アジアご飯、とくにマレーシアご飯、時々つぶやき

2005年から2009年までの4年間、常夏のマレーシアで暮らしていました。2年過ぎた今でも、日本食は「ハレ」の料理でちょっぴりよそよそしく、アジア飯のほうが「ケ=日常」のご飯で、ホッとします。私にとっての食とは、味わいながら、みんなとつながることです。


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年末になってくると、
“ファミリー”という単位が色濃くなる気がする。

家族でクリスマスを過ごす。
実家に帰省する。
代々家に伝わるお節料理をつまむ。

ふと思う。
家族のいる人はいい。帰る場所のある人はいい。
でも、いない人は、ない人は、どうすればいいの?
そういう人たちにとっては、
居心地のいい季節ではないだろう。

“家族で過ごす、温かい休日”
その言葉の裏に隠れた、無意識の決め付け、常識、
しきたり、慣習、社会的通念。
大多数の一般的な人々は、なんとも思わない、やさしい言葉。
その言葉の裏にいる人を、ふと思う。

わたしも先日のブログで、
クリスマスって、手作りの料理で過ごすものだなぁ、と書いた。
大多数の人は、そうだなぁと思ってくれるだろうし、
やろうと思えばできるだろう。
でも、間違いなくそれは全員じゃない。

家族がいない人もいる人も
ひとりの人で過ごす人も、大勢で新年を迎える人も
みんなが自分の居場所を感じられる世のなかであって欲しい。
わたしだって、いつ少数派になるか分からないのだから
みんながいろんな価値観で暮らせる世界であって欲しい。
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話したいことがたくさんある。
伝えたいことがいっぱいある。
心に響いたことがいくつもある。
共感したいことが何個もある。

でも言えない。うまく言えない。
心を言葉にできない。
この心の揺れを、どう表現していいか分からない。
本気で伝えようと思ったら
わたしの人生経験を一からすべて語って
全部知ってもらわないといけないような、
そんな気の遠くなるようなことに思えてくる。

心が動いた時間を共有した人とは、なんとか話せる。
そのことについては、なんとか話せる。
うまく言葉にできなくても、カタコトでも
同じ空気を吸い、同じ匂いに触れていた人とだったら
語り合える気がする。そんな安心感をなんとか持てる。

でも、わたしの伝えたいことは
感動した瞬間のことだけじゃない。
わたしは、瞬間をブツギリに生きていない。
時間の連続のなかで生きている。
いろんな体験がわたしの心を形成し
そのつながりのなかで、伝えたいことが生まれる。
過去から今の流れのなかで、自然と作り上げられる。

そんな心の動きについては
どんなにあがいても、どうやっても、うまく話せない。
いや、何を話したいのかさえも分からない。
何をこんなに伝えたがっているのか、よく分からない。

でも、心が叫んでいるのだけは分かるんだ。
誰かに伝えること、伝わることを必死で欲している
ことだけは分かる。

だからこそ、幼い頃からずっと感じていた言葉の壁の前で、
何もできずに、ただ呆然とたたずんでいる。

相手とは、絶対に成り代わることができない、という事実。
人間誰もがひとりで生きている、という現実。
そういう当たり前のことを目の前にして
飢えにも似たような気持ちで、
人とのつながりを必死に追い求めている。

大勢の友人に囲まれ、やさしい家族に包まれ
ひとりの時間を好きなように満喫しているのに、
ときおりわたしは
ひとりぼっちに耐えられない、小さな子供に憑依される。
そんな心を大人の冷静さで叩きのめすために
誰かに向かって、無我夢中で言葉をつむぐ。
それが、わたしにとってのブログの意味かもしれない。
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仕事場も(家)、生活の場も(同じく家)
体のなかも、心のなかも、クリーンなのが好き。
いつも、クリーンでいたいと思っている。

しかし、どーも、苦手だ。
捨てられない、もったいない、整理下手。
気づくと、モコモコ埃とゴミのなかで暮らしている。

仕事場(家のリビング)には、
原稿の資料、FAX用紙、送ってきた見本誌が山積みだ。
捨てるタイミングを逃した資料、
「いつか使うかも」という、心の拠りどころのような資料。
雑誌や本も捨てることはしないので、増える一方。
自主取材の資料も整理されないまま放置状態。

しかし、使わなかったり、取っていることさえも忘れているのなら
資料は、単なるゴミと同じではないか!
整理しないとなー。来年早々、必ず手をつけるべし。


生活の場(家全般)には、人が暮らしている痕跡がべっとり。
ガラス窓や電灯のスイッチには手アカ。
カーテンは近くの工事現場の土埃で真っ黒。
人って、生きているだけ、いや、息をしているだけで
地球を汚していることを実感。
ちっちゃな公害みたいなもんだね。

今年は大掃除の時間が取れないので、
とにかくレンジ周りだけをチラチラ拭く。
あー、油汚れって取れねー!
100円ショップの洗剤は、やっぱり使えねー!
明日、ちゃんとした洗剤で再度拭くべし。


体のクリーンは、いちおう達成。
ホテルdeエステでゆっくりリラックスもしたし
友人のマッサージも受けてアドバイスももらったし
大掃除はできたでしょ。
来年もなるだけ自分でマッサージをしよう。


そして、最後に心のクリーン。
これって、どうすんだ?
心専用の洗濯機とか、洗剤とか、石鹸とかあればいいのに。
ゴシゴシと布で擦れればいいのに。
そうはいかない。万人に通じる、一般の方法なんてない。

わたしの心の場合、いちばん効く方法は
“新しい出会いを大切にすること”のような気がする。
使い慣れた布ではなく、新しいハンカチでキュッキュッと拭く。
すると新しい色が見えたり、新しい感触で癒される。

とはいっても、
家の掃除と同じように、心の掃除も億劫だ。
ずっとそこにいると、汚いのかキレイなのか客観的に分かんないし
それはそれで心地いい気もしてくる。

溜めこむのは簡単なのになー。
クリーンにするのって、どうしてこんなに難しいんだろう。
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禁酒にしようと思ってたのに
彼が帰ってきたら、ついついワインをポン。グラスをチン。
チーズをもりもり。クラッカーをパリッ。
いかん、弱すぎる……。

せめて12時過ぎるまで待って、
「イブにはお酒を飲まなかった」と宣言しようかとも
思ったけど、あまりにも無意味で止めました。

ま、赤ワインはキリストさんの血だからいいっか。
(ってなんのこっちゃ)

明日から一泊で、上宮田(三浦半島、三崎口近く)の保養所に
彼の両親と一緒に行って来ます。
三浦半島は鮪が有名。保養所の料理も鮪づくしみたいです。
できたら、三崎の鮪料理店「くろば亭」にも行きたいな。
ライターになる前に食べにいき名刺を渡したことがきっかけで
年賀状のやりとしをしてるんだよなぁ。
フード系ライターとしても書いていることを伝えたいです。

保養所って、安くて、料理おいしくて、キレイで、
超お気に入りなんですよ。
ということで、土日はたぶんブログはお休みになると思います。
ごめんなさい。
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メリークリスマス!

今年は、友人に誘われて、
初教会でのクリスマスを体験してきました。

賛美歌を歌って、説法を聞いて、
ディナータイム。
みなさんが持ち寄ってくださった
手作りの料理はほんっとおいしかった。


あー、クリスマスって、こういう日なんだなと思った。
おいしい手作りの料理を囲んで、ワイワイすごす日。
たまには高級なレストランもいいけれど
たまにはおめかししてお出かけもいいけれど
いちばん幸せなのは、手作りの時間を過ごすこと。
誰かに繰られたのではなく、誰かから与えられるのではなく
じぶんの時間を過ごすこと。
それがわたしにとってのいちばん幸せ。

来ていた方も、みなイイ方で話してくれてありがとう。
あったかい時間でした。

で、で、で、
アルコールなしだったのでー、
今年はー、10年ふりにー、
アルコールなしのクリスマスにしようかと!
(昨日飲みすぎたっちゅうのもあるけど笑)
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「お前のために死ねる」
そんな言葉を簡単に口にするヤツはぶっちゃけ、
大嫌いですからー! 残念!音の勝手な好み、斬り!!

えー、なんだか無性に腹たつのりでございます。
あるストーリーのなかでございます。
30代男子が、20代女子について
「オレ、コイツのために死ねる」と語りました。

そりゃー、紛争地域で、爆弾が飛んでくるようなところで
「コイツのために死ねるから、物資を取ってくる」だったら
分かります。地雷がそこら辺に埋まっている場所で
「コイツのために死ねるから、おぶって歩きます」だったら
分かります。
でも、ふつうに幸せに飲み食いして生活しているなかで
女子のために死ぬ……
それって、なに? どんなシュエーション? どんな意味?
あなたにとって、死ぬって何?

そりゃ、20代青年が恋愛どっぷりで語るならカワイイですよ。
でも、30代男子がですよ。恥ずかしげもなく、語る言葉ですか。
その言葉の無意味さに気づいてない、アホさらけだしてますよ。

あー、ムカツクー!
っていうかー。もう完全に好みの世界なんだけどー、
「お前のために」とかいう奴って、本当にいや。
必要ないっちゅうの。やりたいなら、勝手にやれっちゅうの。
「ために」なんて恩着せがましく言うな!

それに「ために」信教の奴って、たいがいの場合
本心は「お前のため」じゃないんだよね。
「お前のため」といって喜ぶ“お前”が見たいからなんだよね。
っつーことは、「お前のため」じゃなくて、「自分のため」なんじゃん!
「自分のためにする」といったほうが、とてもスッキリしてますよ。

幼いころ、勉強しようと思っていた、ちょうどその時に
「勉強しなさい!」と言われると、非常に腹が立ったように
自分でやろうとすることを期待されるのって、マジいや。
「プレゼント買ってないから」と延々いわれて
「実は、買ってたんだよ、ホラ」
とか、もう最悪、サイテー、気持ち悪い。
「えー、うっそー、本当? キャー嬉しい」ということを
期待されてると思っただけで、テンション下がりまくりです。

「女のために死ねる」なんて言葉を口に出す人は、
熱いんじゃなくて、単なるナルシストですから!
鏡にむかった自分の顔みて微笑む、斬り!!
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昨日の続き。
決断のヒントは、“なんとなくの流れ”ということもある。

今でもわたしは、会社を辞めた、あのタイミングは
周りに自慢できるほどベスト、見事だった!と勝手に自称している。
業務や組織替え、評価の方法の変更など、
会社全体の制度がガラリと変わる時期と重なったのだ。

これは何も、「業務が変わるから、このタイミングで辞めよう」と
決意したのではない。
だいたい、そんな理由で、会社を辞めるという
大きな決断はできるもんじゃない。
辞めようと決心して、時を計っていたら
組織替えが行われることになり、
そのあとに辞めても迷惑極まりないから
止めるタイミングは今やん!という流れになった。
そういう流れに乗ることは、とても大切だとわたしは思う。

そしてもうひとつ。
決断とは、なにも「Do!(やる)」だけじゃない。
「Stop!(止める)」も、大切な決断だと思う。

以前TVでキュメンタリーを見た。
ガンと共に生きるAさんと妻Bさんの物語。
病院ではなく、自宅でAさんは暮らしていた。
ある日、子供2人を連れて、Aさん家族は海に行った。
Aさんは歩くことができず車椅子。その背中を押すBさん。
Aさんの体力は衰えていて、
海辺ではしゃぐ子供たちを遠くから見守ることしかできなかった。
AさんはBさんにつぶやいた。
「オレはもう、一緒に遊んであげられないんだな」
その言葉に、Bさんはこう返したのだ。

「一緒に遊んであげられないじゃない。
 “一緒に遊ばない”という決断をしたの。
 それは、明日、明後日、
 もっとずっと長く一緒にいるための大切な決断。
 先のことを考えて、今を諦めるというのは、
 とても勇気のある決断なのよ」

いい言葉だと思った。

将来を考えて今をガマンするというのも、
大切で、ポジティブな決断であるということ。
本当にそうだなと思った。

決断は、ウンウン悩む時期が大切だということ。
決断のヒントは、いたるところに隠されていること。
止めるというマイナスに見えることでも
勇気のある大切な結論であるということ。

そんなことをウダウダ考えた。

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2~3年に1度くらいだろうか。
大きな決断を迫られるときがある気がする。

それは人によって違う。
結婚かもしれないし
腐れ縁の恋人との別れかもしれないし
楽しかった友人と離れることかもしれないし
他人からみれば自分勝手に思われることかもしれない。

もちろん、朝ごはんを何にするか、何時に家を出るか、
夜お風呂を溜めるか、そんな小さなことを入れれば
わたしたちの毎日は決断の連続なんだけども、
ありったけのエネルギーをふり絞って「よし決めるぞ!」
というときが、必ず2年に1度くらいは訪れる気がする。

結論を言ってしまうと、
そういうときマイナスの決断をしようとも、
プラスの決断をしようとも、
どちらも、ちゃんと一番いい方法を選んでいる。
周りから言われた、という理由ではなく、
自分の責任で決めた!と公言できるのであれば、
間違いなく、自分にとってベストな方法を選んでいる。
わたしたちはそういう力を自然と備えている。

ここで、大切なのは、悩んで悩んで悩みぬくことだ。
心に何度も問いかけ、自分の本心を探り出し、
周りのことを考え、自分の立場をついて思いを馳せる。
同時に友人の生き方についても検証してみる。
そういう過程こそが、大切なのだと思う。
極端にいってしまうと、その過程を経験させるために
大きな決断チャンスは訪れるわけで、
実際に決断そのものは、あまり重要性がないようにも思う。

そこでだ。
わたしが大きな決断をするときに、いちばん重要視しているのは
“ときの流れ”である。

なにか大きな決断をしようとするとき、
息をこらして、周りをうかがってみると、
必ずと言っていいほど、ヒントが隠れている。

それは友人の言葉の中かもしれないし
家族の話のなかかもしれないし
上司からのダメだしのなかかもしれない。
ふと沸いてきた自分の思いかもしれない。

そうやって、神さまはわたしたちにヒントを与えてくれる。
大切なことを気づかせてくれる。
そうして、わたしはひとりで生きているのではないことを実感する。

決断のときというのは、そういう瞬間のことである。
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金曜日のブログの続き。
ズバリ、赤ちゃんを授かる年齢について。
「すぐに浮かんだのは、37歳だね」
おいおい、37歳かよ。
まだまだ(ある意味では、すぐだけど)、やん。
もうかなりのマダムではない?
わたしがひとりっ子なので、ブラザーシスターを
作ってあげたかったのに、ちと難しくない?

彼女は続ける。
「大丈夫。必ずできるから、それまで存分に自分に
 手をかけてあげたら」
「いやー、もうずい分、自分中心に生きてきたから
 そろそろサポート役でもいいかな、と思ってるんだけど」
「うーん、心の中はまだ足りないって」

“心”っちゅうモンは、なんともやっかいなもんだ。
頭で理解しようとしても、とうてい無理。
社会的にみて、将来を考えて、体調を考えて、
これがいいことだな、ときちんと考えても
勝手気ままに、それは違う!と叫んでくる。
ほんで「理由はなに?」と聞いても
「そんなものは、分からん!」と能天気。

ふー、やっかいだぜ。
自分の心なのに、よく分からない。
友人に聞いてみる。

「なにをすれば、自分の心を可愛がってあげられるの?」
「心のなかの思いを、誰かに伝えることじゃないかな」
友人いわく、幼い頃わたしは子供らしい子供じゃなかったそうだ。
そのときに溜めていた思いが、まだ心のなかに残っているらしい。

そういえば……、と思い出す。

以前、何かの機械で体調を見てもらったとき、
おもしろそうだからと、“自分が抱えているトラウマ”という
テストもやってみた。
すると、はじめに現れた言葉は、
『無力感』だった。

無力感?
こんなに元気で、ネアカで、深く考えないタイプのわたしが?
友人もいて、楽しく暮らしているのにわたしが?
無力感という響きは、わたしとは対極にあるくらいの遠い存在に思えた。

でもたしかに……、とふとつながってくる。

幼い頃、いろんな意味で気を遣っていたわたし。
その思いが、自分の無力を思い知ることになっていたのかもしれない。

わたしがいても、現実は変わらない。
わたしがいても、どうにもならないことがある。
わたしには、大して力がない。
幼い頃、そんなふうに心が記憶したのかもしれない。

それは、母や祖母の育て方の問題というわけではない。
ほかの子と比べて、わたしがとくに辛い体験をしてきたという
わけでもない。
幼少のときの、心の揺れ。
その揺れによって植えつけられた“心の癖”なのだ。

この心の癖というのは、きっと誰もがもっているものだと思う。
きっと誰もが抱えて生きていると思う。
それがわたしの場合、きっと「無力感」なんだと思う。

このブログやHPに、
「今までいかに自分が何もできない、と思っていたことか。
 そうじゃないのに」
と、何度も何度も書くのは、わたしがそれを払拭したいからだ。
「ひとりひとりの体験は、とても貴重なもの」
と、書くのは、わたしがそう思いたいからだ。
くり返し同じテーマを書くのは、
そのテーマをわたしが理解できていないから。
何度も何度も伝えたい相手は、間違いなく、自分なんだ。

とにかくわたしは、無力という心の癖を解消するために
これから毎日を過ごそうと思う。

せっかく今という時間を与えもらったのだから
一日一日を大切に過ごそうと思う。
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わたしの冷え性はひどい。とくにここ1~2年。

布団のなかで足をゴソゴソ。
どんなに時間をかけても、なかなか温まらない。
湯船にゆったり浸かっていても
外で体を洗っているだけで、足が冷たくなっている。
先日のホテルdeエステでも、
足湯のあとに足マッサージをしてもらったら、
「すぐに冷えてきますね」と言われた。

どうもこの冷え性が、
「赤ちゃんまだ来ず」現象に結びついているらしい。
昨日、友人にマッサージを受けたのだけれど
「赤ちゃんだって、居住環境は気にしますからね。
 ぽかぽか温かい部屋のほうがいいんですよ。
 寒くてジメジメしている部屋よりも、ね」と言われた。
どうも、わたしの居住環境は、あまりよろしくないらしい。

食べ物が原因でもないらしいし、ストレスというわけでもない。
単に血行不良から来ているのでは、ということだった。

とにかく物理的に温めること。お風呂や赤外線パンツ(?)などから
始めたほうがいいとのこと。あとはまめに、マッサージをすること。

さらに友人いわく、
わたしの子宮ちゃんたち、内臓系の住居環境は、逆に若すぎるんだそうな。
つまり未成長ということ。母というよりも、まだガールなんだって。

ということはですね。
ピカピカ新しい、人の気配のない家が
薄暗く、ツタや木々に囲まれて建っているという感じなのか。
あー、想像しただけでも、ものすごく住みにくそうだ…。

とにかく居住環境を整えるべく
これから日々精進の宣言を、ここにいたします。
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