しあわせな私

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かわいい息子。生意気な息子。ちょっとしつこい息子。大切な人との息子。

食いタン好きな息子。


息子は今5歳。朝幼稚園に行ったあと、保育園にも行っている。

普通二重保育なんてしないんだけど、そこは私が働いているので夕方までは

保育園に預かってもらっている。

息子の幼稚園はバスもないし、預かり保育も行ってないのでその都度仕事を抜けさせてもらい

私がお迎えに行き保育園に送り、また仕事に戻る。

休憩の一時間をうまい具合に活用して送迎しているので、基本的にお昼は運転する車の中で

パンをかじる程度。職場に戻って座って食べる程の時間は残らないから。

それなりに大変だけど、泥だらけのズボンや靴下を毎日毎日手洗いしていると

元気に走り回り遊んでくれている姿が目に浮かび、自分の疲れや労力など

ホントどうでもよくなる。

子供が毎日を楽しく元気に暮らしていること、その生活を支えることが

親の責任としあわせなんだろうね。


最近は第一次反抗期で私なんかそれはまぁ、気力体力忍耐力ですよ。

息子はここ何日か、お風呂につかりながら私に説教をする。


「ママは恐竜がなぜ絶滅したか、本当の理由をわかってない!!!」

「笑いながら怒っても意味ないでしょ?でも、人は笑わないとダメなんだ!!!」

「ばんごはんにてんぷらはダメだよ。それはおやつだろうが!!!」


…根拠がわからない。


「ゆるす気持ちが大事だよ。」

「信じていれば、必ずママはしあわせになれる」


時に良いことも言うが、






奴の話は結構長い。。。。。。

のぼせるし眠くなる。


「ママ、目とかあけてるママもかわいいけど、ビシッと閉じてるのもかわいいよ」


斬新な切り口で褒められたりもする。


息子は話す時にやたら動きが激しい。

それはもう舞台向きなぐらい。

息子に言わせると「パパに似てるんだよ。こういう動き方とか」

そういわれると、変な微妙な手の動きが似ている。DNAなんだね。


「恐竜に会わせて欲しい。車で1時間くらいだからさ」


てんぷら食べながら真剣に息子に言われた。

どこなの…車で1時間てさぁ…。


息子の話す言葉、動き、笑い、涙

どれをとっても、結局愛らしい。

大きな心の男に育ってください。

















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朝もあめ

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夜の雨に感傷的になったのもつかの間


急に眠くなって日記を書いた後、即寝しちゃいました(/ω\)

疲れてんだもーん(´д`lll)



そんな感じでまだ目の腫れがひきません。

やっぱり病院にいったほうがいいのかなぁ…でもなんだかんだ3日経ったしなぁ

仕事はもう休めないので行きますが、会う人みんなに言われます。

「昨日泣いたの?」


「ぜんぜん:*:・( ̄∀ ̄)・:*:」 


ううん、泣いたの。


って言ったら、誰かごはんご馳走してくれるかなぁ。



あっ!!遅刻する!!

行ってきます。



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。。。

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どこに行けば会えるのか

それすらわからない。


雨の音が切なくて悲しいと思うようになったのは20歳になってから。

こんな淋しさを、今まで私はどうやってやり過ごしてきたのだろう。


明日はケーキを食べようかなぁ…そんなことに楽しくなっていた自分よ

明日の朝がくるまで、どうぞそのままで楽しいまま眠ってほしい。


落とし穴なんてないよ。

ゆっくり立ち止まりながらでも前に進めばいいんじゃないの?

行き止まりもないさきっと。


嫌な夢を見た。

これでもかと言うくらい自分の感情をぶつけまくり

泣き喚いて、声をからしていた。

目をそっと開くと、溜まっていた涙が頬を勢いよくつたっていった。

外の朝の色がカーテンの隙間から見える。


夢で正解。

夢でよかった。

夢で泣きじゃくったら


現実世界で目覚めたとき、なんだか胸に引っかかっている沢山ある重石が

一つだけ外れた気がした。





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ステキ息子

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2連休だった。


一日はもともと。もひとつは体調不良。

体調ってゆうか、目がぼっこり腫れあがったから。なんでだろ。

すんごいかゆいし痛いしイズいので目が開けられず、よって運転ができず休み。


まぁそんなこともあるさ。


とはいえ、休みの日にしかできない雑用をガンガンこなしていたので

少しも休めなかった。かえって忙しかった。


今現在だいぶ腫れもひいたので明日は人間に戻れそうだけど

あまりにひどい顔からの再生なので、こんなもんだろうというラインが

よくわからなくなっている。実はまだ痛い顔なのかもしれない。


まぁそんなこともあるさ。


息子ちゃんとTVチャンピオンを見ていた。

あめ細工職人決定戦だったんだけど、なぜか息子が職人達に嫉妬。

「あんなのオレのほうがうまいし早い。

目つぶってる間に100個あめでチューリップが作れる」

と豪語していた。

あまりにも上目線でブツブツ職人たちの織り成す技や芸術に難癖をつけるので、

どっからその自信がわいてくるの?と聞いてみた。すると…


「最後はちょっと感動して涙でてきた。あめで作った水の世界、きれいだね。

 ほんと、涙でる。感動した」


…と言いながら目を潤ます息子の姿が。

決勝戦のテーマが水槽の中の世界だか水の世界だかで、結果優勝した職人さんが作った

透明の「海えび」の完成度に心が震えたらしい。


「ママ、えびは赤いんだよ。でもあの人は透明にしたんだよ。すごいと思わない?」


必ずしもえびが最初から赤いわけじゃないことは今は伏せようと思う。

息子の心は自由自在で楽しそう。いろんなことに興味を持ち、感性を磨いてほしいな。

ちなみにそんな感性磨き中の息子に、私の目がMAX腫れていた時に言われた言葉。



「ゲゲゲにでてる人にそっくりすぎ。」




…砂かけだね。それはどうも。





自分戦争。


誰に何を言われても、結局自分が納得しない限りダメ。


みんなそうだと思う。

でも、私のハードルやキャパは少し人と違うらしい。

私の話を、小首をかしげながら親友が聞いていた。

かなり付き合いの長い親友ですら、「???」のよう。

まぁ…、そりゃそうだ。


うちの母は鋭いのか鈍いのかよくわからない。

ただ子供の時から私の考えてることを先回りして言うことがあり

なんだか見透かされているようで思春期はホントに嫌な存在だった。

高校の3年間、母とどんなふうに接してきたのか、何を会話したのか

まったく覚えていない。一緒に何かをした記憶がない。

かと言って不仲なわけではなかったが、それは必要に母が私に関わってこなかったから。

腫れ物になんたら、な存在の娘だったに違いない。

何が嫌って、辛い時に辛いと言わない母の根性というか、意地が嫌いだった。

10年以上経った今の方が、何十倍も話すようになったのは、

私が優しくなったからなのか、母が少し弱くなったのだろうか。


縁があって私の義母になった母も、私が何も言わなくても

あたかも話しを聞いた後のような言葉をかけてくる。

義母はそんなつもりじゃないと思う。

私もかつては役者になりたかった女なので、そこら辺はぬかりなく振舞っているんだけど

声が上ずってでもいるのだろうか。


こないだの母の日にささやかな贈り物をしたので、そのお礼の電話を義母がかけてきた。


必ずかかってくることはわかっていたけど、正直電話にはでたくなかった。

そんな気持ちだった。

時間は20時を少し過ぎていた。

とはいえ出ようかどうしようか躊躇しているうちに切れてしまった。


あぁ…悪いことしちゃったなぁ。


そう思ってもう一度履歴確認をしようとしたら、再びコール。

義母からだ。

おぉっ、どうしよう、でないとだめだよな、あぁ…どうす


ぐらいで、また切れてしまった。

こっちが出ないんだからそりぁ切れるよね。

やれやれ…とトイレに入るとまたコール。

えぇっ!?ま、またっ?なっなに??

いつもなら一度目で出なければ翌日にかかってくるパターンなのに

今日はやけにねばってかかってくる。なんかあったのかな?えっ!なんだ!?

今度こそ出なくてちゃと急いでトイレから出たけれど、切れてしまった。

明日はすぐ電話にでよう… そう思った。


翌日かかってきた義母の第一声が、明るく

「昨日何度もかけたんだけどでなかったよ。なにしてたの?」

…な、何って、あれ、あっ、それ聞くんだっ


子供と一緒に寝てたと言うと、「あぁ、それならいいんだけど。」

と言われた。 ってことは、そうじゃない良くないことも考えてたのか??

私の深読みも手伝って、少々ぎこちない会話になったので息子にかわる。

息子は「ばーちゃん、はやくうちに遊びにきてよん。おもちゃもあるしさぁ~、気に入るのあるとおもうよぉ~」

と、何度も誘っていておもしろい。でも急に、

「じゃぁここで、ママにかわるということで」

…なんていうフリで息子に受話器を渡された。なんの段取りだ。


「とにかく泊まりにおいで」

「そうだねぇ。ちかいうちに行くね」


そう言って受話器を置いた。時間にして10分ほど。


何年か前に電話で黙り込んだ私は、

「同じとこにいると息が詰まるし、孤独になるから泊まりにおいで」

と義母に言われ、泊まりはしなかったが遊びに行ったことがある。

駅まで義父と迎えに来てくれて、お昼何食べるかとか、夜は食べて行けるのかとか、今お腹すいてないかとか

なんか、私たちそんなにひもじく見えたのかな(笑)

息子のことやら、最近観たテレビの話し、霊媒師とか前世の話しをしたのを覚えている。

確かに少し楽になった。目を見て、私の言うことにうなずいてくれることに安心した。

それは、先日会った親友もそう。

私の話に割って入ることなく、ひと段落着くまでうんうんと聞いていてくれる。

うちの母も、最近は聞いてくれるかも。


人と人の出会いは、ありふれた偶然のような気がする。

そこから繋がっていけるかどうかは、縁。

昔は偶然・必然・運命を強く信じていた。

今も想うときはあるけど、

すべてひっくるめて、私は縁だと想う。

縁がなければ繋がってはいけない。

どんなに罵倒しあう最悪な人間関係であっても、冷め切った関係であっても、何年も会わない人でも

ご縁がある人たちとは、繋がり続ける。そういうことになっていると

そんなことを美輪さんも言ってた。あはは。

そんなふうに私のことを気にかけてくれる人たちを、心から大切に想う。

ありがとう。

ほんとに、ありがとう。

わたしは元気です。

ありがとう。


私もめぐりめぐって私として生まれ、私として生きている。

私が納得のいく答えを探すための旅を、私は長いことしている。

これからもずっと、私は私のために旅を続けるのか。


目を閉じる。

何もみたくない、感じたくない。そう想う私。

それは孤独なのかもしれない。

それでも、

旅のどこかで、必ず私を待っていてくれる。

今はつらくても、

この目を 開かないでいる理由はない