アジアご飯、とくにマレーシアご飯、時々つぶやき

2005年から2009年までの4年間、常夏のマレーシアで暮らしていました。2年過ぎた今でも、日本食は「ハレ」の料理でちょっぴりよそよそしく、アジア飯のほうが「ケ=日常」のご飯で、ホッとします。私にとっての食とは、味わいながら、みんなとつながることです。


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「外国に行って、英語がまったく通じないとき、
 思わず手話で話しかけてしまうことってない?」
「なんとなく分かるーっ」
「外人さんに向かって、“たとえば”(手話つき)
 とかやったりするの」
「ギャハハ! 相手はますますハテナ顔やん」

「あとさ、通じるように話そうとすると
 口を大きくハッキリ開けて、ゆっくり話したりね。
 アッチにー(口をゆっくりハッキリ、指さしもくわえて)、とか」
「でも、結局は日本語じゃん」
「そう、外人さんには通じない!」

「わたしはね、小さな声で話さなきゃいけないとき、
 思わず手話っちゃう」
「へぇ~」
「講演会とかで、すでに会が始まっているときに
 席に座ろうとするときとか。
 ココ(指さし)、
 イイですか?(小指をあごにあてて構いませんですか?という手話) 
 って、手話で隣の人に話しかけたり」
「手話で話しかけても、一般の人は分かないって!」
「そうなんよ。
 でもさ、小さな声で話さなきゃいけないときとか、
 手話で話せたら便利だよねー」
「それ、言えてるー」
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朝からブルーだ……。

イヤーな夢を見たとき、
朝起きても残っている心のなかに溜まったシコリ。
ワインのオリのような、ザラザラとした心の淀みは、
キレイにするために、少し時間がかかる。

よく「プラスのイメージを大切に」というけれども、
人間の脳は、「考えただけのこと」と「実際に実現できたこと」の
区別ができないらしい。
つまり、できなくても「できた」と思っていると、
脳は、すっかり「実際にできた」と思う気分になる。

たとえば
「50メートルを、今よりも2秒早く走って、
 ゴールテープを1番できる!」
というイメージをくり返し頭のなかに思い描いていると、
現実にもそういうことが起こる。
「あれま、わたしは実際にも走ることができるのね」
と脳が思い込んでしまって、体にそういう指令を下すのだそう。

逆もまたしかりで、
マイナスのイメージばかりを描いていると、
それが「実際に起こること」と脳が勘違いして、
現実に起こったりする。

脳って、性能がいいのか、悪いのか……。ねぇ。

たぶん、このイヤーな夢を見たときの「モヤモヤ感」も
脳が、夢と現実を区別できなくて、
引き起こしている感情に違いない。

今日のイヤーな夢は、非常にくだらないけれども、すごくイヤーだった。
わたしの彼が、「悪女3人」に騙され、金を巻き上げられる夢。

友人たちと集まっているのに、
彼だけひとり来ない。
探してみると、女と遊んでいるらしい。
それも、騙されて、金づるとして。

彼は、騙されていても楽しいからイイやと思っているのか、
まったく気づいてないのか、よく分からない。

でも、悪女3人の世界に染められた
彼の顔は、すっごくワルな感じで、
「イッヒッヒ」と世界をバカにしたような笑い方をする。

それがなんだか、悲しいやら、情けないやら、
ムカツクやら、ショックやら、女達への怒りやらで、
なんだか、どうしようもなく泣けてくる。
夢のなかで、わたしはとにかくひたすらワンワン泣いている。

友人たちは、すごく同情してくれるけれども、
結局は、それ以下でもそれ以上でもなく、
「こういうときは、やっぱり自分で解決するしかないんだ……」と
夢のなかで、妙に冷静に考えたりしている。

笑えるのは、とってもリアルな感触で残っているのが
どれだけお金を遣っているか気になって
彼のお財布をチェックしていたら
「アクセサリー代」という領収書がでてきて、
一瞬「2万円!」と思ったのだけど、よく見たら
「2千円」で、ちょっとホッとした瞬間だったりする。

あーあ、書いちゃったから、
この夢は再度脳に刻まれてしまったよ。
だからー、これはー、夢だったっていうのー!
モヤモヤ感よ、消えなされ!
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エピソード1

レストランで原稿書き。
しばらくして、ドヤドヤとおばさま達がやってくる。

「ハ~、疲れたわね~!」
「あなた、頑張ったからねぇ」
「私、ビールにしようかしら」
「じゃぁ、私はこれで」
「いつもの、ほら、あの、ないのかしら」

疲れてはいるようだけど、とっても元気。
大きな声で、話しは弾む。

「でもさ、私なんて、入ったばかりでしょう。
 だから気を使って言えないのよ」
「言ってもいいのよ。何気なく自然に
 “後ろがつかえてますよ”と言えば、大丈夫よ」
「スピードの遅い人がいると、後ろが大変よねぇ」
「そうなのよねぇ」

後ろがつかえる?
スピード?

「でも、コーチはどう思ってるんでしょうね、私たちのこと」
「ずっと通って欲しいって、言ってたわよ」
「私、最近コーチから何も言われないのよ」
「上手く泳げるようになったから、言うこと無いのよ」
「でも、もう体力ないわよ。75歳よ、もう今年」

なんと、75歳を筆頭に、
おばあちゃんたちスイマーだった!! すごーい!!

「私、水泳では痩せないって分かったの。だからもういいわ」

机の上には、グラスやお皿がてんこもり。
そりゃ、おばあちゃん、痩せんやろうねぇ……。


エピソード2

電車に乗る。
40くらいのひげ面の男の人がこっちを見てる。
なんだか怖いなぁ。

軽~く、屈伸をしている。
軽~く、軽~く。

そうしながら、少しずつ、こっちに近づいてくる。

屈伸、一歩前進。
屈伸、一歩前進。

電車のなかで見る「屈伸運動」は、
ジェイソンの伝動ノコギリのように、
恐怖を駆り立てるのでした……。
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怖かった。
地元九州で、震度4、5の地震発生。聞いただけで震えあがった。
みんなに確認のメールをうち、返事が返ってくるまで、
不安で不安でたまらなかった。
ランチを食べながらポロリと涙まで出た。

佐賀、熊本は案外大丈夫そうだけど、
福岡は大変だったみたいだ。
みんな「めちゃくちゃ怖かった」と口をそろえていう。
睡眠不足、まだ生きた心地がしない、人生最大の恐怖。
そういう文字のメールが届く。

あ~、怖かっただろう。
遠く離れている、わたしでさえもめちゃくちゃ怖かったのだから。

この恐怖は、正直
新潟のときも、神戸のときも感じたことがなかった。
知り合いがいない土地と、被害に合う人の顔が分かる土地。
その2つで沸きあがる感情は、こんなにも違うのか……。
身をもって体感した。

もちろん、災害や事故が起こるたびに、
こんなに、たまらない不安と恐怖を感じていたら、
人は狂ってしまうかもしれない。
だから、自然にできた防御反応ともいえるのだろう。

改めて思ったのは、
どんなに小さなことも、
ケッと思うようなくだらないことも、
当事者の気持ちを推測することは、不可能だ。

できることは、自分のできることをやるだけ。

この世に、いつサヨナラしても悔いのないよう、
今日1日をせいいっぱい生きよう。
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あー、ドキドキしてづがれだー。

わたしのことなんて全く知らない人の不信そうな声に対応しながら、
まずはわたしの人となりを分かってもらって、
とりあえずは信用してもらって、
企画の内容をイチから、でも簡潔に説明して、
納得してもらって、アポを取るのって、超難しい。

とはいっても、わたしのやってる企画は
費用が発生するわけでもないし。
雑誌に載るのは、宣伝にもなるわけで。
嫌な断り方をされることなんて、めったにない。

それでも、知らない人と電話だけで話して
その場で信用を勝ち取るのは難しい。

ほんでもって、すんごく疲れる。
わたしのエネルギーが
不必要にドクドク流れだしていってしまうような気がする。
アポ取りが終わると、まさしく文字通りフヌケになって
エネルギーの充電が必要になる。

いやー、営業の仕事をやっている人ってすごいわ。
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ランディさんのブログにこんなことが書いてあった。
「自分の出している波長と明らかに違う人の波長を、
 朝からガツンと受けると、私はなにかこうものすごく調子が狂い、
 その影響をあからさまに受けて、中心からぶれてしまうのだ。
 そういう、人の感情……というか、雰囲気が出している
 何かに影響を受けやすい」

分かる。すごーく分かる。わたしもそうなんだ。

でも、ランディさんのブログには続きがある。
「よって、気持ちの良い人と気持ちの良い雰囲気を
 共有しているときは、たぶん、ものすごく具合が良くなって
 得をしているのだと思う。だけど、楽あれば苦あり……」

そう。ランディさんのブログを読んでいると、
彼女がとても素敵な人にかこまれ、
その人たちを心から信用している様子が分かる。

きっとランディさんは、すべて人にオープンなんだ。
波長が合わない気持ち悪い人に対しても、
波長がぴったりの気持ちのいい人に対しても。
だからグーンと落ち込むこともあれば、ワーイ!と楽しむこともできる。

それに比べて、わたしはすこし違う。
たぶんランディさんよりも、すこしクローズしている。
開けっ放しの窓ではなくて、
風通しはじゅうぶんだけれども、網戸がキチっと立っているみたいに。

人と話しているといつも、
ケント紙のような薄い紙が一枚、間にプラーンとかかっていて、
風にペラペラ揺れているような気がする。
すぐにめくって相手の顔が見たいのに、どうもモジモジ躊躇してしまう。
そして相手が見えない分、聞こえてくる声や、届いてくる文字に敏感になる。
声のトーンだけで落ち込んだり、文字の深層を勝手に想像したり。
そんなふうにアタフタしていて、いつまでも臆病なままで、
なかなか相手の心の奥に踏み込めない。

大好きな人はたっくさんいるのに、
なんとなく、分かってもらえてない気がする。
本当だったら、もっと分かりあえるはずなのに。
なんとなく、そんなに必要とされていない気がする。
本当だったら、もっと大切にしてあげられるのに。
わたしが求めすぎなんかなぁ…?

ランディさんのブログには、親しい友人や近所の人の話しがよく出てくる。
うらやましいなぁ、と思うと同時に、楽しみだなぁとも思う。
だって、わたしもきっとランディさんみたいに語れるときが来るはず。
ランディさんにできて、わたしにできないはずがないものね。

なんてことを思いながら、ふと気づいた。

“人の感情で左右されやすい”ランディさんのブログを読んで
わたしがブツブツと考えた。
ということは、
ランディさんの感情から、わたしが左右されたということ。

感情を左右された人が、また別の人の感情を左右する。
ニッコリ笑いかけてもらって嬉しかった人が、
その嬉しかった気持ちで誰かに接する。
するとその人も嬉しくなって、誰かに笑顔を向けるように。

いいエネルギーも、悪いエネルギーも
きっとこんな風に人を媒介にして、
瞬時に、あっという間に、地球の裏側まで伝わっていく。

このブログを読んで、誰かひとりでも
「わたしもそうなのよ」と楽になってくれますように。

そして、みんなが好きな人を大切に思いますように。
その気持ちをちゃんと伝えられますように。
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本日ジュエリーをゲットしたのだ!いぇい!
ず~っと欲しかったアメジストの石が、ころりんとついたリング。
透明な紫色がキレイで、かわいい。
一日着けていたら、もうすっかりフィットして、
わたしのために作られたみたい!(大げさか? 笑)。
お値段も半額で、大変ラッキーでした。
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明日は、同僚とランチ、仕事の打ち合わせ、幼なじみ宅にお泊り。
その合間に原宿でジュエリーのセール品をゲット!
と、分刻みのスケジュールをおくるつもりだったのだけど、
ランチとお泊りがキャンセルになり、
比較的のんびりんこになった。

突然キャンセルになった理由は、どちらも子供ちゃんの体調不良。
寒いし、風ぴゅーぴゅーだし、子供ちゃんがよく風邪をひく時期なのだろう。
こればかりは仕方が無かね。

そうそう、この前、おもしろいことが本に書いてあった。
『美津と千鶴子のこんとんとんからり』(木犀社/田中美津・上野千鶴子)。
冷え性を治したい!と叫びまくっていたわたしに
友人が紹介してくれた人物から、たどりついた本だ。

1970年代初頭のウーマン・リブの中心的存在といわれる田中美津さん。
現在は鍼灸師として活躍している美津さんは、
“子育て”についてこう語っている。

「子育てって、子供の成長を見ているようで、実は自分を見ているの。
 子供によって、自分の本質がどんどん暴かれているのよ。
 だから、ママが子供のことを話したがるのは、
 実は自分のことを話したいということ」
(正確な文章の引用ではありません)

続けてこうも言う。
「私は子育てがすごくおもしろい!と思って話すでしょう。
 そのとき、子供をもたない人には、
 その人がおもしろい!と思って、ハマっていることを話してほしいの」
(同上)

へー、そんなもんなのか。
子育てに真剣勝負の人。仕事が大切な人。趣味命の人。
それぞれの土壌で、それぞれがおもしろいと思っていることを語ればいいのか。
それで会話は成り立つのか…。

わたしはこれまで、同じ話題をするのが会話だと思っていた。
子育てについて語る友人には、わたしの子育て論を話し、
趣味について話すときは、友人の趣味を聞きたがった。
でももっと大きな視点のなかで、
バラバラの会話をしてもいいのか…。ふーん…。

本当にそういう会話方法で、心地よく時間が過ごせるのか、
今度試してみようっと。
子育てにハマっている友人が、
わたしのハマッっていることを本当に聞きたいのか、
今度聞いてみようっと。
それで会話が楽しめるなら、ずいぶんラクだなぁ…。
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台湾大地震のドキュメンタリー映画
『生命(いのち)』をみて

1999年9月21日。
マグニチュード7.3の激震が台湾全土を襲い、
緑あふれる村々は、一晩にして土砂のなかに消えた。
2500人以上の行方不明者と死者。
台湾ドキュメンタリー界の重鎮、呉監督は
地震発生直後から4年の月日をかけ、
親や子供を亡くした、ある4組の家族を追った。

地震直後。
みな一様に、冷静に対応しているようにみえた。
饒舌に思いを語る大学生や、すこし乱暴な態度で投げやりに話す姉妹。
言葉を失う、という余裕さえもなく、
監督の問いかけに、ただひたすらに答えている。
彼らは家族の遺体を捜すために
毎日、瓦礫や土砂でできた「山」にのぼった。
ショベルカーが土をかきまわす。
家がどこに建っていたのか分からないので
やみくもに掘るしかない。
ビル9階分の深さを掘って何も出てこなければ、次の場所に移る。

その様子を彼らはじっと見ていた。家族の遺体と会うために。

大学生がいう。
「今でも、昔と同じ風が吹くの。
 あたたかく懐かしい。
 ちょうど両親が昼寝をしているときに吹くような風。
 でも、あの頃とはすっかり変わってしまった」

49日が経ち、捜索が打ち切られた。
一瞬にして家族を失った人々の悲しみは、
実は、そこから始まっていた。
自責の思い、恨み、憎しみ。
喪失感、生きる目的や生命(いのち)についての問い――。
ときに深い闇に引きずりこまれそうになりながらも
みな必死で生きる。いや生きるしかなかった。

***
そんな彼らの姿は、わたしの目に、とても美しく映った。
神々しいとでもいうのだろうか。
ものすごく大きな悲しみを経験したものだけが
達することのできる場所。
そういうところで生きているように感じた。

化粧も全くせず、決して贅沢とはいえない暮らし。
一生、大きな悲しみと共に生きていかなければならないという運命。
もし、悲しみや苦しみが
人間を成長させる大切な糧だと仮定するなら、
彼らは、大きな成長を遂げるべき人間であると
天から選ばれた人たちなのかもしれない。

彼らが美しいからといって、
彼らを慰めることはできず、
成長できるからといって、
みずから悲しい出来事に身を投じる人がいないことは
重々分かっているつもりだ。

でも、映像を通してわたしに伝わったことは、
悲しみよりも美しさだった。
人間のはかない命よりも、人間の生きる強さだった。

きらびやかに装飾され、にこやかな仮面で覆われた社会を
粉々に打ち砕くことのできる、人間の真エネルギー。
それは強く、そして美しかった。
その生命のエネルギーの前では、
どんなに高級で魅惑的なできごとでも
一瞬のマヤカシと消えてしまう。

人間って、愛おしい。
人間に生まれたことを誇りに思いたい。
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エレベータのなかで叫ぶピチピチガール。
「さむーい! まだ春じゃないじゃん!」
目に入った彼女の姿は……まじでっ!!
パンツに迷彩柄のタンクトップで、両肩を露出。
そら寒いでしょう。たとえ春だとしても、その格好は寒いでしょう。
3月にして、タンクトップ姿の極太マスカラガール。
渋谷の若者は理解を超えています。

もうひとつ。
ウェイターがみんな茶髪のイケメンばかりで、
まるで“ホストクラブ”のようなイタリアンがある。
今日も行ってみたら、ランチの時間帯でも
イケメンがこちらを見てニッコリと「いらっしゃいませ」。
さらにパスタを食べ終わったら、
イケメンがおもむろに近づいてきて
テーブルの上に置かれていたおしぼりをサッと袋から取り出し
「これ、どうぞ」と差し出してくれた。
ここ、ここ、ってふつうのイタリアンだよね…?

東京には、分からんことが、まだまだいっぱいあるとです。

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