到底『ゆっくり』など出来ようはずはなく、 サラリーマンの次は 自営業と言う決断にさほどの時間は必要なかった。



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春のロケーション大作戦(日記4)  


今日も大雪注意報が発令され、今さっき除雪車が唸りをあげて雪をけちらしていった。天からはなおも結晶が判別出来るほどのボタン雪。


コーヒーをすすりながら想いははや春。

春には春ではの景色と匂いを満喫しよう・・・であった。

さりながらロケーション創りは作業であってはならず、愉しみながら創作せねば・・・とのにわかポリシーで身構えた。


熱くなるのは常。『きっぱやい、せっかち』とも言われてはいるが、動きはいささか早い。

だからして、春の兆し目前の2月中旬から、庭の本格的な大改造を開始する事と夢描いた。

小雨・粉雪はやがて春の予兆と解し、防寒具を着こみ、三角すげ傘には郷愁を憶え、自己満の世界を楽しんだ。


なにしろ30年近くの無人。ほとんど手入れをしていない。

庭いじりは大好きなのだが、借家住まいではそれが出来なかったのだ。せいぜいプランターや鉢植え止まりであった。



まず、玄関前のコンクリート広場の庭化構想から・・・。

基本素材は石と土。昔集めた護摩堂山の岩石の配置、積み替え作業を繰り返し、それなりに一応の見栄えを呈したが、この庭に妻が美容院を経営していた証を添えたいと思いついた。



結果かつて、待合室で使っていた直径50cmの陶製火鉢を活用する事とし、底に穴を開け、岩で囲んだ庭の中央に配置し土を入れ、モクレンを真ん中に、周囲に竹と紅葉を寄せ植え、隙間には近くの山から採取したコケを配したが、存在感バツグンである。




庭大改造計画の次の作業は、『飛翔 富士の朝日』をテーマとした中庭の創作でである。


土で富士山とすそ野を作り、コケを貼り付け、常務から頂いた赤石を頂上近くに配し、頂きや登山道はコケの種類を変えてらしくした。

そして、すそ野には大小さまざまな石と、数種類の草木を植えた。

なんとなくらしくなった。


   

玄関前の庭化作業している内に、3月となり春の匂いも色濃くなった。外仕事も容易となって来た。

そこで近くの山で『眺望 富士の朝日』の斜面を彩るコケ探しに出かけた。



     


婿と婿養子(時系列4)


妻の父、つまり義父は農家の長男にして、農業を継ぐという条件で、県立中学校(現在の高校)に進学し、柔道部に所属。夏休みには講道館で修業するなど文武両道の強者であった。



後年、日中戦争に召集され、最前線で機関銃部隊に所属、

敵兵の姿が見える距離で撃ち合い、退路の確保をした。

次いで第二次世界大戦では父島に駐屯し、ここでは戦況の報告書の作成をしていた。

義父は酒が入ると、生々しい戦争秘話を聞かせてくれたものであった。


さて長女、つまり私の妻が生まれた時に義父は戦地の為、娘の出産の立会など、思いもつかないのであった。

やがて終戦となり義父が帰国した頃には、妻は小学校三年生になっていたのであった。


当時義父から『共産党』とあだ名されていた妻は、誠に活発な子供で、口答えはいちいち、父親の言う事を聞かず、追いかければあぜ道へ脱兎のごとく逃げ切るなどの所作は、父親として娘の将来を大いに心配させていた。


嫁がせるのは無理。と義父は思った。

又、就職も心配。農業などは夢の又夢なのだ。

義父は東京に美容業の存在を知り、娘を美容師にする事を

思い立った。手に職をつけさせようと言うのだ、


が、大問題があった。

当時、人の頭(髪)をいじる仕事は軽蔑されていて、義父の父母つまり爺ちゃん、婆ちゃんは絶対反対。

だが、都合が悪いことには、財布は一切合財爺ちゃんが握っていたのであった。

爺ちゃん曰く・・・『美容学校の費用は一切出さない。孫娘は看護婦にさせろ。』と兵糧攻め宣言。

当時新潟県に美容師育成の専門学校はなく、東京で勉強させるしかなかった。

故に爺ちゃんの理解なくしてこれは無理・・・。


が、それにめげる義父ではない。なにせ戦争に二回も行って、およそ奇跡の生還と言って良い体験者であり、口答えしてあぜ道に逃走する娘の親である。

ある日いつもの様に新聞持参でトイレに入った。なんと新潟市内に『理・美容専門学校』が設立され、第一期生募集の広告が掲載されているではないか。

びっくりした義父、出物の始末は不明だが、新潟市なら自宅から通学可能な立地。




義父はしいたけ栽培、義母はギヤカーで野菜売りをする事とし、義父は毎日朝晩娘(後年私の妻)を自転車で駅まで送り迎えしたのであった。一回たりとて休まなかったとの事である。

『共産党』だが、可愛くも娘の将来を心配して、大変な苦労をして美容師に仕立て上げたのであった。


その『共産党』、専門学校を卒業後、3箇所の美容院でインターン後、借家して地元で開業、20才の折に自宅を新築したのであった。

お客様も定着し、経営も軌道にのって落ち着いて来たが、落ち着かないのが『婿取り話』であった。


なにしろ『嫁がせるのは無理』・『手職に美容師』・『旦那は婿を取る』と義父は考えていたのだ。

娘(妻)はどって事ない性格。父親のペースで事が進む。


そこで選ばれたのが小生であった。

が、あくまでも『婿』であり、『婿養子』ではないのである。

形式など拘らない小生、その違えなど考えたことも、聞こうとした事もなかったが、結婚して2年後だかに義父が『婿と婿養子の違い』の講義してくれたが、相続権などまるで興味のない男であった。



義父は勇気をもって小生に『あんたは養子でないのだから、相続権は無い』・・・事を明確にしておきたかったのであろう。




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木曜・Cクラス新年会(日記3)


2時間飲み放題の居酒屋はあるが、飲み食い放題っていう居酒屋は無いらしい。

生ビール2杯で上機嫌になってしまう輩としては、夕食替わりにしたいのだ。

そんな思いで、恒例のテニススクール木曜日・Cクラスの新年会に出かけた。会場の肉を売りにした居酒屋は、やはり2時間飲み放題でお一人様5,000円であった。


それにしても、引越し前の酒席への参加は、往復ともタクシーであったが、今は電車である。

タクシーだと所要時間50分で片道9,300円。電車は30分で500円。費用対効果

からして答え一発であろう。



さて28年ぶりにローカル線に乗ったが、まるで久し振りに会う同級生みたくトキメキがあった。ものすごく珍しく思いた。

流れ去る車窓の景色に見入ったり、つり革や広告が過去を回想させ、少年が如くうきうきし、感動している自分を感じた。楽しかった。








その居酒屋は、サイコロ状の肉一片×1人で、店員が産地と部位の説明に現れるが、そのほとんどがオーストラリア産であり、どうやら部位の多さが自慢であり、他店との差別化か。いずれにせよ、夕食替わりになる量ではない。


我がCクラスは、なにかと理由をつけては飲み会の招集をかける。忘新年会、暑気払い、新歓etc。

幹事はいつもHさん(40才代)で、実に多くの居酒屋に精通していて、企画から清算まで彼女が仕切ってくれる。

本来彼女は、木曜日・Cクラスより2段階上のクラスの生徒だが、Cクラスがお気に入りで時折振替えして来る。

女性(40代~50代)4人、コーチ(男性52才)と76才の私でテーブルを囲む。近くに暖炉の炎がゆらめきムーディー。



女性陣は実に良く呑み食べ、そして間断なく喋る。

なにかの話が膨らみ、広がり枝葉におよび、それが更に膨らむ。つまり終わりはないのである。


お喋りは概ね子供の話のキャッチボールからスタートし、次にダンナの動向となり、意外にテニスの話題は出てこない。

が、追加の呑みものと料理への気配りは、いかなる状況下でも、一瞬たりとて途切れる事はない。



追加注文は吾輩の担当で、右手を高々と上げライターをこする。一夜でライターの石が無くなる程の活躍となる。

お喋りはビジュアルで、スマホが登場し、全員が画面を覗き、ついでに欠席したクラスメートへメールをしたりする。


さて、彼女らのお喋りに割って入るには技術を要するが、ダンナの話をぶち込むと、やや正気になって耳を傾けるので、切り口の武器としては効果的なのである。


呑み放題では終わらず、必ず二次会があり、決まってカラオケ屋である。

相当に出来上がっているのだが、当然ここでもアルコールを注文し、ペースはそれほどに落ちない。

一曲目は吾輩が歌う事になっていて、2曲目からはマイクの奪い合いとなる。

従って吾輩の2曲目は基本、全員が一巡してからであるが、出来上がっているので割り込んでもバレないのだ。



貞淑な妻達はなんとか今日中の帰宅を目標としているが、まま翌日にまたがる事もある。

帰りは当然タクシーで、方向の同じ人が同乗するが、ダンナを呼びつけるつわものもいて頼もしい。

私のみが終電となる。


主婦は、たまにはバカにならないとやっていけないのである。爆発してしまうのである。







髪亭の寝言(時系列3)


三泊四日の新婚旅行から帰り・・・。と言っても妻が20才の時に建てた家にである。 

          


玄関には美容院に勤務している美容師が『先生お帰りなさ~い』と出迎えた。

このあたりから私の立場や権威が、徐々に明確になるのであるのだが、それは現在に至るまでである。

2階の妻の寝室が、そのまま新婚さんの寝室となり、廊下をはさんで、泊り込みの美容師見習いの部屋がある。


第一夜は疲れもあり爆睡。目が覚めたら妻の姿はなく、美容室からお客様対応の声が聞こえる。朝5時には早朝の

部が始まるのである。

寝ぼけ眼で起き上ったら、枕元にハンカチと靴下がキチンと

たたんで置いてある。

結婚するとこんな便利なサービスがあるのかと感動した。

もっとも、このサービスはキッチリ三日間であった。

後年、この現象を確認したら、『お客様から教わったが、いそがしくって出来なくなった』との事である。




美容院の客層と来店時間帯は・・・、勤め人は出勤前の朝5時に。10時頃からは芸者さんが。

午後からは旅館の女将さん、仲居さん、置屋のおかぁさん。

夕方は、農家の主婦。勤め帰りお客さん。

まだ、夜と深夜がある。

夜は勤め帰りのお客さん。そして深夜にかけてはお客さんに頭をさわられて崩れた髪の手直しがある。


労働基準法クソくらえなのだ。従ってダンナの夕飯など思いもよらず、インターホンで催促をしようもんなら、『この忙しいのに』か、『従業員だって我慢しているのに』・・・など、小さい声で叱責される。そして『出前をとれ』などは優しいほうなのである。




さて、私の立場と権威は、新婚二日目の夕刻に認識させられ、意識するようになった。


玄関で『こんばんわ~』と隣の奥さん。『はいはい』と気さくに私、『先生いますか』・『まだ店ですがなにか・・・』・『じゃーこの回覧板渡してください』・・・。

回覧板ごとき俺でいいじゃんか。

別の日に『先生いますか~』⇒『明日公民館で・・・』

又別の日に『先生いますか~』⇒『ゴミステーションの掃除・クリーニング屋、新聞屋の集金。驚いたのは防犯巡回の警察官がさも珍獣発見が目つきで『先生いますか~』とこの私に尋ねた。


奥さんいますかでも、苗字でも、名前で所在を確認するのではない。100%『先生』なのである。

わからぬではない、医者や美容師を『先生』と呼ぶ習慣があり、妻も長い間『先生』と呼ばれてきたのだ。

なのに、突然見も知らぬ男が現れたのだ。とっさに、ご主人とか旦那さんなどの代名詞は出ないであろう。それは判る。理解できる。仕方がないのだ。大人の度量ってやつだ・・・と屈辱感の払拭に努めた。


だが、美容師達の言動は明確に私を敵視していた。



私達の師匠、共に築いたお店と絆・・・。なのに、突如現れた男にその全てを奪われたのだ。少なくともそんな感情になっても不思議ではない。


彼女らは私の目どころか、顔を見ないで用を足そうとする。

しかも、接続詞も助詞もなく主語、単語を発するのだ。

『8時・ドリフ・全員集合』てな調子。




『あのー』とか『すみませーん』の声は私を呼んでいるサインなのである。

のちに妻が『ダンナさんと呼びなさい』とアドバイスしたあたりから、徐々に普通の共同生活者になった様である。


隣の奥さんが回覧板を私に渡すようになったり、美容師の皆さんが私を『ダンナさん』と呼ぶようになるなど、私の存在が少しずつ認められて来たが、なにしろ町内の人か、通行人かの判別が出来ない。


ある日妻が、このあたりの人はほとんどがお客さんだから、道で出会ったら、お辞儀をするようにとの指導があった。


が、どれが隣人か通行人かの区別がはなはだ難しいのだ。

面倒くさいから、あった人全てにお辞儀をしていたら、それを見た妻が、『あほみたいに通行人にまでお辞儀をするな』とのご指導。


知らない土地で住むって難しいもんだと思いつつ、車で出かける時は、わき見をせず、まっすぐのみを凝視して運転したら、大分煩わしさから解放された。

だが、それはそれで『パーマ屋のダンナは姿勢が良く、真面目な人』と評されてしまった。

放ってほしいもんだが、妻はパーマ屋であり人気商売でもあるのだ。我慢我慢。


そんなこんなで、不慣れなダンナさん。昼は会社、夜は髪亭

の二足のわらじ生活であるが、自転車で15分の所に妻の実家があるのだが、毎日母親がリヤカーを引いて野菜売りに、父親は飲み会の帰りに必ず寄るのだが、その父親が『婿と、婿養子の違いがわかるか』と言いだしたのだ・・・。


駅に降りて徒歩5分の居酒屋に全員が集合したところで、木曜・Cクラスのコーチが、乾杯の音頭をとった。
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