アジアご飯、とくにマレーシアご飯、時々つぶやき

2005年から2009年までの4年間、常夏のマレーシアで暮らしていました。2年過ぎた今でも、日本食は「ハレ」の料理でちょっぴりよそよそしく、アジア飯のほうが「ケ=日常」のご飯で、ホッとします。私にとっての食とは、味わいながら、みんなとつながることです。


テーマ:
ツイッターで流したこと、まとめておきます。

手話の文には、気持ちを表した言葉が必ずあります。たとえば「明日は雨です」には、「困るねー」とか「久しぶりにうれしいねー」など。それが無いと、「明日は雨です」「……で何?」となるそうです。あらためて感じたのは、感情の無い言葉なんてない、ってこと。言葉には必ず伝えたい気持ちがある。

たとえば「お母さん、鉄棒で逆上がりができたよ」には、うれしいなー、が入ってるし、「満員電車で足踏まれた」には、嫌だなー、が入ってる。たぶん、話していてちょっぴり違和感を感じる人は、感情が伝わってこない人のような気がする。

私もそうだけど、言葉に感情を表すのためらう時はたしかにあります。周りを意識したり、恥ずかしかったり、見栄があったり。でも、そんなことはもうよそう。感情の無い言葉なんてないんだから、話し始めた時点で、相手に気持ちが伝わらなきゃ意味がない。

うれしかった、とか、好きだ、とか、困ったとか、ちょっと嫌だった、とか、いっぱい言おう。堂々と言おう。そしてもし、気持ちが伝わってこない人がいたら、全力で聞こう。どこまで出来るか分からないけど、とにかく、全力で気持ちを聞こう。そんなことを思った昨日の手話教室でした。
AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
最近の画像つき記事  もっと見る >>

テーマ:
横浜、伊勢佐木町に“メリー”とよばれる女性がいた。戦後の混乱期に娼婦としてお金を稼ぎ、家を持つことなく横浜に住み、じぶんの信念で人生を生きた人。中村監督が10年をかけて、彼女を知る人にインタビューをくり返し、彼女の生きざまを描き出した映画「ヨコハマメリー」。とってもいい映画だった。

映画のなかで、メリーさんの一番の理解者であったシャンソン歌手、永登元二郎さんの歌うシーンが出てくるのだけど、これがもう、泣けて泣けて。癌とたたかい、ゲイとして生き、やわらかな歌声でステージに立ち続けた元二郎さん。彼の歌うマイウェイの言葉は、歌詞というよりも、彼の心の叫びだったから。

メリーさんも元二郎さんもすでに亡くなっている。
彼らの人生は、なんて過酷だったんだろう。でもなんて美しいのだろう。
じぶんの思いを貫くということは、裸足ですり傷をつくりながら、大雨のなかを前を向いて歩くことだ、と思った。

さて、この映画を見た理由は、聾者による手話弁士が付いていたため。手話弁士とは、映画のセリフを手話で通訳をする達人で、上映された1時間45分の間ずっと休みなく手話で通訳をし続けた。

すごかった!五十嵐さん、菊川さん、彼女たちは天才です!!!

たとえるなら、バイリンガルの日本人女性が、英語の映画をみながら、同時に日本語の台詞をしゃべっているようなもので、戸田奈津子さんが即興で訳している感じだ。わたしは熊本弁のバイリンガルだけど、標準語の映画を瞬間に熊本弁に直すのさえ無理だもんねぇ

それに、字幕という文字ではなく、手話という言葉にすることで、映画のなかの人物が話しているような感情や抑揚が言葉のなかによく現れていると思った。話している人が怒った顔をすると、手話の言葉も怒っているものになった。

声には、お年寄りのダミ声だったり、キンキンと高い声だったり、落ちついたゆっくりとした話しだったり、文字だけでなく、いろんな情報が含まれている。それを表すことができるのは、字幕ではなく手話。手話は、そのすべての情報を目に見えるものにした完璧な言語だ。

いつか、聾者だけでなく聴の手話弁士も登場するといいな、と思う。言葉の内容だけでなく、聞こえている声の感情も訳せるような手話ができれば、もっと情報が伝わるかもしれない。

でも、聞こえない人は、わたしたち聴者がもっていない情報をたくさん目から得ていることを忘れないように。それはわたしたちの知らない世界で、もっと感じる世界で、もっとつながる世界。15年手話に関わっていて、そのことを実感している。
AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:
手話をはじめて10年経つけれど、今もなお、手話という言語の奥深さと素晴らしさに感動しまくっている。たとえば、昨日習った手話のことば。

「秋が終わって、もう冬になっちゃった!」
この日本語を手話では、
「秋、冬、あっという間」
と表現する。

この文のなかで、いちばん大切な表現は、秋でも、冬でも、あっという間でもなくて、秋と冬の間の「、」なのだ。

「、」は、言葉の間と小さな頷きと、そして一瞬目をつぶって表現する。すると、秋から冬に時が流れた、という意味になるのだ。文字で書いていると、なんのこっちゃ?と思うだろうけど、聾者が表現しているのを見ると、本当にびっくりするくらい、その意味が伝わってくるのだ。

手話の何がすごいかって、それがめっちゃ自然なこと。
日本人であれば、手話を知らない人でも必ず通じる。

表情、手の動き、目線。
手話を習うたびに「こういう表情や間の置き方ををすれば、そういう意味に相手に伝わるのか…」ということを再確認している。

そっか。耳の聞こえない人たちから、日本語の伝わり方を紐解いて教えてもらってるんだな。

AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

AD

ブログをはじめる

たくさんの芸能人・有名人が
書いているAmebaブログを
無料で簡単にはじめることができます。

公式トップブロガーへ応募

多くの方にご紹介したいブログを
執筆する方を「公式トップブロガー」
として認定しております。

芸能人・有名人ブログを開設

Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
ご希望される著名人の方/事務所様を
随時募集しております。